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アサシンズ・クアッド~合衆国最凶暗殺者集団、知らない女の子を傷つける『敵』の暗殺を命ぜられて困惑する~  作者: 空戦型
6章 アサシンズ・クアッドの騒乱

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81話 花咲く暗殺

 フォックス――テウメッサがルクレツィアとのやりとりを掻い摘まんで話すと、サーペントは唸る。


『聞いた感じ、マレスペードファミリーが大人しく消えればマフィアは勝手に消滅して万々歳にも感じるね。どうせ全員犯罪者なんだし法治国家らしく全員刑務所に行って貰ってはどうかな?』

『上手く行かないの分かってるくせに』

『本音だけど?』


 サーペントがとぼけているのか本気なのか判別がつかないが、たまに本気なことがあるのがこの男の少し面倒な所だ、と、テウメッサはため息をつく。


『今やマフィアの収入源は殆どが準構成員アソシエート、つまりグレーゾーン連中からの吸い上げだ。社長がマフィアでも平社員が働かない事には商売は成り立たない。こいつらは表向き真っ当な商売をしてる連中も多いし全てを逮捕するのは現実的じゃない』


 マフィアの正式メンバーが稼ぎのシステムを恐怖で縛り監視する役割とすれば、維持するのは専ら準構成員たちだ。つまり、彼らはある程度マフィアという金稼ぎのシステムを知っていることになる。


 そんな連中がまとめ役の束縛から一斉に解き放たれたらどうなるか。


『犯罪者予備軍の準構成員たちはマフィアがいるから一定のラインで抑制されてた。中にはもうマフィアの手助けを必要としない大きさに膨れ上がった会社もある。彼らにとってはむしろマフィアが消えた方が有り難い。目の上のたんこぶが消えて今度は自分が暴力で支配する側になれる。ニクスを持ち上げる連中の中には少なからずそんなのもいる』

『でも実際にはそんなに上手く縄張りを奪えるかなぁ?』

『そこなんだよ問題は』


 この場合の上手く行かないとはどういう意味か。


『半端に組織化された暴力集団が誰の指揮もなしにてんでバラバラに一斉に犯罪行為を開始すれば、町の治安悪化は避けられない。ましてその中にはパワードスーツ着込んで暴れたがっている兵隊崩れ共もいるんだぞ? 乗っ取りが上手く行った方が何倍も有り難いよ。もー本当に他所でやってくれよって感じ……』

『じゃあ乗っ取りが上手く行くよう調整するのかい?』

『出来ると思うか?』

『特務課が張っている限り無理かなぁ』

『その通りなんだなぁこれが』


 この問題に輪を掛けて面倒なのが特務課だ。

 彼らは地元警察の事情も政府の意向も無視してただ法による正義に従って行動する。よく言えばどんな触れづらい闇にも斬り込むが、悪く言えば大局というものをある程度無視してしまうことでもある。


 そも、彼らがあまり長く町に滞在するとフォックス=テウメッサという事実に辿り着く可能性もなくはない。どうも特務課所属のホワイトハッカーは思ったよりも腕利きらしく、課のメンバーも犯罪捜査や聞き込みなどその道のプロと言って差し支えない経歴を持つ連中ばかりだ。


 最悪の場合、イーグレッツ・アテナイのユニットと激突することになりかねない。場合によっては殺されることも充分あり得る。


『前回の特務課は途中で公安と手を組んだから付け入る隙があったが、今回はそうもいかない。両陣営の戦いの火蓋が切って落とされればいくらでも乱入してくるだろう』


 やがて運転を言えたテウメッサはアパートのパーキングスペースに車を止める。彼の足はフォックスとしてのアジトとして個人契約をしている部屋へと向かっていた。


 フォックスとしてのテウメッサ。

 一般人としてのテウメッサ。

 ユアと接する時のテウメッサ。

 そして【クアッド】としてのテウメッサ。

 

 情報として無限に増殖し続ける狐の記号は、しかし肉体を一つしか持たず、真にテウメッサと呼べる存在は一つしかない。

 今はクアッドという逃れようのない固い檻がテウメッサをテウメッサという人格に留めているが、もしそうでないならば自分は一体何者になるのだろう。


 今まで数え切れないほどの自分を未練も無く捨ててきた。

 これからもきっと、数え切れないほどの自分を切り捨てる。

 そうして存在し続ける自分は、果たして過去から未来にかけて同一人物と断言できるのだろうか。


 テウメッサは答えの出ない問いかけを抱きながらも、その答えへの興味をいつでも切り離し、紙くずをくず籠に放るように執着を捨てることが出来る。

 それを空虚と表現するか、それとも切り捨てる乾いた人間性こそがテウメッサの本質なのかは誰にも――テウメッサにさえも理解できない。


 自室の玄関にカードキーを翳し、ピピ、と、電子音が認証を知らせる。

 玄関を開けて中に入ったテウメッサはネクタイを緩め、歩きながら冷蔵庫を開けて栄養ドリンクを手に取るとそれを一気飲みしながらソファにどっかり腰掛ける――それが先日までのテウメッサで、しかし、それは叶わない。


「ん? これは――」


 ドアが開く刹那、ピン、と、何かが張る音がした。


 直後、室内から外へ衝撃と爆風が荒れ狂い、蝶番ごとドアが吹き飛んだ。


 衝撃波に僅か一瞬遅れて吹き出した紅蓮の炎は瞬く間にテウメッサを呑み込んで廊下で膨れ上がり、部屋の窓ガラスは全て粉々に砕け、それでも飽き足らぬ衝撃は居場所を求めてベランダの手すりを呆気なく弾き飛ばした。




