7・哉生
それから、長期の休みの度に勢雄さん家にはお邪魔していた。
二十歳になったときに、「お酒解禁だね!」って大将に言われたけど、なんとなく飲めなかった。なんでかな?わかんないけど。
わかんないことと言えばもうひとつ。
商店街の方々が、あたしを長男の嫁扱いしてくる。ちーがーうー!退院してから、あたしがお芝居を一方的に観に行くだけで、話してもないのに!もう…困る…ん……困る。
――
『満員御礼。お好きな出演キャストの撮り下ろしフォトポストカードを特製フォトスタンドでお手元に!』
勢雄さんの舞台の千秋楽に来たらそんな企画がされていた。
初日には無かったよね?
『ご購入者先着十名様に本日終演後握手会開催!』
なんですと?!
一番人気は、セイレン様のCVだった石舘さんで、既に売り切れてる。流石だね。
志山さんに、教えてあげたいけど、赤ちゃん生まれたばかりだから無理かな?メールだけ送っとこ。
…………あら?勢雄さんたら、売れ残ってるじゃん!……もう、仕方ないなあ…と、購入して、握手会……予約して。
――どんな顔して会えばいいんだろう?
あたし、あの頃どんな顔をしてただろう。
会いたいのかな?───会いたいな。
「よう、久しぶり」
「どわっ!だから耳元はやめてくださいって!」
背後からの懐かしいやり取り。
含み笑いで、全くもう、自分だけ楽しんで。
この人、ホントにこれ好きだな。
「可哀想だから買ってあげましたよ」
思い切りすまして言ってやる。
ふんだ。
「一昔前ならあいつらにも負けてなかったんだけどな」
と、言いながらもちっとも悔しそうじゃない。なんで?
一昔前って、お店にあった写真の頃のことかしら?
ご実家にまで、ファンが押し寄せて来てたんですものね。
――――むっ。…え?あれ?おや?
パシって自分の頬叩いたら、勢雄さんがキョトンとしてる。相変わらず可愛いかよ。
に、しても、
「何でまた、こんな自虐的な企画を……」
って、悪態をつくあたしに、
「どっかの恥ずかしがり屋さんに気を遣ったつもりなんだが?こうでもすれば、哀れな年寄りにお慈悲をくれる優しいお嬢ちゃんが現れると思ってな」
って、祥華さんにも似た笑みが溢れる。
やっぱ、親子だなー。素敵。
あれ?
「あたしに会いたかったの?」
気になることは聞いておく。
これ大事。
「アンケートだけって、寂しいじゃないか?しかも毎回、びっしりと書き込んで来るのに、楽屋に顔出しもしない。水臭い」
そういうことね。
会いたかった、と言われたのも驚いたけど、一々アンケートをちゃんと読んでることにも驚いた。
でも…名前。
ニックネームで記入で、住所も電話番号も書かなくて良かったから、『スーラ』って書いてたのに、ホントに気づいたのかな?
「お、推し活とはそういうものです。線引きは必要って……アンケートって読んだんですか?」
気のせいだ。ん。そう。
「読むよ。しっかり全員で回し読む。『スーラ』さんのアンケートは、みんな楽しみにしてる」
マジか?!
うわっ!
初日にアンケート用紙を持って帰って、何日も推敲して。
楽日に出すのを常として、結構びっしり書いてたのに。
勢雄さんは、あたしの頭に手を伸ばしたけど、触れずに引っ込めた。
「折角キレイにしてるのに、弄ろうとして済まなかった」
って…いいのに。
──
卒業後は、プロダクション・テルルで働くことになった。
一度だけ病院で会ったゲーム屋さんは、あたしのことを覚えてなかったみたいだけど、勢雄さんと一緒の時に会ったって話で思い出してくれた。「公開前に、先輩落とした子だ!」って、なんかそれ人聞きが悪くない?
んで、会社では目下、『デイムメイカー』のパズルゲーム化が企画、進行されているらしい。
データの救済措置――つまりはリサイクルなんですね。
あたしの心の支えであり、青春の光(笑)だった『デイムメイカー』への扱いが、癪に障りはするけれど、今一度陽の目を見るのですね!……って、言ったら「陽の目、見たっけ?」って、社員さんたち?!自社製品だよ!酷くない!
