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マチアプで知り合った男と待ち合わせしたら勇者だったんですけど

作者: N/A



 彼氏いない歴=年齢の私。

 そろそろ結婚を考えたほうがいいのではとか、せめて恋人くらいは作っておかないとダメだとか、なんならうちの子とかどうですかとか。同い年の婚約者(彼女)持ちの幼馴染にすら、「ぼっちじゃんw さすがにこの年齢で初恋もまだとかないわーw」とネタにされる始末。親が孫の心配をしだしたり(これは本当に早すぎるけど)、お見合いをセッティングしようかとやたらと気を遣われたりとあまりにも周りがうるさくなってきたもんだから、こっちからアクションを起こしてやることにした。

 そう。マッチングアプリを入れたのである。

 正直使ったことはなかったけど、まあこれも社会勉強(?)かーのノリで会員登録をした。女性は無料だったのはありがたかった。

 操作がいまいちわからなくてメッセージが来ているのにも気付かず返事が遅くなることもあった。文字を打つのも苦手。操作自体もたついてしまうことも多かったし、何より仕事が忙しくて確認すらできずにいた時もあったのだが、それでも何人かとやり取りをすることができた。

 世の中こんなにも趣味が合う人がいたのかと思うくらい共通点がある人がいた。

 私は話すのが苦手だ。仕事でなら多少は喋れるけど、プライベートになると途端に緊張してしまう。仕事中なら知らない人と話すことも問題ないのに、オフになるとてんでダメだった。家族や学生からの友人、幼馴染とは問題なく会話できるけど、職場の人でも勤務時間外には極力喋りたくない。

 そもそも私、職場とプライベートではキャラがだいぶ違うのだ。

 あ~、なんで強気上司系みたいな性格にしてるんだろう。仕事柄前任者もずっとそういうスタイルでやっていたから仕方ないんだけど、普段の私は陰の者なのだ。本当はオタクだし。仕事が忙しすぎてイベントとか行けないけど、できることなら本当は行きたいし。最近カラオケだって行ってない。ひとりで思いっきり声を出せる場所があるのはいいものだ。ヒトカラ最高。メイクだって本当は面倒だからしたくない。それに薄めのナチュラルメイクが好きだ。なのに、『濃い目にしないと相手から舐められる』と指導が入るから気が抜けない。おかげでメイクを落とすのも時間がかかる。その時間もうちょっと削って、好きな映画とかアニメを見る時間に一秒でも多くあてたいのに。服装もそう。もうちょっとふわふわで可愛いものも着てみたいのに、クール系や大胆なものばかり衣装が用意されたりする。

 そんな私が! ついに! マチアプで仲良くなった男性とお会いすることになったのだ。

 人生初のデート? みたいなものかもしれない。一気に緊張してくる。

 彼のページを初めてみた時の感想は、似たような名前の人もいるもんだなー、だった。

 彼は自分の顔をアップしていなかった。実は私も顔写真はのせていない。見た目で判断されたくないし、中身で合う人がいたらいいなと思ったからだ。仮に恋人にまで進展しなくとも、ここまで話があって共通点の多い彼なら、友人になれるかもとさえ思えた。

 飾らなくていい。演じなくていい。ありのまま、素の自分で好きなことを話せた。

 最近行ったカフェの話。出張先で見かけた猫が可愛かった話。何気なく見始めたアニメがめちゃくちゃ良作で泣けた話。職場で気が滅入ることがあった話。家族の話。

 最初こそ当たり障りのない会話だったが、彼がとっても聞き上手なこともあり私も気負わずに喋ることができた。返事を急かされることもなかったし、彼も忙しいらしくログインしてない日も多かったから、お互い大変だな~くらいにしか思わなかった。

 そんな彼は公務員とのことで、しっかりした受け答えが多かった。リテラシーも高そうで、個人が特定できるような部分は徹底的にぼかしていた。嘘はつかず、「お伝えできないんです」と言ってくれる人だった。信頼できる。しかも「実は僕、嘘をつけないんです。嘘をつくと吐血しちゃうので」なんて冗談も言える。

