第9話:少女モードオンライン・フィナーレ
1. 待ち合わせ:アバターを脱いだ「俺たち」
春の夜、街角のカフェテラス。
光る看板に「SMOプレイヤーズオフ会」の文字が小さく掲げられている。
待ち合わせの10分前。
一番乗りしたのは、神崎雄一だった。VRMMO《少女モードオンライン》でのリーダー、金髪美少女ユイナの「中の人」である。
雄一は、どこにでもいる冴えない浪人生の格好だ。ヨレたパーカーにジーンズ。彼はアバターの「金髪、透ける肌、無垢な瞳、大きな胸」とは似ても似つかない低い背丈と、少し猫背気味の姿勢で、待ち合わせ場所のカフェテラスを緊張して見つめていた。
「はぁ……なんで俺、こんなことになっちゃったんだ」
彼は、周囲の通行人に「この場所に美少女が五人集まる」という事実を想像されないことを祈った。
緊張が最高潮に達した頃、声がかけられた。
「や、やぁ……もしかして、ユイナ?」
雄一が振り向くと、そこに立っていたのは田中直人だった。SMOでの冷静な参謀、水色ショートボブの知的セクシー担当・ナノの「中の人」だ。
ナノのアバターの知的で洗練された雰囲気とは真逆に、彼は疲れた顔色と、くたびれたスーツ姿で立っていた。連日の残業が滲み出ている。
「な、ナノ!? うわ……ごめん、全然分からなかった」
雄一の声は、ボイスフィルター無しで、低く響いた。
「お互い様ですよ、ユイナさん。アバターの再現率ゼロですね」
直人は、苦笑いする。
その直後、二人の横を、風を切るように現れたのは、鈴木亮だった。ピンク髪のムードメーカー、大きなお尻の低身長ロリキャラ・ルルの「中の人」
彼は、流行を意識した中高生ブランドの服に身を包んでいたが、アバターの「天真爛漫さ」とは裏腹に、若干空回りしているような、妙な落ち着きのなさが見て取れた。
「ルルだよ?! うわぁ、なんかリアルで会うの妙に新鮮! みんな、アバターとギャップありすぎ!」
亮は笑い飛ばすが、その声は──さすがに高校生なので低くはなかったが、ボイスチャットのフィルターで加工されていた、あの元気いっぱいなハキハキとした口調ではなかった。
そして最後に、佐藤正が姿を見せた。モデルのような細い腰に長い脚が自慢の、黒髪の魔女・マリーの「中の人」
彼は、いかにも真面目そうな市役所の制服を着ており、アバターの中二病的なオーラは皆無。筋力も魔力も少なめの、ごく普通の公務員だった。
「マリーです。……ナノさん、ユイナさん、ルルさん。実物は魔力どころか筋力も少なめです」
四人は笑って、乾杯した。
グラスの中身は、未成年が二人いることもあって、カフェで一番地味なアイスティーでの乾杯だ。──四人の喉仏が、同時に動く。
待ち合わせ場所には、五人目の影がまだ足りなかった。
2. 談笑:真実の瞬間
最初のうちは、全員がアバターの話題に終始した。ゲームの戦闘バランス、イベントのバグ報告、そしてシオンの話題。
「マリーの詠唱スキル、まじで爆発力あるよな」ルルが言う。
「あれは、現実でのストレスを魔法に変換してるからね」
佐藤が、真面目な顔でブラックジョークを言う。
「ナノのデータ分析には本当に助けられた。あれがなかったら、『ぷにぷにの森』はクリアできなかった」
雄一が感謝を伝える。
「いえ、あれはただの『非効率なシステムを効率化する』という、仕事の延長です」
直人はそう答えるが、その顔には、ゲーム内で得られた達成感が浮かんでいた。
四人はアバターという鎧を脱ぎ、現実の姿と声で爆笑し合った。「中の人バレ」の恐怖は、既に「最高のコメディ」へと昇華されていた。
「てか、さ」
ナノ(直人)が言った。
四人のうち誰が一番「男」だったかという話題から、自然に次の疑問へと移る。
「僕たち四人が男だったのはいいとして……問題は、シオンだよ」
雄一がゴクリと唾を飲み込む。
「そうだな。シオンは、今もボイチャで『女の子の声』を出してた。もしかしたら、本当に……」
その瞬間、カフェの扉が開き、風が吹き込んだ。
そこに立っていたのは、白いシャツに黒いパンツという、シンプルだが無駄のない服装の女性だった。背筋がまっすぐに伸び、その立ち姿は、まるでモデルのように整っている。
彼女は、静かに四人のテーブルに向かって歩いてきた。その動作の一つ一つが、ゲーム内のシオンのアバターと驚くほど一致していた。
「ごめんなさい、遅れたわ」
白いマグカップを持った彼女──シオン(中の人:不明)は、四人の顔を見て、目をぱちくりとさせていた。
