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アサシンズ・クアッド~合衆国最凶暗殺者集団、知らない女の子を傷つける『敵』の暗殺を命ぜられて困惑する~  作者: 空戦型
5章 アサシンズ・クアッドの投薬

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66話 ライバル暗殺

 薬とは、本質的には毒である。


 本来肉体に起きない筈の変化を引き起こす以上、リスクを減らすことは出来てもゼロにすることは出来ない。無論、臨床試験段階に至るまでに動物実験は繰り返されているので致命的な副作用が残っていることは稀だが、クアッドとしては自分たち以外の仕事を信用しきることはできない。

 後になって気を抜いてミスしていました、などとと言われても困る。


 まして、モルタリスカンパニーという会社はラージストⅤの一角であり、一般市民を消すといった行為は他のラージストⅤ以上に簡単にやる。

 何故なら新薬開発のデータ取りには人体実験が最も手っ取り早く、そしてジルベスには突然消えても世間が誰も気にしない底辺の存在が一定数存在するからだ。


 ユアは、残念ながら誰も気にしない側に近い。

 だからクアッドはこの病院をあまり信用していない。

 薬の副作用は回避できても、他の要因への対策は怠れない。


(副作用のデータは……まぁ、あるよな。どれも軽度の体調不良だ。だが……普通の臨床試験なら中止にしているものでも軽度の場合は問題なしとして積極的に続行しているな)


 臨床試験は必ずしもお金に釣られた者が来るとは限らず、人類の発展の為にと金に困っていないのに自らの身を差し出す殊勝な人間もいる。そうした人間は体調不良が出た時点で投薬を中止されている。

 逆に続行された者の顔ぶれを見てみると、やはり貧困層と移民が多い。


 また、リストの所々に不自然なブランクがあるが、これは様々な要因で排除された人員のようだ。


(モルタリスで治療を受けると脳に洗脳チップを埋め込まれると主張したファクトウィスパー信奉者、臨床試験の契約に違反した唯のバカ、産業スパイの疑いが高まった者……病院内で行方をくらました者、ねぇ)


 これほど高度に管理された病院で誰にも見つからずに行方を眩ますことが出来るのは、オウルのように特殊な訓練を受けた上で事前に潜入準備を整えていた者くらいだろう。それくらいにはアゲラタ病院には隙が少ない。


 リストから排除された彼らは、存在が抹消されたかのように退院した履歴すら存在していない。

 果たして、彼らは地下の秘密施設にでも監禁されていたりして――。


『オウル、お待たせ』


 不意に入った通信に、オウルはため息をつく。

 それは呆れというよりは、漸く待ち望んだものが来たことに対する安堵に近かった。


『遅いぞサーペント。お前ともあろう者が随分手子摺ったな』

『勘弁してくれ。幾ら処理能力で勝っているとはいえ、ハッキングもクラッキングも万能じゃないんだから』


 ずっと情報収集に徹していたサーペントからの漸くの報告。

 その内容は、オウルの大方の予想と合致していた。


『パルジャノ連合の同盟国、ラキスランドでシュトロイエンザE2型の特効薬の開発が臨床試験段階に入っている。それもジルベスより早い段階でね』

『そんなことだろうと思ったよ』


 ラキスランドといえば北方の医療先進国で、一部では質のラキスランド、量のジルベスと言われるほど医療業界で存在感を放っている。


 国土はそれほど大きくはないが、パルジャノとしてはラキスランドとジルベスが組むと医療関連で完全に技術的に敗北するために重宝されており、十年前の戦争で派兵をのらりくらりと躱して賠償金の支払いにも協力していないのに未だに影響力を保っている曲者だ。


 そのような我が儘を通せる理由こそが、医療関連の強さにある。


『最近になって漸くその情報を掴んだ政府とモルタリスはさぞ大慌てしただろうね。あっちはのうのうと臨床試験を続けて既にジルベス以上に必要データを揃えている。そりゃ偽薬を放り出して真薬オンリーの臨床試験だってするさ』

『そうは言うが、臨床試験に動員できる人数で言えばジルベスが圧倒的に有利な筈だ。こんな極端なことをせずとも巻き返しを図れそうなものだがな』

『そこはそれ、やっぱり一番最初に出したところがボロ儲けだから確実に勝ちたいんでしょ?』

『商売人の考え方だな……ことのついでに臨床実験でルール破りもして薬の完成度も高めているって訳か』

『あー、やっぱりしてたんだ』

『まぁモルタリスだし』


 臨床試験も言い方を変えれば人体実験と言えなくもないが、権力で人権を剥奪された存在はどんなに惨たらしい実験をしても責任を問われない。問われない。人間は自分が責任を問われないと気付くと簡単にたがが外れる。


 事実、医療技術は倫理がないほうが発展する。過去の先人達も現代の倫理観では実現出来ない方法で医療を発展させてきた。モルタリスカンパニーはそのことをよく理解していた。


