83話 タイミングで暗殺
テウメッサは如何にも営業に来たビジネスマンといった風体でキロトンマーケット本社があるビルに足を踏み入れていた。
キロトンマーケットは大型貸しビルの上層フロアを十階ほど貸し切っており、ここから国内に複数存在する倉庫と無人トラック、作業ロボット等を駆使して物流を管理している。
貸しビルとはいえ町の中ではかなり立派な方であり、広いフロアを堂々使うキロトンマーケットがどれほどの営業利益を叩きだしてるのかが分かる。
後ろ暗い企業であれば賃貸ビルを使った方が逃げやすいが、既にこの会社は表で堂々と商売する為に自社ビルを建設中だという。
(さて、読みが正しければここで動きがある筈なんだけどな)
テウメッサは、自分を襲撃させたのがキロトンマーケットの存在だと考えている――訳ではない。ここには別の思惑があってやってきた。
彼は堂々と来賓用エレベータに乗り込む。
続いて三人の人が乗り込んできた。
その面々に、テウメッサは天を仰ぎたくなった。
(なんという、最悪のタイミング……!!)
エレベーターに乗るルートを取った瞬間、彼らには気付いていた。
彼らはクアッドほどではないが自らの気配を操ってごく自然に、かつ偶然にも同じ場所を目指していて、今更ルートを変更すれば怪しまれるためテウメッサは彼らとエレベーターに同乗するしかなかった。
「――それで、課長はなんでまたこっちを先に?」
「こちらで起きると踏んだ。分かっていて何もしないのも癪だろう」
「危ないことになったらどうするんですか……か弱い私を守ってくださいね、課長」
(このタイミングで特務課とエレベータ相乗りってことは、偶然じゃないよなぁ……うわー)
テウメッサは内心頭を抱えたくなった。
オウル・テウメッサ連名の会いたくない人物ランキング堂々のトップを飾るイーグレッツ・アテナイとその部下たちは、背後に殺し屋がいる事に気付かず、しかし気付けばいつでも無力化出来る間合いと姿勢で、自然にエレベーター内に入り込んだ。
適当なフロアで降りようとボタンを押しておいたが、彼らも同じ辺りで降りようとしているのかボタンに手を着けず、エレベータの出入り口が静かに閉まる。
イーグレッツは小声で部下――確かナカタとトーリスだ――に自らの推察を漏らす。
「大飯喰らいが賞金狙いで大会に参加してるなら、それはそれで視察できるからいい。だが、他の参加者が大飯喰らいに大会前にちょっかい出すようなセコイ真似をしていたら、運営としては見過ごせないだろ?」
大食い大会の運営でもやっているのかという台詞だが、恐らくはこの大飯喰らいはキロトンマーケットのことを暗示していると思われる。
つまり要約すると、キロトンマーケットが主導で悪さをしているならその場で捕縛するが、もしそうでない場合は逆に黒幕がキロトンマーケットに何か仕掛ける可能性が高い、といった所だろう。
(参ったな、この特務課長殿……僕も同意見だよ。伊達に特務課長やってないな)
テウメッサはどうしても内部が不透明な【ネスト】の方が気になった。
そして、もし【ネスト】に襲撃をけしかけた側が潜んでいるならば、漁夫の利を狙える立場のキロトンマーケットを放置しておかない筈だと推測した。
つまり、狙いは互いに同じ。
問題は、テウメッサは別に犠牲が出ようが知ったことじゃないのに対して彼らは事件を未然に防ぐ気満々であることだ。
下手をしたらテウメッサが襲撃者と勘違いされかねない。
(古典的だが、一度トイレに入って彼らから離れるか……ダクトを通して無人機も放ちたいしな)
オウルの【ナイト・ガーディアン】が専用無人機【レイヴン】を持つように、テウメッサの【ワイド・ジョーカー】にも【ジャッカル】という無人機の展開が可能だ。【レイヴン】と比べて電子戦と飛行能力に劣るが、移動速度はレイブン以上で潜入工作機能も勝っている。
チン、と、小気味の良い音と共にエレベーターが止まり特務課の面々がエレベーターを出ると、テウメッサも顎髭の剃り残しがないか気になる仕草を微かに入れて彼らと別の方向に向かう。
背を向けている間、彼らから視線を感じた。
彼らはテウメッサを疑っている訳ではなく、全ての情報を取りこぼさないようにしている。この変装パターンはもう使えないな、とテウメッサは捜査機関の厄介さに辟易した。
外装に違わず立派なオフィスビルを、テウメッサの皮靴のこつこつと叩く音だけが響く。すれ違う人間も殆どいないが、壁の奥ではここが大騒ぎになる可能性を知らず労働に励む多くの人々がいることだろう。
だが、彼らは護衛対象のユアにとって死んでも特に困らない連中だ。彼女の知り合いの身内が務めてもいないし、彼らの業務がパァになったことで発生する遅延も、彼女を著しく害するとは思えない。
こんなことを口にすればユアはテウメッサを軽蔑するだろうか。
それとも、裏切られたとショックを受けるだろうか。
あるいは、ああやっぱりと納得するかもすれない。
テウメッサはそれらの可能性を考慮した上で、バレなければ問題ないし自分ならバレずにやれるだろうと何の感情もなく決断出来る。
やっと見えてきたトイレの入り口をくぐって便座が並ぶ内部に入ったテウメッサは――自分目がけてレーザーポインターを照射するセントリーガンの照準だった。
「ッッ」
ユニットのセンサーを活用すれば相手のユニットと干渉する可能性があるからと制限したことで予測できなかったそれに、しかしテウメッサは即座に手持ち鞄の隠しスイッチを押した。
瞬間、鞄の側面が弾けてジェル状の塊が射出される。
塊は回転しながら四隅を広げてシート状になると、今まさにセンサーに反応したテウメッサ目がけて鉛玉を乱射しようとしたセントリーガンを包み込んだ。
ジェルシートは粘着性のある衝撃吸収素材で出来ており、完全にジェルに粘着されたセントリーガンは数発発泡するも排莢できなくなりジャムを起こす。発射された弾丸はシートに阻まれて銃身内で暴発し、その衝撃と音はシートが吸収した。
(……誰だこんなデストラップ仕掛けたの。僕じゃなきゃ死んでるんですけど?)
