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アサシンズ・クアッド~合衆国最凶暗殺者集団、知らない女の子を傷つける『敵』の暗殺を命ぜられて困惑する~  作者: 空戦型
5章 アサシンズ・クアッドの投薬

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74話 軽くなった暗殺

 夜の海岸線に、体格のいい男達が集う。

 そろそろ夏が近い季節とはいえ海水浴にはまだ早く、しかも砂浜でもない岩だらけの場所にダイバースーツ姿で集まった彼らを目撃した人間がいたとしたら、まず密漁者を疑うだろう。


 実際には彼らが秘密裏に手に入れたのは海産物より遙かに重大なもの――世界が求める新薬のデータだ。

 パルジャノ連合特殊工作部隊【クィルサ】は、未だに嫌な警戒感を緩められずにいた。罠に嵌っているのにそれに気付けないような焦燥を胸に隊長が状況を確認する。


「全員揃っているか?」

「はっ。バルザスとキアーノも今度は捕まっていません」

「それは重畳と言いたいが、本当にデータを握らせた上で全員海まで到達出来るとは……奴は一体何を考えているんだ?」


 【クィルサ】は全員が拘束されて以降、ずっとキャットと名乗る女に管理されていた。薬のデータを渡したのも病院からの脱出の手引きをしたのも全てその女だ。他にも協力者がいたようだが、主導権を握られた【クィルサ】に選択権はなく、怪しくとも従う他なかった。


 結果的に彼らは全員計画通り海岸まで辿り着き、更には亡命予定だったイグナーツまでもが見逃されている。

 隊長はあまりにも美味い話に違和感が拭えずイグナーツにしつこく確認を取る。


「おい、薬のデータは本当に本物なんだろうな。ウィルスの類が潜伏してないだろうな?」

「ない。記録形式からして仕込みが出来るようなものじゃないし、データの内容も病院を出る前に得たものと何一つ矛盾はない」

「分からん……奴らは一体何者だったんだ?」

「考えてもしょうが無いことを悩んでも仕方ないよ、隊長さん。それより危ないのはここからだ。この国の沿岸警備隊をナメない方が良い。まず間違いなく一度は見つかる」

「そちらこそあまりパルジャノを舐めるな」


 隊長の言葉とともに、暗闇からのそりと這い出るように大きな船が現れた。


「貿易コンテナに紛れ込ませたパーツで組み上げたホバークラフトだ」

「こんな大きなものをよく仕込んだね」

「年単位で時間がかかっている。だがこいつの速度なら沿岸警備隊を振り切るのは不可能ではない」


 ジルベス国内で調達した旧式漁船にぎゅうぎゅう詰めになるくらいのことは覚悟していたイグナーツは、【クィルサ】全員が搭乗出来るだけのサイズの船を秘密裏に用意していたことに純粋に驚いた。


「でかい割に音が静かですね。もしかしてカイルスケイル式ですか?」


 最新のホバークラフトは船底と水面の間にカイルスケイルという特殊な滞留力場を形成することでホバーを実現している。

 これによって旧世代ホバークラフトの課題であった安定性、静粛性、メンテナンス性が一挙に改善された。

 しかし、ジルベスではカイルスケイル式ホバークラフトはまだ配備が間に合っていない。パーツも国内のものと意匠が違う。これがパルジャノ連合側で設計されたものだとイグナーツはすぐに気付いた。


「洗練されてますねぇ。流石は【海のパルジャノ】です」

「褒め言葉として受け取っておこう。海までジルベスに譲る気はない」


 ジルベス合衆国とパルジャノ連合は10年前の戦争で激突し、パルジャノが敗北した。

 しかし、ジルベスに比べて海に面する国土の多いパルジャノは海軍の戦力と技術力ではジルベス以上の水準を維持しており、当時の大戦でもオーバーエイジ計画による巻き返しを加味しても海戦でジルベスは戦線を押し上げることが出来なかったほどだ。


 元々ジルベスは海軍より陸軍と空軍を優先して強化する傾向にあるため、国力で完全にパルジャノを上回った今でも技術的にはスタート地点の差でパルジャノに追いつききれていない。まして海軍ほど資金が潤沢ではない沿岸警備隊は余計にそうだ。


