リダイヤル
10年振りの磯の香りは寂寥を運ぶ。
錆びた駅名のプレート。
人影の無いホーム。
かもめの声。
「相変わらず、か」
思わず呟いて苦笑する。
私は改札を抜け、待合室へと向かった。
閑散とした待合室。
薄暗い雰囲気にカラフルなプラスチックの椅子が不釣り合いだった。
私は椅子に腰を降ろすと缶コーヒーを開けた。
車内販売で買ったコーヒーはすっかりぬるくなっていた。
もっとも別な事が気になっていたのでそれは些末な事であったが。
約束の時間を過ぎていた。
既に15分。
全くこれも相変わらずだ。
昨日の電話では『10:30オッケー』と即答だった。
アイツはいつもそうだった。
軽薄で、テキトーで、ルーズで、見栄っぱりで、酒呑みで、小肥りで、薄毛で、それでいて憎めない男だ。
多少の不満は許容されるのはアイツの人徳なのだろう。
私が同じ事をしても同様の結果は望めない。
20分が過ぎた。
さすがにイラつき始めた。
そういえば5年前、突然音信不通になった事があった。
ある日電話をかけると音声ガイダンスが流れた。
『お客様がおかけになった番号は・・・』
最後まで聞かずに切ってリダイヤル。
やはり同じ。
今度は間抜けなメロディが鳴ってスグに切った。
それから一ヶ月半程したある日、アイツからの着信がきた。
『いやぁ、山西です』
いつもと同じ、どこか何かが抜けた声。
「何をやってたんだよ?また呑み過ぎて文無しでケータイ止められたのか!?」
安心しつつもイッキにまくしたてた。
アイツは何度も『済まん、済まん』と言うと事故で入院していたと告げた。
そういえばアイツは運転もテキトーだった。
同じ職場に居た頃はアイツの運転で何度も死ぬ目にあった。
それにしても入院とは穏やかではない。
『いやぁ、峠攻めてたらガードレール破ってね』
「落ちたのか!?」
『木に引っ掛かってギリギリ止まったわ』
「生きてて良かったな。でも一ヶ月以上も入院なんて、相当の怪我だろう」
『へっ!?3日間だよ』
「は?」
『3日入院しただけ』
「・・・・連絡が取れない理由にはならんな」
『そっか?』
「死ねばいいのに」
『ソレ、ひっでぇ!』
あの時はアイツのテキトーさに笑ったものだが、今回はもう笑えない。
30分が過ぎていた。
私はシビレを切らして駅をあとにした。
直接家に行く事にしたのだ。
実家住まいなのだから誰か居る筈だろうし、何より他所の街をぶらつくのが実は好きだった。
電話はしない。
行き違いで焦らしてやろうと云う意地悪もしてみたかった。
10年前、携帯でナビをされながら行ったアイツの家は、駅から程近い場所にあった。
駅前広場を抜けて国道を渡る。
左手に海を眺めなから海岸通りを歩く。
潮風が頬に心地好い。
3つ目の信号を曲がり、中通りアーケード街を歩く。
この道は少し遠回りだが『商店街』と云う雰囲気が好きで冷やかしながら歩いた。
途中、肉屋で揚げたてのコロッケを買った。
手渡された紙袋を持って再び歩く。
一度行った場所は忘れない特技のある私は寄り道をしつつも迷わずに到着した。
二階建てのスレート壁。
少し錆の浮いた車庫のシャッター。
山西の表札。
間違い無い。
呼び鈴を鳴らした。
少し間があって、奥から返事がした。
他所行きの少し高めの女性の声だった。
引き戸の玄関の戸が開いた。
50代後半の女性が私を見て怪訝な表情をしている。
訪問販売か何かと思っているようだ。
「私、山西・・・・武司君と以前同じ職場で働いていた・・・・」
「あぁ、吉沢さん!前にも来てくれたわね」
表情が明るくなった。
「覚えていてくれていましたか?」
「武司もきっと喜ぶわ。さぁ、あがって下さい」
もの言いに一瞬引っ掛かったが招きに従いお邪魔させてもらった。
居間に入るとおばさんは仏壇に手を合わせていた。
「武司、お友達が来てくれたよ」
確かにそう言っていた。
私は訳も分からず内心混乱をしていたが、努めて平静を装い合掌をした。
「アイツ、コロッケ好きでしたよね」
私は紙袋のコロッケをおばさんに見せた。
おばさんは『ありがとう』と言って小皿を取りに台所へ中座した。
私はその隙に位牌の裏を見て愕然とした。
5年前、音信不通のあの時期の日付が記されていた。
コロッケを供え、もう一度合掌すると、試しに聞いてみる事にした。
「武司君はどちらで?」
「あの子は羽山峠のカーブで・・・8合目のガードレールを・・・」
「そうでしたか」
後の会話はよく覚えていない。
電話の話は伏せておいた。
逆撫でするだけかもしれないし、信じがたいだろうから秘密にした。
最後にお墓の場所を尋ね、アイツの実家を発った。
町外れの小高い丘にある墓地にアイツの名前が刻まれた墓を見つけた。
花とビールと………思い付く限りを供えた。
「死んだ事も忘れてよ、ドコまでテキトーなんだよオマエは」
私は泣きながら悪態をついて暫くは墓前に立ち尽くしていた。
帰りの列車に揺られていた。
街の灯りが遠ざかる。
小さな街のささやかな灯り。
二缶目のビールを空けながら自宅へ電話を入れた。
「あぁ、俺だ・・・・いや、泊まらないわ・・・・帰ったら話す」
今は説明する気力も無かった。
とりあえずそれだけ告げると携帯を置いた。
直後のことだった。
アイツから電話が来た。
私は一瞬ためらったが出てみる事にした。
今思えばたいした心臓だと思う。
「もしもし」
『....ありがとう』
一言を遺して直ぐに切れた。
話したいこと聞きたいこと、山のようにあったが何も聞けずに切れてしまった。
リダイヤルは...する気にはなれなかった。
―了―