 これなら会ってみてもいいかもと初めて思えた人だった。


 そんなふうに思い始めたころ、彼の方から『良かったら会ってみませんか?』と連絡が来た。気軽にランチでも、と続いて、私も断る理由は思い当たらなかった。

 そうしてドキドキしながら待ち合わせをした。

 身長は高め。筋トレが趣味。各地に出張をしていることが多く、いろんな地方の話が豊富。営業のようなことをする場合もあるらしく(自社製品の売り込みとかみたいなのかな?)コミュニケーション能力が高い。かといってグイグイくるわけでもなく、ちゃんと距離感をはかって会話してくれる。陰キャの私とも問題なく会話をしてくれるのがいい証拠だ。それに情報収集に必要だからと他の国の言語もいくつかマスターしたらしい。すごい。年齢は私より三つ年上。両親を幼い頃になくして妹の親代わりになっている。仲のいい友人たちもいて、時には一緒に旅行もしたりするそう。とはいえアウトドアばかりでは疲れるので、インドアな趣味も好きで、読書や映画鑑賞なども好みだとか。私がオススメしたアニメと映画も見てくれて嬉しかったなぁ。感想も、そこをわかってくれますか! って感じのものが多くて、本当に共通点がある人なんだな~って嬉しくなってた。

 そんな彼と待ち合わせの時間。「アトさんですか?」と落ち着いた声がした。ついに彼が現れた。


「はい! そちらは――」


 顔を上げるとそこにいたのは。


「初めまして。ノトです」



 勇者やんけ。



 目の前に現れたマッチングした男は、なんと勇者様ご本人だった。


「……あ、ども……」


 思わず目を背ける。

 勇者はね、顔は整っているんですよ。正直美形の部類です。サラサラの黒髪に、切れ長の瞳。ほどよくかつバランスよく鍛えられた肉体。オタクの(ヘキ)にささる声帯から出る落ち着いた低音。少女漫画なら初登場シーンに花背負ってるタイプの男。

 性格もね、めちゃくちゃ良いって巷では有名なんですよね。勇者だから当然なんですけど。討伐依頼だけじゃなく、地域のちいさな困りごとすら解決しようとしてくれるし、男女で態度を変えたりもしない。子どもにも優しい。

 そんなね、パーフェクトな男がね、勇者と呼ばれる存在なわけですよ。

 そりゃ顔写真載せられないよね。一発で身バレだもの。

 マッチングアプリで気軽にマッチングしていい相手ではないわけなんですよ。


「ここ、美味しいんですよ」

「……へぁ……」


 気付けばランチをする予定だった店に着いて席に案内され、向かい合って座っている。渡されたメニューに目を通しているが何一つ頭に入ってこない。


「僕はこのセットにしようかな。アトさんはどうします?」

「え……えぇ……」

「Aセットですか?」

「あ……はい……」


 もうなんでもよかった。勇者が目の前にいることに比べたら、今日のランチがなんであれ気にもならないだろう。


「僕と同じですね。美味しいんですよ。アトさんも食後はコーヒーでいいですか?」

「あ……はい……」


 勇者(こいつ)はなぜ平然と座ってられるんだろう。

 正直『勇者のそっくりさん』と自分を誤魔化そうにも無理がある。

 普通の人間に見ることはできないだろうが、こいつの魔力量は正直異常だ。出会った時からずーっと、立ち上るように溢れ出ている異常な魔力量。逆に垂れ流し状態なのが勿体なさすぎる。その魔力ちょっとでもうちの城に流してエネルギーに変換してやりたい。

