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消しゴムを片手に職員室に表れた彼女は、頬を向上させて、とにかく
―――――――何かに耐えているような顔をしていた。
いやーこれはあかん、あかんでこれは
まさか、授業中にしていた落書きをそのままに、ノートを出してしまうとは。
そして――――――。
そんな人間が二人。
右手に消しゴムを持って現れた男子。
左手に消しゴムを持って現れた女子。
予想外。
というか、先生ショックやろうな。そんな生徒が二人も同時に現れたら。
授業がつまらないのかなとか思い始めんで絶対。
あーあ。どないせえっちゅーねん。
…まさか落書きそのままに出してしまうとはなぁー
ビクッ
少女の肩が微妙に揺れた。
横目でちらりと確認する。
しくったー、あー恥ずかしっ!
グラッ
少女の体が大きく揺れた。
……………。
…何これ面白い!!
…白城さん…だよね?
うわっ、何その訝しげな反応。
…――――同じクラスの
そう言いかけると、彼女の顔が慌てたように必死に歪められた。
お、おう…考えとる考えとる。
そんな彼女を見ているとなぜだか、自分も緊張してきて無意識のうちに拳を握っていた。
そして、
――――――――あぁ、よかった。分かってくれたみたいや。
彼女の顔に安堵の表情が表れた。
…あ、えっと悠斗…君?
…………え!?
時間が止まったかと思った。
あっ、ごめん…クラスの人たち…いつもそう呼んでるから…苗字思い出せなくて…
あ、あー…うん いいよ、別に
真っ赤になった彼女を見ていると、なんだか嬉しくなって、苗字なんていらないような気さえした。
本当に自分はその場その場で生きている気がする。
その時、嬉しかったら素直に笑って、悔しかったらむくれて、明日はテスト、なんて時には前日に徹夜して詰め込んで。
本当に、先のことなんて何にも―――――――。
眼前にあるのは真っ暗でも純白でもなく。
ただ、モザイクをかけられたようなたくさんの「色」で。
構成要素は、漠然とした不安。
まぁ、高校生なんてそんなものなんだろうけれど。
すると、彼女は消しゴムを握っているのが自分だけではないと気づいたらしく、頬をこわばらせた。
……そ、俺も
右手にもった消しゴムを掲げて苦笑すると、彼女も困ったように笑った。
あ、あ―――っオト先、現代文のノート拝借していい?
突然奥の部屋から現れた、我らが現代文教師にいきなり大声で呼びかけた。
彼女の肩がこれまでになく大きく揺れた。
先生は驚いた顔をしてから、こちらへ向かってくる。
何、どうした?
ちょっと、俺のノートに不備が発覚して―――――
何だそれは、
先生は苦笑してから指差した。
そこの棚に出席番号順に積んであるから
おお、助かった。意外に親切だった。前に底意地悪そうとか言ってごめん。
心の中でそう謝ってから棚に向かって歩き出す。
行こう
呼びかけると彼女はコクリと、小さく首をたてに振った。
棚の前にしゃがみ込んで自分のクラスの場所を探す。
すると、見覚えのある名前が見つかった。同じクラスの「ア」で始まる名前。
積み上げられたノートの中から自分のノートを探す。それはすぐに見つかって場所を譲ると彼女も探し出した。
彼女の手は、―――――小刻みに震えていた。
何を書いたんだろう。
今になって気になりだした。
まさか、自分のようにオト先のスクワット姿を書いている訳ではないだろう。
そんな姿見たことないけど。
彼女のことを気にしつつも、手元にあるノートをパラパラとめくる。ノートの記述済みのページの最後には我ながら上手いと思えるオト先の姿が。必死にスクワットをしている姿は、なんとなく笑える。
その下には、
――――――これは誰でしょうね? と明らかに皮肉とわかる書き込みが。そして、
総合評価C
底意地わりい――――――!!
先ほど訂正したことを早々に撤回した。突然発せられた大声に反応して彼女の肩が揺れた。
なんだよこれ! オト先ちょい! もう採点してんじゃねーか!
俺は採点をしていないとは一言も言ってない
先生はそう言うと悔しそうに顔を歪めた顔を見たのか口角をあげる。その顔から嘲笑の色は覗えない。むしろ――――
お前の敗因は俺を書いたこと、ただそれのみだ
そう言ってまた笑った先生の顔は、生徒を大切にしているとわかるそれで。
嫌いになれるはずもなかった。
ほんまに底意地わるいよなあ…
封印していた関西弁が漏れるほどに、自分はこの先生が好きなのだと、実感せずにはいられない。
たいていの生徒は気に入ってる先生の落書きしかせえへんわ
最後に漏らしたこの言葉は心の中に押しとどめ、次は何の落書きをしてやろうと、授業に関しては真面目な自分がいつの間にかこんなことを考えていることに気づいて、我ながら呆れた。