咄嗟とは言え対応出来た自分を褒めてやりたいとテウメッサは思った。もしセントリーガンが軍用の最新型であれば銃声が鳴り響く方が先だっただろう。幸い目の前のセントリーガンは旧式のものに改造を加えた手作り感満載のものだった。
問題は、このセントリーガンをどこの誰が何の為に用意したのかだ。
テウメッサはそのままつかつかとトイレに入り個室を慎重に開けてゆく。幸いそこにはトラップはなかったが、一番奥の個室に異常が見つかった。
壁に、ぽっかりと人が通れるほどの大穴が開いている。
穴の断面は切断されたようになめらかで、真新しい。
軍事基地でも何でも無いただのオフィスビルの壁は、相応の装備を揃えていれば空けるのにそう苦労はしなかっただろう。
この穴は何処に繋がっているのかを知る為にビルの設計図を調べたテウメッサは、すぐに不吉な事実に気付く。
(支柱のジョイント部分まで行くのに近い……な)
空けられた穴、雑なトラップと隠蔽した形跡のない穴、スーパーベクターピラーのジョイント、そして上層にあるキロトンマーケット本社オフィス。
テウメッサはこれを行なった者のシナリオが読めた気がした。
と――ユニットの集音機能が更なる厄介事を聞きつけた。
『異音があった。トイレの方角だ』
『ユニットの【耳】、羨ましいっすねぇ』
『ほんと、メンバー全員にユニットくれれば100倍検挙率上げられるのに。こんど本庁に具申しましょう』
『やめろ。部下が滅茶苦茶言ってると文句を言われるのは俺だぞ』
先ほど上手く無力化したつもりのセントリーガンだが、人間の耳には聞こえずともユニットなら聞き取れる。それでも恐らくはオフィスの機械音と聞き分けるのが難しいくらいの音だった筈だが、イーグレッツはすぐ気付いたようだ。
(まずい、今からだと逃げ場がない……ええい、ままよ!)
テウメッサはやむなく何者かが残した穴の中に飛び込んだ。
どうせ捕まるならと建物の内壁の隙間や通気口に次々【ジャッカル】を送り込みつつ一本道を進む。道は複数の穴を用いて強引に突き進んでおり、時に人気の無いオフィスの給油室や倉庫のような場所まで経由して限りなく最短に近い形でピラーへと向かっている。
そして、ピラー整備用の空間に出たところで、テウメッサはため息を漏らした。
スーパーベクターピラーのジョイント部分が一部破壊されていたからだ。
中に爆発物を検知したが、構造上解体も取り出すことも出来ない悪辣な場所に仕掛けられており、テウメッサにはどうすることも出来ない。
(多分……キロトンマーケットの社員を名乗る者から内部情報のリークが各メディアに送られ、そのすぐ後に本社オフィスが爆破。メディアはマフィアの報復と騒ぎ立て、政府はマフィアの内紛がもはやテロと遜色ないまでの規模に拡大したと判断して鎮圧の為に軍を投入する。するとキロトンマーケットは消え、メガロも消え、マレスペードファミリも全て消され……マフィアに分類されない【ネスト】が生き延びる。そういう筋書きだな、これは)
工作の手慣れた感じからして、恐らく【ネスト】は兵隊崩れのパワードスーツ部隊とグルだろう。彼らは競争相手を一掃して改めてモルタリス・カンパニーに取り入るつもりだ。
テウメッサとしては、それはそれで勝手にすれば良いと思う。
マフィアの顔馴染たちが皆殺しになろうが電気椅子送りになろうが、心揺さぶられることはない。
しかし、少しばかりの懸念はある。
【ネスト】側の手土産は今のままでは少々安い。
彼らは欲を掻いて色をつけようとするかもしれない。
それを確認するまでは、全面戦争開始は引き飛ばしたい。
(仕方ない……一芝居打ちますか。ユニット・アクションだ)
背後から着々と特務課が迫る中、テウメッサは【ワイルド・ジョーカー】の漆黒の鎧に身を包んだ。




