33話:臨界の奇跡
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すみません...
翌日。
俺は早朝から落ち着かない気持ちを抱えつつ、生徒会室の扉を開けた。空気は張り詰めているというよりも、少し緩んだ穏やかな空気が流れていた。
報告することがある。それも、大きな進展だ。
「会長、昨日の件ですが……教会から、協力の承諾をいただけました」
俺が報告すると、会長は軽く顎を引き、満足そうに目を細めた。彼の口元がゆっくりと綻び、やがて上機嫌な声で言葉が返ってくる。
「よくやった、天戸!」
彼は立てていた足を組み替えながら、軽快に続けた。
「ちなみにだが、学校からも、反対運動に関して“ある程度の許可”を得ることができたぞ」
「……ほ、本当ですか!?」
思わず俺は声を上げていた。
驚きと、どこか胸の奥に残っていた不安がふっと溶けていくような安堵感。それが一気に押し寄せる。
しかし、会長は穏やかな笑みを崩さぬまま、少し表情を引き締めた。指先で机を一度、軽く叩く。
「ただし、学校が認めたのは“校内で参加者を募る”という行為までだ。学校としては、この運動に正式に関与はしない。あくまでノータッチという姿勢を取ることになっている」
「……それは、まぁ……当然ですよね……」
俺はやや肩を落としながらも、納得の頷きを返す。
行政の決定に異を唱える運動に対し、公立校が組織として関わるわけにはいかない。
これは生徒の自主的な活動という体裁を保たねばならない。けれど、それでも校内で自由に動けるというのは、大きな進展だった。俺たち学生にとって、学校という場こそが最大の影響力を持つコミュニティだからだ。
「だが、これで活動に支障はないだろう。魚崎に感謝だな」
会長が穏やかに微笑みながら、斜め前に座っていた魚崎副会長に視線を送る。
その一言に、魚崎は頬をわずかに赤らめつつも、口元に小さな誇らしげな笑みを浮かべた。
「ちょうどフェスタもあったから、それに絡めて理屈をつけただけよ」
さらりと流すように言ったが、その声色にはほんの少し自信の滲んだトーンがあった。
俺は胸が温かくなり、改めて二人に向かって深々と頭を下げる。
「本当に……ありがとうございます」
真っ直ぐ頭を下げる俺を見て、会長はふっと息を吐き、ストローの刺さったミルクティーのパックを手に取る。そして、軽く吸いながらも言葉を返す。
「協力すると言った以上、出来る限りはやるさ。気にするな」
その言葉には、無責任な軽さではなく、確かな覚悟が宿っていた。
本当に、この二人には頭が上がらない。出会ってまだ日も浅いというのに、どれだけ助けられたことか……。
「すでに校内の掲示板には、参加を呼びかける告知を貼ってある。どれほど反響があるかは分からないが──まぁ、参加者が集まるのを待つとしよう」
そう言って、会長は椅子に背を預けながら、天井を見上げる。
その視線にはどこか、未来を見通すような落ち着きと、自信があった。
すると、魚崎が静かに口を開いた。
「会長。次にやるべきことは、何ですか?」
手帳を手にした彼女の声は、準備の先を急ぐような真剣さを含んでいた。
「そうだな……行動は早いに越したことはない。次の土曜日には、署名活動を始めたい」
会長はその場で考えるように言葉を紡ぐ。
彼の視線は机の上の資料に向けられていたが、その目はどこか遠くを見据えていた。
「じゃあ、場所の確保が先決ですね」
俺がそう言うと、会長は即座に頷いた。
「その通り。出来れば複数箇所で展開したいが、今はまだ人数が少ない。人通りの多い場所に絞った方が効率的だろう」
「それなら、中心街の駅前なんてどうですか?」
すかさず魚崎が提案する。
彼女は地図を開いて、そこを指差す。大型ショッピングモールとターミナル駅が隣接していた。
「それが妥当だな。道路でやる場合は警察の許可が必要だし、即日性があるのは駅構内やその周辺だろう」
会長は手帳にメモを取りながら、決断を下すように立ち上がった。
