無人交番
日本警察の交番・駐在所・派出所というシステムは
本当に頼もしく素晴らしく、地域社会の防犯や治安
の維持に効果的で、不透明で不穏な国際情勢の中で
何だかんだいって日本が今も世界一安全な国なのは
間違いなく警察(と自衛隊)のおかげと、私は日々
本当に感謝しております。警察官の皆様、自衛隊員
の皆様、ありがとうオリゴ糖。だから逆に派出所に
「パトロール中です」という表示が出されてお留守
だったりすると、ちょっと不安になります。もしも
犯罪者に追っかけられ、必死のパッチで逃げ込んだ
派出所が無人だったら…… などと想像すると怖くて
不安でたまりません。そういう恐怖と不安を怪談に
してみよまいと書いた脚本の小説化です。ちょっと
趣旨とはズレてるかもけど無人にだっていろいろな
事情や理由がアル・パチーノセルピコクルージング。
ラララむじんくんラララむじんくーん♪(←古い)
今から20年以上前、サラリーマンだった頃の話です。
忘年会で盛り上がって、二次会三次会と梯子を続け、
終電を逃がしてしまった私は、現金の持ち合わせが
少なかったため、タクシーも呼べず、どうしたもの
かと途方に暮れていました。底冷えする冬の空気に
すっかり酔いも醒め、寒風を防ぐためにコートの襟
を立てて、とぼとぼと夜道を歩いていると少し先に、
交番の赤い常夜灯が見えてきました。
(助かった! タクシー代を借りよう)
しかし交番の中には誰もいませんでした。机の上に
旧式の黒電話が一台あるだけ……
(ここは、無人交番か…… ?)
人員不足の影響からか、警察官の配備が難しい地域
には、緊急連絡用の電話や卓上案内板が設置された
だけの、いわゆる無人交番が増えていました。
(そうだったら最悪だなあ…… )
しかし、もしかしたら奥の休憩室で仮眠中なのかも……
一縷の望みを託して、声を掛けてみました。
「あのー、すいません」
誰も出てきません。
「誰かいませんかあ~? おまわりさーん!」
やはり反応なし。あきらめて引き返そうとしたとき、
入口の横に停められている自転車に気がつきました。
こうして自転車があるということは、つまり……?
ガラガラと休憩室の引き戸を開ける音がしました。
「はーい、どうしましたあ?」
眠そうな顔をした年配の警官が間深く被った帽子を
整えながら、奥から出てきました。事情を説明する
と苦笑いして、快くタクシー代を貸してくれました。
「ありがとうございます。地獄で仏とはこのことです!」
「ははは、大袈裟な人だなあ。しかし、無茶ができる
のも若いうちだけですからな。お酒も程々に…… 」
明日必ず返しに来ますと約束して頭を下げ、交番を
後にしました。警官は笑顔で見送ってくれました。
× × × × ×
翌日の夕方、借りたお金と菓子折りを持って昨夜の
交番を訪ねました。警官は巡回に出ているらしく、
入口の横に自転車はありませんでした。
(まあ、何時間もかからないだろうし…… 待つかな)
寒いので、交番の中で椅子に座って待っていました。
しばらくすると、自転車が停まる音が聞こえました。
「こら! こんなところで何をしている!?」
それは昨夜の警官ではありませんでした。険しい顔
に眼鏡をかけた、私と同年配の、別の警官でした。
「実は昨日の夜、ここのおまわりさんにタクシー代を
借りたんで、返しに来たんですが…… 」
「だったら場所を間違っているよ。ここじゃない!」
「いや、そんなはずは…… 」
そこで、机の上の電話に気づきました。黒電話では
なく、プッシュホンでした。大きな案内パネルには、
『御用の方は、この電話で本署までご連絡ください』
「ここはずっと無人交番なんだよ。子供が侵入したり、
不良や酔っ払いに休憩所代わりに使われたりしない
ように、ときどきこうやって巡回しているんだ」
「でも、昨夜は確かに…… おまわりさんがいて…… ? 」
「忘年会帰りで酔っぱらってたんだろ? 記憶違いだ」
どうしても納得できない私は、奥に進むと休憩室の
引き戸に手をかけて、強引に開けようとしました。
しかし滑りが悪くなっているのか、全く動きません。
「お、おい、こら! やめないか!」
警官の制止する声も聞かず、半ばヤケクソになって
力を込めていると、いきなり引き戸が動きました。
黴臭い匂いが漂ってきて、暗い室内の壁と畳一面に、
どす黒く変色した、血の跡らしきものが見えました。
(こ、これは何だ……? 一体、どういうことだ!?)
