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5・既望

 なになにと、勢雄さんと志山さんが、あたしのスマホを覗き込む。

「クリス様を攻略すると見ることが出来る、スペシャルコンテンツです」

「クリス様だけ?狡くない?セイレン様には無いの?」

 志山さん、かわいいな。好き。

 

「セイレン様はちゃんとゲーム内でいくつもムービーありますよ。クリス様はムービーも無いし、エンディングもひとつしかないんですよ」

 

 …………そうよ、ひとつなのよ。

 

 それこそセイレン様には、ハッピーエンドやら、トゥルーエンドやら、はては闇落ちしたりといくつかのエンドが用意されているのに、クリス様だけは『結婚式』が、最良で唯一のエンディング。


「あーすまん、それ、俺のせいだわ。出るのごねて、スケジュール押したんだよ」

 なんですと!?

 

「それで、パッケージにクレジットもされてないんですか?!」

 つい、大きな声が出ちゃったけど、勢雄さんは動じもせず、拗ねてるみたいな顔してる。

 

「ゲームって一人で録るんだぜ?あんま、好きじゃねーんだよ。別の仕事もあったしな」

「それって、言い訳?大人なのに」

 

「るせ。やなもんは、やなんだよ」

 こどもか?

 

「まあまあ、杉田さん。勢雄さんは血を吐くほど嫌だったんだから、勘弁してあげなさいな。血を吐くほど、だったんだ・か・ら」

 志山さん、目が笑ってません。


「……ふぅ……吐血するほど嫌だったんなら、仕方ないですね。――で、話を戻しますけど、結婚式の後、巻き戻ったんですか?――いつまでも拗ねてないで下さい」

 話が進みません。


 勢雄さんはチラッと、あたしのスマホを見て、あたしを見て、肩を落とした。

 ええ?なんで?あたし、言いすぎた?!

 

「……ああ、巻き戻って、いつもより若いな、って思って、テルルにセイレンを迎えに行く車に乗ってた」

あたし(スーラ)の妹が、運転手してました?」

 

「ああ。いつもは、セイレンが町の子を殺した時に戻ってたから、“おかしいな”と、思ったな」

「それ、セーブポイントですよ。周回プレイで、クリス様狙いの時だけ、『町の子殺し』からやり直せる」

 

「なんで、クリス様だけ…」

「出てくるのが遅いから?分かんないけど」

 

「なんで、殺した後なんだ?殺す前なら止められるじゃねーか?」

「家出するセイレン様を、ヒロインと一緒に探すか探さないかが分岐だから…?」

 

「でもよ?フツー、そういうループ?とかって、区切りっていうか、一旦死んでから起こったりするだろ?そうじゃねーんだわ」

「? どういうことです?」

 

「セイレンの結婚式なんかは、まあ、区切りっぽかったけど、いきなり突然くるんだよ。ぴたって周りが止まったかと思うと、白い靄がかかって暗転すんだ。飯食ってたり、仕事してたりしてる最中もお構いなしに」

 

「なんでしょう?エンディングみたいですけど、わかんないや。ごめんなさい」

 

 結局、奥の手は奥の手にならなかった。

 いいとこ見せたかったな。

 

 したら、勢雄さんはまた、頭ぽんぽんしてくれてて、

「いっか、ま、夢だしな、夢。奇妙な話だが考えても、たらればだ」

 と、大きく伸びをした……のに、その手はまた、あたしの頭に戻った。

 

 と、志山さんが上目遣いで、あたしを見てる。

「…ねえ…どうしたらセイレン様エンド、見られるの…私、町の子殺しても、最初からやり直しになるんだけど…」

 捨てられて何とかみたいになってますけど。

 

「ああ、石を持ってないとダメですよ。だけど、指輪だけは貰っちゃいけない」

「それだ!指輪貰ったよ…最初の子に。ほいって、くれるんだもん」

「あーあ。ダメですよ、本命以外から貰ったら」と、志山さんと攻略の話に突入しそうだったんだけど、あたしの頭から勢雄さんの手が離れた。

 

「なんか、めんどくさそうなゲームだな?楽しいか?」

「楽しいですよ!クリス様が勢雄さんと気づいた時から、俄然張り切りました!」

「お、おう、そうか。よかったな」

「はい!」

 よくよく考えたら、本人に向かってなに言ってんだ?だけど、ホントだもん。仕方ないよね!



 ◆


──夜の帳が下りた街。

窓の外には、虫の点す灯りにも似た火が、辺りに漂っている。


その静寂に放たれた矢のような鋭い嘶き。

心臓の鼓動が胸の奥で低く響いた。


一歩、また一歩と未知の足音が近づいてくる。


そこに現れたのは、黒銀の髪を肩に揺らす男。

黒曜の石に彩られた装飾を襟にまとい、

緑の瞳をいたずらっぽく光らせている。


「……ここまで辿り着くとは、驚いたよ。見つけてくれて、ありがとう」


彼は名乗りを省き、ただゆらゆらと微笑んだ。


「ああ、自己紹介はいらない。君のことは全部知っている」


その瞬間、静かなピアノの旋律が、

壮大なオーケストラへと変調し空気を揺さぶった。


視界いっぱいに広がる白光の中、

六つの影が並び立つ。


各々を象徴する石が、さまざまな装飾品へ形を変える。


その中心に、あり得ない存在感を纏う

――黒曜石の化身、クリストファー。


「彼ら全員と紡ぐ物語の先に、まだ見ぬ真実が待っている」


やわらかで、印象的な低い声が告げる。


そして目の前には、

淡く輝く《選ばれし者の証》が浮かび上がった。


・すべての顛末を受け止め、なお歩む者

・時の環に落ちた“欠片”を拾い集めし者

・語られぬ記憶に触れ、忘却の門を開きし者



「……さあ、行こうか。君の望む未来へ」


緑の瞳が真っ直ぐに射抜く。

白光が扉のように開き、

その先に新たな世界が広がっていた。


───Special Thanks

 

─────


「……さあ、行こうか。君の望む未来へ」

「どわあっ!びっくりした!耳元は卑怯です!」

 

 こうやって勢雄さんは、背後からあたしを驚かすのがすっかり定着してしまっている。

 そりゃあ驚くけど、あたしには御褒美以外の何物でもないんですけど!


「…お嬢ちゃん、ホントに好きな?それ」

「だって、勢雄さんですよ?!好きですよ!」

「……ま、いっか」

 呆れたように、照れたようにそっぽ向く横顔。――素敵。


「で、勢雄さんはまた一人で寂しく談話室ですか」

「…お嬢ちゃんもだろ?」

 その声には意外にも誂いはなくて、なんか、元気ないのかな?

 ……入院してるんだから、元気はないか。


「あたしにはクリス様がいますもん!」

 気になるけど、聞いていい立場じゃない。

 あたしは、ただのファンだ。

 

「そうか。じゃあ心配ないか。退院が決まったよ」


 ――――えっ?


「…あ、そ、そうなんですね。これで、お仕事バリバリ出来ますね!何から始めるんですか?アニメ?ゲーム?それともお芝居?テレビとか?映画とか?あ、ハリウッドとか?あたしが見られるものにして下さいね。そうじゃなくても見るけど…」


 最後まで言いきる前に、あたしの頬を勢雄さんの指がなぞる。

 勢雄さん、物憂げですよ?


「……泣きながら言ってんじゃねーよ…」


 あたし、泣いてたんだ。


 


 

 

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