2話:不思議な少女は神戸暦と名乗る
とりあえず1日1回は出したいですねぇ〜
気が付くと日は沈み、街は闇の帳に落ちていた。
どうやら俺は机に突っ伏す形で寝てしまっていたようだ。信じ難いが睡眠に向かない体勢で何時間も寝てしまっていたのだ。
「寝るというより意識の喪失だな」
誰に対してという訳ではなく俺は呟いた。
公務員として働いてた頃はどんな激務でもこのような形で深く眠ってしまったことはなかった。
時間遡行の影響だろうか。
答えのない問答をニューロンに走らせ、俺は立ち上がった。
何時間も無理な姿勢を維持していたためが身体のあちこちが痛い。
その後、俺はリビングで夕食を済ませ、食器を慣れた手つきで洗っていく母さんに告げた。
「少し外を歩いてくるよ」
「構わないけど、遅くなり過ぎないでよ」
「はーい」
俺は玄関でスニーカーを履き、扉を開いた。
夜の住宅街は静かでわずかに吹く風のせいかまだ肌寒かった。
不思議とそれらも懐かしく感じ、過去に戻ってきたことを俺に実感させた。未来では撤去され、姿を消しつつある公衆電話のボックスは『現在』では役目を果たすため暗闇の中、明かりを灯していた。
別に散歩する為だけに出て来た訳ではない。
目的地は存在している。
タイムリープというしてしまう前に最後にあの少女と話をした場所。詰まるところ20年後の我が家のある地域を目指すのだ。
「ここからそう遠くはない」
俺は実家近所のバス停へ向かった。
バス停に着くと何人かの乗客が市バスの到来を待っていた。俺はそこの最後尾に並ぶと時刻表へ目をやった。
驚いた事にラッシュ時から外れたこの時間でも10分間隔で運行されているようだ。
俺の記憶ではここは最終的に45分間隔の運行まで減便されるはずだ。
しばらくするとバスが姿を見せた。民間委託もされていない頃の市営バスだ。
バスに揺られる事数十分。役所前で乗り換えを行い、俺は無事に件のバス停へ降り立った。
しばらく歩いていると俺はある違和感に気がついた。
「地形が違うな……」
おおまか建物の位置などは合っているが、所々に見覚えの無い道があり、また公園なども存在していた。
俺は記憶の片隅をほじくり返しつつ、想起した。
「そうだ、ここは……」
ここは俺からしたら昔に区画整理や再開発のあった地域だ。ここら一帯を整備し、未来で俺が住んでいたような集合住宅を作ったりなど人口増加に対応出来るようにした地域だ。
結果的にはその対策は皮肉にも杞憂に終わったのだが……。
しかしこれは困った。
地形が変わってしまっているため、少女と邂逅した場所が正確に分からなくなっている。
一旦作戦を練り直すためにも俺は近くあった公園のベンチに腰を下ろした。
あまり遅くなると母さんが心配するだろう。次のプランを早く考え、行動に移すべきだ。
「そもそもあの子に会って俺はどうするんだろうな」
夜空を仰ぐ。
光害に押されながらもいくつかの星が瞬いている。
「お、お久しぶり……です……」
不意にそんな声がした。
声の方を見ると、そこには記憶にある件の少女が立っていた。
記憶の中にある金色の髪に青い瞳。整った顔立ちは美しく思わず、見惚れてしまいそうになるくらいだった。
そして少女の姿は20年後となんら変わりはなかった。
「驚かれるのも無理もないです……」
俺が呆気に取られていると少女は、ブラウスの袖をキュッと握り、少し俯いた。
申し訳ないと言わんばかりの様子だった。
「あ、あぁ……。驚いたよ……」
俺は何とか言葉を捻り出すと、ベンチから立ち上がり少女を認めた。
「お、お前が俺を未来から過去に飛ばしたのか?あの時、お前は何故泣いていた?教えてくれっ!」
「えと…….その……」
矢継ぎ早に言葉を紡ぐ俺。少女はたじろいだ。その様子に俺はハッと我に帰った。
「わ、悪い……ゆっくりでいい……俺も混乱してて……」
「だ、大丈夫です!」
少女は一度ギュッと目を瞑り、少し表情を変えた。さっきまでのおっかなびっくりといった様子ではなく何かを覚悟したような表情だ。
「湊さん。私の名前は、神戸暦と言います」
「……やっぱり、俺の名前を知ってるんだな」
「はい、存じ上げています」
「神戸暦……って、ずいぶん格式のある名前だな」
「呼び方は、暦でいいです」
「……えっと、暦ちゃん?」
「暦でいいです」
「……暦?」
「はい、暦で」
意外と押しの強い子だな、と内心で苦笑した。
暦と名乗った少女は周囲を見回した後、こちらに向き直り続けた。
「湊さんを今日に時間遡行させたのは私です」
俺の求めていた回答だった。
「ただ厳密に言うと″今″の私ではなく、″未来″の私です」
「またややこしい話だな……」
「信じてくれるのですか?」
「信じるも何も……」
超常現象に遭遇し、目の前には20年前と姿形が変わらない人物がいる。これで信じないという方が難しいだろう。
「よかったです。わたしも、まさか本当にこの時が来るとは思っていなかったから」
「……それ、どういう意味だ?」
暦は小さく息を吐き、静かに続けた。
「湊さんがこの時代に来たということは――未来の私は消滅したということです」
――消滅。
一瞬、言葉の意味を理解できなかった。
「それって……つまり、死んだってことなのか?」
「……そう思ってもらって差し支えはないです」
暦は言葉を濁したが、そこに嘘は感じなかった。
「これは、どうしても越えられない壁に直面したときに、取る最後の手段でした」
「越えられない壁って……暦自身の、ことか?」
「はい。わたしと、この神影市は、切り離すことのできない存在なのです」
暦は胸に手を置き、静かに力強く言った。
「湊さん。お願いがあります。……わたしを、助けてください」
そして彼女は、俺へのお願いとやらを語り始めた。