 注文を終えた勇者がこちらをちらりと見て、それから微笑んだ。


「……やっとお会いできて嬉しいです」

「……そう、です……ね」


 目が泳ぎまくった。


「ずっと会いたいなって思ってたので」

「うふ……ふへ……」


 緊張しすぎて変な笑い方になってしまった。

 そもそ勇者の前で緊張するなと言うほうが無理がある。


 ――私、魔王なんですけど。


 一番マッチングしちゃダメな相手でしょうよ、これ。

 命狙ったり、とったりとられたりする仲でしょうが。勇者と魔王なんて。

 勇者お断りしといてよ、マチアプ側もさぁ! だいたい勇者なんてその職業だけで声かけられ放題だし、選びたい放題じゃないですかー! 結構な地位の方々からも見合いの話が途切れないって聞いてるくらい。それでも彼は平等で対等に接するから、博愛主義なんだとまで言われてたのに。まさかマチアプでつまみ食いとかしまくってる悪い男の可能性もある!? そりゃそうよな、そのビジュの良さなら声も粉もかけ放題よな! 立ってるだけで入れ食いでしょうよ。

 つか、職業欄『公務員』って! たしかに勇者はある意味『公務員』だけど、上位も上位の『国家公務員』じゃないの! しかも直属! 勇者って書いといてよ! ちゃんとナシにするんだからさぁ!


 …………もしかして、私が魔王だって気付いてない可能性、ある?

 お忍び仕様でツノ消してるから人間に見えなくもないんですよ。そもそも私、まだそこまで魔力量あるわけじゃないし。それに業務中のスタイルとはメイクも服装も口調も何もかも違うから気付いてないんじゃない? だったら気付かれる前に逃げたほうがいいんじゃない?


「アトさんは……」

「は……、ひゃい」


 じっとこちらを見てくる勇者。やっぱりバレていてその上でさらに弱みを探ろうとしているのか――? いったい何を考えているんだ勇者! あ~、心読むスキルとか本気で欲しいと思う日が来るとは思わなった~!


「……ふふ、想像通りの可愛いかたで嬉しいです」

「はっ!? へ、へぇ……?」


 魔王がコミュ障だなんて決してバレてはいけない。ここで勇者を消したほうがいいのではなかろうか。今なら油断をしてくれるかもしれないし、隙ができるかもしれない。

 思い出せ、勇者が何をしたのかを。

 私が魔王になっているということは、先代魔王――つまり父が倒されたということだ。

 勇者が各地で持て囃されているのも、魔王を倒して人間側が平和を勝ち取ったからに他ならない。

 つまり、目の前にいるのは親の仇なのである。


 ブーッ、ブーッ、とスマホが震えた。


「あ……しゅ、すみません。家族から電話で……」

「大丈夫ですよ、お気になさらず」


 ぺこりと無意識に頭を下げてその場を離れる。

 化粧室に駆け込んで個室に入り、簡易防音魔法を張った。


「……もしもし? 何?」

『アトー!! お前、今どこにいるっ!』


 うるさっ。鼓膜に響くほどの声が響いた。


「言ったじゃん。今日は街まで出かけるよーって」

『街とは聞いたが人間の街とは聞いてないぞ!』

「は? 何でわかるの? まさかまた――」


 スカートのポケットに魔力紙が入っていた。


「ちょっとお父さん! ストーカーやめてよ!」

『ストーカーじゃない! 心配だからお守りに入れておいただけで!』

「だからって探知魔法使って現在位置探るまでしなくてもいいでしょ!? もしなんかあったら反応飛ぶんだから!」

『お前が危険な目にあった時にすぐに行けないかもしれないだろう!』

「来れるでしょ! 転移使えるんだから!」


 まったく親バカすぎて仕方がない。

 電話をかけてきたのは父だ。先代魔王、本人だ。

 実は魔王の一族は勇者によって倒された場合、自身の魔力すべてと引き換えに一度だけ生き返ることができるのだ。魔王として即位する際に、そういった儀式を行うことになっている。私も彼に殺される日が来るかもしれない。その時は、持っている魔力をすべて失って生き返る。

