第閑話:ゲームイベントの裏噺
遅れてすみません!
今回で序章は終わりで、次回から本編に入ります。
ゲームイベントにも行ったことがないのですが、常識外れな主人公のおかげで、常識を知らずとも書けるのは有り難いですね。
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ピピ……ピピ……。
おはよう!
俺は久々の、それこそ三ヶ月ぶりの自宅の天井にテンション天元突破しながら軽く飛び起きて、洗面台で顔を洗う。
知らねえ奴はいねえと思うが、改めて自己紹介する。俺がテンション上がって何となくやりてーねー、と思ったから自己紹介する。俺の名前は紀埜燈、日本有数の財閥企業である神樂咲コーポレーションで社畜の如く勝手に働くビジネスウーマンで、訳あって、理由もなく今日発売される世界初のフルダイブシステム導入型のMORPGの企画開発運営チームのチームリーダーをやらされてる。俺としちゃー甚だ不本意なんだが、ちょいとしたツケが回って来ちまったわけだ。幼年期ならともかくとして、自分自身の尻拭いぐらいはできるつもりだ。
まあ、企画が通ったところで安全テストだの難易度試験だのをちゃっちゃと終わらせる必要があって、一年もかかっちまったのは、新しいことを始めるには必要なことだったってことで、仕方なく、反論の余地もなく、発想の余白を遣わされたわけだ。
俺はいつもの戦闘服……もとい、勝負服ではなく、今日ばかりはキッチリとしたカッチリとしたビジネススーツを着込んで、いざ出陣と風に気負わず一陣の風の如く速さでコンクリートジャングルを今時珍しい大型のワインレッドのバイクを乗り回して会場へと赴く。
俺が数着しか持ってない勝負服以外の服を着込んでやって来てんだ。相応の集いじゃねーとブッ飛ばすぞ。
「相変わらずブッ飛んでいるな、燈」
俺のこと下の名前で呼ぶなんて馴れ馴れしー。記憶だけぶっ飛ばすぞ!
テンション上がってる俺に声をかけてくる不貞な大バカヤローこと、神樂咲コーポレーション現取締役兼社長こと神楽咲神室にユーモアのあるお返しをしてやる。
あ、コイツ怒りやがった。明らかに青筋を立てて笑顔のまま固まりやがった。……ったく、悪い癖だっつってんだけどなー。
「……そう躍起になるな。テンションが上がっているのは、見てわかるが」
やっぱり、顔にでも出てただろうか。いっけねーな、本当に。んで?なんで、大バカヤローなんかがここにいんだよ。世界で二番目くらいにお忙しい社長様に出向いていただくほどのことするわけでもあるまいに。
「その世界で二番目くらいにお忙しい社長に出向いていただくほど、今回のイベントは世界を揺るがすほどの一大事なんですよ、紀埜く……燈、さん」
あっ……。久しぶりだね、東野花純女史。最近ごめんね。なんか先輩たちがゲーム開発のための実験が〜、とか言ってアタシと先輩なんて三ヶ月くらい家に帰れなかったんだよー。
「いいんですよ……って、それホントに大丈夫だったんですか!?紀……燈さん!パワハラですか?やっぱり社長からの圧力?そうなんですか?」
それにしても。いい加減、紀埜くん呼びは直して欲しいもんだね。いくらひーちゃんだからって、アタシは容赦しないゼ☆
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私こと、紅酸漿彼岸。あるいは先輩と言った方が判りやすいかもしれませんが。そんな私は……ええと、ここ数年でいちばんの衝撃を受けて、あるいはこみ上げてくる笑いを堪えて口元を押さえていました。
ええ、そうですとも。本心としては後者ですとも。それを知る由は、この時はありませんでしたが。
経緯について、順にお話しします。
まず、会場に到着した私は、明らかに時代錯誤かつ超目立つバイクで乗り込んできた後輩を叱ろうと近づきました。しかし、私が声をかける前に社長が声をかけ、声をかけるタイミングを失ってしまいました。そのうちにある女性が登場して、その時から明らかに紀埜の口調が狂いだしました。明らかに女性口調というか、何というか。
極め付けは……。
『ごめんね』
ふふふ……クスクスクス。カッカ。
ああ、面白い面白い。私は誰もが認める、自身でも認めましょう。そう、かなり性格の悪い女です。後輩の面白いネタを肴に、女子会を始められる程度には。
おっと。前話までに少し幻想を抱かせていた、あるいは今の発言で幻滅した、という方はご安心ください。
確認してもらえれば簡単ですが、場面転換のマークが他と異なるでしょう。つまりこれは限りなくメタ的な場面。こんな特殊な語りでもなければ、性格の悪さなんて出て来ません。こんな性格の悪さを自覚してしまうのなんて、穢れてしまうのなんて、遠い未来の話でしかないんですから。あるいは、そんな未来でさえ来ないのかもしれないのですから。この時点での私は、ただの仕事人間です。もちろんどんな未来にも、あるいはどんな過去にも仕事人間でなかった私なんていませんけれど。
ただ、ほんの少し性格が異なるだけで。あるいは、本質が変わらないだけで。
それが良いことなのか、はたまた悪いことなのか。少なくともずっと良い子であったことだけは間違いないでしょう。
