私が叩いたのはあなたの性根です
「アグドーラ!お前との婚約を破棄する!お前がエフィートをいじめた事は、決して許される物ではない!」
学園の大広間で、ブラッド王子はそう宣言した。彼は右手に大きな手提げ袋を持ち、左腕にクラスメイトのエフィートさんを取り憑かせていた。エフィートさんは王子の腕に顔を埋め、すすり泣くような音を出している。
ブラッド王子は声量の調整を学ぶべきだ。彼の横で嘘泣きをしているエフィートさんが気の毒に思える。彼女の鼓膜が意思を持ったら、真っ先に殺されるのはブラッド王子に違いない。
「証拠は挙がっているんだ!」
ブラッド王子はそう言うと、右手に持った手提げ袋の中から、黒いインクまみれになった女性用ドレスを取り出した。取り出す際、左腕にくっついているエフィートさんのおかげで、少しもたもたしていたのは見なかったことにしてあげよう。――せっかく格好つけているのだから、細かいことを突っ込むのは野暮というものよね。
「お前がエフィートのドレスに嫉妬し、この黒いインクをぶちまけたのだろう!お前がインクをかける所を、エフィートが目撃していたのだ!これは彼女のお気に入りドレスだったのだ!どれだけのショックを受けたか、お前にわかるか!?」
ブラッド王子は、インクで汚れたドレスをヒョイと投げてよこす。――反射的にキャッチなんかするんじゃなかったわ。このインク、まだ乾いていないじゃない。彼らの中で、私は一体いつインクをかけたのかしら。少なくとも数時間前とかじゃないと辻褄が合わないわね。
ドレスを脇にどけると、私の両手は、手のひらから手の甲にかけて、べっとりとインクがへばり付いていた。嫌がらせとしてこれを狙っていたのだったら、相当な策士と言わざるをえない。
「そ、それだけではありません。アグドーラ様は、陰で私の事を貶したり、顔を思いっきり叩いたりするのです!」
エフィートさんが唐突に顔を上げ、そう叫んだ後、再び王子の腕に顔を埋める。まるで新種のモグラね。なぜだかわからないけれど、顔を上げたところをハンマーで叩きたい、そんな衝動に駆られてしまったわ。
「反論があるなら言ってみろ!もし我々の発言に嘘があると言うのだったら、証拠を提示することだな!」
「そうですか。では、一つ確認なのですけれど――」
私は、ブラッド王子、エフィートさんペアにツカツカと近づく。王子は少したじろぎ、エフィートさんは王子の腕に隠れながらチラチラとこちらを見てくる。
「顔を思いっきり殴られたとはどういう感じだったのでしょうか?――一度試して見てもよろしいでしょうか?」
私はエフィートさんに詰め寄り、王子の腕に隠れきれていない彼女の頬を狙って右手を大きく振りかぶる。突然のことに王子は動けない。エフィートさんがビクッと目を閉じる。私は頬ギリギリで右手を止め、タイミングよく左手で自身の太ももを、着ていたドレス越しに叩いた。
パンッ!
乾いた音が広間に響く。エフィートさんは王子の腕を放し、地面にへなへなと座り込む。
遠くから見れば、私がビンタをしたように見えるだろう。左手で太ももを叩いた事に気付ける距離にいたのは、王子とエフィートさんぐらいなものだ。
広間に集まっていた人々の間で、ザワザワと動揺が広がる。
叩かれた音がしたのに頬に衝撃が無かったエフィートさんは、一瞬戸惑った表情をしていたが、すぐに大きく声を上げた。
「ぶたれました!ぶたれましたわ!ほら、私の言ったことが正しかったでしょう!この女はこういう人間なのです!」
ぶたれた、と宣言している割には、とても嬉しそうな笑みね。元気そうで何よりよ。
「ぶたれた?気のせいでは?」
「な!今さらごまかす事なんて出来ませんよ!広間にいる者全員が目撃者なのです!」
「でも私、ビンタする直前で止めたもの。――音は、ないと臨場感に欠けると思って、セルフでつけさせてもらったわ」
「嘘をつかないでください!私はしっかりと殴られました!とても痛かったです!皆さんも見られていたでしょう!」
「……そう。では隣でしっかり見ていたブラッド王子の意見を聞こうかしら。ブラッド王子、私はエフィートさんを叩いていましたか?」
「――そんなもの、しっかり叩いておったに決まっておるだろ!私はしっかりと見たぞ!この落ちぶれ女め!」
ブラッド王子、エフィートさん共に、私がビンタをしたと証言した。――証言してくれて本当にありがとう。
「そうですか……しかしおかしいと思いませんか?」
「何がだ!?」
「私の手をよく見てください。――先ほどいただいたインクまみれのドレスのおかげで、私の手には黒いインクがべっとりと付着しております。……あれ?おかしいですね。どうもエフィートさんの頬には黒いインク跡が見られません。うらやましいぐらいの真っ白な肌のままです」
「なっ!」
ブラッド王子が目を見開く。エフィートさんが目を泳がす。
「それにほら、私のドレスの左太ももを見てください。べっとりと手形のインクが付着しています。私が音を出すために太ももを叩いた、何よりの証拠です。――『発言に嘘があると思うなら証拠を示せ』でしたっけ?もし私の発言に嘘があるとお思いなら、ぜひ証拠を示してくださいませ?」
王子はワナワナと震え、エフィートさんはポロポロと涙をこぼし始めた。今回は嘘泣きではなさそうだ。――だが、二人が口を開く様子はない。
「私が叩いたのはエフィートさんの頬ではありません。私が叩いたのは、――あなた達の、私利私欲のために人に罪を押しつけようとする、その腐った性根です。ぜひ、ご自身でもたたき直されることをおすすめいたしますわ」
私はそう言って、彼らに背を向けた。
******
今回の件は、貴族間で瞬時に広まった。学園は、ブラッド王子とエフィートさんに無期限の謹慎処分を下し、さらに双方の家で罰が与えられているとの事だった。
また、今回の騒動は、ブラッド王子派閥の人間を減らす大きな一因となったらしい。彼が玉座に座る可能性は、限りなく低くなったと言えるだろう。
ただ、一つだけ後悔していることがある。
――思いっきりビンタ出来なかったことだ。出来れば二人とも仲良く頬を腫れさせてあげたかった。ちまたでは、好きな人と何でもおそろいにすると言う文化があるらしい。右頬打撲痕系カップル。うん。悪くない響きね。次の婚約相手から婚約破棄されたときの楽しみに、残しておくこととしましょう。
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