 ◆ ◇




 現場に急行した特務課は爆発事件について現地警察に先んじて調査を開始していた。未だ黒煙燻る現場を無人ドローンを用いて徹底的に調査するよう命じるイーグレッツの顔は険しい。


「マフィア一人のためにこれだけの爆発物を仕掛けるとは……」


 マフィアは裏切り者に制裁を加えることを躊躇わないとは言うが、アパートの部屋ごと爆殺などという過激極まる方法を取った相手の気が知れない。アパート自体は倒壊を免れたが、建物は爆発で大きく抉れ、ガラスというガラスが砕けて無惨な有様だ。


「ザハート、爆発物の特定はどうか?」


 現場検証に参加していた部下の一人、ザハート・パールーシャンの特徴的なもじゃもじゃ頭が簡易検査装置の画面から離れる。中東の血が混じった彫りの深い顔がイーグレッツの方を向いた。


「レッドリリーだな、これは。ジルベスじゃ既に条約違反だが、海外じゃ現役だ」

「プラスチック爆弾の一種だな。特異な燃焼性の高さから焼夷兵器禁止条約の抜け穴として使われていたとかいうやつだろう」

「その通り。マフィアくらい裏事情に詳しければ入手は不可能ではないだろう。道理でよく焼けている……」

「確かに。爆風でもアパートの大半の部屋が多かれ少なかれ被害を受けた。住民と管理人の涙が目に浮かぶよ。これは建て直すしかない」


 二人が軽口を叩けているのは、市民の人的被害がごく僅かだったからだ。


 時間帯的に殆どの人が出払っていたのが幸いして負傷者は軽傷が三名、死者は出なかった。

 ただ一人、死んで当然のマフィアの男を除いてだが。


「ファミリーの重要人物、フォックス・クラウド。こいつがマトだったか。調べれば思惑が見えそうなものだが、さて……」


 爆破された部屋はフォックス・クラウドなる男の賃貸部屋であることが既に判明している。更にこのフォックスという男はマレスペードファミリーでも重要なポジションにいたらしいことを示唆するものが――状況証だが――見つかっている。そして防犯カメラの映像から、マフィア関係者と思われるフォックスが爆破された部屋に入ろうとして以降行方不明になっている。

 状況からして即死したであろうことは想像に難くなく、現場からは焼け焦げた肉片が幾つか見つかっているが、この肉片から有益な情報を得るのは難しそうだ。


 と、通信で部下のトーリスから報告が入り、ユニットを通して回線を開く。普段は冷静な彼女の声色は僅かに堅い。


『イーグレッツ、悪い知らせです』

『どうした?』

『爆破事件の被害者がフォックスであるという情報がマフィア側で急速に拡散し、マフィアの両勢力が一触即発です。ナカタの読みではもう本格的な抗争まで秒読みだろうと』

『誰が爆破したのかは分かっているか?』

『いえ、互いに互いを糾弾している風で、現時点では判然としません。それと気になることがもう一つ……フォックス死亡の噂は、彼が死ぬ一分前には既に流れていたようです』


 トーリスから伝えられた言葉に、イーグレッツは眉を潜める。

 マフィアでも軍でも警察でも、規律が厳しい組織では情報には正確性が求められる。不確かな情報に踊らされるほど厄介なことはないからだ。だから仮に計画でそうなっているとしても、フライングというのは疑問が残る。


 もう一つ、フォックスは別に護衛を連れているわけでもなかった。

 であれば、わざわざ部屋に侵入してプラスチック爆弾で吹き飛ばすなどというまだるっこしい手段を使うまでもなく直接的に殺害出来た筈だ。彼の殺害を決めた者がそれをしなかったのは一体何故か。


(なんだこの違和感は。そも、なんでこの男はこの非常事態に護衛も連れず暢気にアジトに足を運んだんだ?)


 情報からして彼はマレスペードファミリーの一員だと特務課は推測しているが、秘密主義のマフィアにしては余りにもお粗末なことに、イーグレッツにはどうしても違和感が拭えなかった。


「この事件、勢力は二つだけじゃないのかもな……」


 幸い、内紛によってこれまで以上にマフィアの実情を掴むことが出来ている。必要な情報を一通り手に入れたイーグレッツは、そのうち事件の事後処理に必要なものだけを抜粋して地元警察に送りつけると早々に現場を撤退した。


 ――彼らの撤退を遠距離から見届けたテウメッサは、爆風を浴びたにも拘わらず煤の一つさえつかない綺麗な肌に汗を垂らしてため息をついた。


「フォックスという男を退場させるには少し演出が過剰過ぎたかな?」


 この芝居は、テウメッサがフォックスを切り捨てて動きやすくするためのパフォーマンスだ。

 実際にフォックスを襲撃した人物はいたが、彼はレッドリリーなど仕掛けておらず、今はフォックスその人として肉片になって特務課に運ばれている。あの爆発はテウメッサがフォックスという存在を世界から消す為に最初から仕掛けていた自爆装置に過ぎない。


 しかし、襲撃があったことは事実だ。

 故に、テウメッサはイーグレッツの独り言を否定しない。

 町を巻き込み流血沙汰を引き起こすマレスペードファミリーの内紛を、特等席でポップコーン片手に見物する何者かが、どこかにいる。

 クアッドとしてはいてくれた方が大歓迎な、都合の良い黒幕が。

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