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アサシンズ・クアッド~合衆国最凶暗殺者集団、知らない女の子を傷つける『敵』の暗殺を命ぜられて困惑する~  作者: 空戦型
5章 アサシンズ・クアッドの投薬

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71話 パージする暗殺

 アゲラタ病院の建設費用はモルタリス・カンパニーが出しているが、これほど巨大な病院を建設するのに建築会社を通さないことは不可能だ。


 必然、アゲラタ病院はジルベスの建築業界を牛耳るベクターコーポレーションの力を借りざるを得ない。これは全ラージストⅤ及び政府機関全てに言えることだ。


 ベクターコーポレーションが建築を終えた後にモルタリスカンパニーが手を加えることは可能だが、例えば地下に大規模な空間を作ったとして、地下空間を掘るのに必ず土砂を運び出す必要がある。

 その痕跡をモルタリス、ベクター双方が完璧に隠蔽しているとは限らない。二社はあくまでビジネスライクで、相手のヘマまで徹底してフォローする謂れはないからだ。


 サーペントはそこに着目し、アゲラタ病院の表向きの工事記録に記載されていない空間を突き止めた。


 緊急避難スペースより更に下、研究棟と本棟の秘密の出入り口から侵入可能。管理システムは病院からはアクセスできないが、病院のデータは定期的にそこに送られていると思われる。


 オウルはその空間に院長のIDを拝借して降り立った。


「今のところ妙な所はないな。普通の人体実験場だ」

『人体実験場って普通かなぁ……』


 早速システムハックで地下の構造を把握するが、拘束具だらけの手術室や何一つ物がない正方形の真っ白な部屋、人の肉を融かし骨を粉砕して身元を不明にする設備など、オウルからして驚くようなものは何もない。


 強いて言えば、以前社会見学で訪れたミロク工房が制作に携わった設備が幾つか散見されて妙なところで繋がりを感じた程度だ。

 システムハックを初めて十数秒、サーペントが何かを発見する。


『地下空間の西の方角、丁度病院内プールがある辺りの直下が動力源のようだね。データもそこに収束している』

「地下には今、人は何人いる?」

『人体実験に使われる患者が十四名。実験を管理している管制室で熱心にコミックを読みふける職員が二人。そしてお目当てのイグナーツくんは動力源に全力疾走中だ』

「足止めできるか?」

『難しいね。セキュリティに自己学習型のカウンター防壁があるようだ。突破自体は可能だがとにかく時間稼ぎに特化している。直接身柄を押さえた方が速い』

「そうするか」


 オウルはユニット『ナイト・ガーディアン』の背部、腕部、脚部を部分展開し、滑るように施設の廊下を飛行する。頭部は量子内蔵していたメットを被っている。

 

 通常のパワードスーツであれば全てのフレームが噛み合ってこそ力を発揮するが、ユニットは一部分だけ展開してもある程度は機能を使うことが出来る。

 ただし今の状態は万一施設内でユニット展開を求められた際に力をセーブするための苦肉の策で、移動速度の確保とバリアこそ使えるものの戦闘面では心許ない状態だ。


「頼りになるのはコイツか……」


 今、【ナイトガーディアン】の手には以前統制委員会に攻め入った際に戦闘したユニット【キャリバーン】から奪取した世界一の切れ味のチェーンソーカッター【ヴァーダイン】が握られていた。

 厳密にはクアッドで独自の改造が施されているため構造は多少変わっているので【ヴァーダイン改】と言った方が適切かもしれないが、切れ味自体は健在だ。


 施設内でプラズマを発射すると出力調整が難しく、銃は跳弾で予期せぬ損害を出す可能性がある。

 その点、どう扱っても射程が限られる剣は屋内戦闘では合理的だ。しかも【ヴァーダイン改】の切れ味ならば壁や床を容易に切り抜けるため実体剣の弱点もカバーできる。


「とはいえ、上手く姿勢を制御して扱わないと自分を斬りかねんが……」


 移動中に廊下の防衛設備が反応して次々にセントリーガンが起動し、レーザーを発射するが、対人用に過ぎないためユニットのバリアに全て弾かれる。高圧電流の通路も、毒ガスも、映画の研究所で人を追い詰めがちなありとあらゆるトラップが不完全状態のユニットの性能にひれ伏す。


 挙げ句、網目状に展開されて迫り来る高出力レーザートラップなどという実用性に疑問符がつくものまで迫ってくる。どうやらここを設計した人間は映画の見過ぎか、或いはスプラッターものをこよなく愛しているのだろう。


 今度はエリアを封鎖するために分厚い防壁がせり上がるが、オウルは煩わしげに身体を空中で回転させながら【ヴァーダイン改】を煌めかせる。防壁は紙切れ同然に切り裂かれ、ヴァーダインの通り道を作った。

 耐衝撃性には優れているようだが、流石に想定外の切れ味で切り裂かれることは想定されていなかった。果たして想定したところで防げたのかは疑問だが。

 疑問と言えば、オウルにはもう一つ疑問に思うことがある。


「イグナーツはここに逃げ込んで何をする気だ? 自棄っぱちのために地下までひっそり逃げ込んだとは思えんが……」


 オウルたちも馬鹿ではない。

 仮にイグナーツが地下で何かの操作を行なって病院が突然爆破されたり空調に致死性の有毒ガスが混ぜられたり外部にケーブルを通して通信したりといったありとあらゆる自棄の行動の可能性を潰して回っていた。

