第7話:ギルドダンジョン突入とリアルへの恐怖
1. 黎明の迷宮:高難度エリア
オフ会を約束した日から、ギルド《リリカルハーツ》の空気は、微妙に変わっていた。
ゲーム内での会話は相変わらず陽気で、ルルの笑い声とマリーの詠唱が響いている。だが、ログアウト後の現実で、この四人(ユイナ、ナノ、マリー、ルル)は、アバターの「少女の皮」を剥がされることへの、言い知れない緊張と恐怖を抱えていた。
そんな中、ユイナは、現実の緊張を振り払うかのように、次の目標をギルドの皆に提案した。
「よっし! オフ会前にデカい実績を作ろーよ! 高難度エリア《黎明の迷宮》突入!」
メンバーは、それぞれの不安を胸に秘めながら、それでも、楽しむために今このゲームにログインしているんだ、という気持ちで、余計な考えを締め出した──。
五人の少女アバターが、ギルドダンジョンの入り口、巨大な石造りの門の前に並ぶ。門からは、冷たく、どこか機械的な空気が漏れ出ていた。
「これ、敵のレベル明らかに高くない?」
ナノが淡い水色のショートボブを揺らして、数値を確認する。
「レベルだけじゃないよ。迷宮の構造自体が、プレイヤーの心理を誘導するトラップで満ちているわ。データによると、ここをクリアすれば称号もらえるんでしょ? 《春風の五乙女》……絶対ほしい!」
ルルが、ピンクのツインテールを振り乱し、燃えるような目をする。ルル(中の人:高校生・鈴木)にとっては、ゲームでの実績と派手な称号だけが、現実の退屈な高校生活を忘れさせてくれる「青春の証」だった。
「行くよ、みんな。気を引き締めて!」
ユイナの号令と共に、五人は光の粒子となって門の中へ吸い込まれた。
2. ユイナの善意とトラップ
迷宮の内部は、幻想的な外観と異なり、石造りの冷たい回廊が続いていた。進むたびに、床から炎が噴き出し、天井から毒矢が降ってくる。
「落ち着いて…落ち着いて…。シオンの言う通り『常に壁際を歩く』ことが、トラップ回避の基本だよ!」
ユイナはリーダーとして、シオンの指示を復唱し、皆を鼓舞する。
ユイナ(中の人:浪人生・神崎)は、この数日、現実の勉強にも身が入らなかった。オフ会で「冴えない浪人生」だとバレて、ギルドのリーダーとしての地位を失うのではないかという不安が、常に頭の中にあった。だからこそ、ゲーム内では「完璧なリーダー」でいなければならなかった。
彼は、常にメンバーのことを考えた。
それが、彼の「善意」だった。
回廊の曲がり角を曲がった瞬間、視界の奥に、眩い光を放つ宝箱が置いてあるのを発見した。
「宝箱だ! いいもの入ってるかな? よし、リーダーとして、みんなに分けてあげなきゃ!」
ユイナの「善意」が、反射的にアバターを宝箱へと向かわせた。
「ユイナ! 待ちなさい! 迷宮内での、無防備な宝箱は99%トラップよ!」
ナノが叫ぶが、もう遅い。
ユイナは勢いよく蓋を開く。
ドンッ!!
爆煙。全員のHPバーがごっそり削れる。ユイナのHPは半分以下になっていた。
「ちょっ……ユイナ!? 何開けてんのよ!」ルルが悲鳴を上げる。
「わ、わたし……善意で、みんなにいいものを……」
ユイナが、アバターの可愛い声で、情けない言い訳をする。
「善意が私たちを殺すところだったんだよ! もう、ユイナは前に出ないで!」
マリーが中二病の鎧を脱ぎ捨てたような、素のトーンで叫んだ。
3. シオンの精密機械と動揺する男たち
大混乱の中、シオンだけが動揺を見せなかった。
白い外套を翻し、シオンは冷静にユイナの前に出る。
「回復を入れる。マリー、後衛支援。ユイナ、あなたは前に出ないで」
「りょ、了解!」
ユイナは、シオンの有無を言わさない声のトーンに、現実でも上司に怒鳴られたような錯覚を覚えた。
シオンがユイナに近づき《ライト・ヒール》を放つ。その際、ユイナのアバターは、シオンの身体の動きを間近で見た。
シオンの指先、手の甲、そして上腕。無駄な贅肉が一切ない、引き締まった筋肉のラインが、アバターのテクスチャを通して、ユイナの目に焼き付いた。
(待てよ。この『精密さ』は……単なるゲームスキルじゃない。アバターの物理演算が、中の人のフィジカルを反映しているとしたら、シオンはマジで……)
その疑問を、頭の隅に追いやるように、ナノの声が響く。
「もうダメだ! ボス戦じゃないのに、このダメージ。僕、オフ会で『こんな無能な男』ってバレたら、もうこのゲーム続けられないよ!」
ナノ(中の人:SE・田中)は、現実での仕事のミスを、ゲーム内での「非効率」と重ねて恐怖を感じていた。彼は美少女アバターという「鎧」が、現実の彼の失敗や無能さを隠してくれると信じていたのだ。
「ナノ、落ち着け! 俺だって怖いんだぞ! 『ピンク髪の陽気な美少女』の正体が、メガネの冴えない高校生ってバレたら、皆引くって!」
ルル(中の人:高校生・鈴木)も、パニックになる。
マリー(中の人:市役所職員・佐藤)は、声を押し殺して言う。
「僕だって……『闇の炎を操る魔女』の正体が、公務員の筋力のないおじさんだなんて……! オフ会なんて、行きたくない……!」
彼らがボイチャで「俺」や「僕」という一人称を使って、本音を漏らしたのは、初めてだった。
シオンは、彼らの動揺を聞き流すことなく、短く、切り出した。
「ゲームの中で、君たちが『最高の少女』であることに変わりはない。現実がどうあれ、このチームの強さは本物よ。──前を向いて。敵が来る」
その声は、優しさではなく、プロフェッショナルとしての確信に満ちていた。




