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海風Re:fine〜街を語る少女と時をかける記憶〜  作者: 甘照すう
3章:街を語る少女の挑戦
12/40

11話:最初の一手

25/05/23

・誤植を修正しました。

 日曜日が終わり、再び授業のサイクルが始まること数日後の木曜日。

時刻は昼休みが半分くらい過ぎたころ。

 俺は生徒会室にいた。

生徒会室といっても、格式ばった特別な部屋というわけじゃない。部活の部室と大差ない、どこか事務的で狭めの空間。無機質な机と椅子がいくつか並び、壁には掲示物がいくつか貼られているだけだ。


「君が天戸くんだね?」


 そう声をかけてきたのは、生徒会長だった。

黒髪をきちんと整え、目元にはどこか鋭さが宿っている。整った顔立ちは美形と呼ばれても不思議じゃない。入学式の時にはカッチリとした制服姿だったのを思い出す。今日も同じ制服だが、ネクタイだけは少し緩められていた。きっと、今だけのオフモードというやつだろう。

 彼は手にした書類を俺の方に差し出す。三つ折りにされていた形跡がきれいに残っていた。


「突然呼び出して悪かったね。この嘆願書、君が書いたもので間違いない?」


「はい、その通りです」


 俺がうなずくと、会長は小さく鼻を鳴らし、一度書類に目を落としてから、再びこちらに視線を戻した。


「珍しく、ちゃんと読ませてもらったよ」


「……ありがとうございます」


「正直、生徒会への要望箱に入っているのは、ろくでもないものばかりなんだよ。購買の品を増やしてくれとか、制服をもっと可愛くしてくれとか……。生徒会を何だと思ってるんだか」


 ぼやくように言ったあと、会長はテーブルの上に置かれていたミルクティーの紙パックを手に取り、ストローを口にくわえる。甘い紅茶を一口飲み、喉を潤すと、少しトーンを戻して話を続けた。


「でも君の文章は違った。正直、なかなか良い出来だったよ」


「そうですかね……?」


「そうとも。実に読みやすいし、興味を引く構成だった」


そう言って、会長は謙遜するなとばかりに微笑んだ。


「それで、ちょっと詳しく話を聞いてみたくなったんだ。この“地域交流フェスタ”への当校の参加についてをね」


 その目に宿った興味に、俺は小さく息を吸い込んだ。

そして、言葉を選びながら静かに語り出す。


「そこに書いた通りです。俺としては、ぜひ東奏高校もフェスタに参加すべきだと考えています。理由はいくつかあります」


 言葉の節々に、自然と熱がこもっていく。


「この街は、震災から今年でちょうど十年を迎えます。当校では、1年生を対象にオリエンテーションの一環として、街を知る機会を設けていますよね。この節目の年に、学校としてイベントに関わることで、生徒たち自身が街の良さや歴史を改めて感じるきっかけになるはずです」


 会長の目が、わずかに細められた。その反応に気づきながら、俺はさらに言葉を重ねる。


「……それと、これは個人的な感覚かもしれませんが、この街、少しずつ元気を失っている気がします。確かに、復興で一部は輝きを取り戻している。でも、それは本当に一部だけで、意味合いは逆になりますが…...ドーナツ化現象のように」