そして、自分の鞄を持ち上げながらこちらを振り返る。その瞳には、決意の光が宿っていた。
「──善は急げ、だ。天戸、魚崎。今から確認に行くぞ」
その一言で、俺たちは視線を交わし、小さく頷き合った。そして俺たちは中心街に向かう事となる。
*
「見事に断られてしまったな」
中心街で最も大きな駅の構内。
会長は、どこか遠い目をして天井から吊り下げられた広告を見上げながら、ため息混じりに呟いた。
「……ですね」
俺も同じように天井を見上げ、彼の言葉に同調する。
勢いよく学校を飛び出し、この場所まで来たまではよかったが、結果は惨敗。署名活動のための駅構内の使用許可は、あっさりと却下された。
もちろん、ある程度は予想していた。行政との繋がりが深い鉄道会社が、こんな活動を軽々と認めてくれるはずもない。
だが、こうも即答で断られると、やはり応えるものがある。
「……これから、どうするんですか?」
魚崎副会長がやや苛立ちを含んだ声でそう問いかけてきた。俺たちを真っ直ぐ見据え、その表情には焦燥と一抹の疲れがにじんでいる。
会長はその声に応えるように彼女へと視線を向け、静かに口を開いた。
「とりあえず、できる範囲の行動は続けるべきだな。だが、次の一手も同時に考えなければならない」
言葉にこそ力強さはなかったが、会長の瞳にはしっかりと前を見据える光が宿っていた。
俺たちは一度気持ちを切り替えるため、近くの喫茶店に入ろうという話になった。
その時だった。
「ん? あれは……?」
店の前に視線を向けた会長が、目を細めた。何かを見つけたらしい。
俺も同じ方向を見やると、そこには──
修道服を着た少女が、うつ伏せに倒れていた。
「……何してんだ?」
思わず眉をひそめ、少女に近づいて声をかける。
すると、床に倒れていた彼女が、顔だけをゆっくりとこちらに向けた。
「お腹が減ったのだ……」
「え、えぇ……」
その顔には見覚えがあった。──ロナだ。
喫茶店の前で、白い床の上に黒い修道服を広げて行き倒れているその様は、まるで太陽を覆い隠す日食のようなインパクトだった。
「ミナト、何か食べる物を恵むのだ……」
「……わかったよ。少し待ってろ」
俺はため息をつきつつ、喫茶店に入って棚に並ぶパンの中から適当なものを選び、彼女に渡す。
「ありがとうなのだ!」
パンを受け取ったロナは、それをまるで小動物のようにムシャムシャと勢いよく食べ始めた。
その様子は、ひまわりの種をほお袋に詰め込むハムスターのようで、少し笑ってしまう。
「この子は天戸の知り合いかい?」
会長がやや困惑した表情で俺に尋ねる。
「はい。彼女はロナといって、例の教会で協力してくれることになったシスターです」
本当に“シスター”かどうかは分からないが、そう説明しておいた。
「……か、可愛い」
すると、魚崎副会長が複雑な表情を浮かべつつ、そう呟いた。
「副会長、油断は禁物ですよ。この子、本当に口が減らないんです」
俺が注意を促すと、ロナはパンを飲み込んだタイミングでぴくりと反応し、こちらを睨みながら言った。
「エロ羊は失礼なのだ。本当のことを言っただけなのだ」
俺は苦笑いしながら、親指でロナを指差す。
「ほらね?」
「仲が良いのはいいことだ」
会長が腰に手を当てながら、笑顔でそう言う。
パンを食べ終わったロナに、俺は改めて尋ねてみた。
「で、どうしてこんなところで行き倒れてたんだ?」
「マザーの頼みで買い物に来たのだ。でも、このお店から漂う芳しい香りに耐えられなくなって……気がついたら倒れていたのだ」
「説明になってねぇよ!? 普通はそうならないだろ!」
思わず声を荒げると、ロナはいたずらっぽく笑った。
「細かいことは気にしないのだ。でも、流石ミナトなのだ。素直に感謝するのだ」
「素直でいい子じゃない。私は魚崎唯よ」
魚崎副会長が笑顔で自己紹介をする。それに続き、会長も一歩前に出た。
「僕は摂津だ。天戸から話は聞いている。今回の運動に協力してくれて、本当に感謝しているよ」
