86話 イライラするので暗殺
めちゃくちゃ小説が書きたかったのにここ一週間びっくりするほどタイミング悪くて全然書けませんでした……ユルシテ……。
長い歴史の中で戦争の在り方は幾度となく変化していった。
生まれては破られる戦争のルール。
希代の軍師によって生み出される奇策。
これまでになかった兵器の登場による戦略の変化。
しかしその一方で、変わらないものも存在する。
より射程の長い武器が有利であること。
補給線や兵糧の重要性。
そして、地の理。
『連中の所有するパワードスーツは、ここにいる』
確信を以て、イーグレッツは地図上のある一点をレーザーポインターで指した。
『町のあらゆる場所に対してアクセスがよく、大きな荷物が出入りしても怪しまれず、一定の広さがあり、なおかつマレスペードファミリーが確実に中に入り込んでいる場所……物流センターだ』
企業から個人まであらゆる立場の存在があらゆる物を求める時代で、物流センターの役割は大きい。AIと運搬ロボットによる自動化がかなり進んでいるため人間はそう多くないが、逆を言えば管理者を懐柔すれば相応に悪さは出来る。
『ここはただ町で最初に出来た物流センターというだけだが、それだけに町内の多くの企業がここを頼りにして増改築を繰り返した。それこそマフィアが今以上の影響力を及ぼしていた時代からな。警察のガサ入れで不正が発覚したこともあるが、町の物流の大動脈にまで成長したここを完全に潰すと町の経済が麻痺するから誰も深く踏み込めなかった』
新たな物流センターを建てたとて、地元の企業がそちらを利用してくれなければ結局旧来のセンターが強い影響力を維持する。ましてマフィアがどこに紛れているかも分からない現状、利用先の変更は裏切りと取られかねない。そんなリスクを背負ってまで変更したい企業は少ない。
それに、多少のことに目をつむればこの物流センターはしっかりと仕事をしてくれるのだ。ならば表面上あまり悪さはしないようつつきながらも奥にまで踏み込まなければ棲み分けは出来る。
実際の所、何度かガサ入れで逮捕送検された連中はマフィアから不興を買って警察に情報提供があった、切り捨てても何の問題もない連中だと考えられている。
部下のナカタがにやりと笑って首の骨を鳴らす。
「暴れていいんですかい? 町の物流が麻痺しちゃいますよ」
「良くはない。なるべく被害は抑えたい。全員に特別装備を支給するので上手く使って被害を抑えろ」
「了解」
『不審者。貴様は僕と共に主力を叩くが異存あるか?』
『ない。早く終わらせよう』
イーグレッツの判断に異論は無い。
彼らは確かにそこを拠点としている。
主力となるパワードスーツ部隊を抑えただけで戦闘は終わらないだろうが、そこから先はテウメッサの領分ではない。
テウメッサは正義の味方でも、悪の手先でもない。
イーグレッツのような義心も、オウルのような遊び心もない。
今はただヒーローを演じる、それだけの存在でしかない。
ステルスで外見だけを透過し先行する【ゼピュロス】に倣い、追従する【ワイルド・ジョーカー】も姿を消して空に同化する。
目標の物流センターは、見た目には異常は見られなかった。
警備ドローンが数機ほど飛んでいたが、どちらかといえば管理システムの一種で誰かを警戒している風ではない。
幾つもの大型倉庫が建ち並ぶセンターに上空から舞い降りたイーグレッツとテウメッサは、イーグレッツの先導で倉庫のひとつに侵入を開始する。
扉を警察権限でハッキングする中、テウメッサはイーグレッツに問う。
『侵入するのは良いが、手はずはどうする。いきなり鎮圧か?』
『ユニットの性能ならば作戦など意味は為さんだろう』
『アバウトだな……』
『壊した分はお前に請求してやってもいい。先行しろ』
扉を開いたテウメッサがハンドサインを送り、テウメッサは言われるがままに倉庫に入った。
――その倉庫には、何もなかった。
荷物も、棚も、運搬用フォークリフトも、照明すらもなかった。
代わりに、壁にあるものが無数に整列していた。
それは、イーグレッツのアクティブシールドだった。
全てのシールドが稼働し、テウメッサを包囲するように壁や窓の逃げ道を塞いでいる。アクティブシールドのひとつがずれ、たった今イーグレッツが入った扉を封鎖した。
『僕の部下は優秀でね。装備さえあればたった二十機の中古パワードスーツに後れを取るほどヤワじゃないんだよ。だから僕らは僕らの仕事を優先する。これが効率的な時間の使い方だ』
『……参ったな』
倉庫は既に老朽化による廃棄が決定した場所だというのは予想していたが、イーグレッツがその倉庫を最初から闘技場として定め、予めアクティブシールドを運び込んでいたことは予想出来なかった。
