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16話:海風リファイン

 地域交流フェスタへの参加が正式に内定した翌日、昼休みの鐘が鳴ると同時に、俺は暦を昼食に誘った。

 行き先は屋上。相変わらず人影はまばらで、風の音と遠くの体育館から響く笛の音だけが耳に届くこの場所は、他人の目を気にせずに話ができる、貴重な空間だった。

 昨日、生徒会室を後にしてから今朝まで、どこか沈んだ様子だった暦だったが、今はもうすっかり元気を取り戻し、購買で買ったお気に入りの「サンライズ」を嬉しそうに頬張っている。光を透かすような髪が陽に照らされてふわりと揺れ、彼女の無邪気な笑顔と相まって、その姿は非常に可愛らしく見えた。

 俺は手にした弁当の卵焼きを箸でつつきながら、ふと彼女に話しかける。


「美味そうに食うよな、ホント」


「さもありなんです。やはりパンと言えば、これ一択です!」


 ビスケット生地の表面が軽やかに砕け、暦の口の中に吸い込まれていく。

ちなみに、この「サンライズ」というパンは、見た目はメロンパンに似ているが、この地方ではなぜかそう呼ばれている。細かい違いを説明しろと言われると困るが、確かに似て非なるものだ。


「でも、参加が無事に決まってよかったです」


 暦が屈託のない笑顔を向けてくる。その表情は、見ているこちらまで心が晴れていくようだった。真っ青な空の下、陽光が彼女の頬を照らし、その一挙手一投足がまるで画のように美しい。


「そうだな、一時はどうなることかと思ったけど」


 俺がそう言って微笑むと、暦は視線を遠くに向け、まつ毛に縁取られた大きな瞳で青く広がる六麓山を見つめる。


「最悪、票を改竄してしまおうかと本気で考えてましたけど••••••杞憂に終わってよかったです」


 不敵な笑みを浮かべている彼女は、なぜか少し誇らしげだった。彼女なら不正の一つや二つ、たやすくやってのけそうではある。


「バカ。そんなことで星の希望を使う必要はない」


「当たり前です。私は湊さんを信じてましたから」


 暦は胸に手を当て、少しだけ得意げな表情を浮かべる。春の風が緩やかに屋上をなでるように吹き抜け、その湿った空気が季節の移り変わりを知らせてくる。もうすぐ、ゴールデンウィークだ。

 さて、次の目標は実行委員会に参加してくれる生徒を集めること。たしか会長の話では、全学年から選出する必要があるらしい。会長や魚崎副会長に協力してもらえれば早い話だが、生徒会役員である以上、彼らの参加は認められない。となれば、自力で人を集めなければならないだろう。

 できる限り、暦の寿命を削ることになる“奇跡”の使用は避けたいところだ。


「湊さん」


 俺がそんなことを頭の中で組み立てていると、突然、暦が口を開いた。


「何だ?」


「私、昨日からずっと考えていたことがあるんです」


「急に改まって、どうしたんだよ?」


 ふと俺は昨日の彼女の表情を思い出す。

言及すべきか迷っていたその話題を、彼女の方から切り出してきたことに、少し胸がざわついた。


「湊さんは••••••わたしとその、噂が立つと嫌ですか?」


 予想とは違う話に俺は虚を突かれた。

ああ、会長が言っていたことか。

“勘違いされたくないなら、距離感の見直しも一考すべきだ”

確かに、他人からの視線は気になるところだが──。


「別に嫌じゃない」


 それが俺の本音だった。

俺たちは、この街にまつわる誰にも言えない秘密を共有している。

そして俺は、未来を変える使命を受けている。彼女と共に過ごす時間が多くなるのは、むしろ自然なことだ。今さら周囲の噂など気にしても仕方ない。そう思っている。

 だが、暦はどうなのだろう。

彼女は彼女で、自分の日常を持っている。俺が知らないところでも、彼女の時間は着実に流れている。ゲームの中のNPCのように、俺といる時だけ存在しているわけじゃないのだ。