『ところでオウル。アゲラタ病院は今現在ジルベス国内での臨床試験人数が最大なんだ』

『へぇ』

『近隣の病院で行なわれる臨床試験データもアゲラタ病院に一度送られてから処理され、そこから更にモルタリスに送られる。とても重要な中継地点でもある』

『アゲラタのコンピューターが周囲で一番優秀だから?』

『そうだね。だからさ……もしもアゲラタ病院の臨床試験が全面中止になったら、ラキスランド的には美味しいよね』


 その一言に、オウルの端末を調べる手が止まる。

 サーペントはこんな時に下らないたらればを挟む男ではない。

 オウルは嫌な予感がした。


『……詳しく聞かせろ』

『ジルベス合衆国に入るより以前に入念に身分を詐称した人間は、ジルベス側のふるいにかかりづらい。アゲラタ病院はそうした人間も『価値が低いから』って自ら被験者として迎え入れちゃってるって話』

『ミケと同じ手を……内通者を使って賊が入り込んでいる?』

『可能性は高い。急いで調べるんだ、オウル』


 サーペントはオウルにこう言っているのだ。

 リストから消えていた彼らは、モルタリス側が消したのではなく()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。




 ◇ ◆




 病院の一角――やけにロックが厳重なその部屋に集合する人々がいた。

 多くは患者服を着ているが、一部は看護師や医師の格好をしている。

 彼の名札には、イグナーツ・ロヨンと印刷されている。

 そして患者の中で一際体格のいい厳めしい男が代表としてイグナーツに招かれる。


「こちらを」


 イグナーツと看護師が厳重なロックを解除すると、中には病院の暴徒鎮圧用特殊パワードスーツが保管されていた。


「警備用スーツの【スケルトン】です」


 屋内での戦闘を想定して極限まで小型、軽量化されたタイプで耐久力や馬力は軍用に劣るが、小回りが利く上に施設の警備システムとリンクしているため病院内での戦闘では有利になるようモルタリスカンパニーの手で改造が施されている。


 あくまで病院の防衛用なので武装は敵の鎮圧を目的とした非破壊タイプばかりだが、彼らは軍や警察と銃撃戦を繰り広げたい訳ではない。むしろその逆で、あまり建物を破壊すると目的が達成できなくなる可能性がある。


「計二〇機。研究棟にはもっとありますが、計画通りに進めば問題ありますまい」

「協力に感謝する、ジルベスの裏切り者諸君」

「はは、手厳しいなぁパルジャノの人は。我々は祖国を裏切っている訳じゃないですよ」


 男の棘がある物言いにイグナーツは動じずへらへら笑うが、その瞳だけは一切の迷いも恐れもない。射貫くような眼光に患者の男は思わず口をつぐんだ。


「――モルタリスは、ジルベスは医療業界にまで力を持ちすぎなんですよ。連中は足るを知るという言葉を知らない。このままでは国際基準までモルタリス準拠になってしまう。だから、誰かがそうそう上手い話はないと教えてあげなければならんのです」

「まさに持つ者から持たざる者への驕りだな。まぁいい……」


 患者の男は理解できないものを見るように不快そうな視線をイグナーツに送ったが、やがて鼻を鳴らすと他の患者たちに目配せする。彼らは一斉に【スケルトン】のチェックと調整、そして仮設拠点の立ち上げを始めた。

 彼らが必要としていた機材は全て病院内の協力者が予め用意してくれていた。


「我々――非政府組織(N G O)【イブネス・メディスン】はより適正な世界への薬の分配のためにモルタリスカンパニーの独占を崩したいだけです。あの企業は人の痛みを少しは思い知るべきなんですよ」

「そこには同意しておこう。パルジャノ連合政府直轄特殊潜入部隊【クルィサ】は予定通り、アゲラタ病院に集積された新薬【エンネス】の臨床試験データを丸ごと頂いてゆく。データがあればどんな薬の調合であったか逆算するのはAIを使えば難しいことではない」

「ええ、ええ。人類初のシュトロイエンザE2型の特効薬開発の栄誉はどうぞ彼の国へ。我が国の薬も遅からず完成しますが、選択肢は一つよりは二つの方がいい。患者がより安い方を選べますから」


 アゲラタ病院の財布をモルタリスカンパニーが握っているからといって、医者の人心までもを全て掌握している訳ではない。如何に高度なセキュリティを築いたとしても、人間であれば簡単に穴を開けることができる。


 彼らはこの日のために国境を隔てて綿密な計画を建てていた。

 高度な電子化やAI化を敢えて推進した上で最大限に利用し、モルタリスカンパニーに悟られず、彼らはあと二日でジルベス合衆国からまんまと今世紀最大の利益を生み出すかもしれない薬を掠め取る。


 彼らにとって予想外なのは、唯一つ。


「うう、やっぱ眠いぃ……なんであとたった十七問の問題がこんなに遠いのぉ……?」


 ――宿題と睡魔の二大タッグを相手に苦戦を強いられる病室の少女が、決して騒ぎに巻き込んではならない存在であるということ、それのみだ。

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