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アサシンズ・クアッド~合衆国最凶暗殺者集団、知らない女の子を傷つける『敵』の暗殺を命ぜられて困惑する~  作者: 空戦型
6章 アサシンズ・クアッドの騒乱

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82話 恩義ある暗殺

 テウメッサ――フォックスが消えて得をする存在は、この騒ぎの中では大まかに分けて三つ。


 一つ、キロトンマーケット。


 名前に違わず質より量を重視した食品卸売会社で、形式上の社長はいるが実際には準構成員アソシエートがそれと気付かれず紛れ込んでマフィアへの送金システムを構築し、実質的に支配している。

 町の多くの飲食店や小売点が世話になっており、既にマフィアに相談せず密輸品の売買に手を出しており、会社としても軌道に乗っている今となってはマレスペードファミリーの加護を必要としていない。


 フォックスが消えてマフィアが自滅すれば、その跡地に表の顔で何食わぬ形で入り込んで業務を拡大できるだろう。準構成員と普通の労働者の見分けはほぼつかないため警察につつかれてもトップはトカゲの尻尾切りで切り抜けられる。


 二つ、幹部カポのひとりであるメガロ・ビッグマウスの一派。


 幹部の中では中堅といった所だが前々から下剋上を狙っていた節があり、この騒ぎの中で主力派にもニクス派にも組せずこそこそ息のかかった戦力を集結させている。

 キロトンマーケットほどではないが表の会社もいくつか持っており、ニクスにも寛容な姿勢を見せることで共倒れを狙っていると思われる。


 無論、このような真似をすれば主力派からは白眼視されるが、この内紛はどちらが勝ったにせよ決着が着いた頃には勝者は虫の息だ。自分に矛先が向く前にさっさと開戦して欲しいメガロにとって、二勢力を仲介できるフォックスは己の立場を脅かす存在だっただろう。


 三つ、【ネスト】と呼ばれるマルチな犯罪集団。


 元々は準構成員が構成するマフィアの雑用係で影響力も皆無だったが、ジルベスが情報化の一途を辿る中で身動きが取れなくなったマレスペードファミリーの方針転換で準構成員と呼んでいいかも怪しいごろつきまで抱え込んだ大きな組織となった。

 マフィアだからという理由で殺されたり逮捕されるのは大抵が彼らで、詐欺、恫喝、土地売買、その他数多くの汚れ仕事を請け負う代わりにとにかく入る際の敷居が緩い。


 多少のリスクがあっても今すぐ金が欲しいという貧困層や社会を知らない学生、居心地の悪さを感じる移民に社会不適合者――そうした連中を吸収し、時に使い捨てる彼らはとてもシステマチックでリスク分散も上手く、明瞭な指導者やケツモチがいなくとも維持出来るシステムを持つ。


 【ネスト】は厳密には犯罪集団と呼んでいいのかも分からない有象無象の犯罪者が緩く繋がったコミュニティのような存在で、他二つと比較するとフォックスを消す動機は小さい。それでも三番目として名を挙げたのは、有象無象故の不確定性の高さからだ。


 変装して何食わぬ顔で町をバイクで駆けながら、テウメッサは思案する。


(……悪い企業色が強くなったキロトンマーケットか、分かりやすいメガロか。【ネスト】以外の他の勢力は寝耳に水って感じだし)


 【ネスト】の有象無象の中にはこの騒ぎで大半が静観で、それ以外は面白がってニクス一派に味方している。彼らにはマフィアへの帰属意識が殆どないから、多くの者がマフィアの内紛に興味が無いのだろう。


 マレスペードファミリーとしてもどこにスパイや裏切り者が紛れているか知れない【ネスト】を当てにしたくないのか、それとも刺激して更に離反者が増えるのを恐れてか彼らに働きかけをしていない。

 彼らは放置こそが最良で、ネストをつつくような真似はしたくない。


(うん、決めた――あそこを探ろう)


 バイクを適当な駐輪場に留めたテウメッサは、そのまま路地裏に入り――僅かな監視カメラの死角でユニットのステルス機能を発動させ、この世界から消え失せた。




 ◇ ◆




 メガロ・ビッグマウスはいい時代に生まれてきたと自負している。


 サメをモチーフにした入れ墨と顔の割に小さな丸いレンズのサングラスが目を引くマレスペードファミリーの幹部は、この大騒ぎの最中にあって一人ほくそ笑む。


 時代遅れの幹部カポたちが戦力外になってゆくタイミングで組織に入り、幹部にまで上り詰めた。ジルベスの管理社会の裏を潜り抜けるシステムの構築に一役買い、ラージストⅤ傘下の企業に舐められない為に戦争で居場所をなくした兵士や切り捨てられた部隊を取り入れ機甲軍団を持つべきだと進言したのもメガロだ。


