第1話「クラブ消滅の危機」
夏の陽射しがじりじりと照りつける久留米市陸上競技場。
観客席には、わずか数百人のファンしかいなかった。太鼓を叩くサポーターの声も、広いスタンドに虚しく響いている。
かつては街の誇りとまで言われたプロクラブ――「FC久留米フレンズ」。
しかしここ数年は成績不振に加え、スポンサーも次々に撤退。観客動員も右肩下がりで、今や“消滅寸前の弱小クラブ”と呼ばれていた。
試合は一方的に押し込まれ、0―3の惨敗。選手たちは肩を落としてロッカールームに引き上げていく。
その背中に、キャプテン・佐伯悠真は誰よりも重い責任を背負っていた。
「……すまん。今日も勝てんかった」
佐伯が小さく呟くと、若手のMF翼が口を開く。
「キャプテン、もう無理なんじゃないですか? 俺たちじゃ、Jで戦えない……」
重苦しい空気が漂う中、突然クラブスタッフが駆け込んできた。
「おい、大変だ! Jリーグから通告が来た……来季のライセンス剥奪だ!」
ロッカールームは一瞬にして凍りついた。
来年からはプロとして試合すらできない。それはつまり、クラブの“死”を意味していた。
顔を伏せる選手たち。涙をにじませる者もいる。
そんな中で、キャプテン佐伯はゆっくりと立ち上がった。
「俺たちは……まだ戦える。サッカーを続けたいんだ。この街で、みんなと一緒に!」
その言葉は震えていた。けれど、チームで最も長く久留米に残った男の本気の叫びだった。
数日後――。
クラブ存続を話し合うため、市役所近くの公民館にサポーターや市民が集められた。
選手も監督も、そして街の人々も、みな沈痛な表情をしている。
「スポンサーは戻らん。銀行も貸してはくれん。正直、もう手はない」
クラブ代表が頭を抱えると、場内にため息が広がった。
その時――。
椅子からガタッと立ち上がったのは、商店街で八百屋を営む古賀はるえだった。
頭に手ぬぐいを巻いたままの姿で、腕を組んで叫ぶ。
「手がなかなら、出せばよかろうが! 金持ちスポンサーに頼るけん潰れるったい! うちら市民がオーナーになれば、誰も文句は言えんやろ!」
思わぬ提案に会場がどよめく。
「市民がオーナー?」とざわつく声。
「無茶やろ」という否定もあったが、別の声も上がる。
「でも、それなら俺たちもクラブに関われるんじゃないか?」
「久留米のみんなのチームにできるってことやろ!」
やがて拍手が広がり、気づけば会場は熱気に包まれていた。
「市民出資でクラブを支える……市民オーナーズクラブか!」
若い大学生が拳を突き上げる。
「面白いやん! 俺も一口出す!」と声が飛ぶ。
佐伯は、その光景を見て胸が熱くなった。
諦めかけていた彼らに、まだ道が残されていたのだ。
その夜、急ごしらえの記者会見が開かれた。
クラブ代表が震える声で発表する。
「本日をもって、FC久留米フレンズは“市民オーナーズクラブ”として再出発いたします!」
カメラのフラッシュが会場を照らす。
佐伯はマイクを握りしめ、涙をこらえて言った。
「俺たちは、久留米のみんなと一緒に戦います。ここからが本当のスタートです!」
拍手と歓声の中、商店街のおばちゃん古賀が大声で叫んだ。
「泣き言はもう聞かんけんね! 走らんと応援せんよ!」
その言葉に、選手たちは思わず笑ってしまった。
けれど、その笑いには希望が混じっていた。
こうして、久留米の街とともに戦う新たなクラブの物語が始まった――。