「何か言われたりするのか?」


 俺は少し気になって尋ねた。彼女が普段どんな風に振る舞っているのか、それを知っておくべきだと思ったからだ。


「いえ、大したことではないです。昨日の魚崎さんのような質問は、よくされますけど!」


 暦は明るく笑ってそう言った。強がっている様子はない。


「実はこの前も••••••その、告白されてしまいました」


「そうなのか?」


 少し意外だった。暦の口から、自分の日常についての話をするのは珍しい。これまでに彼女視点の話を聞いたのは、沙羽との交流くらいだった。


「はい。あっ!もちろんお断りしましたよ?」


 少し慌てた様子で手を小さく振りながら否定する暦。俺はなんとなく聞いてみた。特に深い理由があったわけじゃない。


「何で断ったんだ?変なヤツだったのか?」


「そんなことありませんよ。バスケ部のエースで、学年的には先輩にあたる方です」


「へぇ〜••••••」


 それは多くの女子が憧れそうな相手だ。その話を聞いた女子たちは、思わず安堵のため息を漏らしたかもしれない。


「やっぱ都市星霊だから、人間は眼中にないとか?」


 俺の軽口に、暦は小さく笑った。


「別に恋愛ができないわけじゃありませんよ?都市星霊の原材料は街に生きる人々の想いです。思っているよりも人間に近しい価値観のようなものはあります。何なら、過去には人間とそれはそれは燃え上がるような恋をした星霊もいたとか!」


