第3話:ぷにぷにの森の大混乱とナノの決意
1. ぷにぷにの森へ
チュートリアルを終え、《リリカルハーツ》の五人の少女アバターは、広大な草原の先に広がる「ぷにぷにの森」へと足を踏み入れた。
ユイナも慎重に小路を踏みしめながらも、相変わらず、歩くたびに上下して視界に入る胸には、まだ慣れないご様子。しかしどこか誇らしげだ。
「さすがSMO、森までキラッキラだね!」
ルルが、ピンクのツインテールを揺らして、感嘆の声を上げる。森というより、巨大なキャンディでできたファンタジー世界。地面には光るキノコが生え、木々からは虹色の蜜が滴っている。
ユイナが、仲間たちをチラリと見渡す。
淡い水色のショートボブに、知的な眼鏡セクシー担当のナノ。
ピンクツインテールで元気いっぱい。低身長・お尻担当のルル。
黒髪ロングで高身長だけど、中二病キャラのマリー。
そして凛とした白髪のシオン。
(私は……この胸が担当なのかな?)
この個性的な五人が揃っているだけで、ワクワクした気持ちになった。
しかしユイナは、既にこの「可愛さ」が、このゲームの最大の罠だと気づき始めていた。
「ルル、気を抜くなよ。エネミーが出てきたら、『可愛さ』を維持しつつ、『戦闘』しなきゃいけないんだから」
「ラジャ!」と、元気よく応答するルル。
黒髪のマリーが、ゴスロリ衣装の短いスカートをはためかせながら、ぶつぶつと呟いている。
「私なんて、せっかく黒魔導士なのに、詠唱中にいちいち『乙女の微笑み』エモートが入っちゃうせいで、クールさがゼロよ『闇の炎の魔女』設定が崩壊するわ」
「いや、その前に。中二病のセリフをどうにかしたら?」
そんなやり取りをよそにナノは、既に戦闘シミュレーションを開始していた。彼女は、アバターの「可愛さ」に隠された非効率性に、既に苛立ちを覚えていた。
「見て! 最初の獲物だよ!」
ルルが指さす先には、森の名を冠するモンスター「ぷにぷにスライム」がいた。チュートリアルスライムよりも一回り大きく、透明なゼリー状の体の中には、小さなクマのぬいぐるみが透けて見える。
ぷにぷにスライムがユイナたちに気づくと、「ぴゅるるん!」という効果音と共に、体が風船のように膨らみ、周囲にシャボン玉を撒き散らした。
「かわいい…可愛すぎる! でも、これこそが罠なんだ!」
ユイナは金色の髪を強く結び直し、覚悟を決める。可愛さに惑わされてはいけない。これはあくまでゲームだ。
2. ナノの戦闘分析と苛立ち
ナノは、ぷにぷにスライムの挙動データを即座に分析し始めた。しかし、ナノの表情は、アバターの「知的で冷静」という設定を上回る、苛立ちに歪んでいた。
(効率が悪い……全てが非効率だ!)
ナノの中の人・田中直人は、都内で働くシステムエンジニアだった。連日続く残業と、容赦のない納期に追い詰められ、彼の心は常に疲弊していた。SMOに求めたのは、「完璧にコントロールされた、効率的な癒やし」だった。自分の理想通りにカスタマイズした美少女アバターを操作し、計算通りに敵を討伐し、美しいエフェクトと数値的な達成感を得ること。
しかし、SMOのシステムは、彼の「効率」を徹底的に阻害する。
「ユイナ、攻撃は最短モーションで。ルル、連続攻撃の三段目で必ず『きらめきフィニッシュ』が入るわ。その後の硬直が長すぎるから、すぐに回避行動!」
「わかってる!」ルルが叫ぶ。「──でも、三段目になると、勝手にウインクしちゃうんだよ! そのせいで、左手のコントローラー操作が一瞬遅れる!」
ルルのツインテールアバターが剣を振る。
三段目の斬撃は、確かに一瞬、カメラ目線でウインクをするという、謎のエモートが強制発動していた。その間に、ぷにぷにスライムが「あむあむ」という効果音と共に、透明な体でルルのアバターを包み込む。
「くっ…! ぷにぷにスライムの攻撃、ダメージは低いけど、動けない!」
大きなお尻をくねくね揺らして、必死で逃れようとするルル。
「マリー、範囲魔法で敵の配置を散らして!」
ユイナが指示を出す。
「わかったわ! 『ブラッディ・ムーン・スクリーム』!……って、ああもう! 今度は『恥じらいポーズ』が優先された!」
マリーのアバターは、モデルのようなその長い脚を内またにして、両腕で顔を隠し「うぅ…」という、か弱い声を発する。周囲のスライムは、マリーのそのポーズを見て「きゅるんきゅるん」と喜びのエフェクトを出す。
(見ていられないわ! 動きに無駄がありすぎる! なぜこのゲームは、「可愛さ」という無意味な要素で、ユーザーの自由度をこんなにも奪うの!)
ナノの脳内では、現実での残業中に感じたような、コントロール不能な状況への苛立ちが募っていった。ナノは、アバターを操作する指先に、現実の疲弊が乗り移っているのを感じた。
「こんなはずじゃ……私は効率的に、ストレスなく遊びたいだけなのに!」
3. ルルの「キュートポーズ」再発
苛立ちを抑え、ナノがデータウィンドウに目を戻した瞬間、最悪の事態が起こった。
ぷにぷにスライムの群れに囲まれ、必死で剣を振り回していたルルが、突如、硬直した。
「あ、やばい……また出た……!」
ルルが、慌てたような声で叫ぶ。
ルルのアバターは、前回発生した「キュートポーズ」を再び発動させた。片足を上げ、ピースサイン。しかし、今回は前回の比ではない。ルルが敵の群れに囲まれている状況で発動したため、ハートマークのエフェクトは数十倍に増幅され、周囲のぷにぷにスライム数十体の視線が、ルルにロックオンされた。
最悪なことにお尻のチラチラも倍増されている。
ユイナが慌てて警告する。
「ルル、逃げて! それは最悪の挑発スキルだ!」
「逃げられない! ポーズの硬直が長すぎる!」
ぷにぷにスライムたちは、「ふにふに」「きゅるるん」という可愛らしい鳴き声を上げながら、ルルのアバター目掛けて一斉に飛びかかった。ルルのHPバーが、目に見える速度で急降下していく。
「マリー、ヘイトを散らして! ナノ、分析を!」
ユイナは、ルルを庇うようにスライムの群れに斬り込むが、敵の数が多すぎる。
「ダメだわ! このぷにぷにスライム、どうやら『可愛すぎるアクション』に対して、異常な興奮状態になる設定だ!」
マリーが焦りながら叫ぶ。
「可愛すぎるアクション?」
ナノは、その言葉を聞き、現実の仕事で培った「異常な状況での冷静な分析力」をフル回転させた。
次回:大勝利と、シオンへの深まる謎