「え、えっと……みんな、どうしたの? そんなに笑って」
四人の男たちは、笑いを止め、ゴクリと唾を飲み込む。
直人は勇気を振り絞り、シオンに向かって、核心を突く質問をした。
「シオンさん。単刀直入に聞きます。僕たち四人は、アバターの性別と違って『男』でした。あなたは……」
シオンは、その問いかけに、一切の動揺を見せず、微笑んだ。
「……わたし? 女だけど?」
沈黙。誰も動かない。コーヒーの香りだけが広がる。
そして、四人の驚きと混乱の極致で、悲鳴のような声を上げた。
「「「「ええええええ!? やっぱりかよ!!」」」」
「じゃあ、このギルドで、アバター通りだったのはシオンだけかよ!!」
カフェの空気が爆発した。
四人は、アバターの「少女の皮」を脱ぎ捨てた「男の声」で大笑いした。
3. シオンの正体と男たちの納得
そして。
「「「「だと思った」」」」
四人全員、納得したように頷いた。
シオンは困惑して首をかしげる。
「え、えっと……どういう意味?」
直人が、緊張を解かれた開放感からか、冷静に分析を始める。
「いや、動きがね。ゲーム内のシオンさんのアバターの動き、女性として見た際の所作に全く無駄がなかったんですよ。モーションの強制補正すら、身体能力で上書きしているように見えた。僕ら男性プレイヤーが、どれだけ頑張っても出せない『精度』だった」
亮が興奮気味に続けた。
「だよね! ゲーム中の指示の的確さ、『武術の嗜みがある』って言ってた通り、マジで訓練された動きだったから! 僕たち四人が無理して『少女』を演じてたのとは、根本的に違った!」
佐藤も頷く。
「我々四人が『中身おっさん・少年』のギャップで大混乱していたのに、あなただけはアバターと中の人が一致していたから、動揺がなかった」
雄一は、深いため息をついた。
「俺は、リーダーとしてシオンを頼ってたけど、まさか本当に、唯一のアバター通りの『本物の少女』だったとはね…」
シオンは、彼らの話を静かに聞いていたが、小さく微笑んだ。
「なるほど。そうだったのね。みんな『少女』のアバターで『男』だった」
彼女の言葉には、嘲笑も嫌悪感もなかった。ただ、事実の確認だけがあった。
(……いや、絶対今知ったよね)
シオンは心の中で小さく、そして慣れたようにため息をつく。彼女の秘密は「性別」という簡単なものではなかった。
4. シオンの秘密とエピローグ
談笑が再開される。彼らは、もう互いに嘘をつく必要がない。アバターの話から、現実の悩みへと、会話は深く、濃密になっていった。雄一の浪人生活、直人の仕事のストレス、亮の学校での退屈。
シオンはただ静かに、彼らの話を聞いていた。
彼女は、本名も職業も明かさなかった。
別れ際、カフェの外、夜風が頬を撫でる。
ユイナ(雄一)が、シオンに尋ねた。
「ねぇ、シオン。どうして、そんなにゲームが上手いの? ただの『武術の嗜み』ってだけじゃないよね?」
シオンは、夜空を見上げた。
「そうね……」
彼女は、少し間を置いて、まるで秘密を打ち明けるように、静かに言った。
「私は、少し特殊な訓練を受けているの。そして、このSMOは……私の『訓練シミュレーター』として、最適だったから」
「訓練シミュレーター?」
雄一は聞き返す。
「ええ。このゲームのアバターの物理演算とモーション制限は『精密な身体制御』の訓練に最適なの。特に、私のような『ヒーラー』でありながら『前衛』をこなすという動きは……ね」
彼女の言葉は、まるで連載の新たな伏線のように、雄一の頭の中に響いた。シオンは、ただゲームを楽しんでいるのではない。彼女には、アバターの可愛さを超えた、遥かにシリアスな目的がある。
別れ際、雄一がつぶやいた。
「なんかさ……笑いすぎて疲れたけど……」
「ん?」
「現実で会っても、やっぱみんな『仲間』って感じだね」
「わかる」
ルルが言う。
「性別とか年齢とか、もうどうでもいい感じ」
シオンが微笑む。
「うん。ゲームの中では、みんな同じ『少女』だったもん。そして、最高のチームよ」
笑い声が重なり、夜の街に溶けていく。
次の日。
《少女モードオンライン》の草原に、五つのアバターが並んでいた。
「今日もクエスト行くよー! ユイナ、宝箱は開けるなよ!」
「うす!」
現実では、それぞれ違う顔、違う性別、違う年齢。
けれどゲームの中では、いつまでも同じ最高のチームだった。
光があふれ、ログイン音が響く。
──《リリカルハーツ》、今日も可愛く再出陣!
【完】(連載第1部 完)