おっと、そんな話をしようとしていたのではなかったですね。
この時の、つまりこの私は、アホアホ女こと、いや、以降ずっと云われ続けるのですが。政七海さんの元まで、話を聞かなかったことにしてそそくさと退散しました。
ほんとに短かったですけど、メタ視点はこの辺にしておきましょう。尺稼ぎが露骨なのは良く無いですからね。
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私、紅酸漿彼岸は先程見たもののことをなかったことにしようと、政七海さんの元へ足を早めます。何というか……、何というのでしょう。あんな口調で喋れたんだという、純粋に失礼なことを考えていれば、何と奇遇なことに、屋外会場のステージの舞台袖に、ちょうど政七海さんがいるじゃありませんか。
どうも、政七海さん。
「ど、どうも、紅酸漿さん」
あれ……?どうしたんですか、柄にもなく緊張なんてしちゃって。
「緊張しない訳ないでしょう……こんな晴れ舞台で、しかも社長までいらしているのですわよ……!」
そう言えば、確かにそうだった。おかしい。もしかすると、あの後輩に価値観を狂わされているのかもしれない。そんな旨を伝えると、政七海さんは深刻な表情で一つ頷きました。
「間違いありませんわ」
そういう観点で言えば、政七海さんだって、この会場に出席する開発プログラマーの代表者を鈎新家さんとジャンケンで決めてたじゃないですか。
「……」
ぐうの音も出ないらしいですけど、しかしそれもまた、気負わない彼女の良いところを踏襲できているという、良い兆候だと捉えることもできますね。もちろん、口に出せば否定するのは目に見えているから、言いませんけど。
さて、そろそろ社長もお見えになることでしょうし、準備を進めないとですね……!
「そうですわね!」
しばらく台本のチェックや主催者たちとの挨拶をしていれば、何やら背中に悪寒を感じて私は、否。私たちはその人物を目で追う。
社長である。いや、正確に言えば、社長と何度か目にしたことのある、そして後輩が唯一普段と違う口調で喋る秘書の女性と、そして、言わずもがな、その後輩である。
……後輩の視線が超怖いのですけど。何なんですか、社長と殴り合いにでも発展したんですか?
そんな風に彼女を知る二人で戦慄していれば、社長から言葉が紡がれた。
「燈がやる気らしい」
見れば、物凄い怖い顔をした後輩の隣で、秘書の女性があたふたと右往左往していたが、つまりそれは、そういうことだ。
ああ……。そうですか……。
「そういうこと、ですわね……」
ええ、そうですね……。彼女が壇上に立つんですね。
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イベント開始時刻の午前九時を知らせる為、会場中に荘厳な鐘の音が鳴り響く。会場に集まった、全国数万人のゲーマーたちは、困惑と期待を胸に、無人のステージを眺めて息を呑んだ。
「本当にやるんですね……?」
心配してくる先輩の声に、適当に手を振りながら、大丈夫だって、と返す。
問題ねえよ。何せ、スーパービジネスウーマンの先輩プロデュース、日本一有能な秘書ことひーちゃん監修、俺がアドリブと愛を込めてお送りする、史上初の大演説が、失敗するはずねえんだよ!
俺はわざと靴を鳴らして、似合ってもねえビジネススーツ着込んで登場してやれば、会場は完全にお通夜ムードになり、視線が俺一点に集まってくる。
ま、掴みは上々。俺としちゃー、期待と不安の眼差しっつーのは、そこまで苦になんねーな。見た感じは期待六割って感じだし。
単刀直入だが、本題からいかせてもらう!今回、かの神樂咲コーポレーションから、新たにMORPGが今日、発売される!
どよめき、からの拍手喝采、からの困惑。良いね良いね。そういう感じで俺の予想通りなら、俺も動きやすくはあるな!面白みはねーけど。
そっから、自己紹介だの、ゲームコンセプトだの、社長からの挨拶だの、いっぺんに喋ってやって、さっさとゲームさせてやろうかなー、なんて思ってたんだが……なんか気が変わった。
コイツらの中にあるfps一強という価値観が、なんか知らねーけど俺らのゲームへの感情を阻害してやがる。まるで洗脳だが、これが常識ってやつなんだろうな……。
……なんて。そんな常識、俺がぶっ壊すっつってんだろーが!
ちょっと見てろ!俺がこの常識をぶっ壊すところを直々に魅せてやるよ!
俺はわざわざ鉤括弧までつけて声を大にして叫ぶ。
「オメーら!今回のゲームのポイント一個しかねえし、一個しか言わねーから良く聞きやがれ!」
雰囲気が、変わった。そう思ってることくらい、こっちには筒抜けなんだよ。俺はいつの間にか着替えた勝負服のまま、足を地面に叩きつけ、言い放つ。
「オメーらに、フルダイブシステムゲーム、っつー新しい世界魅せてやる。ゲーマー諸君、地に足付けて、世界の盤面ひっくり返せ!……楽しみに待ってるぜ」
……以上!フルダイブシステム用のVRご購入の方はあっちで用意してあるから、走ってでも買いに行ってこい。先着一万名様に、通常価格での、嬉しいご提供だ!
