表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アサシンズ・クアッド~合衆国最凶暗殺者集団、知らない女の子を傷つける『敵』の暗殺を命ぜられて困惑する~  作者: 空戦型
5章 アサシンズ・クアッドの投薬

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

76/120

75話 今だけの暗殺

 全てはクアッドの想定通りだった。


 深夜の海での戦闘で見つかったデータチップから発見されたデータを元に沿岸警備隊からモルタリスカンパニーに連絡があったことで漸く問題が発覚。モルタリスはテロリストもクアッドもユアもとっくにいなくなったアゲラタ病院に慌てて保安部門を送り込み、表向き起きた大胆不敵なデータ流出時間を把握。


 オウルの予想通り、モルタリスカンパニーもジルベス政府も()()()()()()という筋書きのために病院の静かなる乗っ取りも海の銃撃戦も隠蔽、ないし別の事実へのすり替えに動いた。


 パルジャノ特殊潜入工作部隊【クィルサ】は多大な犠牲を払いながらもまんまとデータを持ち帰り、獅子身中の虫であったイグナーツ・ロヨンは銃撃戦で死亡。報復に成功したのは結構だが、彼の死とデータの流出では全く釣り合いが取れない。

 これによって新薬【エンネス】は人体実験の横行でも埋め合わせの出来ない損失を被り、とうとう第一のシュトロイエンザE2型特効薬の座を譲り、後手でより優れた特効薬を作るという方向にシフトせざるを得なくなった。


 噂では将来を有望視されていたイグナーツの死でモルタリスカンパニー内での不穏分子捜しが活発化し、幾人もの医療関係者が()()()()()()()()したそうだが、統制AIに真偽の程を知れる情報を遮断された市囲はいつものファクトウィスパーの陰謀論だろうと相手にしなかった。


 勿論、臨床試験の参加者への口封じも、代金の未払いも、何も問題なかったようにモルタリスカンパニーは振る舞い続けた。

 イグナーツの死が第三勢力による口封じであることを疑う者など誰もいない。


 そして、生き延びた【クィルサ】の数少ない隊員たちも、自分たちが銃撃を受けて多くの仲間と敬愛する隊長、最優先護衛目標であったイグナーツが死んだのはたった一人の何も知らない少女のせいだとは欠片も疑わなかった。

 彼らはユアのことも、ユアに繋がる手がかりもなにも知らない。

 海外に渡った臨床試験データの中にあるユアのデータは消去していないが、他の患者との区別は一切つかず、そのデータを元に被験者を特定する可能性のある要素はクアッドの手で全て排除してある。


 クアッドという黒幕に辿り着く可能性の僅かな欠片さえ保身の為に抹消したモルタリス・カンパニーは恐らく永遠にこの事件の本当の真相に辿り着くことはないだろう。

 力ある者は、時としてその驕りから自らにとって重要な真実さえ自らの手で消し去る。

 されど、仮に気付いていれば彼らは更に悲惨な損害を被ったかもしれない。


 アゲラタ病院では何も起きなかった。

 それが、最も犠牲者の少ない答えだっただけだ。




 ◇ ◆




 ユアは臨床試験を終えて久々の家に戻る。

 長期間留守にしてもいいようにしっかり施錠し、冷蔵庫も足の早いものを残さないようにしている。少しでも電気代を節約したくて必要最低限の場所を除いて全て切っていたブレーカーをスマホから遠隔でオンにすると、沈黙していた我が家に明かりが灯る、


 結局、三日間みっちり宿題をする羽目に陥ったが、オウル達が手伝ってくれたのでいつもより充実した勉強だったと思う。


 病院に預けたままだったスマホは、帰りのバスで確認すると様々な通知や、友人であるウィンターとエレミィからの他愛もない学校での近況報告。奢りの催促はそっと見なかったことにして銀行の預金を確認すると、モルタリスカンパニーからしっかり一〇万ジレアが振り込まれていた。


 ひとまず、ほっとする。

 ざっとニュースを確認してみるが、特にアゲラタ病院で起きた新薬を巡る騒動に関連するものは見当たらない。AIの統制で見えないだけかもしれないが、少なくとも世間的には『何もなかった』で通せたようだ。


 翌日は普通に登校であるため、友達にメッセージを返信しつつ窓を開けて換気し、家の一階から掃除する。わずか二泊三日とはいえ、留守にしていた家は空気が淀んでいる気がした。


「二階は……明日でいいかな。あ、やっぱちょっと埃溜まってる」


 父と母と子供で過ごす筈だった家は二階建てで、ユアが一人で住むには部屋が多く広すぎる。安価な無人掃除機を活用することも考えたが、裕福ではないユアにとっては仮に数万ジレア程度でも無人掃除機を購入するのには躊躇いがあった。

 しかも、二階建てなので階段の上か下、どちらかでしか活躍出来ない。

 階段を上れる無人掃除機は、言わずもがな桁が一つ違う値段だ。


「オウルなら、時間が買えるならお買い得って言うのかな……」


 掃除にかかる時間と体力が温存できれば、それを別のことに使える。

 ユアはお金のことばかり考えていたので、時間を買うという理論を聞いたときは目を見張った。仮に一台だけだとしても、代わりにやってくれるのであれば時間が浮くことに変わりはない。


 オウルなら、オウルは、オウル、オウル。

 ユアの生活はすっかりオウルありきになってしまった。

 彼が暗殺者で、人道なんて持ち合わせてなくて、仕事の為にユアに付き合っているのは分かっている。恋人のふりをしているだけでオウルは別にユアに恋をしている訳ではないのも分かっている。