等間隔で並べられたアクティブシールドは周辺の環境を守る為ではなく、【ワイルド・ジョーカー】が逃走しようとした際に即座に反応して壁を作ることが出来るよう距離と間隔を自動で保っている。
テウメッサがどんなに逃げようとしてもアクティブシールドが即座に逃走ルートを封鎖し、仮に突破出来たとしてもタイムロスの間に【ゼピュロス】の接近を許す。
これが、警察庁特務課の所有する最先端のユニット専用装備の力。
数に物を言わせた運用が出来ることはビルの持ち上げの時点で気付いていたが、国家に承認され警察用ユニットの装備をテウメッサは少しだけ甘く見ていたようだ。
そして、彼の覚悟の程も。
『こんな贅沢な装備があるならそれこそ部下についてやればいいものを、無駄な戦闘が原因で部下が死んだらその無念は一体誰が責任を以て受け止めるのだ?』
『僕だ』
殺した相手ですらなく、考えるほどの暇も感じさせず、イーグレッツ・アテナイは断言する。
『僕が死なずに達成できると信じて送り出した以上、命じた人間が全てを背負う。なので僕は所属不明のユニットの捕縛に全力を注ぐ』
『ユニットの所持者とはすなわち国家に承認された存在だ』
『では君は国家権力は一切の過ちを犯すことはないと断言出来るのか?』
『それが全体を守ることになるならば』
ジルベス政府とはそういう存在で、それは民主主義のお題目を掲げようと必ず必要になる暗黙のルールだ。
情報大臣アルシェラ・ドミナスも全面的に同意するほどに、ジルベスは民主主義を掲げる為に民主主義的少数者を見捨てることに躊躇わない。
そんな現実を、この青臭い警察官は即座に切り捨てた。
『誰がそれを正義と断言出来る? もし判断が過ち出会った場合、命じた者が責任を取らず有耶無耶にしたら、正義は、法は一体何の為にある?』
理由があろうが悪事は悪事。
全体のための必要な犠牲でも、犠牲は犠牲。
彼は現実を受け入れながら、逃げることを許さない。
『僕は政府の決定であろうと法に反し、歪める存在を肯定はしない。肯定する政府の姿勢を受け入れもしない。それが民の剣であるということだからだ。故にこそ、お前を拘束する!!』
それは、紛れもなく正義の心なのだろう。
行動には責任が伴い、責任を負いたくない我故に人は逃げ道を探る。
しかし、イーグレッツは全ての責任を負う覚悟があるから何でもやる。人としてどこまでも正しく、煩わしいほどに正しく、狂気的なまでに正しく、彼は彼が悪と断じた者に容赦をしない。
クアッドとは全てが正反対だ。
(……違う、な)
自分の心に真っ先に浮かんだ言葉を、テウメッサは己で否定する。
あらゆるものから目を逸らさないのはオウルに似ているし、恋する気持ちはミケと僅かにでも共通する。杓子常時的判断はサーペントと似てなくもない。
クアッドのそれぞれを見れば、共通項はある。
それは当然だ。自らを幾ら化物と称してもクアッドは人間だからだ。
正反対なのは、一人だけだ。
人間性も執着も背負う覚悟も何もないテウメッサと、正反対なのだ。
『むかつくなぁ』
一言漏らし、そして、テウメッサは自分の口から何の演技も入らない私語が出たことに驚愕した。
それは、テウメッサという何もない存在が人間として所有した、ふたつめの感情だった。
ひとつは、オウルへの好意。
そして記念すべきふたつめは、イーグレッツへの苛立ち。
テウメッサは自分の心が、パーソナリティが分からない。
なので、何故自分がイーグレッツに苛立っているのか、そもそもこれが本当に苛立ちという感情なのかさえ判別が確かにはついていない。
しかし、テウメッサが演技を越えて発した言葉は、紛れもなくテウメッサ自身の意識が生み出したものだ。
『うん。むかつく。いま、君にむかついた』
『……思いのほかあっさりと化けの皮が剥がれたな。薄っぺらい偽善の仮面の奥には安っぽい顔が眠っていたか』
『その程度の安い挑発は平気なんだけどなぁ……そうか、これが、そうなのか』
何度もそうした光景は見かけたことがあるし、傾向としては理解していたが、本質的な部分に触れるのはこれが初めてだった。
テウメッサは一人納得すると、【ワイルド・ジョーカー】のマニピュレータに高出力プラズマ溶断兵装【ハルパー】を携えた。
『むかつくやつをぶん殴りたい。そういうチンピラみたいな気分だ』
『やってみろ。貴様程度、命令に従うしか能のない不審者に出来るものならな』
【ゼピュロス】が両手にトンファーのような武装を展開する。
恐らくただの打撃武器ではなく複合装備であろうトンファーを構えるイーグレッツは武人のように一切隙を見せず、逆にテウメッサはリラックスした佇まいで【ハルパー】を肩に引っかける。
『『――』』
一切の言葉なく、人の眼球では追うことの敵わない速度で、全く同時に床を踏み割って加速した鎌とトンファーが真正面から激突し、衝撃で倉庫の窓を全て粉砕し、逃げ場のない力が天井の一部を吹き飛ばした。