 生まれ変わるのほうが近いかもしれない。

 魔力回路がすべて遮断し、魔力の結晶とも言えるツノは落ち、二度と生えてくることはない。普通の人間と同じようになるのだ。人間には魔力回路を持ち魔法が使える人間と、魔力回路がなく魔法が一切使えない人間がいる。そして人間たちは魔王がそうやってひっそりと生き返っていることを知らない。

 それもあってか、魔王と人間が恋に落ちることもまあある。魔力を捨てて人間を選ぶ……なんて物語が流行っていた時期もある。私も結構好きだったりする。身分や種族の差があっても、愛を選ぶ二人のロマンチックさがいいよね……!

 私の母は勇者パーティーの僧侶だった。まだ父の元へ到達する実力もないのに、勇者たちが無謀にも挑んできた際、他の仲間が逃げるための囮として見捨てられたのだ。戦う術をほぼ持たない回復役でありながら決して諦めない母の姿に一目惚れして、父は母を口説き落とした。

 そうしてここにいるのが私ってワケ。

 ちなみに父は歴代の中でも魔力がずば抜けて高く、魔力回路の数も比ではなかったためか勇者に倒された後も魔力が完全に断たれることはなかった。稀にそういう魔王もいたらしい。人間程度の魔力回路しか持っていなければツノが生えてくることもない。低級のスライムなどがツノを持たないのがその証拠だ。生き物としての角と魔力でできたツノは正確に言えば違うものなんだけど、それはまあいいか。

 父が倒された後に落ちたツノは、母が大事に飾っている。まあかっこよかったもんなぁ。性格はアレだし、調子に乗るから「おとーさんかっこいい」なんて子どもの頃のようには絶っっっっっっっ対に言わないが、父の造形は美しい方だと思う。あえて造形という言い方をすることで、父はツノや服装のことだと勝手に勘違いしてくれる。母も父が一目惚れしちゃうくらいには美人だし。贔屓目かもしれないけど。


『ほらぁ、だからやめときなさいって言ったじゃないの』

『そうはいっても心配なんだよ』

『あのねぇ、アトちゃんももう大人なんだから』


 電話の向こうから母の声も聞こえてくる。

 母が止めてもきかなかったんだな。そういうところは相変わらずって感じだ。


『街に行って変な男に騙されでもしたらどうする!? ナンパとかされちゃうだろ! あんなに可愛いんだから!』

『あら別にいいじゃないの。あなただって人間(わたし)と結婚したんだし』

『それとこれとは話が別だっ』


 父のうるさい声が響く。これ防音張ってなかったら化粧室の外まで聞こえていたかもしれないな。


「あー、他に用ないなら切るよ? 知り合い待たせてるから」

『何ッ!? もしかして男か!? 男なのかッ!?』

『ほら、もういいから。私たちも出かけるんでしょ? ごめんねアトちゃん。パパのことはこっちに任せて大丈夫だからね』

「あ、うん。でも今日は友達とランチだし、魔王領(うち)からそこまで離れてないから、遅くても夕飯までには帰るよ」

『あら、そうなの? デートだと思ったのに』

「デッ……ち、ちがうよ!」

『今日のお洋服、可愛いかったわよ。自信もってね。それじゃあ、帰りは気を付けて。楽しんでらっしゃいね~♡』


 母の後ろで父の泣き声が響いていた。電話が切れたのを確認して深く深く溜息を吐く。

 防音魔法を解除する。化粧室に誰も入ってこなかったのが幸いだ。個室占領しちゃってごめんなさい。心の中で謝りつつ、テーブルに戻ることにした。戻りたくはないけど。

 何かあったら転移で戻ろう。私は魔力量多くないから、転移魔法使ったら三日くらいは熱出るかもしれないけど、勇者にやられるよりマシだもんね……。


 席の近くまで戻ってくると勇者が嬉しそうに窓の外を眺めていた。

 太陽の光がキラキラ降ってきているようで、さらに輝いて見える。顔が良いタイプって、自然すらも自然に味方になっちゃうのかな。黙って座ってるだけで絵になるのが、なんかムカつく。

