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アサシンズ・クアッド~合衆国最凶暗殺者集団、知らない女の子を傷つける『敵』の暗殺を命ぜられて困惑する~  作者: 空戦型
5章 アサシンズ・クアッドの投薬

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68話 C級の暗殺

 薄暗い天井裏に集まったクアッドたちは顔を突き合せる。


「緊急会議だ。今回は外部アドバイザーを招いてある」


 オウル、テウメッサ、ミケ――そして少しだけぶかっとした看護師服に身を包んだ外部アドバイザーことユア。

 言われるがままに看護師のふりをしたユアだが、服を交換したミケが敢えてタイトめなサイズを選んでいたことが幸いして中学生の体躯でもギリギリ怪しまれることはなかった。


 とはいえ、ユアからすれば今の状況には混乱しかない。


 いきなり病室に看護師姿のオウルが入ってきたと思ったら移動する必要があると言い出し、テウメッサとミケがやってきたと思ったら着替えさせられ、今はワンダホくんを踏み台にオウルの手助けを得て天井裏である。


 冷暖房の届かない天井裏は床が冷たく、今はオウルの取り計らいで病院からくすねた毛布の上に座っている。それもどうかと思うのだが、借りるだけだと言われて追求をやめた。


 多分要件は、同じく天井裏で全身を入念に拘束されて蓑虫のようにさえている半目で気を失った二人の男性と関係があるのだろう。


「まずは会議前に情報を整理しよう」


 ユアに目配せしたオウルがそんなことを言い出したのは、恐らく状況の説明があるということだろう。今までは詳しい話はそれほどしなかったが、流石にこの状況で何の説明もないのでは不安しかないためユアとしては助かる。


「外国勢力がシュトロイエンザ特効薬の臨床試験データを求めてアゲラタ病院を乗っ取ったため、ユアの身柄の安全の為に一時的に保護した。外国勢力は今の所は事を荒立てるつもりはないようだが、問題はそこの蓑虫二匹がユアに会いに来たという状況だ」

「なんで来たの、このおじさんたち?」

「データ収集が終わったらそのままおさらばだから、終わる前に女遊びでもしたかったんだろ。で、そいつはロリコンで患者リストの中からユアがなんか好みだったようだ。なかなか女を見る目があるな」

「笑えないんですけどぉー……」

(本当の事を言うこともないだろ。ユアが助かっても別の患者が実験に使われるなんて余計なこと考え始めるからな)


 オウルの皮肉がたっぷり籠もった説明に、女として褒められた気が全くしないユアは口を尖らせる。結果的にオウルが誰よりも早く駆けつけて守ってくれたので文句はないが、どうしてこの世界の大人は誰も彼も女を食いものにしようとするのだろうか。

 欲望まみれの男達を引き寄せる囮を買って出ていたミケはというと、ユアを見てニコニコしている。


「新人看護師ユアちゃん。ん~~~いい響き! 看病して貰いたい! ……ね、ね、オウルもそう思わない? ちょっとぶかっとしてるのがまたカワイイよねぇ!」

「黙ってろ駄猫」

「にゃーん」


 看護師姿にコメントがなくてほっとしたような不満なような、不思議な気持ちである。改めて考えるとここでオウルが看護師姿に興奮していたら気持ち悪いのでやや安心が勝るが、状況そのものは楽観できなかった。

 ひとまず事情を把握したユアが発言権を求めて手を挙げる。


「はい」

「アドバイザー、なにかな」

「素直に軍か警察に通報するのはどうでしょう。特務課のイーグレッツくんとか、すぐに来てくれるんじゃない?」

「最終手段としてはありだが、事を荒立てると外国勢力が患者を巻き添えにするリスクは否めないぞ。俺たちもイーグレッツたちに身分を明かしていい存在じゃないから協力しづらいしな」

「あ、そっか」

(まぁ、公になったらジルベス政府やモルタリスが証拠隠滅で派手にやらかす可能性があるって部分の方が大きいが……)


 思わず気の抜けた声が漏れた。

 特務課のイーグレッツくんはユアが公的に頼れる人間の中では猛者だが、同時に警察らしくとても生真面目な人なのでオウルたちが怪しまれると面倒なことになりそうだ。

 外国勢力とやらにしても、今は穏便とはいえ有り体に言えばテロリストのようなもので、あまり道徳に期待すべきではない。オウル達的にはそれはどうでもいいが、ユアの気分の問題を察してくれているのだ。


「じゃあこのままヘンタイおじさんだけブロックして外国勢力にお帰り頂くのは?」


 ジルベスの医療業界が頑張って作った薬のデータを盗まれてしまうのは口惜しいが、怪我人が出ずに済むならユアはそれでいい。盗まれたから10万ジレアの報酬はなしですと言われると流石に悲しいが、タダで検診を受けられたついでに社会見学したと思えば我慢は出来る。

 しかし、ユアの浅はかな考えでは事は片付かない。


「掌握した筈の病院で味方との連絡が途絶えたら外国勢力に怪しまれる。というか今まさに怪しまれるまで秒読みだ。あの変態共のせいでな」


 つくづくあの蓑虫おじさんたちは余計な真似をしてくれた、と全員が視線で語る。テウメッサが「別の問題もある」と話を切り出す。


「彼らを素直に帰してしまうと臨床試験を受けた患者の個人データも纏めて流出する。ユアちゃんのデータが流出するのは避けたい。海外に出るとどんな風に悪用されるか分かったものじゃないからね」

