3・弓張
「お、お母さん!しぇおさんがいた!」
病室に戻ると、お母さんが来ていたので、早速報告…したら、また噛んだ。
「何を言っているの?まずは、落ち着きなさい」
と、冷静に返されてしまった。
「せ、勢雄さんがいたの!今!イヤホン拾ってもらった!」
そんなわけないじゃない…というお母さんを余所目に、スマホで情報を収集する。
『勢雄 祥匡、声優、入院、原因』
思い付く単語を検索窓に打ち込む。
あれれ?意外と出てこないぞ?
……入院してるんだよね?点滴を引きずっていたし。
で、『デイムメイカー』って入れたら、とあるSNSが引っ掛かった。
『もー!最悪!“デイムメイカー”のイベント行ったら知らない人が血吐いて中止!赤生さん見に行ったのに!』
という、赤生推しのコメントだった。
ので、公式に飛んで、ようやく記事を見つけることが出来た。
『本日、予定しておりました“デイムメイカー”店頭イベントは、出演者の急病により、中止となりました』
イベントのルポは、現実の痛み──特にカテーテル──に負けて、追うことを失念していた。行けなかった悔しさもある。
というか!なんで、名前が出てないの!
勢雄さんのことかどうかも分からない。
「あら?デイムメイカー」
って、声がした。
見知らぬ看護師さん。
「はじめまして。いつもは消化器病棟にいるの。今日はヘルプね」
と、体温計を渡される。
体温計を額にかざされ、スマホを弄りたくてしょうがない気持ちを押さえつつ、
「看護師さん、デイムメイカーをご存知で?」
「ええ。そのイベントにも行ったわよ」
「この!倒れたのってどなたなんですか?!血を吐いたって!」
──看護師さんは「ふぅー」って、溜め息をついた。
「個人情報…なのよねえ……そんな泣きそうにしないの」
と、困った顔をしてる。
あたし、泣きそうに見えてるんだ…
「今の私はそのイベント会場に居合わせた一般人です」
そう言って、大きく息を吸う。
そっと、顔を近づけて、
「勢雄 祥匡さんって方。血は吐いたけど、軽い胃潰瘍だから大丈夫。くれぐれも内緒だからね」
耳元でこそっと、教えてくれた。
「代わりって言ったらなんだけど、今度、時間がある時にでも私の話、聞いてくれるかな?」
って、悲しげな顔を無理矢理笑顔にして、別のおねえさんの検温へ行った。
看護師のお姉さんは次の日に来てくれた。
制服姿とは違う私服のお姉さん。
「ホントは患者さんと個人的に仲良くしちゃダメなんだけどね」
と、言って、志山風花ですって自己紹介してくれた。
「早速だけど…」と、切り出した志山さんの話は、まさかの異世界転生物語だった。
それは、あたしの夢と繋がってる気がした。
「ミリア?」
「話からすると貴女の子供ね」
実際、志山さんが会ったのは三才のミリアという子らしい。
ゲームではクリス様から聞かされるだけの物語。
生まれて間もなく、何者かに殺される妹。
その子の名前は出てこないし、物語上三才にはならない。
「でね、セイレン様が来たのよ」
「何ですと!」
「そりゃあ、もう。ホログラムな美麗なセイレン様が漂っていたわよ、二日前」
「この病院に?」
「この病院に!」
二日前なら、手術の翌日、カテーテルが苦痛でしかなかった時か。
セイレン様に会えなかったのは少し残念だけど、カテーテル姿を見せなくて良かったのかもしれない。
──それにしても、あちらとこちらで、随分時間の流れが違うのだと思った。
夢なのか、妄想なのか。
──現実なのか。
……ん?