「流石にヘリは振り切れないにしても、AI制御の武装は最低限積んである。そして乗組員は全員データチップのコピーを所持している。誰か一人でも生き延びてジルベス領海まで逃げ込めば我々の勝ちだ」

「出来れば私を優先して欲しいところですがね」

「シーグライダーを優先的に装備させているのが我々なりの誠意だと思え」


 隊長がイグナーツを連れて海に入る。

 隊員達もそれに続き、海水を全身に滴らせながら手際良くホバークラフトに乗り込んでいく。旧世代ホバーではこのような搭乗は困難だったが、カイルスケイル式は通常船舶より簡単に乗れる。


 イグナーツは酸素ボンベとスクリュー推進装置が一体になった装備、シーグライダーを装備させられる。積載重量を減らすためにたった三つしか用意されていない貴重品を装備させてくれるのは、文字通り誠意なのだろう。


 ホバークラフトが静かに加速し、イグナーツの生まれ育った国土が遠ざかっていく。

 家族の墓参りに行けなくなることは心残りだが、イグナーツは二度とこの国に戻ってくることはないだろう。


 【エンネス】の流出だけでモルタリス・カンパニーに致命的なダメージを負わせられると考えるほど彼は楽観的ではないが、それでも今回のデータ流出は過去最大のものになる。


 モルタリスでは当たり前にやっているが海外ではまだ採用候補にも挙がっていない先進的ノウハウや、その他の医療技術。どれも他国に持ち込めば医療技術の発達促進に役立つものばかりだ。


 ラキスランドとパルジャノの医療業界が正義だなどとは思っていないが、少なくとも亡命が成功すればパルジャノ連合とラキスランドがこの技術を手に入れる。広まった技術は次第に一般化していき、世界の医療技術の促進に繋がるだろう。

 

 【イブネス・メディスン】はそれでいい。

 地味でちっぽけで、時に犠牲を伴っても、持ち出した技術は未来の人間を一人でも多く救うことに役立つ。大切なのは今ではなく未来だ。


 それから、ホバークラフトは静かに移動を続けた。

 沿岸警備隊の監視の目が最も緩いタイミングと航路を狙ったのが功を奏し、未だに発見されてはいない。

 緊張感が漂う中、ふと隊長がイグナーツに尋ねた。


「貴様、U.N.I.T.と相対したのだろう」

「ええ」

「軍人としての興味から聞くが、どれほどの性能だったのだ?」

「……不可能、ですね」

「不可能?」

「私は軍のプロパガンダを信じていませんでしたが、実際に見て気が変わりました。不可能な兵器があるのだ、と」


 3mに満たない体躯で【アークス】を持ち上げて一分もかからず大気圏を突破した桁違いの推力もそうだが、宇宙空間でもパイロット含めて問題なく俊敏に動けるにも拘わらず余りにもシンプルなバックパックの構造だったのも改めて考えると異常だ。

 加えて、ジルベスの艦船をも一撃で沈められるプラズマ砲を、同じプラズマを纏った腕一本で逸らすという動作を一瞬で行なう出力にもイグナーツは驚愕していた。

 【アークス】でさえ一度はチャージが必要だったのに、ユニットは即座に出力を合わせてきた。プラズマを腕に纏わせるのはそれこそカイルスケイルを使えば可能だが、何の発生装置も制御装置も見当たらない腕がいきなりそれを実現できたことが今でも彼には信じられない。


「ユニットが披露した技術はどれもあんな小さなパワードスーツに積載できるものではない。仮に私が見た機能全てを積載した【アークス】のような大型機動兵器を作ったとしても、到底まともに動くとは思えません。それが有人機なんですよ? あんな兵器はありえない。人類の今の技術で作ることは不可能です」