 そう言いながら、暦はおどけた様子で変なポーズを取ってみせる。


「そいつは気になるな。本でもあれば、ぜひ読んでみたい」


「ふふっ、分かりました。今度、探しておきますね!」


 暦は白い歯を見せて、にっこりと笑う。俺も、そんな彼女につられてつい笑みをこぼしてしまう。

 都市星霊が他にも存在するのは当然のことだが、他の街の星霊とは、どんなやつなんだろう。機会があれば、一度会ってみたい気もする。


「お前って••••••モテるのか?」


 話の流れもあり、俺は尋ねてみた。

さっき彼女が言っていた、「この前も告白された」という言葉にひっかかっていたからだ。複数回、そういう経験があるということだろう。

 暦は少し困ったように視線を逸らしながら答える。


「そ、そうですねぇ••••••一般的な価値観だと、そうなるかもしれません」


「で、何回くらい告られた?」


「••••••4回です」


 なぜか気まずそうに口にする暦。

俺は内心で衝撃を受けた。

入学してから、まだわずか2週間と少ししか経っていないというのに。

 ちなみに俺はというと、35歳まで生きてきて、彼女ができたのは大学時代に1度だけ。しかも、何度もアタックを重ねて、ようやく交際にこぎつけたものだった。

にもかかわらず、1年も経たずに破局してしまった。


「ど、どうしたんですか?」


 俺が項垂れるような仕草を取っていると、心配そうに覗き込んでくる暦。


「き、気にするな••••••。ただ、生物としての次元の違いを思い知らされただけだ」


「じ、次元ですか?確かにわたしは四次元の存在ではありますけど••••••」


 さらりとそんな発言を口にする彼女の言葉は、すでに俺の耳には入っていなかった。


「わ、わたしは、湊さんは魅力的な人だと思いますよ!!」


 暦の精一杯のフォローが、やけに心に染みた。

その後、風の音と遠くの喧騒だけが耳に残るような、しばしの静寂が俺たちを包み込んだ。

 目の前に広がる青空には、まるで時間が止まったかのように雲が一つもない。

 その無音の時間の中で、俺は喉に刺さった小さな魚の骨のように、心に引っかかっていた疑念を追求してみようと決意した。


「なぁ、暦」


 意を決して口を開くと、彼女はすぐに反応した。

少しだけ首を傾げて、桃色の唇をほんのわずかに尖らせる。

 彼女なりの「どうしたの?」という問いかけに、俺は少しだけ躊躇いながら、慎重に言葉を選んで口にした。


「昨日から今朝まで、何かあったのか?俺たちは今、共同戦線を張ってる。もし、不安な要素とか、懸念事項があるなら••••••できるだけ早めに共有してほしい」


 一瞬、彼女の眉がわずかに寄せられる。

まるで自分を責めるように、暦は視線をそっと足元に落とした。

 その表情には、どこか申し訳なさそうな影が差している。


「ごめんなさい。わたしの方から、もっと早く言うべきでしたね••••••」


 彼女の言葉は、まるで胸の奥に直接届くような柔らかさを持っていた。

そんな彼女に、俺は静かに言葉を返す。


「大丈夫だ。俺は何があっても、お前の味方でいるつもりだよ」


 俺の言葉に、暦はハッとしたように顔を上げる。

驚きの中に安堵が混じったような、微かな微笑みが彼女の唇に浮かんだ。


「ありがとうございます••••••。湊さんは、いつもそうやって気にかけてくれます。本当はわたしの方が、もっとしっかりしなきゃいけないのに••••••」


 空を見上げるその目は、どこか遠くを見つめていた。春の空気を含んだ風が彼女の髪を撫で、その視線の先には、飛行機が空に線を描いていた。


「わたしたちの目的は、この街をより活性化させること。街の人たちが希望を持てるように、未来に期待できるようにすることです」


「••••••ああ、そうだな」


 彼女の言葉を受け止めながら、俺は再確認する。

それは俺たちが戦う意味であり、同時に彼女を救うための手段でもある。

俺たちの行動の指針であり、揺るぎない目的だ。


「その目的の達成に際して──昨日、敵の存在を感じました」


「••••••敵?」


 俺は耳を疑った。

予想もしていなかった言葉に、心臓が一瞬ドクンと跳ねる。この街の活性化という穏やかなテーマに「敵」という言葉が交じること自体が異常だった。


「昨日の投票結果、どう思いましたか?」


「••••••同点だった。正直、俺も手応えは感じてたし、納得はしてない」


 まさにあれは五分五分、フェフティフェフティの結果だった。俺たちの計画は悪くなかったはずなのに、なぜか釣り合った。

 結果としては会長の切り札で辛くも決着したが、どうにも腑に落ちなかったのは事実だ。


「••••••あの結果は、敵からの明確な妨害の結果です」


「な、なんだって!?」


 思わず、声が裏返る。

驚きのあまり、勢いよく立ち上がってしまい、膝の上に置いていた空の弁当箱がコンクリートの床に盛大な音を立てて転がった。


「投票の結果に不自然な綻びがありました。本来導かれるはずの未来が、無理やりねじ曲げられていた••••••そんな痕跡があったんです」


「そ、そんなことが••••••分かるのか••••••?」


 俺の問いに、暦は静かに、しかし確信に満ちた目で頷いた。


「はい。星の奇跡は、5次元を経由してこの世界に別の“結果”を上書きするということです。二つの次元を貫通させる都合上、結果の上書きには、どうしてもその断面には綻びが生まれます。それが痕跡として残るんです」


「ふ、ふぇ••••••?」


 理解が追いつかない。

彼女は真面目に説明してくれているのだが、その内容が頭にスッと入ってこない。

俺の頭の上にいくつものクエスチョンマークが浮かんでいたのだろう。

 それを察したのか、暦はもう一度目を閉じ、言い直した。


「えっと••••••この世界で起こる事象には全て、五次元に“保留”されている未来の結果があるんです。この三次元では、その中の一つだけが現実に反映されるんです。本来、未来を変える時は変えたい未来に繋がるように人に働きかけを行うのですが、昨日は逆で予定されていた未来に都合の良い結果が上書きされていました。わたしたちが手段とは真逆の方法です」


 なるほど••••••。

なんとなくイメージとしては、ゲームのセーブデータみたいな感じか?

Aルートで進んでいたデータに、Bルートの進行状況を強引に上書き保存するような••••••。

たぶん、そんな感覚なんだろう••••••。いや、合ってるか?

