6・片割
勢雄さんが退院した後、あたしが退院するには二ヶ月を要した。
退院したらしたで、直ぐに夏休みになってしまって、遅れた勉強を取り戻すのは、至難の業だった。
よって、高一の夏休みは補習で終わった。
とはいえ、高校生活はそれなりに楽しく過ごして。
告白とかもされちゃったりして、お付き合いとかもしてみたけど、女の子と遊ぶほうが楽しくて、放っといたら罵倒された。
いっけどね。
入試だなんだって、ばたばたして、
あっという間に大学生になっていた。
相変わらず勢雄さんは舞台三昧で、チケット買う身にもなれや、なんだけど、そこはこう……惚れた弱みってやつよね。
日参したい気持ちを堪えて、初日と千秋楽だけは押さえることで我慢した。
時々、お母さんがチケットを用意してくれたのは助かった。素直に甘える。
ありがとう、母。
で、夏休み。
チケット代のためにも、バイトでもやろうと検討していたら、母に電車で二時間程離れた観光地を薦められた。
なんでここ?って聞いたら、お父さんと遊びに行きたいから!って。
まだ学生のあたしになに言ってんだ?この人は。
まあ、お父さんには反対されましたわな。
「住み込みでバイト?未成年なのに何考えてんだ」って。
あたしもそう思う。
母曰く、家族経営のお店のお宅で泊まらせて頂けてのお仕事らしい。
……って、母? すでに決定事項なのですね?
そんなこんなで、大学一年の夏休みは、
気づけばもう全てお膳立てされておりました。
勢雄さんの舞台だけは観に行かせてください、後生ですから。
───で、気づけば夏某日。
ニヒルな面持ちの電車に小一時間ほど揺られてやってきました、観光地。
その駅の片隅に、ひっそりと象さんが御座したお城の情報を発見。
今はいらっしゃらないのね。
お亡くなりになって幾星霜。
アイドルだったという象さんに、合掌。
駅前のお土産やさんをするすると通り抜け、裏通りに。
そーいや、父と母はこの後、もう少し先にある遊べる温泉で遊ぶんだとか…大学生より遊んでないか?ま、夫婦仲良いのは何より。
そうして着いたのは、なかなかの店構えのかまぼこやさん。
観光客もちらほらいるけど、地元密着型な様相で、お隣は同じ屋号の居酒屋さん。
て…屋号…。
「かまぼこのせお……??って、もしやお母さん?!」
「そのとーり!なんと、勢雄さんのご実家であらせられます!」
「なんだと!」
あたしより先に、お父さんが驚いた。
「昔のファン仲間では有名なのよ。思い返して探してみたら、バイト募集してたから、一石……何鳥かしら?」
なんて、涼しい顔してる。
「……ここで、お泊まり?」
「あら?嫌かしら?」
ぶるぶる、頭をふって、勢雄さんのスケジュールを思い出す。
ん。地方公演中。
で、半月後に戻り公演。
多分、会うことはない。
店先で騒いでいたら、すんごい和服美人さんが現れた。
「おや?もしかして祥匡のファンかい?久しぶりだねぇ…」
粋とか、イナセとか、この人のためにある言葉なんでは?と思うような美人さん。
お母さんがお父さんをそっちのけで、
「バイトをお願いした者です。初めてでご迷惑お掛けしますがよろしくお願いします」
「こちらが?あの子もいい年して、えらくまあ、若い子引っ掻けたこと」
あたし、引っ掛けられてたの?いやいや。
「何々?!お兄ちゃんのファン?!そんなのまだ存在してたんだ!」
と、先の美人さんとは、タイプの違う美人さん。おお…目が癒される…。
お母さんは、何か言いたげなお父さんを引きずって、あたしをその場に残して去っていった。
「おっふろ!おっふろ!」
……母?
ろくな紹介もなしに取り残されたあたしだけど、美人さんたちを失望させては居たたまれない。
「杉田 弥依、十八才です!ご迷惑お掛けしますが、よろしくお願いします!」
元気良く宣言したぜ。
「何から始めましょう!」
と、働く気満々だったけど、
「明日からでいいわよ。今日はゆっくりなさい」
いいんですか?美人母さん。
「そうそ。この辺初めてでしょ?暇な旦那に案内させるから──」
美人妹さんがすっと奥に入ると、優しげな男の人を連れてきた。
「これ、うちの旦那。…ほら!可愛いからって手出しちゃダメよ」
と、あたしの手から荷物を引き取った。
「僕は君だけだし、義兄さんの秘蔵っ子に手出し出来るわけないじゃない」
? 秘蔵っ子とな?