 店内の女性たちはチラチラと勇者を見ているのがわかった。やめておいた方がいいですよ、お姉さんたち。たしかにこの男は顔もいいし背も高いし声もいいし、たぶんお金も持ってる職業『勇者』のハイスペック勝ち組だけどね、よく考えてくださいよ。

 魔王と戦って勝ったということはね、こいつ平気で人を殺傷できるやつなんですよ。(うえ)と思想が違えば、相手が国の代表(トップ)だろうが貴族だろうが躊躇わず仕事として冷酷に斬り捨てられるってことなんですよ。ないって。DV・モラハラ予備軍の可能性あるじゃん。むしろ暗殺者に近いじゃん。『他人に冷たい男が、私にだけ優しくしてくれるのがいいの♡』なーんて夢は捨てたほうがいいって。他人にも自分にも優しくできる人のほうが安心できるでしょうにー。


 思わず立ち止まっていた私に気付いて、勇者がふわりと笑った。

 ドキッてなんだ。不整脈か。


「おかえり。大丈夫でしたか?」

「ぁ、はい。すみません……おまたせしちゃって……」


 慌てて席に戻った。くそう、勇者なのに! 顔が良い。声が好みすぎる……っ!

 でもだからと言ってそう簡単にほだされてやるわけにはいかないのだ。なんせこの男、私の父を殺した男なのだから。……生きてるけど。


「急ぎの連絡? お仕事とかなら無理せず――」

「ぁっ……ち、ちがいます! 家族からで……」

「そうだったんですね」


 こくこくと無言で頷く。店員さんの声がしてタイミングよく料理が運ばれてきて助かった。これで家族の話から料理の話にシフトすればいい。

 ことりと目の前に置かれていく料理。

 トーストしたサンドイッチに野菜たっぷりのサラダ、それにグラタン。なんとデザートまでついている。


「お、おぉ……」


 思わず声が出てしまった。美味しそう。


「美味しいですよ。アトさんのお話聞いて、ここのランチきっと好きだろうなぁって思ってました」

「はい、美味しそう……! ですっ」

「さぁ、冷めないうちに食べましょうか」


 ウンウン頷いて目の前のランチに集中する。いただきます。

 グラタンにスプーンを入れると、湯気と一緒にいい香りが漂う。まだ熱々だからこのままちょっと置いておこう。私は猫舌なのだ。デザートはもちろん最後。サラダも美味しそうだけど、まずはこのトーストサンドイッチから。

 手に取るとまだ少し熱いくらい。一口かじるとサクッと好みのトースト加減。熱でしなりすぎていない野菜のシャキシャキ感。チーズとソースも多すぎず少なすぎず。


「おいし……」

「ふふ、良かったです」


 そこからしばらくは料理に夢中ですっかり話をするのを忘れていた。

 どうにも美味しいものに夢中になると、口の中の美味しさが幸せすぎて、耳から入る音を聞き逃してしまいがちだ。

 あっという間に完食した頃、コーヒーの香りがした。食後とは言っていたけど、いつ声をかけたのやら。スマートにできる男の余裕みたいなのを見せつけられてちょっと悔しい。

 幼馴染とはファミレスでダラダラドリンクバー、なんてことばかりだったし、こんなにいい感じにエスコート(違う気もする)されたことなんてないよ?

 ん? でもそもそも魔王の娘――つまり王女なのにそんな待遇全然されたことないって方がおかしいのか? あれ?