警官は即座に引き戸を閉め直すと、乱暴に私を椅子
に座らせて、低い声で話し始めました。
「認めるよ…… 確かに三年前、担当巡査がこの交番の
休憩室で自殺したんだ…… ここを撃ち抜いてな」
そういうと、自分の眉間を指さしました。
「厳しい箝口令が敷かれたのに、マスコミに漏らした
馬鹿が署内にいて、自殺した警官の幽霊が出る心霊
スポットとして野次馬が押しかけた時期もあったが、
最近はようやく、ほとぼりも冷めてきていたのに……
あんたも、どこで聞いてきたか知らないが、他言は
一切無用だぞ。変な噂を蒸し返しでもしたら、身元
を洗って即座にしょっ引くからな! わかったか!」
吐き捨てるようにそう言うと、眼鏡の警官は夕闇の
中を、自転車を漕いで、荒々しく去っていきました。
私は椅子に座ったまま、茫然としていました。
(そうか…… それで帽子を、あんなにも間深く…… )
ふと顔を上げると入口の横に、自転車が停められて
いました。ついさっき、あの眼鏡の警官が自転車で
去っていったのを、確かにこの目で見た筈なのに……
これも記憶違いなのか? 突然、電話が鳴りました。
ぎくりとして目をやると、机の上で、黒電話が身を
震わせながら、繰り返し繰り返し、鳴っていました。
誰かが出るまで鳴りやまないでしょう…… ようやく
意を決して、私が受話器に手をかけるのと同時に、
ガラガラと休憩室の引き戸を開ける音がしました。
【ネタバレ含みます。本編を読んでから閲覧してね!】
この話が放送されたとき至極もっともな突っ込みが
あって『なぜ自殺現場をそのまま清掃も原状復帰も
せず放置しているのか?』と。ほんまやなあ、これ
は痛いところ突かれたかもだ、カンニンカンニンと
自虐してみせてあげても良いのですが、実はこれ、
脚本を書いたときから作家的にはしっかりと根拠が
あるのです。でも秘密だから言いませんアデュー♪
嘘です言います。ルーカスが「なぜスターウォーズ
では真空の宇宙空間で音がするのか?」と意地悪な
質問をされたとき「わしの宇宙では音がするんぢあ」
と答えたのは有名な話ですが、私の答も同様ですね、
「わしの交番では掃除はせんのぢあ」…… 以上!
あゝ怒らんといて! 答えます、真面目に答えます。
自転車が停まってたり停まってなかったり、黒電話
とプッシュホンが入れ替わってたりするのと同じで、
これは主人公の幻覚というか、妄想なのです。正確
には、自殺した警官の霊に取り憑かれ、惑わされて、
いろいろ見せられておるのです。実際は自殺の痕跡
は綺麗さっぱり掃除され、浄化されて、原状復帰も
済んでいる(封鎖されているかもけど)のに、それ
をまだ受け容れられない、或いは、気づいていない、
つまり、成仏できていない霊の呪い/祟り/魔力で、
語り手は過去の自殺現場を、霊視/ 幻視させられて
おるのです。実際は引き戸も厳重に施錠されていて、
開かないかも知れません。交番もないかも知れない。
さらにもうひとつ、眼鏡の警官は、自殺した警官の
若い頃の姿なのです。つまり、これも幽霊なのです。
同一人物で年齢差のある幽霊といえば例のあの映画
のドク “月光”グラハムさんが有名ですが、あの名作
はあの世でも評判が良くて、警官もそれをパクった
もといオマージュしたのかもです。ちゃんとお金を
返しに来た語り手の誠実さに意気に感じて、自分の
悲惨な最期を彼に知ってほしいと思ったのかもです。
高圧的な口調も険しい顔も眼鏡も、実際にその歳の
頃はそうだったのかもだし、或いはネタバレ防止に、
幽霊なりに頑張って扮装と演技をしてみたかもです。
最後に休憩室から現れる警官の霊はどんな姿なのか、
語り手に何を話すつもりなのか、語り手をどうする
つもりなのか? そもそも、なぜ拳銃自殺したのか?
そこはもう言わずもがな語らずの美学、読者の皆様
のご想像と解釈にお任せしまりすチャック・ノリス。
セラヴィー、アデュー♪