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アサシンズ・クアッド~合衆国最凶暗殺者集団、知らない女の子を傷つける『敵』の暗殺を命ぜられて困惑する~  作者: 空戦型
7章 アサシンズ・クアッドの抜錨

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93話 分泌される暗殺

 再生開始――。


『ヒャッホーーーーー!!』

『きゃああああ! 速すぎ、速すぎ!』


 男の叫ぶと女の悲鳴。

 青い海上で水飛沫が上がる。

 連続的に飛び散る水飛沫は陽光を反射してきらきらと輝きながら風景に置き去りにされていった。

 ぐんぐん加速していた視点はやがて減速していった。


『もう、バカ! ログナーのバカ! 怖かったんですけど!?』

『はは、本当ならもっと加速出来るんだぜ! トライオス・コーポレーション製の最新型だからな! でもほら、後ろ見てみなよ』

『え……わぁ……!』


 視点がゆっくり回転すると、視界に遠くで輝くヘクラーネ島が一望できた。

 白い砂浜、立ち並ぶ美しい高層ホテル、その奥に広がる山が水平線に浮かぶ様は、どんな観光PRよりも島の魅力を伝えるのに手っ取り早いだろう。

 機嫌の悪そうだった女の声色は明るいものになり、男も「な、いいだろこういうの?」と自慢げだった。


『だからさ、ジュリア。今回は君だけのための休暇だって言ったろ?』

『……だってログナー、ここ最近会社のことばっかりで構ってくれなかったじゃない』

『それは、すまん。上手く時間を取れなくて』

『いいよ。ログナーが私たちの未来の事ちゃんと考えてくれてるって示してくれれば』

『気が早いなぁジュリアは。ロマンチックなスポットはまだまだあるんだ。まずは楽しんでからにしよう。そら、しっかり捕まってっ!!』

『うわわっ!!』


 映像が再度加速する。

 かなりの速度で運転しているが、それでも安定性が損なわれないのは流石乗り物系で最優とされるトライオス社製と言えるだろうが、カメラの性能も大したものだった。ノイズキャンセリングを利用して運転者と同乗者の声を実にクリアに記録し、映像も高精細でブレがなく、空の雲の形まで克明に写していた。


『さあ、この辺が水上バイカーの間でデッドヒートが繰り広げられる岩礁地帯! 通称ローレライ・コースだ!』

『ログナー、岩! 岩! ぶつかるぅ!』


 映像で遠くに見えた岩があっという間にカメラに接近する。

 しかし、衝突を覚悟した辺りで急激にボートが減速した。


『なんちゃって』

『もう! 悪戯ばっかり!』

『いてっ、はは、そんなに怒らなくても最初から突っ込む気はないよ。ここはマジで魔物がいるんだ。友達が一人、帰ってこなかった』

『……』

『後ろのコンテナに花が入ってるから取ってくれないか。それと、出来れば一緒に祈って欲しい。何でも言い合える大切な友達だったんだ』

『うん。ちょっと待っ――いぎっ、あっ――』

『ジュリア、どうし――ぶ――おぶっ、――』


 聞こえるのは微かなさざ波だけだった。

 もしかすれば他の音も入っていたのかも知れないが、ノイズキャンセリングで消されたのだろう。

 最後に突然映像が加速すると、太陽の光がカメラを多い、間もなく大きく耳障りな音が響き渡った。


 画面の端を何かが横切ったが、海水が邪魔して一見しただけでは分からない。

 やがてカメラは傾いた水平線をゆらゆらと揺れながら見つめるだけの存在となった。




 ◇ ◆




 クアッド定例の仮想対面会議にて、映像が途切れたのを皮切りに皆が口を開く。


『気の毒というか不運というか。死んだ友達も報われないって言うのかな、こういうの?』

「死亡確認は出来ないしつまらん感傷に浸るふりもやめろ。無意味だ」


 サーペントの人間然とした言葉を一言で斬り捨てたオウルは、仮想空間のソファに腰掛けたままため息をつく。


「この映像の詳細を」


 テウメッサが手を上げる。


「ライフガードのバイトやってた僕がこっそり現場から回収したカメラのメモリをコピーしたものだよ。今、ライフガードの本部は大慌てさ。バイトの僕は休憩取れてるけどね。映像は今日の十四時三十一分からスタートして同刻四十三分までのもの。手を入れられた形跡はなし。水上バイクの型番と推定の被害者まで特定済みだ」