 その後も趣味の話とかを適当にしつつ、時に盛り上がり、勇者であることを思い出して冷静になりを繰り返した。追加でケーキセットを頼むくらいには長居してしまった。


「今日は来れて良かったです」

「あ、はい。こちらこそ……」


 化粧室から戻ると会計が終わっていて、何もかもスマートだった。友達や幼馴染とは自分の食べたものは自分でのスタンスだったから、こういうのは親か親戚にしかされたことがない。払いますと言っても頑なに受け取ってくれなかった。付き合ったり、うっかり結婚とかした日には財布取り上げられて全部管理されそう。怖い。


「アトさんが良ければ……またこうやってランチとか……お茶でもしませんか?」


 ちょっと照れながら言う勇者。はいはい。そんなふうに言ったら落ちない女はいなかった、ってやつでしょ。わかるよ。そんな手には乗らないよ。


「ぇ、えと……」

「そうだ、今度会う時は隣街で待ち合わせにしませんか? 前に写真アップしたケーキのお店があるんですよ」

「ケーキ……!」


 つられてしまった。

 ほいほいつられてしまった……。

 美味しいご飯とスイーツには目がないのだ。魔王城で出される料理は毒見もあるからそれなりに冷めていることが多い。量が少ない。おかわりしたいと思うほどじゃない。贅沢なんだけどね。

 たまに母が作ってくれることもあって、熱々の料理が嬉しかったりもするけど、作ってほしいなんてわがまま気軽に言えない。私は、父から引き継いだ仕事を覚えるので必死だし、私がカバーできないぶんを父と母が受け持ってくれている。結局、雇ってる料理人さんに作ってもらうことが多いんだけど、魔王領らしいものすごい色味だったりする。スープが紫とか、無駄にカラフル。人間の料理もたくさん作ってほしいんだけどな。ほとんどの魔族には人間の料理はさっぱりしすぎていて味気なく感じるらしく、あまり人気がなかったりする。私や父みたいに人に近い姿をしているものほど、人間と好みが近くなるらしい。父も割と濃い味が好きなのだが、今年の城の健康診断で数値が引っかかっていて母に止められている。母も料理はできるがそこまでレパートリーは多くない。というわけで、罠だとわかっていても美味しい料理とスイーツが目の前にあると避けられないのだ。

 とはいえ、一人で人間の街まで行くのは非常に難しい。

 今回のように、友達や知り合いと一緒に遊びに行くということでもない限り「魔王領(うち)の中だけにしなさい」と父がうるさく言ってくる。

 でもね、よーくわかりました。

 うちから一歩でもでたら、こんなふうに勇者とばったり会うこともあるんだな~って。親の言うことって当たるんだな~って思いましたよ。はい。そりゃあ心配もするよ。魔王(わたしたち)の命を延々狙い続けてくる男がいるんだもの。

 でも、魔王は倒されるとしばらくの間は復活しないと言われているはずだ。実際にはもういるのだけど、次の魔王として勇者と戦えるほどになるまでに時間を要するのだ。なので、その時々にもよるが、次の魔王が復活する頃には勇者も別の勇者になっている。魔王が世代交代するように、次の勇者が現れるのだ。

 勇者は私たちみたいに世襲制じゃなく、生まれた時にわかるタイプと、後天的に勇者になるタイプがいると聞いている。天啓でスキルが与えられるって聞いたけど、よくわからないな。


「すみません、僕はこの後用事があるので送ってあげられないのですが……」

「いえいえ! ここで、だいじょうぶ! ですからっ」


 申し訳なさそうにする勇者。家までって魔王城()までになっちゃうから困るんでマジで辞めてください。即バトルですよ。侵入者扱いですよ。勇者警報鳴らされちゃいますから。


「ぇと……家族が、迎えに来てくれる……って言ってたので」

「そうですか。それならよかった」


 嘘である。一人で帰る。

 ここから家までは山を越えることになるのだが、転移魔法で一瞬なのだ。

 よく行くところをこの周辺とぼかして伝えてある。勝手にこの近辺に住んでいると思ってくれているのだろう。この街はそこそこ大きいからそうそうバレることもないだろう。


「それじゃあ……また」

「ぁ……はい。また……」


 勇者は笑って歩き出した。

 ……終わった。緊張した。まさかマチアプしたら勇者が来るなんて思わないだろう。

 生き延びた。私も歩き出して、思わずスキップでもしそうになった。


「――アトさんっ!」

「ひゃいっ!?」


 勇者が走って戻ってきた。何? なんかやらかした?

