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アサシンズ・クアッド~合衆国最凶暗殺者集団、知らない女の子を傷つける『敵』の暗殺を命ぜられて困惑する~  作者: 空戦型
5章 アサシンズ・クアッドの投薬

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67話 不手際の暗殺

 病院のシステムを直接弄れる侵入者側とワンダホくん等を経由しなければならないオウルでは、どうしても侵入者側が有利だ。しかもオウルは電子戦関連の知識はあるが、サーペントには流石に及ばない。


 他人から見れば十分すぎるが彼としては不慣れな作業の末、いくつかの事実が浮かび上がってきた。


 侵入者たちは腕部端末【ハーツ】に細工を施すことで警備や病院側の観測を逃れていること。


 監視カメラは改竄済みで相手の捕捉に役立たないこと。


 彼らは派手な病院ジャックをしたい訳ではなく、隠密に事を済ませようとはしていること。


「流石にモルタリスにバレて正面衝突したら死ぬのは自分たちだっていう自覚はあるらしいな」

『結構なことだよ。なんならこの状況になった以上、ユアちゃんに手を出されないなら彼らに協力してもいいくらいだ。逆にモルタリスから戦闘部隊でも送られてきた方が危ない』

「流石にアゲラタほどの大病院では動きづらかろうが、そこはテロリストが自爆したとか幾らでも言い訳は利くからな」


 遺族は納得しない、言い訳になっていない言い訳だ。

 しかし、ジルベス全体に占める遺族の割合は豆粒以下の量でしかなく、時間が経てば情報統制社会の中で関心が薄れていくだろう。主張する遺族を統制AIが『臭いもの』だと認定すれば、封じ込めは終了だ。


 アゲラタ病院の患者は人質たり得ない。

 彼ら――【クィルサ】と言うらしい部隊はそれを理解していた。


「恐らく病院内の殆どの人間が、病院が乗っ取られていることにすら気付かず数日を過ごして退院するだろう。自動化の弊害だ。研究棟は……」


 タイミング良く研究棟を調べさせていたテウメッサから通信が入る。


『こちらテウメッサ。研究棟は一見すると分からないけど緊急防衛システムが作動してる。内通者の仕業だろう。あらゆる通信を遮断されて核シェルターよりガチガチに封鎖されてる』

「まかり間違っても中身を盗まれない為の措置か。中の連中は外で大災害でも起きてると誤認してるのかね?」

『事前に工作する余裕があったなら騙すのは可能だね。確実なデータ漏洩措置手段として外とはあらゆる通信手段が遮断されるから、おかしいと思っても出られないけど』


 通常そのような緊急事態に陥ればモルタリス・カンパニーは気付く筈だが、サーペントが『モルタリスは気付いていないよ』と断言する。定期連絡や報告を偽装しているのだろう。


 研究棟はアゲラタ病院内でも独立性の高い施設なので、本棟とはそれほど綿密なやりとりをしていない。本棟、研究棟の双方に侵入者勢力の手が入っているなら数日間なら偽装で充分誤魔化せるだろう。臨床試験用の薬も二日間は運び込まれる予定がない。


「アゲラタ病院は地方病院にありがちな顔を合わせたコミュニケーションを強要する職場じゃないから、高度アクセス権限を持つ院長以下数名の上級職員が現場に顔を見せなくとも不審がられない。今頃アクセス権限を持つ連中は仲良く病院内で拘束、監禁中か……」

『現場には問題が発生していることすら伝わらずに事を終える。この【クィルサ】の手際もだけど、内通者もやるねぇ』


 サーペントが感心したように言うが、仮にもラージストⅤを相手にここまで手際良く病院の乗っ取りを成功させるということは、内通者も高度アクセス権限を所持したエリートだろう。外国勢力単体でどうこうできる工作の域を超えている。とんだ獅子身中の虫だ、とオウルは呆れた。


「さて、それじゃ【クィルサ】の今後の予定をお聞きするとしますか」


 端末を操って彼らの側にいるワンダホくん経由で音声を盗み聞く。

 彼らは中枢のシステムを制圧したことで実質的にワンダホくんのコントロールに成功したと考えているようだが、ワンダホくん側のシステムはオウルが事前に掌握済みなので、あの間抜け面の犬たちはオウルの味方だ。


