ランチをめぐるハルカの策略
昼休み――橘陽花に連れられ、とうもは自分のランチボックスと格闘することに。あの静かな中村結衣のことを考えながらも、陽花の無邪気な勢いに巻き込まれていく――今日のランチは、一筋縄ではいかなさそうだ。
昼休みのベルが鳴ると、教室には少しざわめきが戻ってきた。橘陽花はすでに僕の机の前で待ち構えていた。
「ねぇ、とうもさん!お昼、カフェテリアに行こうよ!」
僕は心の中でため息をつく。午前中の授業が終わったばかりで、すでにこのテンションに疲れそうだ。机を開けると、ヘントから持ってきたストーフフレース(牛肉の煮込み)がぎっしり詰まったランチボックスが目に入る。
「……あの、僕、これ食べたいんですけど」
橘陽花は目を輝かせて笑った。
「大丈夫!一緒に食べよ!分けっこね!」
僕は少し躊躇したが、彼女の勢いに押されて渋々頷いた。机に座ると、橘陽花は紙ナプキンを敷き、ランチボックスのふたを開ける。
「わー、美味しそう!」
僕は少し恥ずかしくなる。ヘントの味をそのまま持ってきたのだ。だが、その時、視線の端に動く影を見つける。中村結衣が、静かに教室を出ていくところだった。
その歩き方、揺れる髪、そしてふと見せる柔らかい笑み――目が離せず、僕は一瞬トランス状態になった。
「……とうもさん?聞いてる?」
はっと我に返ると、目の前には空になったランチボックスと、にっこり笑う橘陽花が座っている。どうやら、僕がぼーっとしている間に、ほとんど全部平らげてしまったらしい。
「な、なにこれ!?」
橘陽花は肩をすくめて、楽しそうに笑った。
「美味しかったよ~。さぁ、今度はカフェテリアでちゃんと食べよっか!」
僕は慌てて立ち上がり、ランチボックスを押さえながら廊下へ向かう。内心はパニックだ。
「まだ午前中なのに…もう僕のランチは…」
廊下を歩く途中、僕は黙り込み、頭の中は中村結衣のことでいっぱいだ。橘陽花が次々と話しかけてくれるが、声は遠くに聞こえる。
「ねぇ、とうも……ち!トムチ!小トーも!トウモドーロ・テクニック!」
思わず笑ってしまう。何だこのニックネーム。橘陽花は無邪気にしゃべり続け、歩きながら手振り身振りも大きい。僕は必死に笑顔を保ちつつ、頭の中で中村結衣の姿をリピートしていた。
「はぁ……どうしてこんなに心がざわつくんだ…」
途中で橘陽花が小さくつまずき、僕は反射的に手を出して彼女を支えた。
「大丈夫?」
僕はすぐに彼女を立たせる。陽花は少し恥ずかしそうに頬を膨らませ、口を尖らせた。
「もー、とうもったら、ちょっと優しすぎるんだから…ぷんぷん」
周りの生徒がちらちら見て、笑いながら小声で囁く。
「おー、あの外国人、やっぱり面白いな」
僕は赤面しつつも、少し心が弾む。まだ午前中だけど、この日が忘れられない日になりそうだ。
やっとカフェテリアに到着。橘陽花は手際よく僕のトレーを取り、料理を並べる。
「はい、とうもさん。今日のご飯はこれね!」
僕は箸を握ろうとするが、どうしても自信がない。スプーンやフォークを出そうとすると、橘陽花が優しく手を止めた。
「だめだよ。こっちで食べるなら、ちゃんと箸でね」
その瞬間、橘陽花のいつものハチャメチャな様子は消え、穏やかで温かい笑顔になった。手をそっと添えて、箸の持ち方を教えてくれる。
「……あ、はい…」
ぎこちなく箸を握る僕に、橘陽花は笑いながら頷く。少しずつ、自信を持って食べられるようになってきた。
食べ終わる頃、僕はふと中村結衣の姿を思い出していた。あの静かで落ち着いた雰囲気、ほんの少しの仕草で心がざわつく。
「……う、うわ、また考えちゃった」
橘陽花は肩を軽く叩き、ふふっと笑う。
「なに考えてるの?また結衣さんのこと?」
慌てて目を逸らす僕。心臓がドキドキして、どう返せばいいかわからない。
「い、いや、そ、そうじゃ……」
橘陽花は明るく笑い、ふざけた口調で軽く肩をすくめる。しかし、その笑顔の端で、小さく眉をひそめ、指先をもじもじさせていた。心の奥では、結衣への嫉妬が静かに芽生えていた。
僕は深く息をつき、ふと笑顔を返す。今日のランチは混乱だらけだったけれど、どこか心地よい疲労感もある。外に出ると、午後の授業に向けて教室が少しずつ片付けられていく音が聞こえる。
「……さぁ、午後もがんばらなきゃな」
心の中で小さく呟き、僕のランチトランスはようやく終わった――けれど、心はまだ中村結衣と橘陽花の間で揺れ続けている。
はぁ…第1章を書き終えたらワクワクが止まらなくて、そのまま勢いで第2章も書いちゃいました!ハルカととうものドタバタ、読んでくれる皆さんも楽しんでもらえたら嬉しいです。