 その結果、地上の病院自体にはどこにも一発逆転の絡繰りはなかった。


 地下空間から遠隔操作しようにもシステムはサーペントが隠しコードの類も含めて対策済み。地下施設が自爆する可能性を考えて一応ユアを避難させたが、海外の特殊部隊を病院に招き入れて亡命の準備まで整えるほど周到な男なら、何かひとつくらいは勝算がある筈だ。


 そうこうしているうちに、地下空間の西端にあるエリアに到着。

 センサーで確認すると、イグナーツは壁を隔てた向こう側の空間にいる。躊躇いなく壁を三角形に切り裂いて蹴飛ばして穴を空け、内部に突入する。


 そこは異様な空間だった。

 軍の兵器ドックにも似ているが、もっと狭く、そして中央に鎮座する巨大な用途不明の機械を中心に全ての機材が接続、設置されている。


 恐らくは病院のデータはここに集められ、地下の電力はこれによって賄われているのだろう。巨大な機械にはキャットウォークがあり、その上をイグナーツが白衣を脱ぎ捨てて全力疾走しているのが見えた。咄嗟に銃で撃とうとするが、手を止める。


「ちっ、非殺傷性の武器だと転落死の可能性があるか。手間だが組み伏せて――」


 部分展開した【ナイト・ガーディアン】が加速し、そのままイグナーツの腕を掴んで拘束する。


 ――筈だった。


 ぱこん、と、間抜けな音を立ててイグナーツの左腕ごと取れるまでは。

 オウルより先にサーペントが叫ぶ。


『義手っ!? 馬鹿な、金属探知も引っかからないし、サーモグラフィでは生身と同じ反応が……! まさか、オーガニックな義手の発展系!?』

 

 その間もイグナーツは進む。

 オウルは口を開きもせず即座に身を捻って足払いをかけた。

 またもぱこん、と音をたて、イグナーツの膝から下が外れた。


『足まで!? そんな、イグナーツに手術歴はなかった筈なのに!!』

「地下の秘密ラボで改造人間にでもしてもらったんだろ!」


 相手の姿勢を崩すには手足を掴むのが一番だという経験則が裏目に出た。

 イグナーツが自分の手足を切り落として高性能義肢を装着するほどの覚悟を決めている上に周囲にもそれを悟らせないほどの演技力の持ち主であったとは、もはや妄執めいた遺志の強さだ。

 しかも、両足の膝から先がなくなったイグナーツは身体を前転させながら右手一本で全体重を支えると人間離れした体幹と筋力で自分の身体を前方に投げ出した。

 恐らくは、右手も義手なのだろう。

 イグナーツは嘲笑しながら謎の機械へ迫る。


「ははははははッ!! 最初から撃ち殺せば良かったものを、欲を掻いたな政府の狗!!」


 イグナーツの落下先にあったのは、謎の機械のハッチが開いた狭い空間だった。内部は液体に満たされており、丁度人一人が入れるスペースに見える。

 オウルは歯を食いしばり、可能な限りの速度で加速すると右手を伸ばす。この状態でイグナーツを生かして捕縛するには頭を鷲掴みにするしかない。胴体では掴みきれないし、頭なら取れることはない筈だ。


 【ナイト・ガーディアン】の人体を忠実に模した五本指のマニュピレータは思い描いた通りにイグナーツの後頭部を捉え――。


「あ」


 するん、と、髪の毛だけを置き去りに虚しく滑った。

 イグナーツの髪は、オウルも初めて気付いたほど巧妙な出来映えの着脱式ウィッグだった。

 オウルは間抜けな声を漏らす他なく、サーペントは通信越しに絶叫した。


『ハゲてるぅぅぅぅぅーーーーーー!!』

「私は勝つ為ならハゲるッ!!」


 本当に、本当に紙一重のところでイグナーツの身体はハッチの中の液体にどぶりと沈む。オウルは空中で制動ををかけてハッチをこじ開けようとカツラを投げ捨て――直後、動体反応と同時に弾き飛ばされた。


 バリアが衝撃を吸収したが、ユニットの展開が部分的だったせいで吹き飛ぶ機体を即座に建て直せない。せめて自分を吹き飛ばしたものが何かを確かめようと映像に食らいついたオウルは、目の前の光景を正しく理解するのに僅かながら時間がかかった。


 そこには、謎の機械の外部を突き破って振り上げられた、巨大な、とても巨大な五本指のロボットアームが誇らしげにその膂力を誇示していた。


 巨大な機械の外装が次々に弾け、脱落し、千切られていく。

 接続されていたコードが弾け飛び、冷却液のようなものが気化して煙となる中、()()は轟音を立てて悠然と立ち上がった。

 火花と照明に照らされた堅牢な装甲は赤と白のホスピタルカラーを光らせて、露になった威容を見せつける。二本の脚、二本の腕、頭部、背中にあるごちゃついたバックパックは既存のどの機動兵器とも合致しない。


 全高およそ三〇m、推定重量不明。

 オウルはこんなものを現実に作る人間がいたことに心底呆れた。

 口にするのも馬鹿らしく、しかし目の前の現実は避けようもなく、形容する言葉は余りにも陳腐で。


「……本当に地下に巨大ロボットを用意するやつがあるか」

『我々、一体どこでなんの対応を間違ったのかなぁ』

「決まってる。相手がハゲてたからだ」


 オウルは人生で初めてハゲを恨めしく思い、これから特にウィッグで誤魔化しているハゲを見逃さないよう対策を立てることを心に誓った。

カツラに対する風評被害……!

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