第4話「リフティング王子」
夏休みのある日。練習場の横の広場に、子どもたちの人だかりができていた。
中心でボールを操っていたのは、小学生の中村カイ。
「いっくよー!」
ボールを胸で受け、頭、両足、肩、そして背中へ。華麗にリフティングをつなげ、最後は後ろ向きのオーバーヘッド。
ボールは見事にゴールの隅へ突き刺さった。
「うおおおっ!」と周囲の子どもたちが歓声をあげる。
その光景を見ていたフレンズの選手たちは、思わず呆然と立ち尽くした。
「……う、上手すぎる」
翼がつぶやいた。
そこへカイが歩み寄り、真っ直ぐに選手たちを見上げた。
「お兄ちゃんたち、プロのくせに遊び心ないよね。見ててつまんない」
挑発に、場の空気が凍る。
翼の頬がピクリと震えた。
「な、なんだと……?」
「リフティング勝負しよ!」
カイはボールを差し出した。
選手たちは顔を見合わせた。だがムキになったのはやはり翼だ。
「よし、受けて立つ!」
勝負が始まった。
翼のテクニックはプロのそれだ。器用に足でボールを操り、20回、30回とつないでいく。
だが緊張からか、ほんのわずかにミス。ボールが地面に落ちた。
「……くそっ!」
翼が顔をしかめる。
一方のカイは余裕の笑みで、100回を軽く超えていった。
股の間、背中、つま先、あらゆる部位でボールを操る姿に、見物していた仲間たちから歓声が飛ぶ。
「翼、負けてるぞ!」と大城が茶化すと、翼は悔しさに唇を噛みしめた。
勝負の後、翼はひとりグラウンドに残り、何度もリフティングを繰り返した。
足元がもつれ、膝に当たり、ボールが逸れるたびに地面を叩いた。
「俺はプロなのに……小学生にすら勝てないのか……」
膝を抱え、今にも泣きそうだった。
だがそこへカイが現れ、ボールをぽんと翼の膝に置いた。
「お兄ちゃん、もっと楽しんでみたら? ボールって友だちだよ」
その言葉に、翼はハッとした。
――楽しむ?
いつの間にか、プロである自分に「失敗できない」という重圧をかけ、遊び心を忘れていた。
翌日から、翼の練習は変わった。
子どもたちと一緒にドリブルで遊び、リフティングで笑い合い、時にはカイの技に「すげえ!」と素直に拍手した。
ボールと戯れるうちに、彼のタッチは柔らかく、自由になっていった。
そして迎えたリーグ戦。
相手は堅守で知られる強豪チーム。久留米は攻めあぐね、0―0の膠着が続いた。
後半35分、ボールが翼の足元に転がる。
ペナルティエリアの角、相手DFが二人立ちはだかる。
――今だ。
翼は細かいタッチでボールを操り始めた。
右足アウトで軽く触れ、インサイドで即座に切り返す。ボールは足に吸いつくように動き、相手DFは翻弄される。
「このドリブルは……エラシコだ!」
実況が叫ぶ。
翼はそのまま二人を抜き去り、エリア内に突入。最後は冷静にシュートを突き刺した。
ゴール! スタジアムが割れんばかりの歓声に包まれる。
子どもたちは飛び跳ねて喜び、カイは誇らしげに笑った。
「やっぱりお兄ちゃん、すげえじゃん!」
試合後、翼はカイの前で拳を握った。
「ありがとう、カイ。お前のおかげでボールが楽しくなった」
その姿は、子どもたちのヒーローだった。
久留米フレンズは“走り抜くチーム”“当たり負けしないチーム”に続き――“遊び心を持ったチーム”へと進化を遂げた。