俺はそう言いながら、舞台袖へと帰っていき……メチャクチャ怒られた。先輩に。ねぎらいの一言もなく、怒られた。
いやー、実は最初からああなる予定なんてあるはずもなかったんだよね。俺が先輩に言ってたのは俺が司会務めるから、ってことくらいで、喧嘩売るとは言ってなかったからな。
ああそれと、ひーちゃん。
「どうしたんですか?……燈さん」
おうおう。成長してる〜、偉いね。いやいや、ちょっと先輩これから超忙しくなるから、人材預けるし後片付けの指揮取って頂戴!
「良いですよ、頑張ってきてください。紅酸漿さん、燈さん」
じゃー、行ってくるよ。
「え、ちょっと待ってくださいって。この後ろに乗るんで……って、待ってください!」
俺はバイクの後ろに乗せつつ、アクセル全開で会社までぶっ飛ばす。先輩の絶叫だけが街中に響いている。近所迷惑だぜ、先輩。
こうして、忙しい日々が始まった。疲労とかねえけど。
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まったく……。
ボクは、紀埜くんに任された後片付けをしていました。この世に生まれて二十五年が経ちましたが、未だに彼以上の……彼女以上の逸材は見つかっていません。というより、彼女以上の逸脱のしようがないのです。何せ、ウチの馬鹿兄こと神室社長と喧嘩して、唯一勝った人間なんですから。
正直、彼と一緒にいることは楽しいですし、嬉しいですけど、疲れてしまいます。あんな性格ですしね。
ただ、ボクたちの出会いはちょっと鮮明ではなくて、初めて出会った中学三年のとき、最初は男として紹介されたんですよ。何かと面倒見のいい彼、実際は彼女でしたけど、に優しく接されて、今の土台を作ってもらって、仕事を教えてもらって……恥ずかしながら恋愛感情だって抱いてましたよ。今でも熱が冷めやらぬ、幻想から、夢から覚めやらぬ、という状態なんです。
だってしょうがないじゃないですか。まだ男性だと思っていた頃に……いえ、克服した黒歴史ほど、掘り起こして意味のないものはありませんね。大切ではあっても、楽しくはない記憶ですので割愛しますが、彼にはその時に、命を懸けて……いえ。言葉通りに言うなら命を賭けて私を助けてくれたんですよ。
そりゃあ普段の様子からして分かってますけど、惚れちゃいますよ。惚れましたよ。惚れてますよ。そんな出来事を受けて、ボクは軽々しくない想いで、彼にプロポーズしました。そこで知ったんですよ、彼が彼女であることを。
そりゃ、最初から女性っぽい名前だな、とは思ってましたけど。でもかなり酷いボクより、そりゃもう男性かとも思うプロポーションですもん。当時、ちょうど短髪気味だったのも相待って、超イケメン美青年感出てましたもん。
それなのに……なあ。
未だに泣いてしまいます。あの日、夕陽を受けて彼に告白した時のことは……。
四年前
「……あの、さ。紀埜くん」
「どした?」
ボクは夕陽に少し目を細める彼を見て、いえ、その姿に魅せられていました。どうしようもない胸の想いを、少しでも知って欲しくて。
ボクはほんの少しだけ、後半歩だけ寄り添って欲しくて……。
……だから。
薄れていく意識を無理矢理世界にとどめて、何も知らない彼の身体を引き寄せて。
生まれて初めて、キスをした。
それは、ほんの軽いものでも。それが、彼の唇ではなく頬であったとしても。
ボクは彼にキスをした。
「好きです。結婚を前提に……ボクと付き合っていただけませんか」
彼は、驚いたように目を見開いて。普段の勝気な表情さえ忘れて、ちょっと子供っぽい表情さえ浮かべて、言った。
「いや、ごめんなさい……?
「お、あ、アタシ、女なんですけれど……」
その言葉は、深く傷を与え、強い衝撃を与えた。
__ということがあった。
「大丈夫か?」
馬鹿兄が声をかけてくる。大丈夫大丈夫、と言いながら、それでもやっぱり泣きそうだった。
心配そうに見てくる馬鹿兄を視線から外して、口を噤んだ大丈夫の続きを心に紡ぐ。
大丈夫。今度はきっと、視えているから。
ボクはボク以外を……彼女を視ることにした。だから、大丈夫。
視点変更が多くて申し訳ありません!
ええと……誤字脱字誤植修正その他、意見感想などあれば、感想欄から、お気軽にコメントしていただければ幸いです。
次回投稿は明日です。読んでいただければ、モチベーションアップに繋がるので有り難いです。
次回予告
燈:次回予告?そんな予定調和の塊みてーなもんは、性に合わねえんだよ。それを押し付けようなんて考えてみろ……ぶっ飛ばすぞ!
先輩「真面目にやってください、仕事です。」
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