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アサシンズ・クアッド~合衆国最凶暗殺者集団、知らない女の子を傷つける『敵』の暗殺を命ぜられて困惑する~  作者: 空戦型
6章 アサシンズ・クアッドの騒乱

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88話 島を暗殺

 何の分野にも、天才と呼ばれる存在がいる。

 他の人間の努力の階段を段飛ばしで駆け上がり、絶対に追いつけない存在。人は平等であるとは権利の話であり、能力に差があることは覆しようがない。


 しかし、天才が常に万能であるとも限らない。

 ある特定の状況に於いては凡人が天才を上回ることもある。

 仮に万能の天才がいたとして、万能であることが欠点にもなり得る。


 千差万別に変容する世界のなかで、あらゆる状況に完璧に対応出来る人間などいない。要は、その完璧ではない部分をアドリブでどう埋められるかによって他人からの評価が変わるだけだ。


 テウメッサは演じるということに関しては天才と言っていい。

 イーグレッツは少なくとも格闘戦においては最強だろう。


 演技ではテウメッサに軍配が上がるが、今この戦いの場においてイーグレッツの優位は揺るがない。


 だが、ものは考えようだ。

 今の状況で勝てないなら、状況をひっくり返せば良い。


(……かなり、やられたな。意識を持続するためにユニットに随分色々とぶち込まれた)


 クアッドは仕事中に意識を失うことなど許されない。

 だから、テウメッサの意識が飛びかけた時点でユニットに内包された操縦者維持プログラムは何が何でもテウメッサに戦闘を続行させるためにイーグレッツに嬲られている間、ずっと様々な種類の薬品をイーグレッツに投与し続けた。


 状況は、過去一番に酷い。

 筋肉の断裂から骨折まで、死んでいてもおかしくない損傷だ。

 しかし、脳や脊椎など運動に致命的な支障の出る部分だけは保護出来た。そこが無事なら、ユニットは動かせる。

 

(――イーグレッツは正義の警察官だ。だから、こっちは悪党らしくシンプルな手段を取らせて貰う)

 

 出来れば使いたくはなかった手だが、他ならぬテウメッサには抜群に通用する禁じ手だ。


(信じてるよ、正義の味方)


 テウメッサは、【ワイルド・ジョーカー】のプラズマ発生装置のリミッターを解除した。


 瞬間、目も眩む閃光が周囲を満たした。


 当然、イーグレッツの【ゼピュロス】に目眩ましという原始的手段は通用しない。彼も最後っ屁がそれかとばかりにライオットバトンを構えたが、アクティブシールドに拘束されたテウメッサの寝そべる地面が突然凹んだことに気付いて手を止める。


 凹みは、床のアスファルトが融解したことで生じたものだった。

 どろりと赤熱したアスファルトは間もなく白熱し、鰻登りに温度が上昇していく。

 そこになって、イーグレッツは【ワイルド・ジョーカー】の放つ光の正体がプラズマであることに気付いた。プラズマは【ワイルド・ジョーカー】の全身に滞留し、その密度を加速度的に上昇させてゆく。


 本来地上では起きることのない規格外の熱は、イーグレッツの想定しない出来事を巻き起こす。


『馬鹿な、アクティブシールドが焼き切れる!?』


 幾らアクティブシールドがユニット専用装備とはいえ、機械である以上は排熱が必要で耐久力にも限度がある。テウメッサの放ったプラズマはその限度を突破していた。


 もはや倉庫自体も熱に耐えられず倒壊する。

 触れるものを全て焼き切る炎熱の魔人――それが今のテウメッサだった。


『だがッ!! ユニットならばプラズマも対プラズマも自在であるのは同じことだ!!』

『その通り。この熱だけでは現状何の役にも立たない。肩こりはよくなったが』


 アクティブシールドから解放されたテウメッサはわざとらしく肩を回す。実際には関節は複雑骨折状態で到底動かせるものではなく絶え間ない鈍痛が襲うが、そんな態度はおくびにも出さない。


『ところで特務課長。今、この際限なく上昇するプラズマを安定させる磁界は手動で調整している』

『……?』


 奇妙な発言に、イーグレッツは意図を図りかねた。

 プラズマは超高熱ではあるが、安定させなければすぐに霧散して熱が失われてしまうという性質がある。だからユニットとてプラズマを攻撃に転用する場合は磁界の中に閉じ込め、更にカイルスケイル滞留力場という特殊な力場で二重に束ねて発射等をしている。


 それをプログラムに頼らず手動で行なうことに、メリットはない。

 だが、テウメッサが放った次の言葉がイーグレッツを凍り付かせた。


『リヴァレス諸島、オース島』

『……』

『君は素直な男だ。青ざめた顔が目に浮かぶ』


 賢い彼はその言葉だけで全てを悟ったようだった。


『ジルベス合衆国南西に広がる我が国の領土、リヴァレス諸島は昔からジルベスの兵器実験場であり、過酷な赤道付近での戦闘訓練に最適な場所として利用されていた。ところが、ある日を境に何故か国土地図からオース島という島だけが忽然と消え失せた。元々国有地で民間人は立ち入り禁止だったから世間は気にしなかった』

『馬鹿な真似はよせ、そんなことをして何になる!!』

『オース島では軍が極秘裏にある実験を行なった。それはユニットの限界性能を確かめるための――』

『プラズマ出力と維持の上限を確認する為の実験だろうッ!!』


 その情報は本来機密に相当するものであったが、ユニットを得た者にはそれが真実であることが確信できる。何故ならば、ユニットの磁界の使用上限設定を調べれば誰でも想像がつくからだ。


