4・豆栗
「なんか、違ったか?ゲームの仕事はそれしかしてないから、確かだと思うが?」
と、勢雄さんは言う。
ええ、専ら舞台ばかりに出演されて、中学生のあたしには敷居が高うございましたから、よく承知しておりますとも。
クリス様が勢雄さんなんじゃ?と思いはしたものの、確かめる術はなくて……あれ?
「デイムメイカーって、勢雄さんクレジットされてないじゃないですか。クリス様も巧妙に隠されてるし。なのに、なんでイベントには出てるんです?」
あたしの言葉を聞いた、勢雄さんはそっぽを向いてるし、志山さんは笑って、
「そのイベントで、情報を公開する筈だったのよねー」
なんですと!
「あの、中止になったイベントですか?あ!だから、公式にも“誰が”倒れたのか書かれて無かったんですか!」
「そんなとこまで見てるのかよ。そうだよ、俺と共に発表したいんだと。……ったく迷惑な話だ」
「では!またイベントがあるんですね!」
「いや、今度はネット限定だと。リアルイベントはやらないって、聞いてるぞ?」
「…くすっ。また、血でも吐かれたら大変ですものね」
と、言う志山さんの突っ込みに、
「あぁ、たまたま会場にフットワークの軽やかな看護師がいて、吐血と同時にステージに駆け寄って、息をするように応急処置を繰り広げる、なんてないだろしな。まあ、その節は世話になった」
勢雄さん、それじゃあ、言い訳したいのか、お礼したいのか分かんないよ。
「私も、救急車で出勤させていただいて、一石二鳥でした」
「志山さん!勢雄さんの命の恩人!」
「命って…目の当たりにしたら、医療関係者なら当然だと思うよ」
「それでもです!ありがとうございます!」
「…ったく、お前は俺のなんなんだよ」
「ファンですけど?何か?」
「あー、ソウデスカ」
「ぷっ!あはは、おっかしい…!勢雄さんって渋さ売りにしてますって、見せかけておいて、若い子と漫才するんだ。いやー意外な一面を見せていただきましたわ。息ぴったり!」
って、吹き出した志山さんは、目尻を拭いながら大笑いしている。
あたしはなんとなく勢雄さんの顔に目が行って。
そしたら勢雄さん、なんだか間の抜けた顔してて。
「ほら、勢雄さん。笑われてますよ?」
って、突っ込んであげたら、
「お前さんだろ?」
って、返された。
志山さん、笑いすぎて咳き込み出したよ…。
と、勢雄さんはすっとウォーターサーバーから水を持ってきてた。
い、いつの間に。
志山さんに渡して、背中とんとんして。
…………う、羨ましくなんかないもんねっ!
───で。
擦り合わせな訳ですよ。
まず、
「スーラって、分かります?」
「クリスのとこの、メイドだろ?そうそう、そいつが二番目、生んだんだ。たしか旦那は……なんてったかな?」
「ラドス」
「そう!ラドス。でも変なんだよな?ラドスって、クリスの親代わりをしてた記憶もあるんだよな?なんでだ?」
質問返しされちゃった。
この人、ちゃんと設定を理解してるんだろうか?それとも設定の理解と演技は別物ってことなんだろうか?わかんないけど。
「それ、公式の設定じゃないです。まず、クリスの…メリクリオス家の使用人に名前はついてません」
ウィキもなく、攻略したあたしをなめんなよ?
「クリス様の家庭環境は、クリス様が話すだけでビジュアルはないんです」
「…?じゃあ、わらわらといた…いや、四人か。茶髪のねーちゃんたちはなんなんだ?」
「少なくても、ゲームではないですね。……もしかして、設定資料的なものなんじゃないですか?ほら、キャラとか世界とか、プロなら踏まえるもんなんじゃないんですか?」
知らんけど。
すると、勢雄さんは言いにくそうに頭を掻いて、
「俺、そういう資料で深掘りするタイプじゃねーんだよな。だから、見てない。台本と現場のノリ。あとはディレクションで補完、でなんとかなんだよ」
そういうものなのか?