 言い終えたあと、一瞬、会長が息を呑んだ気がした。俺の言葉が、ほんの少しでも届いたのだろうか。

少し間を置いて、彼は低く呟いた。


「……君の想いは、よく伝わった。でもな、現実として、学校側は参加に乗り気じゃない。高校としては、現時点では不参加の方針になっている」


「それは分かっています。でも、だからこそチャンスがほしいんです。一部の職員会議には、生徒会も出席してますよね?その場で、この件を打診していただけませんか」


 一拍、空気が静まった。


「……教師たちをどう納得させるつもりだ? 『やりたい』だけでは通らないぞ?」


「それについても考えています。企画書を、持ってきました」


 そう言って、俺はカバンから厚みのある資料の束を取り出し、机の上にそっと置いた。

会長の目が、驚きに見開かれる。


「……ずいぶん、準備がいいな」


「本気なんです。こっちは」


 俺は真っ直ぐにそう返した。

しばらくの沈黙があった後、彼は小さく笑って言った。


「……分かった。議題には出してみる。ただし、期待はしすぎるな。生徒会なんて、所詮は生徒と学校の中間管理職だからな」


「……ありがとうございます」


 俺は深く頭を下げた。



「うまく行ったようですね」


 生徒会室の引き戸を静かに閉めた直後、その隣の壁にもたれかかっていた暦が、柔らかく声をかけてきた。

光の少ない廊下の中で、彼女の金色の髪が蛍光灯の明かりをほんのり反射している。


「……まだだ。本当に大変なのはここからだよ」


 俺は軽くため息をつきながら返した。手のひらには、さっき渡した企画書の残りの感触がまだ残っている気がした。

俺は肩の力を抜きながらそう返す。心の奥底にくすぶっている不安をごまかすように、わざと少し強めの語気で。すると、暦は俺の横に並び、歩調を合わせる。小柄な身体で俺に追いつくたびに、その足取りが少し弾んでいるのが分かる。


「やれる限りのお手伝いはしますよ。大丈夫です。湊さんにはわたしがついていますので!」


 そう言って、彼女は小さな手をぎゅっと握りしめ、まるで何かを誓うかのように笑みを浮かべた。

彼女のその笑顔に、わずかに胸が軽くなる。


「……ああ、またその時は頼むよ」


 正直に言えば、今回の件には暦の力を借りた。すべては、あの月曜日から始まった。



 月曜の昼休み。俺と暦は、ふたりで屋上にいた。

ここは、漫画やドラマではお決まりの“特別な場所”だが、実際にはほとんど人気がない。薄曇りの空の下、吹き抜ける風が静かに髪を揺らすだけの静かな場所だった。


「ほう、これが昨日言っていた“地域交流フェスタ”なるものですか……」


 ベンチに腰掛け、金色の髪を風に靡かせる暦は登校の道中にあった掲示板から俺が引っぺがしてきたポスターを神妙な面持ちで確認していた。

掲示板から無断で剥がしてきたことは良くないことなのだが、写真を撮ろうにも画質が悪すぎたため、仕方なくそうした。


「その通りだ。ただし、これは学校全体で参加するようなものじゃない。個人や団体単位で関わる形になる」


「それは昨日、ちゃんと聞きましたから。理解してますよ」


 彼女はポスターから目を離さず、落ち着いた声で答えた。

このフェスタは、街をあげての文化祭と言えなくはないが、表現としては少し大袈裟かもしれない。各学校が持ち場を担当し、企画から運営まで主体的に関わる形になっている。ただ、今のところ、東奏高校は参加していない。初年度だけ顔を出して、その後は距離を置いているようだった。


「昨日も言いましたが、ほんのちょっとした“きっかけ”程度であれば可能ですよ。ただ、こういったイベントへの参加という“集団の意思”に関わるものは影響する範囲が広いですから。だから、まずはキーパーソンへの限定的なアプローチの方がいいかと」