 全てを知っているイーグレッツは話を全て理解した上で説得めいた言葉を投げるが、テウメッサは敢えて相手にしない。

 喋るための筋肉の動作すべてが全身を激痛が苛むが、全てを無視する。

 彼の正義に訴えるために。


『実際にどのユニットを所持する誰がそれを行なったのかは定かではないが、オース島は1954km²にも及ぶ大きな無人島で、希少種なども確認される緑豊かな島だった。ユニットのパイロットはそこでプラズマ出力と磁界の範囲を一気に上げ――オース島は、ユニットと操縦者を除いて蒸発した』


 公式にはなっていないが、その実験で観測艇が三隻巻き込まれ、兵士のドッグタグすら存在を許されず塵と消えた。島で育まれた緑も、湧き水も、生き物も、すべての営みが僅か十数秒で超高温のプラズマに呑み込まれて塵と消えた。


 きっと、ぞっとするほど美しい光だったろう。

 もしかすれば、あの島に息づいていた生命たちは未だに死んだことに気付いていないかも知れない。

 当時まだ戦術兵器と目されていたユニットが戦略兵器にランクを上げられる原因となった、事故に等しい実験だ。


 以来、ジルベス政府はユニットの限界実験を原則禁止とした。

 だが、それが最大の実働記録である以上、ユニットを扱う者にはそのデータが如何にして得られたものなのか想像がついてしまう。


『ああ、手動の磁界操作っていうのはどれぐらい上げたらマズイんだろうな。君がその暴力的なバトンで殴ると気が緩んで磁界範囲が急拡大して、この町は私と君の二人だけが生きる更地になったりするのだろうか。記録では確か、拡大速度が途中から急激に跳ね上がったせいで途中で中止できなかったとか――』

『分かった……』

『分かったとは一体? 私は独り言を呟いているだけのようなものだが?』

『もういい!! この町に住む全ての人口と貴様一人では釣り合いがとれないッ!! 今回の一件で、僕は君を追わない……それでいいだろう!?』


 それは、彼が諦めたことを証明するヒステリックな叫びだった。


『きみはせっかちだな。それに私はまだ何も言っていない。態度も失礼だ』

『貴様に払う礼はないから当然だ……!』

『出力の調整、間違ってしまうかも?』

『もし間違ったとしても、お前だけは確実に、絶対に捕縛する。お前が調整を誤ったところで僕から逃げ切れるようになる訳ではない。過ちを犯したとしても僕は骨の髄まで警察官だということを忘れるなッ!!』


 イーグレッツは、この状況に至っても妥協以上に下手に出ることを一切しなかった。それは彼が愚かだからではなく、事実ではある。彼もテウメッサが今という状況をひっくり返す為の博打を打っていることは見抜いているのだ。


 しかし、彼はテウメッサが絶対にしないという確信を持てるほど犯罪者もこの国も信用していない。もっと言えば、テウメッサの上司に当たる存在の不確定性が足を引っ張っていた。


 どちらにせよ、彼は正義に燃える警察官だ。

 放置したことで被害が出るかどうかも分からない上に手を出せば大勢の国民を巻き添えにしてまでテウメッサを捕まえることは、本末転倒だ。


 プラズマの高熱を辛うじて生き延びた残りのアクティブシールドたちの包囲が解け、天井が消えた倉庫上方の青空がよく見えた。


『今回だけだ。次は通用すると思うな』

『次がないことを私は祈るがね』


 本音を漏らした今となってはこの気取った口調で己を偽るのも馬鹿らしい話だが、テウメッサが口にした言葉自体は本音だ。理由は分からないが、もしかしたら自分はオウル以上にこの男を嫌いになったかもしれないとテウメッサは己の心を少し不思議に思った。


 大博打に成功した【ワイルド・ジョーカー】は空目がけて急加速し、僅か十数秒で【ゼピュロス】の感知範囲からロストした。


 ――その軌跡を見送ったイーグレッツは、声にならない悔恨の叫びを上げて床を殴りつけた。


「卑怯者め……卑怯者めぇぇぇッ!!!」


 町が蒸発するかもしれないと思い至ったとき、テウメッサはそれでも半分ほどはハッタリだ、捕縛しろと心が叫んでいた。

 幾ら国のエージェントだったとしても、ユニットの目の前で国土の一部を消し飛ばすのはよほどの重要機密だったとしてもそうそうあり得ないことだ。絶対にない訳ではないが、この町にそんな機密があるとは到底考えられず、相手がそれを実行する確率は低かった。


 しかし、イーグレッツは最後には折れた。


 犠牲になる者たちの顔を思い浮かべ、その中で微笑む一人の少女の記憶に、彼は屈してしまった。


 ――あ、前にあげたアンフィとりのキーホルダー使ってくれてるんですね。


 ――嬉しいです! オウルなんか見た目が嫌だって全然使ってくれないんですよ?


「あんな罪のない、清らかかで優しい少女を……知ってしまった想いを……天秤に掛けられるわけないじゃないか……ッ」


 結果的に考えれば、イーグレッツの判断は間違っていない。

 得体の知れない相手の不確定性はどうやっても定まることはない。

 しかし、そもそもこの状況を招いたのは己の油断にも原因がある。


「次はないぞ……黒いユニットぉぉぉぉッッ!!!」


 イーグレッツも、まさか相手のユニットが自分の思い浮かべた少女の身を案じて絶対に実行出来ない博打を打っていたとは思わなかっただろう。

 二つの戦略兵器は、最初からユア・リナーデルというたった一人の少女に知らず知られず踊らされていたのだ。

24/11/19 ミス修正ついでにあちこち調整

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