 愉快な内通者は、彼らの会話に耳を欹てる。


『隊長、作戦第二段階を終了しました』

『ご苦労。データを吸い出せ。予備も忘れるな』

『隊長さん、こちらを』

『これは?』

『臨床試験だけじゃ分からないこともありますから、消えても訝かしがられない患者は地下に連れ込んで色々と実験に手伝っていただいています。パルジャノ出身の方には心苦しいことですが――』

『ジルベスに下った連中の行く末に興味は無い。結局何が言いたい?』

『健常者の過量服薬オーバードーズに関するデータがもう少しで揃うので、乗っ取りの間にやってしまおうと思いまして。これが健康診断を元に絞り込んだリストです。若年層でより健康な子たちですよ』

『……いいだろう。人類の医学の発展に貢献して貰うとするか。おすすめはあるかな、文明先進国の医師殿?』

『この子は投薬後の反応が非常に平均的で特におすすめですね』

『ではその娘を』


 データに示された人物の被検体コードは、ユアと一致していた。

 刹那、オウルは端末を放り出して駆け出した。


「ミケ、テウメッサ、病室へ急げ!」

『なんでこうなるのかなぁ? 不思議な引力でも働いてない?』

『ユアちゃんの魅惑にトラブルはメロメロなのねー』

「いいや、これは俺のミスだ……!!」


 不審がられないように投薬後の変化データを平均的なものにしたのが裏目に出るとは、予測困難だったとはいえ完全に情報を改竄したオウルの落ち度である。

 画一的なものではなく本人が自覚を持ちにくい不調を乱数的に組み込むことは可能だったのに、不審がられない程度でいいという認識が生んだ、これは不手際だ。

 自分の迂闊さと愚鈍さを呪いながら、オウルは屋根裏から病院内へと滑り降りた。




 ◆ ◇




 アゲラタ病院の制服を着た二人の男は、ワンダホくん一台を連れて静かな廊下を歩いていた。

 看護師のふりをしているが、実際には【クィルサ】のメンバーだ。

 パワードスーツは装着していないが、見えないよう武装はしている。


 病院内をアサルトライフル片手に闊歩して患者をパニックに陥らせてはこれまでの計画が水の泡であるため、

 移動の最中、その片割れが隣の同僚に声をかける。


「なぁ」

「どうした?」

「これから行く部屋の患者、最後はヤク漬けにして殺すんだろ?」

「言い方は語弊があるが、大して変わらんな」


 過量服薬オーバードーズによってどのような反応が起きるかは薬品によって異なるが、本来摂取するべきでない薬品を大量摂取するのだから健康に良い筈もない。ただ、薬によっては麻薬ほどではないが一時的な快楽を得られる場合もあり、しかも市販の薬品でも経験が可能なことから社会的な問題になりつつある。

 それらの効果を検証するには、命の保証がない人体実験が手っ取り早い。


 今回、被検体の少女は新薬【エンネス】を限界まで投与される。仮に容態が急変しても強制的に飲ませ続け、どのように異常を来してゆくのかを確認出来る限り続ける予定だ。つまり、患者の死亡という結果も想定の範囲内ということになる。

 当然、仮に生き延びたとしてもそのような非人道的な実験が行なわれた証拠を残す訳にはいかないので、少女は個人の特定が事実上不可能になる方法で処分される。何があっても死ぬ以外の運命はない。


「どうせ死ぬなら遊ばせてくれねえかな」


 男は、興奮を抑えられないのか微かに鼻息を荒くしていた。

 そこにはこれから犠牲になる幼気いたいけな少女への憐憫も、そんな行為に加担することへの罪悪感もない。女性がそのように扱われて当たり前の世界で育ち、生きてきた人間が抱く獣性のような異様な気配がそこにあった。