そう言いながら、会長は鞄からミルクティーのパックを取り出し、ロナに手渡した。
「飲み物もあるのだ!? 気が利くのだ!」
ロナはミルクティーを受け取ると、器用にストローを差し込んで喉を潤した。
「それで、お前たちはここで何をしていたのだ?」
ミルクティーをすすりながら、ロナは不思議そうに尋ねてくる。
魚崎副会長が答えた。
「署名活動の許可をもらいに来たのよ。でも、あっさり断られちゃってね」
「それは残念なのだ。その署名活動? とやらは、大切なのだ?」
「もちろん。民意を伝えるためには、こういう地道な行動が必要なの」
優しい口調で丁寧に説明する魚崎に、ロナはしばらく黙ってから俺をじっと見つめた。
「ミナトは仲間を集めたのだな」
「ああ。おかげさまでな」
本音だった。
ロナの言葉がなければ、晴人や沙羽、会長や魚崎副会長に素直に頼ることすらできなかったかもしれない。
「……」
ロナは何かを考えるように周囲を見渡し、しばし沈黙。そして──。
「ミナトはお気に入りなのだ。仕方ないのだ。お前たちでは超えることのできない“臨界”を見せてやるのだ」
そう言って、ロナは俺の前に歩み寄ってきた。
「確認なのだ。ミナトたちはこの駅で署名活動をやりたいのだな?」
「ああ、そうだ」
俺が頷くと、会長が補足する。
「ここだけでなく、神影市内にある複数の駅で実施するのが理想だ」
「わかったのだ」
ロナは迷いなく踵を返し、駅員のいる事務所へと向かって歩き出した。
俺たちは慌てて彼女の後を追い、声をかける。
「ロナっ!? 何をする気だ?」
「大丈夫なのだ。悪いようにはしないのだ」
「ど、どういうことだよ!?」
事務所の前に立ち止まったロナは、恒星の様な琥珀色の瞳をこちらに向けながら、静かに言った。
「ミナトと同じで、暦を助けてやろうと思っているのだ。安心するのだ」
そう言って、ロナはひとり事務所へと入っていった。
残された俺たちは、ただ呆然とその場に立ち尽くすしかなかった。
「会長、大丈夫でしょうか……?」
魚崎副会長が不安げな表情で呟く。
「さすがに展開が早すぎて僕にも読めない。でも、あの子があれだけ自信を持っていたのなら──成り行きを見守ってみよう」
その言葉に、俺はふと、以前の出来事を思い出した。
ティータイムの協力を仰ぐため、暦がひとりで交渉に向かったあの時。
今の光景とどこか重なる。
ロナの言葉──“臨界”。
物理用語としては、ある状態が別の状態へと変化する境界を指す。
彼女は、俺たちの常識や限界を超えて見せる、そういう意味で言ったのだろうか。
しばらくして、ロナが事務所から出てきた。手には数枚の書類を携えて。
「喜ぶがよいのだ! 駅構内での活動に、正式な許可が下りたのだ!この鉄道会社が保有する神影市内の全駅で、署名活動が許可されたのだ!」
高々と書類を掲げ、誇らしげに笑うロナ。
その言葉に、俺たちは思わず言葉を失った。
こうして俺たちは、駅構内での署名活動の第一歩を踏み出す準備を整えたのだった。
*
翌日、いつものように教室の扉を開けると、真っ先に沙羽が勢いよく近づいてきた。その顔にはいつも以上に活気が宿っており、何か言いたくてたまらない様子がありありと見て取れる。
「ねねっ!聞いてよ!」
目を輝かせながら話しかけてくる沙羽に、俺は思わず身を乗り出した。そのテンションからして、きっと良い知らせなのだろう。期待を込めて彼女の話を聞くと、案の定、孤児院出身者の一人を見つけたという報告だった。
だが、少しばかり拍子抜けするような続きが返ってきた。訪ねたものの、本人は不在で、結局後日改めて訪問することになったというのだ。それでも、大きな前進には違いない。俺は心の中で小さくガッツポーズを作りながら、さらに詳しい話を聞かせてほしいと促した。
「えっとね、この杉山さんってところなんだけど」
沙羽はそう言いながら、手元の資料を取り出す。そして、コピーされたリストの最下段を指差した。その箇所には「杉山」という名前がしっかりと記されていた。