 彼女は真面目な口調でそう答える。その目にはわずかな迷いも見えた。


「限定的って、具体的には何人くらいまでなら可能なんだ?」


 俺はさらに確認する。想定しておくに越したことはない。


「一度に三人が限界だと思います。人数を増やせば増やすほど、星の意思の制限は強くなります」


「……星はまだ奇跡を拒否してないんだよな? それなら、まず大きな奇跡を申請して、ダメなら段階的に弱めていくのはどうだ?」


 俺としては、やれることはすべて試したい。大きな効果が見込めるなら、最初からそこを狙いたかった。

だが、暦は苦しそうに視線を伏せ、静かに首を横に振った。


「……ごめんなさい。それは、したくありません」


「……どうしてだよ? 星が面倒くさがるからか? この街の未来、いや、お前自身の未来にも関わることだろ? 星の顔色をうかがう理由なんて……」


「そ、そういうことじゃありません!」


 思わず声を荒げた俺に対し、彼女は慌てて否定した。そして、少し沈黙の間を置いてから続ける。


「ごめんなさい。わたしの説明が足りていませんでした」


「……どういうことだ?」


「奇跡を熾すためには、星の希望を大量に消費します。それは“使用時”に消費されるわけじゃないんです」


 昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。

生徒の多くは慌ただしくその音に駆り立てられるが、一部はそんな音は聞こえないとばかりに未だ雑談の続けている。

そんな中、暦は言葉を続ける。


「星の奇跡は、非常に高度な演算を要求されます。その演算の際、わたしの回路に星の希望から生成したタキオンという粒子を流し、その抵抗値を使って計算します。そして、その演算結果を星の意思へ提出し、奇跡の許可を得る必要があります」


「つまり、どのみち星の希望が必要と?」


「さもありなんです。星の意思に許可を得ても、却下されても星の希望は奇跡に応じ、同じ量消費されます。わたしの力に余裕があればいいですが、現状では星の希望を無駄にしたくないというのがわたし意見です」


 当然の話だった。

彼女からすれば、出来るかどうかも定かではない奇跡に自身のライフゲージでもある星の希望を無駄にしたくないのは理解できる。


「えっと、ちなみにその演算?っては何で必要なんだ?」


「星の奇跡は『今』に『結果』を上書きする力です。過程に情報の切断と結合を行います。ここの整合性の確立に演算が必要になります」


 難しいことは分からないが、切り取った部分に合うようにトリミングするような作業を求められるのだろう。


「……まずは誰に、どの程度の“きっかけ”を与えるか。それを見極めないとな」


 結果としては、最初の試みは失敗に終わった。

まず俺たちは、学校行事の企画に深く関わる教頭先生の心に“地域交流フェスタに参加したい”という思いを芽生えさせる奇跡を願った。だが、それは星の意思によって却下されてしまった。暦はこの奇跡は通ると考えていたらしく、想定外の結果に落胆の色を隠せなかった。

 その反省を踏まえて、次に選んだのが「生徒会長が、俺の提出した嘆願書に興味を持つ」という、極めて限定的で控えめな奇跡だった。シンプルである分、成功率は高い——が、当然リスクもある。関心を持つだけで終わってしまえば意味がないのだ。

 だからこそ、俺は資料の中身にとことんこだわった。放課後、近所のネットカフェでパソコンを借り、徹夜に近い状態で企画書を練り上げた。かつての公務員時代に磨いた企画書作成スキルを総動員した結果、つい最近、中学を卒業したばかりの高校生が書いたとは思えないほどの完成度に仕上がった。まあ、そのあたりはご愛嬌ということで。

とはいえ——繰り返すが、大変なのはここからだ。

生徒会が絶大な権力を持つ“アニメ的”な組織ではないことは百も承知している。あくまで、生徒の声を学校に届ける“橋渡し”の立場にすぎない。

仮に議題として取り上げられたとしても、学校側がどう反応するかは未知数だ。正直なところ、俺自身、結果にはあまり期待していないという部分はある。

でも、何かを変えるには、まず動かないと始まらない。

 今後、暦と一緒に行動していく中で、俺には“何でもいいから成功体験”が必要なのだ。無責任に聞こえるかもしれないが、それが次に進むための原動力になる——俺はそう信じている。


「……大丈夫ですよ」


 隣で歩く暦が、ふと立ち止まってこちらを見上げた。


「わたしは湊さんを信じていますから」


その微笑みは、どこか不思議な力を持っていた。まるで心の奥に潜む不安を、一つずつ消してくれるような——そんな確かな温かさがあった。




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