ポカンとしていたら、
「「「彼女じゃないの?」」」
って、見事な三重奏。
「そんなこと、あるわけないじゃないですか!」
声量の調整?出来るわけないわよ。
何がどうなってんだ?
お三方は顔を見合わせて、プチ家族会議に入ったようだ。
うちの母は一体どんな斡旋をしてるんだ?
そうだった、とか、あー、とか時折聞こえてくるけど、お他所のお宅の事情に首を突っ込んではいけない。
聞こえないように離れて、陳列棚を眺めてよう。
わ、可愛いな。
かまぼこ?しんじょっていうのね。中に海老さんがいる。
へえーかまぼこって一口で言っても、色々種類があるんだな。
と、壁の隅に勢雄さんのサインと写真があった。
勢雄さんっ!若い!
うわっー!
「それ、二十年は前の写真よ。二十歳くらいの時かしら?」
と、美人母さんの解説。
「あの頃は、ここにも連日女の子が押し寄せてねーびっくりしたわよ。今じゃ閑古鳥だけど」
て、顔に似合わない声でガハハって笑いだした。
やっぱ兄妹だなー。勢雄さんみたい。妹さんの方が美人さんだけど。
「へえー。でも、今の方が素敵ですよね」
……あれ?……美人な母子は顔を合わせたあと、あたしの方に向いて、ふわって微笑んだ。ううっ…美のステレオ放送。
「あの子も幸せ者だ」
って、ん?あたし、なんか変なこと言ったかな?言ったな。
「さて、そろそろ行こうか」
と、妹旦那さんが声をかけてくれたので、乗ります!杉田逃げます!
「おー!大将!白昼堂々浮気かい!」
と、道行く方から声がかかる。
「違います!僕は妻一筋です!夏休みのバイトの子です!」
て、いちいち説明してるのが可愛い。
てか、きっと回りの人たちも分かってて言ってる。
うちの方じゃ、こんなご近所付き合いってないから、フィクションだと思ってたよ。
「人気者なんですね」
「遊んでるだけだよ。隣の居酒屋が僕の店。皆、常連さん。こっちはいけるほう?」
人差し指と親指を、くいっと動かす旦那さん。
「? こっち?とは?」
何だろう?
「お酒。飲まないの?」
「未成年ですから」
お酒って美味しいのかな?
入院中の勢雄さんも、酒だ、煙草だって言ってたよな。
商店街を闊歩していたら、六回は浮気疑惑をかけられた。
ん。人気のお店なんですね!
「戻りました!」
ただいま、は違うかな?と思ったんだけど、美人母さんが、悲しそうな顔になった。
え?
「他人行儀じゃない」
て言われるけど…あう。
「えっと…すいません、えーっと、勢雄さん!」
……間違ってないよね?
「それ、言っちゃったら、皆『勢雄』」
何でも、美人妹旦那さんは婿養子なんですと。
美人妹さんは、自分を指差して
「わたしはおねえさん、とかでいいよ。旦那は」
「大将とか呼んでくれたらいいよ」
「では、私のことは、祥華とお呼びなさい」
え?いやいやいやいや!ダメでしょう!目上の方を名前呼びとか!
「なんで、母さん。敷居をぐっとあげるの」
そうです!美人…じゃない、おねえさん、その通りです!
「女将さんとか言われたくないもん」
て、可愛いかよ。
「ご馳走はないけど、召し上がれ」
お風呂(温泉!)から上がって居間に通されると、食卓には所狭しとお皿が並んでいる。
海鮮!うお…
「お魚ばっかりでごめんね。かまぼこも店の余り物だし」
「お魚大好きです!甲殻類は神!です!」
「そりゃ、良かった。たんと召し上がれ」
気になってた、しんじょのお吸い物。
ふわふわして、美味しゅうございます。
ごちそうさまでした。




