エピローグ
暦が帰還してから一夜が明け、季節は夏休みの初日を迎えた。
登校という義務から一時的に解放されたはずの俺だったが、目が覚めるや否や、即座に身支度を整え、玄関を飛び出した。
その理由は単純明快。今後の活動について、暦と相談する約束があったからだ。
約束の時刻よりかなり早く到着した六道町の駅前、俺は涼を求めて日陰に身を置き、彼女を待っていた。
ほどなくして、白のブラウスに水色のキュロットパンツという爽やかな装いの暦が姿を現した。予定よりも早く到着していた俺を見つけた彼女の表情には、隠しきれない驚きが浮かんでいた。
喫茶店に入った俺たちは席に着き、軽く言葉を交わす。
「湊さん、随分と早いですね」
「こう見えてもな、俺だって少しは成長してるんだよ」
ジト目で不満げにこちらを見つめる暦に、俺は得意げな笑みを浮かべて返した。
俺と暦の戦いは、まだ終わっていない。
暦の未来を保障するには、街をもっと活気づける必要がある。その点においては、状況はまだ何も変わっていない。だが、それを憂いてはいなかった。
あの頃に比べ、俺自身が少しずつ強くなっているという自覚がある。高校生という立場でも、やれることはある。経験がそれを教えてくれた。
雑談もほどほどに、暦は本題に入った。
「湊さんに、いくつかご報告があります」
昨日の出来事がまるでなかったかのような自然な口ぶり。少し緊張していた自分が馬鹿らしく思えるほどだった。
それでも、口元にはまだ、彼女と交わした唇の感触がほんのり残っている気がした。
「なんだ?」
その余韻を振り払うように、俺はグラスの冷水に口をつけ、問い返す。
「まず、星の希望についてですが、現状ではかなり供給が安定しています」
「え?急にどうして?」
突然の話に、思わず首を傾げる。
ここ数ヶ月で色々とやってきたが、それが街の活気に直結しているとは言い難い。それに、根本的な改善策を打ったわけでもないはずだ。
俺の戸惑いを察してか、暦は静かに説明を始めた。
「湊さんは、わたしに特別な感情を抱いています」
「ゲブッ——!?」
あまりの直球に水を噴きそうになった俺に、暦はすかさずハンカチを差し出してくる。彼女の香りがほのかに漂うそれで口元を拭いながら、俺は警戒心を隠せずに言った。
「……一体、何の話だよ」
「とぼけても無駄です。わたしたちは魂の根源が繋がっています。だから、分かるんです」
「何それ、ちょっと怖いんだけど……」
俺の困惑に、暦は小さく笑った。
「冗談ですよ」
「……」
気まずさに沈黙する俺をよそに、暦は言葉を続ける。
「感情までは分かりませんので安心してください。ただ、湊さんから多くの星の希望がわたしに流れ込んでいるのは事実です。これは、湊さんがわたしに対して強い“期待”を抱いているからだと、わたしは解釈しています」
「その言い方、ずいぶん慎重だな?」
「ごめんなさい。そもそも、わたしと湊さんのように長期的な接続状態にある事例が前例として存在しないんです。だから、どんな現象が起こっても不思議じゃないんですよ」
「で、今は俺から暦に、星の希望が供給されてると?」
俺の問いに、暦はピシッと指を差し出して言った。
「さもありなん!」
「どれくらいの希望が充填されてるんだ?」
具体的なところを聞くと、暦は肩をすくめた。
「前よりはマシ、ってところです」
全てが劇的に解決するなんて、都合のいい話ではなかったらしい。
「で、報告ってのはそれだけじゃないんだろ?」
俺が続きを促すと、暦はうなずいた。
「わたしの触媒を変更しました」
「ふぇっ!?」
あれだけ苦労して保存へと導いた洋館が、もう役目を終えたというのか?
「誤解しないでください。湊さんの行動には大きな意味がありました。おかげでわたしはここに戻ってこられたんです。でも、今後のリスク回避を考えると、より確実な触媒が必要だと判断しただけです」
再開発だけでなく、災害や事故などで消える可能性もある。暦も万能ではないのだ。
「で、次はどこを次元背景投射点に?」
「え!? 湊さん、なんで正式名称を知ってるんですか!?」
「え?あ、あぁ……」
しまった、つい口が滑った。そういえば、正式名称を教えてくれたのは未来の暦だった。
動揺を悟られまいと、適当に話をつくる。
「ほら……フェスタの時にそんなこと言ってただろ?それを覚えてたんだよ」
「……まぁいいでしょう」
奇跡的なごまかし成功だった。
「それで、次はどこになったんだ?」
俺の質問に、暦は無邪気な笑顔で答えた。
「湊さんです!」
「……え、俺?」
返された答えに一瞬固まる。だが、間髪入れず彼女は言った。
「はい!」
確かに、未来の暦は言っていた。
次元背景投射点は、その星霊にとって“価値のあるもの”でなければならないと。
つまり俺の存在は、暦にとってそれほど大きな意味を持つということになる。
心臓が、ドクンと強く鳴った気がした。
サラリとこの事を暦が俺に言ったのは、俺が次元背景投射点の選定基準を知らないと思っているからなのではないだろうか。
「なので、これからもよろしくお願いしますね、湊さん」
彼女は柔らかい笑顔でそう言った。
俺の中で渦巻いていた雑念は、その一言で吹き飛んだ。
伝えるべき想いは、暦の未来が確実に救われたときに――そう決めたんだ。
「暦、一緒に20年後を超えよう。俺たちなら、きっと大丈夫だ」
「さもありなんですっ!」
暦の元気な返事に、俺も自然と笑みがこぼれた。
目の前で笑う今の暦だけじゃない。
未来の暦、俺の記憶の一部として脳内ある。あのもう一人の暦。彼女たち二人を、俺は未来へ連れて行くと心に誓った。
後の話だが、寂れた温泉地を盛り上げたり、潰れかけの遊園地を救ったりと、この先もまだまだ、俺たちの物語は続く。だがそれは、また別の機会に語るとしよう。
まずはこれが俺と暦が勝ち取った奇跡の話なのだ。
この度は数ある作品の中から私の作品をご覧頂き、ありがとうございます。
せっかくなのであとがきを書こうと思います。
この物語って結局のところはどんなジャンルだったの?と思う方もいたかもしれません。
一応お答えしておくと、『街に恋するSF風ラブコメ』のつもりで書いておりました。
元々、作品としてはあまり長く書くつもりもなく、当初のプロットでは13万字程度で完結する予定でした。
ただ書いているうちに、せっかく文字数制限もなく、好き勝手に書ける場なのに、文字数にこだわるのはよくないのでは?と考えるようになり、本当に好き勝手に書きたいだけ書いた結果、30万字近い、当初の予定の倍くらいの文章量になってしまいました。
私は古のラノベ構成が好きな為、章という形で話を分けており、この海風リファインは1巻に相当する話として書きました。
もし続編を書くとすれば、連載中に変更して執筆しようと考えております。
ただ、特に何か反響とかがない限り、次は別の物語を書こうと思っています。
一旦、海風リファイン〜街を語る少女と時をかける記憶〜は、このエピローグで完結となります。
では、また機会がありましたら、是非よろしくお願いします。
ご愛読ありがとうございました。