 彼よりは真っ当な育ちである隣の男はこの状況で盛る同僚に呆れる。


「相手はジュニアハイスクールの生徒だぞ。お前ロリコンか?」

「そういう問題じゃねえんだよ。潜入任務でずっとイイコ演じてたから溜まるモン溜まってんだ。可愛い反応なんてしなくていいから発散させてぇんだよ」

「許可取りに行くのは勝手だが実験の前におっぱじめるなよ。流石の隊長もキレるぞ」

「分かってるよ……ああクソ、抱かせてくれるイイ女いねえかなぁ……」


 興奮する男よりは育ちがいいからといって、別に少女に対する同情は芽生えないのが隣の男の本質だった。酒場では誰が最も残虐で惨めに的を死なせたかで盛り上がる。【クィルサ】という部隊はそういう人間の寄せ集めだった。


 と――小柄な男女の看護師が向かい側から歩いてきて二人は私語をやめた。

 声をかけられたり見覚えのない顔だと指摘されれば上手く誤魔化さなければならない。

 しかし、二人の看護師はガタイのいい二人をじろじろ見るのが気まずかったのか視線を下に逸らしてそのまま通り過ぎていき、二人は内心で胸をなで下ろした。


 やがて男達は指定の病室に辿り着き、職員権限で扉のロックを解除すると中に入る。


「失礼します。ちょっとお伝えしたいことがありまして……」

「中に入らせていただきますね」


 部屋の中はそれほど広くはないが小綺麗で備え付けのパソコンやモニタ、タブレット、本、許可された飲食物にちょっとしたトレーニング用機器などパルジャノでは考えられない充実した設備が揃っている。興奮する男がさりげなく大きく鼻で息を吸った。


(女の匂いだ……)


 長い禁欲生活で子供での気配を過敏に感じるようになっていた男は、まだ我慢しなければと気を落ち着けるとベッドのカーテンをめくる。


 そこには――極上の女がはだけた患者服で眠りこけていた。


「すぅ……すぅ……」


 あれは本当に中学生なのか、それとも禁欲生活のせいで欲望が高まりすぎたか、無垢な表情で無防備にも寝息を立てる女の全身に男は釘付けになった。しなやかで長い足の奥で存在を主張する尻。くびれた腰とへその上に視線を滑らせると、あと少しで全てを曝け出す豊満な胸が呼吸に合わせて揺れていた。患者服がタイトでボディラインがくっきり見えるのが余計に情欲をそそった。


 隣の同僚さえ思わず前のめりになってしまうほどに極上の――まるで成熟した大人の女だった。二人は目の前の余りにも魅力的な女がターゲットの情報と食い違っていることを一瞬忘れ、そして、その一瞬が彼らの意識を刈り取った。


「はい、無料視聴はここまでですっと」

「あっ」

「かっ」


 完全に油断した男二人の首筋に全く同時に無針注射を叩き込んだテウメッサの前で、二人は同時に倒れ込んだ。叩き込まれた薬品はクアッド謹製の意識を混濁させる薬で、意識を失う前の記憶が思い出せなくなる代物だ。


 男達が倒れると同時にぱっちり目を覚ましたベッドの上の女性――ミケは、むくりと起き上がると窮屈な服を脱ぎ捨てる。


「やー、患者服って結構ゆったりした服だからイケルかなって思ったけどやっぱユアちゃんサイズだと胸回りが……」

「だったら無理にユアちゃんと服の取り替えっこなんてしなきゃ良かっただろ? キミがユアちゃんに服を渡して患者であることを誤魔化すのはいいけど、逆は別に必要なかったと思うけどなぁ」

「そこはホラ、演技派ミケちゃんなので!」


 きゃぴっと可愛さをアピールするミケにテウメッサは「はいはい」と雑に対応した。


 兵士二人と廊下ですれ違った小柄な男女の看護師――オウルとユアは上手くあのまま抜け出せたのだろうか。かなり急いだがまさか鉢合わせるとはオウルも予想外だったに違いない。兵士達がユアの特徴を詳しく頭に叩き込んでいなかったことが幸いした。


「にしても、こいつらどこで拘束しようかな……」

「ユアちゃんは助け出せたけど、別問題発生だにゃー」


 兵士が二人戻ってこない状況は遠からず【クィルサ】に気付かれる筈だ。

 監視カメラ等は彼ら自身が誤魔化している影響でまだ病室での出来事を気取られてはいないが、長く誤魔化すことが出来ない。


 ここに来て、クアッドのユア護衛計画は抜本的な方針転換を迫られることとなった。

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