「実際に見たのにか?」

「隊長さん……ユニットとは戦わないことです。あれには【エンネス】など、モルタリスなどとは比べものにならない――」


 その言葉は、最後まで交わされることはなかった。

 ホバークラフトに搭載していた機器とにらめっこしていた隊員が突然声を上げる。


「沿岸警備隊に捕捉されました! 直ちに船舶を停止させなければ発砲すると警告してきています!」

「エンジン故障につき航行不能とでも返しておけ! 総員戦闘準備! 作戦を第二段階へ移行!!」

「総員戦闘準備! 作戦を第二段階へ移行!!」


 副官の復唱と同時に緊張感が最大まで高まる。

 偽装されていた武装たちが外装をパージし、砲塔を露にした。

 イグナーツは安全の為に船にしがみついて姿勢を低くするよう促される。


 それから間もなくして、船は戦闘に突入した。

 ジルベス沿岸警備隊は当初ヘリを飛ばしてきたが、小型ミサイルと機関砲で撃墜されたのを皮切りに水上機動兵や武装ボートを次々に動員。更に彼らのホバークラフトを包囲するために周辺の沿岸警備隊が進行ルートに一斉に集まってきた。


 幾らホバークラフトが性能で勝ると言っても、最低限の武装しか積載していない以上は包囲されれば撃沈ないし全滅しかない。

 水上機動兵は小型飛行バイクの上から銃撃し、武装ボートも食らいついてくる。被弾は避けられず、二門あった機関砲のうち一門は破壊されてしまった。


「あと少しなのに、ヒル並にしつこい奴らめ!! ……ギャッ」

「キアーノ!?」


 不運にも降り注いだ弾丸の人が側頭部に直撃した兵士――病院で一度行方不明になったキアーノという男だ――の頭部が弾け飛び、糸の切れた人形のように船から転げ落ちて海に消えた。

 それを皮切りに隊員が一人、また一人と傷つき、倒れていく。


 必死に伏せるイグナーツの隣に今度はキアーノとツーマンセルを組んでいたバルザスという兵士が血飛沫を上げて転がった。高機動兵の十次砲火をまともに浴びたバルザスは辛うじて生きていたが、口からは絶え間なく血の泡が零れ、既に助かる見込みは皆無だった。


 本物の殺し合いの最中にいることを実感したイグナーツが生唾を呑み込む中、隊長がバルザスを船から蹴落とす。


「な、何を!?」

「死体が転がってても邪魔で重量がかさむだけだ!! そろそろ国境が近い! 俺とあんたは機を見て海に飛び込み、潜水しながらジルベス領海を抜ける! いいな!」

「わ、わかっ――」


 瞬間、衝撃。


 イグナーツは暗闇を舞う中、身体の感覚がないことと、目の前にいた名前も聞いていない隊長の胴体がまるごと消え失せていることに気付いた。そして、自分の視界がやけにぐるぐる回っている理由は何故だろうと疑問に思い――やがて、首しか残っていないから軽いのだと気付き、夜の海に沈んだ。


 沿岸警備隊の大口径機関砲の直撃による即死だった。


 その後、沿岸警備隊の執拗な追撃も虚しくホバークラフトは領海を抜け、わずか四名の船員とシーグライダーによる潜水が間に合った副官の計五名によって、シュトロイエンザE2型の新薬【エンネス】のデータはパルジャノ連合の手に渡った。


 沿岸警備隊が死体の回収をする中、警備隊の巡視艇の上に殆ど肉眼で確認出来ない影があった。


 影は警備隊の使用する機関砲と口径を合わせた特殊な狙撃銃を握ったまま静かに空に飛び立ち、その姿も、そこに何者かがいた痕跡さえも完全に消し去って夜空に消えていった。


『サーペント、終わったか?』

『うん。ユアちゃんのデータを目視したバルザス、キアーノ、隊長殿、イグナーツの四人は生かして帰してはならないが、そいつらだけ死んでも怪しまれるから適当に間引け……とはね。わからないな。全滅させないでよかったの?』

『ユアには敢えて流出させると言ってあるから、そこはたがえずにいきたい』

『優しい……って言って良いのかな?』

『俺にしてはとっても優しいぞ』


 国外脱出の手伝いをしながら、脱出中の相手を射殺することの非道さは気にも懸けず、全滅させなかったことをサーペントは真っ先に不思議に思った。

 しかし、皮肉はこもっていても恐らくこれがオウルなりの優しさなのだろうと納得した。

 

 唯一バルザスだけは撃つ前に沿岸警備隊の銃撃を浴びたが、海に落ちたから生きているなどと都合の良いドラマはないことは、彼の蜂の巣になった重たい死体を回収した海岸警備隊がよく知っていることだ。

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