003 フンスイ
ボクはタンスから洋服を取り、風呂場へ向かう。
スタスタスタ。
その途中、
ママがキッチンで何かを作ってる姿が見えたが何も言わず歩いた。
ガチャッ
バタン。
ドアを閉めると目の前に洗面台と鏡があって
そこに自分の姿が映し出されていた。
「………。」
ボクはしばらく眺めていたが、どうでも良くなって服を脱ぎ始めた。
全部脱ぎ終わると風呂場のドアをゆっくりと開けた。
モワッ…
白い湿気混じりの煙がボクを包む。
そのお陰で視界は真っ白になった。
まるで雲の世界みたいに。
カタッ
中に入るとママが用意していたのか、
湯舟にたくさんのお湯が入っていた。
ボクはそれを確認すると蛇口をひねり、シャワーからお湯を出す。
いつもシャワーは最初は冷たい水が出るので
自分の反対側に向けて勢いよく噴射させる。
シャアァァァ。
それを眺めていると昔の事を思い出した。
シャアァァァァァァァ
あれはいつだったっけ…?
シャアアアァァァーッ
リュウちゃんと公園で水遊びをしたんだ。
噴水のある公園で
リュウちゃんは基本的にあまりしゃべらないから、
ずっとボクの横でウロウロしてるだけだった。
ボクは砂場で夢中になって山を作り、
それにトンネルを作る作業に追われていたんだ。
結構時間かかったと思う。
「出来たっ…!」
ボクはやっとトンネルが開通したので思わず大声で喜びを表現した。
もちろん、それをリュウちゃんにも見せたくて後ろを振り返る。
「リュウちゃん見て!」
だが、リュウちゃんは後ろにはいなかった。
後ろどころか、右、左、前にも姿はない。
「…リュウちゃん…?」
ボクは体を…視界を…360゜廻す。
だが、そこにはリュウちゃんの姿は見当たらなかった。
「リュウちゃん…どこ?」
ボクは必死になって探した。
「…リュウちゃん!!」
その時
リュウちゃんのママに『しっかり見ててね…』
と、念を押された風景が何回も頭を過ぎった。
タッタッタッタッ
「はあ…はあ…」
ボクは一生懸命走った。
住宅街にある公園だからそんなに大きくはないけど、
小さいボクには広く感じた。
もしかしたら…その時だけだったかも知れない。
「…はあっ…はあっ」
どんなに走っても走ってもリュウちゃんには追いつけなかった。
「…リュウちゃん…」
ボクは泣きそうになった。
泣きそうになって足を止めると声が聞こえた。
その声がリュウちゃんの声だとすぐにわかった。
そして奥にある噴水の前にリュウちゃんの姿があった。
ボクはリュウちゃんに歩み寄った。
「みて…」
リュウちゃんはボクを見るなり、
噴水の中の水を指差しながら言った。
「……はあっ…はあっ」
ボクはリュウちゃんを見つけた安心感でいっぱいになり、
また泣きたくなった。
「見て。」
リュウちゃんがまた言うので、
ボクはリュウちゃんの言われるまま噴水の水を見た。
そこには自分の顔が映っているのが見えた。
噴水の水が落ちて来る振動で水面が揺れ、
映っている自分の顔が歪む。
リュウちゃんはそれを不思議そうに見ていたのだ。
「見て…面白い…」
リュウちゃんは楽しそうにポツリと言った。
だけどボクはリュウちゃんを探すのに疲れ、
「…リュウちゃん…もう帰ろうか…」
と、溜息混じりに言った。
さっきあんなに一生懸命に作った『山のトンネル』の事も
ボクの頭にはもう無かったのだ。
バシャッ
リュウちゃんが笑いながらボクに水をかけた。
ムカついたボクはすぐにやり返す。
「あ〜!やったなぁ!」
バシャシャッ。
するとリュウちゃんもまたやり返す。
バシャッ。
「あはっ」
ジャババジャ。
「あっ…やったなぁ!」
バシャシャシャ。
メビウスの輪のようにそれを繰り返すと、
雨でも降ったかのように2人ともビショビショになった。
もちろん、家に帰ればママやおばさんにはびっくりされ、怒られた。
シャアアアァァァァァ
「………。」
あの時のリュウくんはまだマシだった。
まだ普通だった。
あの事さえなければ…。