「あたしが行った時は杉山さんのお子さんがいたんだけどね。その人が色々対応してくれたの!」
思わぬ情報に興味を引かれた俺は、さらに問いを投げかける。
「へぇ?どんな人だったんだ?」
しばらく記憶を辿るように目を細めた沙羽は、やがて思い出したように口を開いた。
「あたし達と同じくらいの歳の男の子だったよ?お父さんって言ってたから多分、息子さんだと思う」
年齢が近いとなると、少し話しやすいかもしれない。俺は胸の内で少しだけ安堵を覚えつつ、次にこう尋ねた。
「なるほど、いつまた行く事になっているんだ?」
「次の土曜日!その日なら家にいるって!」
満面の笑みで答える沙羽の姿に、こちらまで気分が軽くなる。再訪までにはまだ少し時間がある。この間に、どうやって事情を説明し、相手の理解を得るかをしっかり考えておく必要がある。焦らず、確実に進めていこう。そう自分に言い聞かせていると、教室の扉が開き、一人の男子生徒が入ってきた。
「うっす、アマミナ」
軽く手を上げてこちらに挨拶してきたのは、晴人だった。相変わらずの爽やかな笑顔ではあるものの、その奥にはかすかな疲労の色が見え隠れしている。
「晴人か、大変だよな、本当にありがとう」
彼の協力には感謝してもしきれない。心からの言葉を口にすると、晴人は照れたように笑って肩をすくめた。
「気にすんな。協力するって言った以上は俺もやるさ」
軽く言いながらも、その言葉には芯のある決意が滲んでいた。そして彼は隣にいた沙羽へと視線を向ける。
「てか、アマミナ、マジでこいつすげーよ」
彼の突然の評価に、俺は思わず首を傾げた。
「な、何がだ?」
疑問を返すと、晴人はやや呆れたように答える。
「いや、マジで何の躊躇いもなく、チャイム押すんだぜ?少しはビビれよって」
その言葉に、沙羽はわざとらしく目を細めて唇を尖らせた。自信に満ちた表情で、まるでそれが当然だと言わんばかりの口調で言い返す。
「えー?別に普通だよ?やましい事なんてないんだから、堂々としていればいいの!」
確かに正論ではある。だが、その正論を臆することなく行動に移せる人間が、どれほどいるだろうか。晴人の言葉には、そんな現実とのギャップに対する苦笑が滲んでいた。
「それが出来たら苦労しねぇよ......」
ぽつりと漏れたその一言に、俺は彼の苦悩と努力を感じ取った。無理をしているのだろう、無理をしてでも協力しようとしてくれているのだ。そんな彼の姿勢に、俺はもう一度、心からの労いの言葉をかけた。
*
次の土曜日がやって来た。
この日から、いよいよ署名活動が本格的に始まる。だが、現時点での参加者はまだ少なく、協力を申し出てくれたのは会長を含む生徒会のメンバー数人に留まっていた。それでも、駅前という人通りの多い場所で活動することが決まり、希望の光は確かに射し始めている。
俺もその活動に参加したいと申し出たが、会長にきっぱりと断られた。彼は俺に別の役割を与えていたのだ。孤児院出身者である杉山氏の家へ向かうという、より重要な任務である。
その代わりとして、署名活動には晴人が加わることになった。そして俺と沙羽は、杉山氏の家を訪ねることになる。
もっとも、一日中その家にいるわけではない。話が終わり次第、俺も駅前の活動へ向かうつもりでいた。皆を巻き込んだのは他でもない、俺の事情だ。そんな俺が行動で示さずにどうする。与えられた役目を全うし、合流しようと強く心に誓っていた。
昼を少し過ぎた頃、俺は待ち合わせ場所である駅の改札前に立っていた。ここは神影市の中心街から市営地下鉄で西へ数駅進んだ静かな住宅地の最寄り駅だ。人通りはそこまで多くないが、のんびりとした空気が流れていて、落ち着いた雰囲気がある。
俺が到着してしばらくすると、地下鉄へと続く階段から、勢いよく駆け上がってくる人影が見えた。軽快な足音と共に現れたのは、やはり彼女だった。
「お待たせー!?待ったよね!?ごめーん!」
