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1、朔望

どこかの誰かが、たまたま開いてくれたなら。

そんな偶然に、少しだけ言葉を置いていきます。


ひとつの“顛末”が終わったあと、

そこに残った静かな現実を描いてみました。


異世界も転生も大っぴらには出てきませんが、

代わりに、ひとりの女の子が少しだけ成長します。


お時間のある方、少しだけお付き合いください。


 ぱきっ、と乾いた音がした。

 耳に入った音、ではない。

 体の中、直接脳に届いた小さな音。


弥依(みい)ちゃん!どうしたの!玄関で!」

 お母さんの声がする。


「ぱきっていった…痛い…」

 蹲って、そう言うのが精一杯。


 入学式参列仕様でお粧ししていたお母さんは、慌てふためいてお父さんを呼びに行った。

 で、やっぱりいつもの小汚ない格好から一転、イケメン(当人比)に変身したお父さんがやって来て、上がり框にあたしを座らせる。

 

「捻挫か?」って、足首を触ってきたけど、みるみる大きくなる足に異変を感じたのか、触るのを止めて、「病院だ!」って。

 

 ───かくして、

 あたし杉田 弥依(すぎた みい)は高校の入学式には出ることは無く、病院へ行くことになった。

 なんてこった。


 病院に着くと、看護師さんが車イスを押してやって来た。

 く、車イス?いや、歩けないけど。

 さすがに大袈裟な気もするけど、地に足が着けないから仕方ないのか。

 まさか、高校デビューが車イスから始まるなんて。

 捻挫なんだろうけど、大事になってしまった。


 それにしても。

 待合室というのは、何ともはや。

 かれこれ一時間は待ってる。

 足は、昔の魔法少女みたいに膨らんでいる。

 

 気を紛らすために、お母さんとヲタトーク。

 持つべきはオタクな母だと思うわ。

「ほら、見て。片足だけサリーちゃんみたい」

 真っ青な顔して、だけど話しかけるあたしにちゃんと乗ってくれる。

 

 お父さんは貧乏ゆすりが止まらないけど。

「杉田さん、杉田 弥依さん」

 さて、やっと呼ばれましたよ。


 それから、

 レントゲンを撮って、また診察室に戻って。

 うーん…と考え込むお医者さん。

「CT取りましょう」って。また一時間。

 

『だいこうかいものがたり』って、母のバイブルのひとつでもある古いアニメ。

孤高のキャプテンは幼い心を充分に惹き付けていて、CV勢雄 祥匡(せお よしまさ)と共に、我ら母子の心を掴んで離さない。

そんな話で盛り上がって。

お父さんは、煙草を吸える所を探して彷徨って。


 CTを撮って、またまた診察室に戻って。

 うーん…と、また考え込むお医者さん。

「MRIを撮りましょう」って、それから二時間。

 すっかり夕方になってしまった。


『右踵骨前突起骨折』

 骨折と聞いて、お父さんもお母さんも息を飲むのが聞こえた。

 息ってホントに飲み込むのね、なんて呑気なことを考えてたけど、『しょうこつ』とはなんぞや?

「踵の骨ですよ。こう前の方に回り込んでて、この先の5ミリくらいが、折れてますね」だと。

 

 レントゲンで見つけられなくて、CTでおやっ?ってなって、MRIでやっと確信できた…てか、「ここ、折れるんだ…」って呟き、お医者さん?何を言ってるのかな?


 そのまま、あたしは入院ってことになってしまった。

 

 今日、金曜日で土日は手術出来ないから、最短でも月曜日になると。

 入れる器具──ボルト?──も特注らしくて、細くて長いのを探さなきゃらしくて、それが見つかり次第なんだって。

 無かったら作らなきゃらしい……


「じゃあ、準備して戻ってくるから!」っていうお母さんに、「あ、携帯ゲーム、『デイムメイカー』でお願いします」って、言ったら「ここでもゲームか?」って、お父さんに呆れられた。いいじゃん。


 通された病室は六人部屋で、五人の患者さんがいた。

 みいんな、年上で、おばさ…お姉さん。

 

 電球取り替えようとして椅子から落ちたおばあさんとか、大腿骨を削って同じ長さにするおばさんとか、まずは病状公開(自己紹介)で、今日入学式だったって言うと、皆さんを涙ぐませてしまった。申し訳ない。


 戻ってきたお母さんから、体を拭いてもらって、寝間着代わりのTシャツと短パンに着替えさせてもらう。

 あう。お風呂に入れないのがツラい。

 ま、仕方ない…しかた…

「ああ!」

 と、声を上げたあたしに、お母さんがびびる。

 

「どうしたの?痛かった?」

明後日(日曜日)…デイムメイカーの店頭イベント、当たってたのに行けない…よね?」

「……月曜に手術かもだから、無理でしょうね」

「ああ!勢雄(せお)さんが見られたかもしれないのに!!」

「バカね。勢雄さま…勢雄さんが無料イベントなんかに来るわけないじゃない。クレジットもされてないのに」


 母……冷静。

 ま、確かに。


『デイムメイカー』の隠しキャラ的クリス様。

 出現条件だけでも煩雑で、表だった情報も殆どない。

 

 掲示板では、ちらほら話題になってるみたいで、サジェストには出てくるけど、悲しいかな未成年。掲示板は見ちゃいけません、てお父さんに厳しく言われている。

 お父さんたら、建築現場で働いてるせいか、怒ると怖いのよ。逆らえません。


「お母さん、代わりに行ってきて。で、特典、貰ってきて」

 って言ったら、「娘が大変な時にいくわけないでしょ!」って怒られた。その娘の頼みなのに。大人ってタイヘン。

 

 いいもんねー。

 こうなったら、クリス様追っかけまわしてやる。

 攻略対象じゃないかもだけど、構わん。


「……でさ、これって勢雄さんだよね?」

 ゲーム画面のクリス様を眺めて、イヤホンを母の耳に入れる。

 クレジットされていないキャラボイス。

 専門家(声オタの母)の見解を仰ぐ。

「うん。非常に近いと思われます。所謂、似てる人や真似っこしてる人とは、一線を引いてます」


 母よ。

 あたしよりも勢雄さんのお声を聴いてきて(年の功)、全盛期にイベントライブを追っかけてた、あなたのその耳を信じますよ?

 

 


お読みくださり、ありがとうございました。


主人公・弥依の世界は、ここから少しずつ広がっていきます。

もしよろしければ、次の満ち欠けにもお付き合いください。


そしてもし、

感想やブクマをいただけたなら、

次の話で勢雄さんの出番が、少し増えるかもしれません。


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