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アサシンズ・クアッド~合衆国最凶暗殺者集団、知らない女の子を傷つける『敵』の暗殺を命ぜられて困惑する~  作者: 空戦型
7章 アサシンズ・クアッドの抜錨

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94話 逃げ出した暗殺

 クアッドの心が一つになったところで、何も起きなければ仕事はないも同然だ。


 早朝、ビュッフェ形式の朝食で見つけた料理を片っ端から皿に乗せていくユアの手伝いをしながら、オウルは呆れる。

 生春巻サマーロールや魚卵のカナッペのような普段は見ない物珍しいものから、エビのグラタンにスクランブルエッグのような見慣れた食材まで皿の上にぎっしりで、そろそろ三つめの大皿が必要になりそうな勢いだ。スープも既に二杯あり、恐らく食べきれない。

 先日の夜が量控えめなコースメニューで物足りなかったのかも知れないが、だからって翌日沢山食べたから帳尻が取れるというものでもない。


「またこんなにがっついて……太るぞ」

「食べた分動いて汗かけばいいんでしょ? そーゆーオウルは栄養バランス偏ってない?」

「一日くらい偏ったって死にゃしないよ」


 健全な男子中学生を演じるオウルの更にはやや肉料理や塩気に偏重したメニューが並んでいる。

 これをさも旨そうに頬張らなければならない。

 無論、演技など慣れているので今更この程度を煩わしさというほど強い感情はない。

 ドリンクサーバーからグラスに流し込んだ野菜ジュースを行儀悪くその場で味見してユアに白い目で見られながらテーブルに着くと、先に座っていたミケとカレラ、その他彼の同僚が手を上げて挨拶した。


「おはようユア。ぐっすり眠れたかな?」

「うん。ベッドもふっかふかで!」

「確かに寝起きに機嫌の悪いユアが今日はこんなに機嫌が良い」

「オ~ウ~ル~……?」


 圧のある笑顔で威嚇してくるユアに、失言だったとばかりに慌てて口をつぐむ演技をする。

 大人たちは同僚の姪っ子とその同級生の元気な様を微笑ましく思っているようだ。

 無論、この暢気な大人達は海の怪獣(アスピドケロス)の存在に気付いていない。


(ユアを守る為にカレラを守るのは前提だが、カレラの会社の同僚の身に何かあれば彼の収入や生活に響きユアに悪影響を及ぼす可能性も否定できない。優先度は低いが気に掛けておいた方がいいな)


 いなくなることを是が非でも避けたいかといえば否だ。

 一人二人が勝手に死んでも彼の会社が大きく滞ることはない。

 もっと言えば社会的に見て彼らの死は世界に影響を及ぼさない。

 だが、薄いとは言え縁は繋がっている。

 わざわざユアを巡る環境が悪化するのを放置して自分の首を絞めるのも馬鹿らしいと思いながら、オウルは特大のベーコンを頬張り、咀嚼する。ユアは横でもりもり食べていたが、予想通り量が多すぎて失速の兆しが見えた。


「ふぅ……むぐっ……ふぅん……」

「ユア、その辺にしといたらどうだ? 今日はコーラルビュークルージングの後に船上で昼食だろ。今食べ過ぎると昼に入らんかもしれんぞ」

「そうかな……そうかも。船酔いして戻したら悲しすぎるし」


 一瞬欲望と向き合ったユアだが、眼前に並ぶ料理の物量に胃の容量が根を上げたのか割とすぐに頷いた。周囲の大人達は「面倒見の良い彼氏くんだねぇ」と勝手に和んでいる。

 ユアが余らせた料理を皆で手分けして食べる中、ミケが近くの中年男性に肩を寄せて尋ねる。


「ねえねえ、コーラルビュークルージングってどんな感じなんですかね?」

「ん? 私は昔にやったことがあるけど、綺麗なものだよ。船に乗りながら水中を覗き見るクルージングなんだけど、船底がガラス張りになっていて海の中が綺麗に見えるんだ。でも今回載るクルーザーはもっと凄いよ? 船底から側面までガラス窓が沢山あるから、きっと魚と一緒に泳いでる気分が味わえるよ」

「わぁ~、楽しみですぅ!」

「私もそうなんだ。それに今時のクルーズ船は最新のアクティブスタビライザーを搭載してるから揺れを感じさせないで……」


 男は乗り物系の話を語るのが好きなタチだったようで、まんまとミケのトークに乗せられてべらべらと女受けの悪そうな話をまくしたてている。ミケ自身はさも楽しそうだが実際には登場するクルーズの改造前の型式番号とカタログスペック、構想上の弱点まで全て把握済みで全く知らないふりをしている。


 彼女の場合は演技というより相手のオタク的な様も可愛いと楽しんでいるのだろう。

 おかげで彼はミケのお願いを何でも聞いてくれそうである。

 オウルは二人の様子にまるで気付かないふりをしながら、彼がミケに愛されていると勘違いしてストーカー化した挙げ句にその反応を喜んだミケに殺されることがないよう祈った。ミケはそういう勘違いと独占欲に興奮し、興奮しすぎて愛を確かめたいと思う――そういう女なのだから。




