(11)人とすごすために
登校時刻よりかなり早い時刻の今、校舎にはまったくといっていいほど人影が無い。
生徒会の仕事の関係で、早い登校を要求された妹とともに学校に来たのには、一つ目当てがあってのことだ。
教室の扉を開けると、
「よお」
案の定、星羅はすでに席に付いていた。なぜそう思ったかは、自身にも分からなかったが、この時刻にはすでに学校にいるような気がしたのだ。
片手を挙げながら近づくと、机にひじを突いて、窓の外を眺めていた星羅が振り向いた。
「あ、光羽くん・・・」
「俺のことは悠斗でいい。苗字で呼ばれるのは好みじゃないからな」
「そうだね、悠斗のほうが呼びやすいや」
「昨日のことでちょっと話がある。ここじゃ誰に聴かれてるか分からないから、ちょっと付いてきてくれ」
「・・・・・・」
言うや、背中を向けて教室を後にする悠斗。その背中をしばらく凝視していた星羅は、扉の影にそれが消えた瞬間、はじかれたように立ち上がると、駆け足で悠斗を追いかけた。
後ろに星羅の気配を確認しつつ、目的地へと向かう。
今悠斗たちが向かっているのは各階に三つずつ用意されている、会議室。
会議室、といっても名前通りの用途で使用されることはまれで、ほとんど、保護者や生徒が教師と面談する際に利用されている。
一般の生徒が、そんな部屋を押さえることなど不可能だが、生徒会役員である妹になら可能なのだ。こんなことに妹を使うのは心が痛んだが、万が一誰かに聞かれでもしたら間違いなくおかしな人扱いされてしまう。
つまりは、悠斗がするのはそういった話というわけだ。
「意外」
後ろでに扉を閉め、振り返ったとたん、すでに席についていた星羅が言った。
「何が?」
「み、・・・悠斗くんもこういうことするんだ」
「何か誤解してないか?とりあえず先に言っとくが、これからする話は真剣なものだ。それから名前に君つけるのはやめてくれ」
「そう、わかった」
あえて、後の言葉にだけ同意して悠斗も席に着くよう促す。
「昨日のことだ」
悠斗の目を直視していた視線がわずかにそれた。それを目ざとく捕らえて、しかしそのまま続けた。
「篠枝さんの力は知ってる。先週散々な目にあったからな。
だが、あの時の相手と昨日の相手とじゃ、やっていい限度が違うんだよ」
言葉自体は静かだった。
「分かってる、昨日はやりすぎたことは認める。事実だし・・・」
「・・・・・・」
「でも、こっちも忙しいのよ!やっと足取りを掴んだから長期滞在の準備だって整えたのに、そのタイミングで逃げられるってどう思う?」
「それがどうした」
「どうしたも、ない―――」
「篠枝さんの事情はこの際関係ない。今の言葉からすればしばらくここにとどまるつもりなんだろ」
「・・・・・・」
「なら、ウチのクラスにいる相田蓮ってヤツがいる。蓮は体力ならE組でトップだ。ここで生活するなら、その身体能力までレベルを落としてくれ」
「・・・・・・分かった。その理由も納得できたわ」
「そうか、よかった。これ以上問題を起こされるのは困る。もう行くぞ」
「ちょっと」
「チャイムが鳴る」
☆★☆★☆★☆
席に着くのと、担任が扉を開けるタイミングがまったく同じだった。
取り合えず遅刻は免れたようだ。
朝の連絡を聞き流しながら、心中でため息をついた。
(結局切れだせなかった)
悠斗が切り出せなかったこと、それは一週間前のあの出来事について。
昨日、自宅に帰ってからふと思い出したのだ。
灰色の空間に飲み込まれたときは、その事実だけで頭がいっぱいになっていて気がつけなかったが、後で回想してみると、景色が色を失った瞬間あふれていた人々も同時に消えうせていたのだ。なのに自分だけがそこに在ることが出来た。これだけで十分おかしな話だ。
だが不可解なのはそこだけではない。どこからか聞こえたあの声が言っていた言葉の断片が思い出される。
―力を宿すもの―
あれは確実に悠斗に向けられたものだった。
(俺が考えても分からないことだ。昼休みにでも聴いてみるか)
長らくお待たせいたしました。
やっと開放され、作者も安堵のため息をついております。
ところで、大10話を大幅に修正させていただきました。推敲をしたものと思っていたようです。この後の話にも多少影響がありましたので、時間があればそちらも見てやってください。