「セイレン様、何しに来たんです?」
そう聞くと、志山さんは顔を歪めた。
「あのね、多分…憶測だけど、ミリアの中の人を迎えに来たんだと思うんだ」
セイレンさまが現れた病室で、何日も目を覚まさなかった人がいて。
その人が身罷ったとき、セイレン様も同時に消えたらしい。
「ミリア…さん…?ゲームの世界に行ったって事なんですかね?」
「まあ、そもそもゲームの世界があるのかって事なんだけどさ。だから、誰かに話したかったんだけど、適任者が身近にいて助かったわ」
夢なのか、妄想なのか。
──現実なのか。
それ、なんてラノベ?って、笑い飛ばすのは簡単だけど、“見た”って言われたら、信じたい。
あたしが、生んだ子供かもしれない子。
幸せだったらいいな、と思った。
そんなこんなで、リハビリの時間となった。
結構、お話ししてたのね。
あたしが病室を出ようとしたら、お母さんが来て、志山さんとお話ししてる。
……あたしの病状とかじゃなく、オタトークなんですね。
母、ぶれないな。
思うに、リハビリってドラマなんかじゃ「…あ、歩けない」「頑張るのよ!」とか、泣いて感動の一場面を彩るけど、あたしの場合はマッサージだな。
「今日も頑張りましたね。お疲れ様です」と、言われるけど、どう考えても頑張ってお疲れ様なのは先生の方だと思うのよ。
マッサージ…じゃない、リハビリを終えて談話室の前を通ると…あれは、勢雄さんですわ!
んー……入院してるのに、声かけちゃダメかな?でも…でもだよ?あ!昨日のお礼!
口実見っけ!
「勢雄……祥匡さん?」
疑問系で声かけちゃったよ。
振り向いたその人は、思いの外不機嫌全開の表情で、「はぁん?」って、声が聞こえてきそうだった。
それでも、「昨日はありがとうございました、イヤホン」って、なんとか言うと、若干、眉間の皺が解けて、
「お嬢ちゃんも、物好きだなぁ…」
……な、なんか昨日と違うぞ?
ご機嫌斜めみたいだし、お礼も言ったし、その場を立ち去ろうとしたら、「暇潰しに付き合え」と、引き留められた。
そのまま、談話室に拉致…じゃなくて、連れ込まれるのに、勢雄さんは車イスを押してくれて、点滴は外れたんだなーって思った。
入り口の自販機で「なんか飲むか?」って言われて、「お茶」って返したら「味がついてなくていいのか?ま、いっけど」って、麦茶を買ってくれた。
勢雄さんは……飲めないらしい。
「酒、煙草はともかく、コーヒーくらいよくないか?」って、ぶつくさ言いつつ、あたしの麦茶だけ持って車椅子を押して、談話室の中に入った。
「もしかして…ご機嫌斜めそうなのって、煙草切れですか?」
お父さんと一緒だ。
勢雄さんは自分の顔をまさぐりながら、
「顔に出てたか?いかん、いかん」って慌ててる。なんか、可愛いぞ?
そこからはなんか…高校入試の面接を彷彿させるやり取りが繰り広げられた。
「杉田 弥依、十五歳です。入学式の朝に転んで骨折しました。……スリーサイズとかも聞きますか?」
勢雄さんは、あたしにスッと視線を巡らせると、「いや、それはいい」
……失礼だな!育ち盛りなんだよ!
で、話は『だいこうかいものがたり』となった。
「お嬢ちゃんの生まれる前だろう?」
「母の教育の賜物です」
「なんだよ、それ」って、大笑い。
でも、ムッとしてるよりずっと良いよ?
で、『デイムメイカー』の話に流れた。
「ああ、もしかしてお嬢ちゃん、赤生や石舘推しで、繋がり持とうとしてるのか?残念だった…」
「あたしは勢雄推しですけど?」っ!……本人の前だよ、あたし…。
……でも、あたし以上に、勢雄さんが照れてませんか?なんだこの大型犬。
「……しっかし、血は繋がらないとはいえ、“ふたり”の子持ちだろう?お嬢ちゃんは枯れ専なのかね?」
「枯れって…自分で言って傷つかないでくださいよ。それと、クリス様には実の子“ひとり”ですよ?」
「あん?上の子は拾って、下の子はメイドと庭師の子だろ?」
「上の子も、下の子も実の子で、下の子は早死にしてるんですけど……」
それ、あの時の『夢』の話だ。
メイド、スーラが生んだ下の子。
談話室の外に、志山さんが通ったのを見つけたので、「志山さん!」と声を出して引き留める。
「院内では静かにしてください…て、珍しい組み合わせですね?どっちがナンパしたんです?」
「勢雄さん!だけど、そうじゃなくて、勢雄さん、あたしたちの夢を知ってる!」
我ながら、なに言ってんだ?と思った。