 最初はそれでも疑似恋愛が出来るならと楽しんでいた。

 しかし、病院で優しくされたユアは彼の新たな面を垣間見た。

 あのあどけない横顔は、彼という人間性が殺し屋のペルソナから零れた瞬間は、普段覆い隠された人間的な本心だった。


 学校で演じるちょっと不真面目で愛想良く世間話をするオウルではない。仕事の話で皮肉めいた笑みを浮かべる彼でもない。ユアが相手だからこそ許した、オウルという人間の顔だった。


(……私の隣でいつもあんな顔を見せて欲しい、なんてもう言わないよ。そんなこと言ってもオウルは困るだけだもんね)


 だから、オウルが気付いていないのならば。

 ユアなら見せても構わないと思ってくれているならば。

 今はただ、殺し屋と護衛対象の関係に留まらせて欲しい。


 たとえ、いつか彼らがユアの目の前から影も形もなくなって、二度と逢えなくなったとしても。


「……オウルいま何してるかな」


 考えたくもない想像をしたユアは、いつもの秘匿通信アプリでオウルに連絡した。

 何でもいいから彼からユアに送られるやりとりで存在を確かめたかった。


『Y:遊びに行っていい?』


『O:駄目だが』


 即答。

 しかも拒絶。

 オウルらしいといえばらしいとはいえあんまりにもつっけんどんな対応にユアはなんだか悲しくなってきたが、続くメッセージに納得する。


『O:こちとらシュトロイエンザに感染した扱いになってんだぞ』


『O:感染防止の為にあと二日は自宅待機だ』


『Y:そういえばそうでしたー』


 シュトロイエンザは仮に解熱しても体内にウィルスが残っていることを考慮して数日休まなければならないのが普通だ。でなければ周囲にもシュトロイエンザをばら撒いてしまうことになる。


『M:Oの看病係の座は渡さない!』


『O:されてねえよバカがその看護師服パクってきたのか?』


『T:今夜は蜂蜜パンがゆとチキンブロスどっちにする?』


『O:もっと腹に溜まるものにしろバカが』


『S:じゃあビフテキ1ポンドにポテトフライで』


『O:栄養バランス考えろバカが』


『Y:そもそもOがシュトロイエンザを仮病に使ったからこうなったんじゃ?』


『O:はいはい真のバカは俺だよ満足したか?』


 いつものクアッドのちょっとふざけたやりとりが次々に並んで、ユアは頬が綻ぶ。

 いつものオウル、いつもの皆だ。


『Y:あ、そうだ。相談あるんだけど、なるべく安くてうちの家に丁度いい無人掃除機ないかな?』


『O:それならいいのがあるぞ。ワンダホくんって言うんだが』


『Y:パクってきちゃったの!?』


 まさかの火事場泥棒発覚にユアは思わず文字だけでなくて声も出してしまった。病院では散々世話になったあの緩いロボットと早速再開することになるとは思わなかった。


『O:ユアの家に一機潜伏させとくにはいいんじゃないかって話になってな』


『S:特にオウルが最初に乗っ取ったワンダホくんはハッキングの痕跡が残りすぎてちょっとって話になって、ハードだけ予備パーツと入れ替えて持ち帰ったんだ』


『T:いまユアちゃんの家に合う形に改造中だから明日まで待ってね』


『Y:オウル、まさかとは思うけど愛着が』


『O:なかなか愛嬌があるし忠犬だしいいじゃないか』


 本気とも冗談とも知れないことをしれっと言うオウルに、ユアはやっぱりオウルのことは分からないなと思った。


 ――後日届いたワンダホくんは、ミケの強い意向でニャンダホさんと名前やデザインを改められていた。


『ニャンダホさんだニャン! 家政婦は見たのニャン!』

「癖強いなぁ……」


 不要な機能を排除して効率化したのかワンダホくんよりほっそりしたニャンダホさんは、床掃除や棚などに溜まった埃の掃除、ハウスダストの吸引機能をも持っていてユアとしては大変助かったが、そこはやっぱりクアッド的なオチが待っていた。


『ニャンダホさんにとってユアさんはクライアントの客人だニャン! クライアントに頼まれれば侵入者は撃つしハッキングもするし偽装工作も自爆も出来ることは何でもするニャン! お掃除してるのは正直ついでだニャン!』

「掃除機が家主をないがしろにしてる!?」


 ちなみに、ニャンダホさんの正体は表向き新型無人生活補助ロボットのテストをとある会社に任されたという形になっている。その会社の正体は勿論クアッドが用意した実体のないペーパーカンパニーだ。


 ユアはその日、何故か自分が社会に対してずるをしている気分になったが、翌日からしっかりニャンダホさんが家の掃除をしてくれることの利便性に気付いてからは何も罪悪感を覚えなくなった。

 人は、一度便利なものを手にするとそれを手放さない為の自己弁論を始める生き物である。

これにて五章終了!

ラージストⅤが一角、モルタリスカンパニーとの戦いが始……まりませんでしたが、なかなか書いてて楽しかったです。主にワンダホくん回りが。オウルとユアの関係性にも少しずつ変化が生まれつつありますが、それは果たして良いことなのでしょうか? 今はその答えを出すには早計ですが、いつかは出る日がくるかもしれません。


この小説を少しでも面白く感じて頂けるのであれば……。

評価、感想等を頂けると作者の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