「そこをなんとかできない?」

「今後の方針次第だな」


 袖に振られてがっかりするが、ふと否定されてはいないことにユアは気付く。


「それって方針次第では何とかできるってこと?」


 オウルはよく出来ましたとでも言いたげに笑うと、天井裏の暗がりに集った面々を見渡す。


「さて、一通り情報が出そろったところで、俺から提案がある」

『聞かせてくれ、我らがリーダー』

「ああ、それは――」


 通信越しのサーペントに促され、オウルは自らの提案を言い放った。




 ◇ ◆




 特殊部隊【クィルサ】の兵士は、手早く病院の警備パワードスーツ【スケルトン】を装着して駆動を確認しながら同僚に尋ねる。


「バルサスとキアーノからの定時連絡が無いからっていきなりスーツの用意とは、隊長も神経質だな」

「バルサスだけならどっかで女コマしてるだけかもしれんが、キアーノからも連絡が無いのは気になるな」

「監視カメラでは異常はなかったのか?」

「俺たちがカメラに工作してるせいで今の映像が映らねえんだよ。今ドローンのワンちゃんたちで確認中だそうだ」 


 軽口を交わしてはいるが、特殊部隊に任命された時点でバルサスの仕事能力を疑う者はいない。クィルサはパルジャノの中でも手練れの集まりだった。しかも同行したキアーノもいないとなると二人ともやられた可能性があるということだ。


 それにしても、と、兵士は【スケルトン】の操作感を確かめる。

 精緻な関節は肘から手首にかけてのひねりといった細かい動きも対応してくれる。極度に軽量化されているため足を動かす際の独特の慣性も気にならない。

 スムーズかつ淀みのない駆動は、今まで使用してきたどのパワードスーツより着心地がよい。


「駆動系は殆ど人工筋繊維のみか。道理で軽い」

「パワーもなかなかあるぜ。シリンダーなしでこれは最早脅威だな」


 他の同僚が重量300キロはある部屋の機材を軽々と持ち上げてみせていた。パルジャノの人工筋肉で同じ重量を持ち上げようとすればスーツのサイズは倍以上になるだろう。恐らく電動効率でも負けている。

 

「パワードスーツというよりは前時代のアウトフレームの発展系といった印象だが、各種電子装備も相当小型化されているな」

「しかも安い。この性能で我らが母国の主力機の半分、しかも維持費も安くつくだろうな」


 パルジャノの主力スーツ【ガルダイトⅣ】は決して弱くはないが、機動力や瞬発力で【スケルトン】に勝つことは出来ないだろう。用途が違うと言えばそれまでだが、それを差し引いても驚異的なコストパフォーマンスだ。


 パルジャノが世代を重ねるごとにスーツの大型化と重量に悩まされている間に、ジルベスは二歩も三歩も先の技術を手にしている。【スケルトン】を母国に持ち帰ることが出来れば軍は大喜びするだろうに、撤退の際に荷物を増やせないため持ち帰れないのが熟々(つくづく)残念だった。


「さて、スーツの品評会はここまでだ。バルサスとキアーノを探しに行くぞ」

「了解。さて、ワンちゃんは見つけてくれたかな?」


 スケルトン五機に加えて掌握済みのワンダホくん複数。

 過剰戦力かもしれないが、念には念を入れておきたい。

 彼ら五人は即座に部屋を出て――ピタリと一斉に足を止めた。


「なんだ、これは……?」


 眼前の光景に、思わず戸惑いの声が漏れる。

 そこには、彼らを包囲するようにずらりと廊下に半円状に並んだワンダホくんたちがいた。

 一つ一つは愛嬌のある顔をしているが、廊下を封鎖する程の数が整然と並ぶ様は異様の一言で、彼らが無機質なドローンであることを再確認させられる。

 得も言われぬ恐ろしさに気圧されていると、不意に、ワンダホくんの一機の目が赤く光った。


『パワードスーツの無断持ち出しを確認したワン!』


 無駄に明るい声に呼応するように、周囲のワンダホくんの目が次々に赤く染まっていく。

 獲物を見つけた猟犬のようにぎらぎらとした瞳で、ワンダホくんたちは兵士達ににじり寄り、包囲網を狭めてゆく。


『施設内職員による【スケルトン】の無断持ち出しは従業員規約第七条三項違反だワン!』

『特殊鎮圧装備の持ち出しを確認! 同条四項の違反も追加だワン!』

『直ちにパワードスーツをノンアクティブにして両手を頭の後ろに組んで膝をつくワン!』

『受け入れない場合ないし先制攻撃、ないし逃亡行為は敵意ありと見なし患者及び職員の安全確保の為に鎮圧行動に移るワン!』

『三〇秒待つワン! 今なら罪は軽くて済むからよく考えるワン!』


 包囲するワンダホくんの数、実に三十二機。

 更に、彼らが呼び寄せたのか廊下を走って次々に追加のワンダホくんが駆けつけ、幾つもの赤い目の光が空間に尾を引く。

 まるでシュトロイエンザの熱に魘されているときに見る悪い夢のようだ。

 三流の映画監督が作るひどい出来映えのC級スプラッター映画だ。


 この話の笑えないところは、その映画で雑に斃れていく哀れな端役に自分自身が抜擢されそうになっていることだった。




 ――その光景をドローン越しに愉快そうに眺めるオウルは、愉快そうにくつくつと笑う。


「俺たちで病院を乗っ取る。これで全部解決だ」

(うわぁ……)


 ユアが思うに、オウルはどんな悪党より悪党らしかった。

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