 実際にこの機甲軍団が実戦投入されることは殆どなかったが、少なくとも警察や敵対組織への抑止力として噂される程度には役立ってくれた。なにより、いつか必ずこの金のかかったブリキの軍団が役立つ日が来るとメガロは確信していた。

 そして今、思い描いていた時が来た。


「壮観じゃないか」

「計二〇機、いつでも動かせます」


 側近の構成員の報告に鷹揚に頷いたメガロは、改めて自分の所有する土地の倉庫に集まったパワードスーツ部隊の列にうっとりと酔いしれた。

 機体そのものは十年前の戦争で流れた中古品ばかりだが、それでも二〇もの数が武装して集まれば国内の犯罪組織としては相当な脅威だ。


 なにせ警察は最新鋭とはいえパワードスーツは大した数を持っておらず、田舎の方では一機しかないなんて配備状況も珍しくない。この町の警察もその類だった。


 そして、マレスペードファミリーが所有するパワードスーツは計三十五機。その過半数をメガロが所有している。パイロットの元軍属チームはマレスペードファミリーでは構成員待遇だが、マレスペード一族への帰属意識はない。彼らは彼らの利益で動く。


「ルクレツィアなど所詮は若造の造反も抑えきれぬ耄碌婆に過ぎん。ニクスはカリスマがあるが、それを人を死に駆り立てるものだ。この俺のような先見の明がある者こそが最後に残った利権の果実を味わうことを許されるのだ」


 もはやルクレツィアの鶴の一声では他の幹部も若頭も留まれない。

 ニクスの派閥は既に戦いを始めている以上、激突以外の選択肢がない。

 両陣営とも、メガロの企みをどうにか出来る余裕がない。


「そうら、古臭く無価値なプライドをぶつけ合って馬鹿正直に戦い合え! マフィアはもはやシステムだ! 血統もカリスマも必要ない! その席に座ったというただそれだけがシステムの管理者の条件だ!!」

「まったくその通り。座るのは誰だっていい。あんたじゃなくてもな」


 直後、メガロの喉に鋭い熱が走る。

 続いて胸と腹に数度の衝撃。

 何が、と、声を出そうとしたメガロの喉は、ただゴボゴボと異音を立てるだけで空気を吸い込むことすら出来ず、彼の視界は瞬く間に真っ黒に染まっていった。


 パワードスーツの装備をフォークリフトで運んできた構成員が血の海に沈むメガロを見かけ、その後ろに血のこびりついたナイフを片手に佇む男に視線を移し、軽く手を上げて挨拶する。


「おう、もう殺っちまったのか?」

「組織に入れて貰った情けだ。長く苦しまないよう確実に刺し殺したよ」

「よく言うぜ。他に殺し方知らないだろ?」

「だからだよ。他の連中にやらせると長いぞ? さくっと殺った俺って優しいだろ?」


 彼らは何年もメガロに献身的に尽くしてきた元兵士たちだ。

 メガロが組織に招き入れ、待遇も悪くなく、パワードスーツについての要望にはしっかり応えてくれた。それだけの信頼を重ねたからこそメガロに声をかけられ、ここに集まった。


 しかし、彼らは別にメガロの乗っ取り計画に夢を見た訳ではない。

 そもそも、彼らは近くにいたからこそメガロの傘下では生き残れないことを察していた。

 献身はあくまでビジネスライクでそれらしく見えるよう振る舞っていただけだ。


 メガロはこの土壇場で組織への背信行為を露骨に働いた。

 そのことはルクレツィアもニクスも気付いていた。

 だから、ルクレツィアはフォックスから得た特務課の情報を敢えてメガロに一言も伝えないことで「その男に未来はない」と周囲に暗に告げていたし、ニクスはメガロが戦力を集結させ始めた時点で「自分だけ衝突を避けようとする卑劣漢はマフィアに非ず」と警察に彼の情報を全て流していた。


 もはやどう足掻いたところでメガロに居場所はなかった。

 メガロは、とっくの昔に両陣営から切り捨てられていたのだ。

 そして、彼が発案して作り上げた機甲軍団もそれは同じで、彼に見切りをつけていた。


「狐狩りから何まで新たなクライアントの思惑通りだ」

「な、予め密約交わしといて正解だったろ?」

「本気でアンタに付いていこうとしてた物好きたちは先に地獄の席を確保しに向かったから、寂しくないぜ」

「悪いなオヤブン。アンタは悪い上司じゃなかったけど、ちょっと正直すぎた。俺らはもっといい就職先フネに乗り換えさせて貰うよ」


 数分後、倉庫から紅蓮の炎が立ち上った。

 分不相応に未来の首領ボスを狙った誇大妄想メガロマニアの夢が詰まった筈の倉庫内には夢の機甲軍団など何処にもなく、ただパワードスーツがラピッドクローラーを使用して移動した際に残る特徴的なタイヤ痕と無数の死体が転がっているだけだった。

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