息を弾ませながらも明るく笑う沙羽は、Tシャツの上に薄手のカーディガンを羽織り、七分丈のスキニージーンズというラフな格好をしていた。顔には軽い汗が浮かんでいたが、その笑顔は清々しくて、どこか夏の風のようだった。
「大丈夫だ、俺も一本前の電車で着いたところだ」
俺がそう言うと、彼女はふっと安堵した様子を見せ、冗談めかして顎に手を当てた。
「これはこれは、負けてしまいましたなー?」
「次は勝ってくれ」
俺は軽く笑いながら言い返し、並んで歩き出した。目的地となる杉山氏の家の住所は事前に調べてある。初めて訪れる場所だが、大まかな方角は頭に入っていた。
しばらく歩いたあと、俺はふと隣を歩く沙羽に声をかけた。
「結局いろいろ任せてしまって悪かった」
初日こそ俺も家々を回ったが、それ以降は教会での作業や生徒会室での打ち合わせが続き、彼女に任せきりになってしまっていた。そのことがずっと気がかりだったのだ。
だが、俺の謝罪に対して、沙羽はまるで気にする様子もなく笑って答えた。
「全然気にしないで!天戸くんが一生懸命だからさ、何だかあたしも応援したいって思うんだよね」
彼女の言葉は、まるで風に乗って届いたかのように自然で温かかった。湿った初夏の風が通り過ぎる中、沙羽はほんの少し視線を伏せ、ぽつりと続けた。
「それに何だか不思議な気分なんだ。授業を受けている時とか、音楽室から中庭を見た時とか、家でゴロゴロしてる時とか、何かが足りない。そんな気がしてさ」
「三宮......」
その呟きに、俺の心は小さく震えた。彼女の表情はどこか沈み込んでいて、何かを必死に思い出そうとするようだった。その姿に、俺は淡い期待を抱いてしまう。もしかしたら、彼女は暦のことを本当は忘れていないのではないか。
そんな希望が、心の奥底で膨らんでいく。
「天戸くんはあたしに暦さんって人の事を忘れているだけだって言ってたけど、あながち間違いじゃない。そんな気がしたんだ。なんでだろうね、全く覚えていないし、心当たりもない。なのに、そんな気がしたんだ......」
彼女は足を止め、俺の方を見つめた。その瞳は、どこか儚げで、まるで何かを訴えかけるようだった。
「多分だよ?桂木くんも摂津会長も魚崎副会長も心の中では違和感を覚えているんじゃないかな?だから、皆、天戸くんに力を貸そうと思ってるんじゃないかな」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に小さな灯がともるような気がした。皆の協力が、ただの同情ではなく、確かな「違和感」から来ているのだとすれば──それは、どれほど救いになるだろうか。
俺は心から彼女に向き合い、静かに感謝の言葉を告げた。
「ありがとう」
「ふふっ、どういたしまして」
柔らかな笑みと共に返されたその一言は、俺の胸に温かな余韻を残した。
*
それから十数分ほど、静かな住宅街を二人並んで歩き続けた。やがて、目的の杉山氏の家に辿り着く。外観はどこにでもありそうな、ごく普通の一戸建てだった。派手な特徴はないが、手入れはきちんとされており、住人の几帳面な性格を感じさせる。
俺は軽く息を整え、緊張を胸に押し込めてから、インターホンのチャイムを押した。数秒後、スピーカーから声が聞こえ、その直後、玄関の扉が音を立てて開いた。
「どうも」
顔を覗かせたのは、沙羽の言う通り、俺たちと同じくらいの年頃の少年だった。ふんわりとした黒髪に、まだ幼さの残る表情。その雰囲気には、どこか懐かしさがあった。
そして、次の瞬間──俺は目を見開いた。
なぜなら、彼の顔に見覚えがあったのだ。いや、正確に言えば「彼にそっくりな人物」を、俺は知っていた。
「杉山......?」
口を突いて出た言葉に、少年は少し困惑した様子で首を傾げた。
「はい......?杉山ですけど......」
その返答に、俺は言葉を失ったまま、彼を見つめ続けていた。動くこともできず、ただその場に立ち尽くす。
──そう、目の前にいるこの少年は、未来で俺と同じ職場にいた、あの杉山その人だったのだから。