 だが、今ここで大事なのは、その現象を完全に理解することじゃない。

この事態の“深刻さ”を把握することだ。


「でも、それって••••••暦の言う“奇跡”の範疇を超えてるんじゃないのか!?」


 俺の頭にまず浮かんだのはこれだ。

奇跡は、星の意思とやらによって厳しく制限されている力だと聞いている。

 未来への影響が大きすぎるからこそ、簡単には使えないのだと。

だが、“結果”そのものを書き換えるような行為が、制限されないはずがない。


「そんな反則みたいなことを平然とやってくるやつって、一体、なんなんだよ!?」


 怒りとも困惑ともつかぬ感情が混ざった声が、自然と荒ぶっていた。

しかし、それとは対照的に、暦はとても静かで、落ち着いていた。

 そして、彼女は静かに、けれど確信を持った声で言った。


「できる存在はいます」


 その瞬間、まるで屋上の空間を裂くような強風が吹き抜けた。

 春とは思えない冷たい風が、俺の頬を打つ。

その風の中で、暦は風上に向かって、誰かの名前をその正体を告げた。


「星です」


 暦の言葉は、まるで重たい鉛の塊のように、心の奥底に沈み込んできた。

 その響きは静かで穏やかだったにもかかわらず、俺の思考を遠くへ連れ去るような錯覚を起こさせた。

気が遠くなる──という言葉の意味を、俺はこの瞬間、ようやく身体で理解したのかもしれない。


「ちょ、ちょっと待てよ。星って、どういうことだよ?」


 その言葉を反射的に吐き出していた。

俺の中に湧き上がった戸惑いと動揺が、制御できない感情となって、口をついて出ていた。

 星。

その一語が意味するものを、俺は未だ完全に飲み込めていなかった。

けれども暦は、以前に確かに言っていた。

 “星”とは、我々の住むこの地球であり、命を育む母なる惑星そのものを指すのだと。


しかしそんな存在が、俺たちに敵対する──?


 突如として浮上した巨大すぎる存在に、理解が追いつかない俺は、つい焦って暦に詰め寄ってしまった。

だが、暦は俺のそんな動揺など、最初から織り込み済みだったかのように、落ち着いた様子で口を開いた。


「前に言ったと思いますが、星は変化を嫌います。絶対的な保守性を遵守し、すべてを星の求める形で構築した今を現状維持で保とうとします」


 それはつまり、俺たちが進めているこのプロジェクト。街を変え、未来を救うという試みそのものが、星の方針に真っ向から逆らっているということだ。

 この星は、変革や希望の芽を拒む。現状のまま朽ちさせたいと願っているのだ。


「だけどよ! 未来はまだ決まってないんだろ? それなのに何故、そんな強引な介入をしてくるんだよ!」


 抑えきれない苛立ちが声ににじんでいた。

俺の叫びに、暦は少しだけまぶたを閉じて視線を伏せた。

 その沈黙が何かを物語っているようで、俺はますます不安になる。


「••••••ごめんなさい。わたしの表現が誤解を生んでいたのかもしれません。未来はすでに星の中では確定しています」


 その言葉は、鋭利な氷のように俺の胸を貫いた。

一瞬にして体温が奪われ、背筋が凍りつく。

 今の暦の声は、どこか機械的で冷たく、俺が知っている彼女とは別人のように感じられた。


「どういうことだよ? 未来を変えるって、ずっと言ってきたじゃないか••••••!」


 声が震えた。

けれど、暦はその言葉をまっすぐに受け止め、決して逃げることなく答えた。


「そうですよ。未来を変えるために、街を救うために、今こうして戦っているのです」


「なら、そうだろ!?未来が確定してるなんて、そんなつまらねぇこと言うなよ!!もし確定してるって言うなら、証拠を見せてみろよ!!」


 叫ぶように言葉が飛び出した。

焦燥と怒りと戸惑いが混じり、熱くなった身体が頭を支配していた。

 自分でも何を言っているのか分からないくらい、衝動のままに吐き出していた。


「••••••証拠ですか?」


「そうだよ! 証拠を見せろ! 今すぐにな!」


 息が荒くなる。拳が震える。

俺の全身から溢れ出る感情は、もう止めることができなかった。

だがその時、暦は静かに、そしてはっきりと口にした。


「貴方です。湊さん」


 その一言が、氷水のように頭からぶっかけられたような衝撃となった。

冷たく、だが確かに心を揺さぶる声だった。


「貴方の存在そのものが、確定した未来の証拠です」


「••••••どういう意味だよ?」


 必死に声を絞り出す俺に対して、暦は首を振り、淡々と告げた。


「別に、他意はありません」


 気づけば暦の深いブルーの瞳には、光がなかった。

まるで俺を、知的存在としてではなく、ただの構造体のように見つめているような冷たい視線。

かつて見たことのない、底知れぬ距離感がそこにはあった。


「貴方が今この時代に存在している理由を考えてみてください。未来のわたし“神戸暦”という個体識別名を与えられた存在が熾した創星の奇跡“時制を巻く歯車タイムリールギア”によって、貴方は未来から過去へと時間遡行してきた。つまり、未来が確定していなければ、貴方の存在自体がここに成立しないんです」


 言葉が出なかった。

何も返せなかった。

彼女の論理があまりにも明瞭で、どこにも矛盾がなかったからだ。

 俺の中にあった“否定”は、彼女の一言一言によって、音もなく崩れていく。


「言葉はできる限り慎重に選んで話していたつもりです。この三次元上に存在する知的生命、ホモ・サピエンスが用いる言語という原始的な意思伝達手段、その中でも日本語という言語体系において、誤解を生む可能性のある語彙は避けたつもりでした」