あたしはまだまだ雛っ子、なんだなって感じちゃった。
「考えるな、感じろって訳ですな」
と、志山さんがコロコロと笑いながら、あたしにウィンク。
「さすがに雑じゃねーか」
勢雄さんの探るような視線で、頭ポンポンされて。「セクハラじゃねーぞ」って、手を引っ込めたけど――寧ろ御褒美。
あ、…気遣われてるんだ……?……もう…自己嫌悪。
うー! えっと…
「さすが、プロ!て、ことですか?」
なんて素頓狂なこと、言っちゃった。
「……で?結局それがなんなんだ?」
あ、核心。
志山さんとあたしは顔を見合わせて、頷きあった。
「スーラやらなんやらは、あたしも夢で見たんですよー。で。」
バラエティー番組よろしく、手の平を志山さんに向ける。次どうぞ。
「図らずも、私も夢で見たんですよ。物語で殺される子視点で、クリス様の二番目の子、ミリアの。」
ん。わかるよ、勢雄さん。
中二病を目の当たりにして、二の句が継げないね。
呆れてるのか、可哀相なのか。
そんな顔。
「……流行りのどっか行っちまう系か?お前ら、大丈夫か?」
「……まあ…私も実際、仕事中この病院でセイレン様見るまで、ただの夢なんだと思ってました」
「――はあぁ?病院で?この?」
「はい。この病院で、です――」
すると、勢雄さんは拳で、とんとんって唇を叩いて黙ってしまった。
長考。
談話室のテレビの音。
他の人の話し声。
エアコンの音、がノイズのように流れ出す。
ぼこっと、ウォーターサーバーが音を立てたとき、ようやっと勢雄さんが口を開いた。
「……殺される子って、ラウノか?」
志山さんの目、後ろからぽんって叩いたら、ぽろって落ちそうなくらい見開いて頷いた。
スーラが、いなくなった後のお話。
――――あたしは、勢雄さんに何を教えたいのだろう?
何を、分かってもらいたいんだろう。
「…はあぁ……」
って、勢雄さんの深く長い溜め息。
ご自分の頭をぐしゃぐしゃって掻きむしって。
勢雄さんはあたしの顔をじいって見て、
ふわって頭に手を置くと、ワシワシしてきた。
お風呂の回数制限があるから、きれいじゃないですよ?とでも言いたかったけど、言えなくて。
「ま、そんな不思議なことも、あっていいじゃねーか?」
って、ひどく優しい顔で微笑んでくれた。
「……それに」
って、神妙な面持ちに変化して続けたのは、
「合わせるようでなんだが、俺のも夢だ。ここに運ばれて治療するのに痛み止め打たれて、朦朧としてて。たぶんあれだな、イベントの流れで、ワケわかんなくなってたのかな?」
話を合わせてくれてるのかな?とも思ったけど、勢雄さんの手はずっとあたしの頭に置かれていて、むず痒い。
「で、たぶん脳内電波かなんかで共通の夢を見ましたな、お話なのか?」
あ、勢雄さん、頭ワシワシ止めないで。
離された手を名残惜しく眺めていたら、
「ここだけの話なんですけど」
と、志山さんは、勢雄さんとあたしを引き寄せて、内緒話の体勢をとった。
うんと、声を落として
「私が見たセイレン様が消えた時、ひとりの患者さんが亡くなったんです。きらきらと光って、天使みたいに消えたんです」
昨日話してくれたことと、内容こそ同じだったけど、志山さんの言葉は熱を帯びていた。
「んー…その、なんか違うゲームの世界があるとしてよ?じゃあ、クリスが流行りのループしてるってのは、一体何なんだか見当つくか?」
「ループ?」
あたしは、志山さんと顔を見合わせる。
「デイムメイカーに魔法はないですよ?」
「魔法かは知らん。黒髪の子と結婚して、その後――巻き戻った?そういや、いつもと違うって思ったっけ?」
馬鹿話と一笑しないどころか、顎に手を当てて集中する勢雄さん。
「なかなかに、壮大でしんどそうな夢見てますね」
「だから、設定って思ったんだろ。俺が声を録ってない部分の――必要最低資料って勘違いしたんだろうよ。あまりにもエンディングの一枚絵だったからな」
――スチル、か。
あ、もしかして、そう思ってあたしはスマホを探った。
「奥の手、になるかは謎ですが、これ見てみません?」