『独り言ち──変若水/ヲチミズ』side;勢雄
───ああ、そうだ。
役者になりたかった。
舞台でも、映画でもいい。
重厚な、存在感のあるそんな役者。
食うために受けた吹き替えのオーディションで、うっかり役がついちまって、うっかり人気なんか出てしまって、ずるずると抜け出せなくなって。
果ては歌ったり、芝居しない舞台に引っ張り出されたり。
そんで、まぁ、俺もちやほやされて、舞い上がって。
でも、芝居は芝居。
それなりに楽しんだが、ある時すっと、熱は覚めた。
チマチマと貯めた金が、そこそこの額になり、ちょっと休むかと、セーブしながら仕事してたら、嫁が出ていった。
人の縁なんて、存外脆いものなんだな、と思い知った。
──あっという間に十年経っていた。
何とかなるもんだな?と、思ったが、流石に金は尽きるし、お子さま向けの番組を見ていたやつらがいい年になり、俺を引っ張り出したがる。
……で、何で女子供のオモチャの仕事なんだよ。
溜め息しか出ないが、金払いはいい。
仕事は、仕事だ。
と、割りきろうとしていたが、気持ちは割りきれてなかったらしい。
一昔前は、観客席なんざ見えもしない、でっかい小屋でやってたイベントとやらは、最近ではCD屋の店頭でやるらしい。
芝居をしない空間。
はっきり見える客。
押し出される苦痛。
そりゃ、血吐いて倒れもするってもんだ。
胃潰瘍、だと。
ぽっかりと穴が胃に開いた。
酒?タバコ?悪いか。
イベント会場で気を失って、
目覚めたら、シラナイ天井ってやつだ。
年は取りたくないねー。
病院でタバコ吸える場所を探してうろうろしてたら、談話室があった、が禁煙かよ。
ったくよ。
車椅子で、もたもたしてる子供がいたから声かけてみたら、コイツ、俺を知ってやがる。
見れば…中学生か?
余所行きの顔して誂ってみりゃ、涙ぐんでやがる。
やりすぎたか?
何だかんだで翌日も変な縁があるのか、談話室前で声をかけられた。
いい加減、煙草切れが甚だしい。
いらっとしたまま振り返ったら、怯えとる。
すまん。
ジュース買ってやるから、勘弁してくれ。
なんというか、不思議な子だと思う。
俺のファンを声高にするが、要求がない。
もしかしたら、知らないだけなのかもしらんが、「何かやって」がない。
いや、『だいこうかいものがたり』のキャプテンは遠回しで熱望されてるみたいだが、声にしない。
若い子特有の、くるくる変わる表情というのは、誰のものでもいいもんだな。
なんて思えるほどには、年食ったわけだ。
あーあ…
いつの間にか、看護師が合流している。
吐血の際に、たまたま客としていた看護師。
看護師は健全に、セイレン推しらしい。
ん。そうだよ。一昔前の俺のファンとか、おかしいぞ?中学生と、思ったら高校生かい!
入学式に入院とは気の毒なこった。
よし、おっちゃんが遊んじゃる。
いい暇潰しだ。
――――なんだそりゃ?
同じゲームをやってる、嬢ちゃんと看護師。
同じゲームに、声を入れた俺。
ま、俺は俺の出てるところしか知らんが、それにしても、だ。
記憶と一致しない。
ひとつしか用意されていない結末。
知ってる。
そう聞いたし、台本にもそう書いてあった。
――「奇跡の聖女が見出した、運命の救世主<メシア>」
…………なんじゃ、そりゃ?だけど。
聖女が出来たことで、宗教のない世界に教会が発生し、概念さえなかった物語で《《結婚式》》が行われる。
じゃあ、俺が知ってる、違う物語はなんなんだ?
二次創作なんて、見たこともないし、もちろん作らない。
仕事は仕事。
録音してしまったら終わり。
その筈だ。
でも、確かに続いている。
セイレンを引き取った。
スーラが子供を生んだ。
ミリアと名付けた。
ラウノと会った。
――――夢?
馬鹿げてる…で、片付けていいものか?
セイレンの殺した子、ラウノ。
それが、この看護師だとしたら?
───霧のように消えたのは、帰っただけ、とでもいうのか?
俺は、セイレンの震える肩を《《思い出して》》いた。