「••••••な、何が言いたいんだよ••••••」


 その問いかけは、もはや呻きにも近かった。

それでも暦は、はっきりと言葉を告げた。


「“変える”という言葉は、既にあるものを別のものへと変質させるという意味ですよね?私は一度でも“未来を創造してほしい”とお願いしたことがありましたか?」


 その瞬間、俺の脚から力が抜けた。

比喩ではなく、膝が崩れ、俺はその場にへたり込んでしまった。

全身から力が抜け、頭は真っ白だった。

だが、その時だった──。

 暦がそっと俺の肩に手を置いた。

それは言葉とは対照的に、どこまでも優しく、どこまでも温かかった。

いつも通りの暦の手だった。


「でも──未来は“変えられない”とも、わたしは一言も言っていません。確定していると言ってもそれはあくまで星の中での話です」


 その一言が、冷え切っていた俺の心をじんわりと温めていった。

凍りついた思考がゆっくりと解け始める。

そうだ。暦は嘘をつかない。

少なくとも、これまでの彼女は、決して嘘を吐いて俺を欺いたことはなかった。

 俺は彼女の手を握り締め、静かに、だが確かな意志で立ち上がった。


「••••••そうだよな。確かに、お前は“未来は変えられない”とは、一言も言ってない」


 俺の言葉に、暦はふわりと笑みを浮かべた。


「さもありなんです。今のままでは湊さんのいた未来が来る事が確定しているだけです。でも今からなら変えることは出来ます」


「••••••はぁ、まさか星が敵になるなんてな。どこのスペースオペラだよ••••••」


 俺は自嘲気味にそう呟いた。

けれども、その胸の内には新たな確信が芽生えていた。

 今日まで暦と出会ってから、星からの直接的な干渉はなかった。それは裏を返せば、星が俺たちの行動を“放置していても問題ない”と判断していた証拠だ。

だが、ついに星は動いた。

つまりこれは、俺たちの行動が星にとって“無視できない脅威”になったということだ。


「暦、俺たちは──星を焦らせることができたんだ」


 ただ青く光って空に鎮座するだけの、威厳ばかりで中身のない存在に、ついに一矢報いたのだ。

その星の妨害も、会長の切り札によってかわし、退けることに成功した。


「湊さん。まだ喜ぶのは早いです。今回、星は“最低限の影響”だけにとどめた干渉をしてきました。投票の結果は多くの人の意思に関わる問題。だからこそ、星はギリギリのライン──我々が敗北する寸前を狙ってきたのです」


 なるほど。

完全な干渉ではなかったのは、星側にも何らかの制限や配慮があったからというわけか。

もし星が本気で潰しにきていたら、0対100の圧勝劇で全てをねじ伏せていたはず。

でも、そうはならなかった。

 会長を含む生徒会メンバーが投票に関与していなかったため、彼らは干渉対象外だった。

それが今回、勝利に繋がった一因だったのだろう。

星は決して全知全能ではない。

 風が吹いた。

それは六麓山からの山風ではなく、海の彼方から吹き上げる潮の匂いを含んだ風だった。


「暦」


「はい。なんでしょう?」


 俺の呼びかけに、暦もゆっくりと立ち上がる。

その手は、さっきよりも強く、確かに俺の手を握ってくれていた。


「未来を変えるなんて、つまらないことにこだわるのはやめようぜ」


「どうしてですか?」


 彼女は小さく笑いながら、目を細めて、上目遣いで俺を見つめてくる。


「決まってんだろ? 創るんだよ、俺たちで。星が決めた未来なんかぶっ壊して、俺たちの手で新しい神影市を創ってやる!」


「ふふっ、それはまた••••••ずいぶんと大胆なお言葉ですね。でも、この会話も星には筒抜けですよ?」


「••••••そうか? なら丁度いいさ」


 俺は暦の手を握ったまま、空に向かって拳を振り上げた。


「見てろよ、好きにはさせない。今も未来も、俺たちで創ってやる!そうだな、プロジェクト名も決めようぜ」


 海風が、まるで背中を押すように吹きつけてきた。


「名付けて──“海風リファイン”だ!」


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