 ◇ ◆




 魚を楽しむこと自体はデートで水族館に行ったことがあるが、水族館はあくまで人間の都合で作られた魚たちの箱庭だ。


 今、ユアたちが夢中になる強化複合ガラスの向こうで船に並走する色鮮やかな熱帯の魚たちは何者にも縛られていない。当の魚たちはいつ命絶えるとも知れない生存競争の真っ只中だが、海の中で生きる術を持たない人間の目にはどこまでも優雅で自由に映るだろう。


 透明度の高いマリンブルーの水面の下、真横を泳ぐ色鮮やかな熱帯の海魚たちに旅行客たちは釘付けになっていた。


「……凄い。水中から見た海がこんなにすごいものだなんて思わなかった」

「俺も。どこを見ても綺麗すぎて、なんつうか、海ってすげぇ」


 果てしなく続く海の中をひしめく魚たちだけでなく、海底にはヒトデやウニなど普段生でお目にかかる事の少ない海洋生物たちがそこかしこにいる。今、ユアたちは海の壮大な命のサイクルのほんの一部を見ているに過ぎないのに、それでも情報量に圧倒されているようだった。


 ここはクルーズ船の船底にある海中鑑賞用の部屋だ。

 一昔前は海中鑑賞用のクルーズ船といえば船底をガラス張りにして覗き込むグラスボートや、船そのものに沈む機構を取り付けて二階建ての一階部分まで沈めることで窓から海中を楽しむといったものが主流だったらしい。

 しかし、ジルベスでは技術力の向上によってクルーズの底部に安全な直接鑑賞用の部屋を取り付けることに成功したことで、今ではこちらがスタンダードだ。側面だけではなく足下も殆ど透明な強化複合ガラスで包まれており、視界を遮られることなく見晴らしの良い大洋を見渡せる。


 暫く海に夢中になっていたユアだが、飲み物が届くと少し現実に気持ちが戻ったのか俗なことを気にし始める。


「このクルージング、すっごい高いんじゃ……」

「いや、これでも安い方らしい。ほら、あっち見てみろよ」


 オウルは海洋から見える別のクルーズ船を指さす。

 そのクルーズ船の鑑賞部屋は、船の一部が鑑賞部屋という概念を通り越して船の船底に鑑賞部屋が接続されているかのような形状だった。船底やフレームすら存在しないため本当に視界を遮るものがなにもない。

 ユアはほえー、と感心した声を上げるが、不意にくすっと笑った。


「なんか、あそこまでいくと陸で水槽に飼われてる魚と立場逆転って感じだね」

「はは、確かに。東洋にあるキンギョ鉢ってのに見えなくもないな」


 他の席では未だに盛り上がっており、巨大なマンタが船に近づいてきたり、イルカが船に並走する様が下から見えたりと盛り上がっている。専用のアプリを使えばスマホから魚の種類や推定年齢まで分かるので、それで盛り上がっている組もいる。

 と、オウルはカレラはやけに大人しいことに気付く。

 体調不良ではなさそうだが――と思っていると、スマホが震動した。


『Y:多分だけど、おじさん泳げないから……』


『O:ああ、そういう……』


『M:理由かわゆっ』


 このガラスが突き破られたとき自分は死ぬのだ――そんなことを考えながら平常心を保とうとする必死な中年男性の邪魔をすることは憚られ、放っておいても良いかとオウルは納得した。


(……さて、今のうちにサーペントに進捗でも聞いておくか)


 普通にユアと会話しながらユニットの秘匿回線を開き、オウルとミケはサーペントから報告を聞く。


『アスピドケロスの情報はその後何か掴めたか?』

『水中ドローンはまだなにも。だから海洋そのもので起きた異常や未確認目撃証言なんかを片っ端から漁ってたんだけど……』

『言い方からして何か見つけたんだぁ。流石サーペント! よっ、縁の下の力持ち!』

『やかましいぞミケ。サーペント、構わず続きを』

『関係の程は不明なんだけど、異常や変化と思しきものの絞り込みから有力度の高いものをピックアップして分析した結果、どうやら謎の生物の出所らしき場所が浮かび上がってきたんだ』

『そこは?』


 サーペントは異常の起きた箇所と内容をまとめた地理データを送り、はじまりの異常を示す場所に目立つアイコンを指した。


『モルタリス・カンパニーが所有する最大の生物研究所バイオラボで爆発事故が起き、研究所の排水路を通って何か……研究者が会社に無断で培養してた、詳細不明の何かが川に逃げ出した可能性があるんだ』

『絶対サメだぁぁぁ~~~~~~~~ッ!?』

『絶対じゃねえだろ。クソ映画の見過ぎだ駄猫』

『でもこれ映画だとまさかハハハって笑ってたら出てくるパターンじゃない?』


 オウルは改めて客観的に自分の置かれた状況を顧みる。


 海でのんきに遊ぶ一般人達。

 ガラス張りで海洋を楽しむクルーズ船。

 そして研究所から逃げ出した謎の生物のほのめかし。


 オウルはたっぷり時間をおいて、一言絞り出した。


『ユアの運を信じろ』

『うーん、ダメそう』

『警戒網を君たちのクルーズの周辺に集中させるから待っててね』


 珍しくミケの意見を否定できないオウル。

 空気が読めない側なのに何も言及せずフォローに回るサーペントの反応が全てを物語っていた。

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