――――
歓迎会のこぼれ話で聞いたところ、『デイムメイカー』は当初、クリス様は攻略ルートどころか、声がつく予定はなかったらしい。
処が、件のゲーム屋さんが、勢雄さん曰く『うっすい縁』で引っ張って来たことで、一部の開発さん、シナリオさんその他にやる気の火をつけた、と。
だから、パッケージにクレジットもない扱いだったんですねー、と染々。
お酒を注がれようとしたけど、「飲めないんで」って断っちゃった。
………。
パズルゲームな『デイムメイカー』には、まあ思うところは色々ありはするけれど、勢雄さんの新録のお声が聴けるのなら、何事にも代えがたい。そしたら、面白がったゲーム屋さんが「勢雄先輩を口説き落としてくださいよ~」って。いや、無理じゃない?あたしにそんな力はなくってよ?
てか、会うの?会っていいの?
この間の舞台から、まだ三ヶ月もたたないのに勢雄さんは次の舞台に出演していた。
今回は客演とはいえ、間が無さすぎませんか?道理でご実家には全くもって現れないわけだ。
しっかり初日は観たんだけど。
そしたら、ゲーム屋さんが打ち合わせを兼ねて、就職祝いしてもらいなさいって、金曜日のソワレのチケット付きで、勢雄さんと会う約束を取り付けてくれた。
「『新人』の『女の子』を『一人』で『夜』に行かせるのは大いに気が引けるんだけど、次の日は休んで良いから楽しんできて!」
って、仕事…なんですか?てか!次の日、土曜日ですよ?だまされてる?あたし。
夜、かあ。
なんとなく、お酒を検索してみる。
へえ…カクテル言葉なんてあるんだ。
……
『真意が知りたい』プレリュードフィズ
『胸の痛み』カカオフィズ
や、お店にカクテルあるとは限らないし!知ってるとは限らないし!
第一、お酒のお店とは限らないし!
あたし、どうしたいんだろう?
───
「おう、待たせたな、就職、おめでとさん」
「どわっ!もう!何度言ったら!」
この人、自分のお声の破壊力を知ってるのかしら?
「デイムメイカーの続編を作るんですよ!」
「……はぁ?そんなに売れてないだろ?」
「はい!悲しいくらい売れてないです!なので、今回は流行りのパズルゲームです!キャラだけ登用です!新規録音、宜しくお願いしますね!」
勢雄さんは、くすくすと腰を折って笑い出した。
「だよな。…ったくブレねーな。で、ファミレスとかでいいか?」
「あたし、初めては勢雄さんって決めてたんです!」
何を言ってるんだ?あたし。
ほら、勢雄さんたら、笑うのも忘れて豆鉄砲食らった鳩になってるじゃない!
「お酒!お酒飲みに連れてってください!」
咄嗟に口から出たけど、間違ってない。
ん。合ってる。
合ってることにしてください。
「…あ、あーね。もう、そんな勘違いさせるようなこと言うもんじゃねーぞ?」
頭…ぽん…ぽん…。
……
「勘違い…するの?」
ぽん、ぽん。
「世の中の男が、だよ。おっさんだから間違いにならないんだぞ?」
両手を腰にして、偉いぞポーズ。
……ふん、勘違いしろよ。
大将のお店みたいな居酒屋さんを予想してたら、ホテルのバーに連れていかれた。
勢雄さんが、都内でお仕事の時に宿泊しているホテル。
昔の役者仲間がフロントさんで、内緒で自由が利く……って、内緒で何するの!って聞いたら、帰れなくなった役者さんを(追加料金で)泊めてあげたりできるくらいの融通が利くんですって。持つべきものは仲間だね。
そんな感じで、あたしの初体験の夜が始まったのです。
「なに、ニヤニヤしてんだ?気持ち悪いな」
「気持ち…!失礼だな!」
「やーらしーこと考えてんじゃねーぞ。こういうところの方が、いらん火種をつけねーんだ」
って、言われて、ああ、この人は気の良いおっちゃんじゃなかったんだと思った。
この人は、メディアに顔出ししている、特殊な人なんだ、と。