 思わず頭を触る。ツノは出てない。


「今日は……本当にありがとうございました。楽しかったです。それをちゃんと言いたくて……」

「ぇ……? それだけ……?」

「はい。それだけ、です」


 それだけ言うために走って戻ってきたの?

 別にアプリのメッセージで一言送れば済む話なのに。


「すみません……引き留めてしまって」


 夕陽に照らされてか、勇者の顔が赤くなってるように見えた。

 あれ? なんか、可愛くない……?


「それじゃあ――」

「あ、あのっ!」


 彼がそのまま行ってしまいそうだったので思わず手を掴んで引き留めてしまった。


「……その、わ、私も……楽しかった、です」


 後半は聞こえてたかどうか怪しいくらい小さい声にしかならなかった。


「……そうですか」

「は、はい……」

「……嬉しいです」

「……はぃ……」


 顔から火が出そうというのはこういうことかもしれない。


「次の日程は、またご連絡しますね」

「……っ」


 彼の顔をちらりと見れば、本当に嬉しそうに笑っていた。目を逸らせなかった。

 そして今度こそ彼は去っていった。

 私はしばらくその場に立ち尽くした。彼につられて私も思わず手を振って見送ってしまった。


 んわー! 何やってんの私! 思わず手掴んじゃった!

 さすがに手に触れたくらいで魔王だとはバレない……よね?

 緊張で鼓動がうるさい。これ、動悸? 動悸だよね? バックンバックン鳴っているのがわかる。

 それに顔が熱い。絶対熱があるよ、これ。


「はぁ……帰ったらお医者さんに相談しようかなぁ……」


 その後なんとか転移で家に帰ったものの、案の定熱が出て三日も仕事を休んでしまった。

 ようやく一息つけて全然見れていなかったアプリを見たら、ノトさんからメッセージが届いていた。


『ちょっと出張が入ってしまったんで、カフェの約束、来月末か再来月でも大丈夫ですか? 都合がつきそうな日があったら教えていただけたら嬉しいです』


 ぼぼぼっと熱が上がった気がした。

 いや勇者だから! 勇者ですからこれ!


『それと……いつかアトさんのご家族にもお会いしてみたいです。話を聞いてて楽しそうな人たちだなって思えたので……』


 いや、会ってますよあなた?

 会ったどころか剣突き立てましたよね、父に。


 でも、ノトさんは小さい頃に両親を亡くしていて家族に憧れがあるって言ってたしなぁ。妹さんを育てて親代わりとして頑張ってきたのはすごいと思う。私に同じことができるかどうかわからない。だから温かい家族に憧れがあって、私の家族の話を聞くのがとても楽しいと言っていた。嫉妬とかじゃないんだ、というところもとても好感ポイントだったんだけど。まあ勇者様だったからかな。しっかりして、私。

 頬をぺちぺちと叩く。

 勇者にハッキリ言ってやるんだ。

 ぽちぽちとスマホに文字を打つ。


 ――来月末は厳しいかもしれないので、再来月の早いうちにスケジュールあけられるよう調整しておきます


 送信。

 ふう。甘いものと美味しい物には抗えないのだ。

 ノトさんを勇者として、私が魔王として対応するのは、もうちょっとスイーツ味わってからでもいいよね?

 通知音が来て、ノトさんから次のお店のケーキの写真が送られてきた。それとメニューと口コミも。


『どれを食べるか、今のうちから悩んでおきませんか?』


 いい提案じゃあないの。

 リンク先のメニューと写真を眺めているうちに、気付けば寝落ちていた。


 美味しいもの最高。

 何か忘れている気もするけど、忘れてるってことは多分重要じゃないから……まあいっか!

 再来月のケーキのために、今日もお仕事がんばるぞ~!


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