2.約束
仕事をしている時は、寂しさも忘れることができる。
月曜日には大切な会議がある。その為の資料作りは結構な時間が掛かるのだ。
誰もいないオフィスで、自由に時間を使って会議資料を作る。疲れていることすら忘れられる時間だ。
ちょうど昼に差し掛かる頃、俺は空腹を覚えて仕事の手を止めた。
「昼か……。ラーメンでも食べてくるか、コンビニ弁当にするか」
俺は、独り言を楽しむように言葉を出すと、ジャケットを手に取り、外に出た。
オフィス街と言うわけでもない街には、若者の姿が見受けられた。そして、若者の殆どが恋人同士なのか、腕を組み、肩を抱き、体を密着させているのだ。
(そういえば)
いつだったか、妻が同じ光景を目にして、羨ましそうに言っていた。
『いいわね、最近の子は。私たちが若い頃は、道中であんなにくっついてなんていられなかったのに』
その言い方が、本当に羨ましそうだったので、つい笑ってしまったことを思い出したのだ。
『あら、あなた。笑っているけど、あなたは私と結婚するときにした約束を覚えてる? 忘れているでしょ』
また唐突に何を言い出すかと思って、はらはらしたのもだ。
大体、結婚するときのことを持ち出されても、恋の病にうなされていた頃のことだ、どんなことを言ったかなど、覚えていても忘れたふりをしたほうが得策というものだ。
「ねぇ、あなた。結婚しても毎月デートしようって約束したわ。あの約束はどうなったの?」
どんな約束かといえば、そんなことか。
あの時は、真面目にそう思った。
しかし今は、残業や休日出勤で家庭を振り返る暇すら与えられない状態だったのだ。それなのに、デートしろと言われても、無理難題というものだ。
「別に、道中で腕を組んで歩きましょうと言っているわけじゃないわ。約束はちゃんと守ってくれないと」
彼女は分かっていながら、時々私を困らせる。あの時も、仕事が忙しいことを知っていながら、そう言ってきたのだ。
「こうして一緒にいるんだから、それでいいじゃないか」
俺は憮然として言い返したが、それが本心ではなかった。
できることなら、俺だって妻と一緒にいる時間を大切にしたかった。しかし、仕事が乗っている時期に、妻とデートしろといわれても通用する時代じゃなかったのだ。
「いいわ。あなたがデートしてくれないなら、私は私で楽しくやるから」
そう言って、膨れてみせる。
そんな妻に心で詫びながらも、『くだらん!』と言うしか脳のない俺だった。
一番『くだらん』のは、俺自信だったのに。