 データを寄越してくるが、殆どはだからどうしたとしか思わない無駄な情報だ。

 勝手に弔いに彼女を付き合わせたベンチャー会社の若社長に何かあっただけ。

 問題があるとすれば、実際に彼らに何があったのか、そしてそれはユアと何かしら関係するのかという点だ。

 ミケがクイズ番組の司会者のような派手なメガネをかけて腕を振り上げる。


「問題ジャジャン! カップルはこのあとどうなった!? 一番、誘拐された! 二番、海のもずくになった! 三番、食べられちゃった! 四番、もずくを食べた!」

「なんだもずくって」

『東洋で食用に用いられる海藻の一種だよ』

「あー、ナノマシンで体内に分解酵素を生成して今まで吸収できなかった海藻の栄養分をどうたら言って何年か前にダイエット食材として再ブームがあったっけ」

「最初のブーム知らねえよ……スペシャルヒント。四番は除外」


 幾らオウルが情報通でも過去に流行したダイエットの詳細までは記憶していなかった。

 ミケのせいで脱線しかけたが、本題だ。


「監視衛星の映像は?」

『残念ながらその時間のその場所は映像がないね。ただ、ライフガードの監視情報を漁った限り、少なくともあの場所の水上に彼ら以外の何者かがいた可能性は限りなく低い』


 サーペントが限りなく低いと言うからには、基本は0%だと考えてよい。

 ということは、と、オウルはソファに背を投げ出す。


「海中か……潜水艦でわざわざ誘拐しに来ましたなんてのは流石に現実離れした発想だな」

「そもそもこの二人をわざわざ岩礁なんていう座礁のリスクが高い場所で拉致するってのがね。かといって事故で落ちたとも考えづらいし」

「二人は哀れ怪獣の餌にされてしまったのです……! 【ビッグジョー vs U.N.I.T.】、この夏公開!!」

「すんな駄猫。そもそもあそこの岩礁地帯は水深が浅くてイルカだって近づかねえだろ」


 最後の映像でバイクが跳ね飛ばされたのは、恐らくなにかが起きた際に被害者が咄嗟にアクセルを踏み込んだせいだろう。海獣に襲われて跳ね飛ばされたとは考えづらいし、仮に襲われたとして悲鳴が入っていなかったのも気になる。


 どうやら犯人の手がかりになりそうなものは今の所二つだけのようだ。


「サーペント、映像の最後に映った影のようなものは映像分析出来たか?」

『映像は分析出来たけど、何が映っているのかはさっぱりだ。何せ一部分だけな上に特徴が少ない。AIによる類似分析をかけてるけど、酷いよこれ。布とかタコとかスライムとかそんなのばっか。絞り込むための情報がないから仕方ないけどね』

「テウメッサ、バイクに付着してた液体の成分分析は?」

「それなんだけど……随分と妙ちきりんなものが出てきたよ」


 ホロボードに映し出された映像を拡大したテウメッサは成分を指さす。


「この辺は単純に海水の成分なんだけど、ここ見てよ。異常なほど高濃度なリン酸に、ムチン、ペプシン、僅かなキチン……」


 それらの成分を聞いたクアッドはすぐにその特異性に気付く。


「どれも動植物が持つ成分ばかり……」


 これではまるで、ミケの言うとおり――。


「ムチンは粘膜とかでとペプシンは消化酵素じゃん。怪獣の胃液だ~~~!!」

「まぁ厳密には変な成分あるけど、まるで本当に生物の胃液みたいなんだよね」

『そんなまだるっこしい成分を作って人を殺したり誘拐するなんて非効率な真似は聞いたことないなぁ』

「マジか。マジかぁ……」


 オウルは別に海底から復活した古の怪獣だの、宇宙から飛来した未知の生物を思い描いている訳ではない。しかし、それは相応に高い確率でこのヘクラーネ島の近海にいて、人を喰らうかもしれないのだ。ユアは明日も海に行く気満々であるにも拘らず。


 やはりユアの幸運など碌でもない。 

 しかし、その碌でもない幸運をなるべく幸運が多いまま終わらせるのがクアッドでもある。


「この液体を放つ存在をこれより【アスピドケロス】と仮称し、最重要警戒対象とする」

『アスピドケロス……中生代に存在したとされる古代魚だね』


 アスピドケロスはジルベスのごく一部でしか化石の見つかっていない生物だ。

 パルジャノ連合の勢力圏では捏造生物扱いまでされ、一部では面白おかしいクリーチャーとして胃酸を吐き出して敵を溶かすなどとサメ映画並の雑な扱いを受けているなどある意味での人気がある。


「テウメッサ、ライフガードの情報はリアルタイムで共有。サーペント、ターゲットの痕跡を調査しつつ無人機をありったけ出してアスピドケロスを探せ。ミケは明日はよりユアに近い場所にいて護衛ないし俺のフォローをしろ。俺は引き続きユアの護衛を続行する。最後までユアと遭遇せずに平和にバカンスが終わるならそれでよし。見つけた場合は極秘裏に排除する。いいな!」

「「「絶対出てくる前提で了解!!」」」

「よぉし、遂にクアッドの心が一つになったな! これは人類史上の偉大な進歩だ!」


 クアッドはユアの悪運を全力で信じ、幸運を全力で無視した。

 恐らくこの会話をユアが聞いたら怒るか泣くかのどちらかだろうが、生憎と仮想対面会議の隠匿性は未だ誰にも破られたことがなかった。

ちなみにアスピドケロスは元ネタはあれど実在しませんので

なお、この小説を読んだ誰かが新種を見つけて名付けたら実在します

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