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アサシンズ・クアッド~合衆国最凶暗殺者集団、知らない女の子を傷つける『敵』の暗殺を命ぜられて困惑する~  作者: 空戦型
5章 アサシンズ・クアッドの投薬

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63話 ワンダフルな暗殺

 外も立派だったアゲラタ病院だったが、中の外来受付はユアの思い描く病院と同じものとは思えないほど洗練されていた。

 嫌味ではない程度に綺麗で、売店や自販機のある休憩所もあり、病院独特の圧迫感や閉塞感は感じられない。同じく臨床試験に参加するらしき人々の列に加わりながらユアは周囲を観察する。


 ポスターの類ひとつを取ってもディスプレイポスターと呼ばれる最新の超軽量柔軟ディスプレイが映像投影する形になっている。もはやテレビモニターはなく、ディスプレイポスターは他にCM、テレビ番組、ネット番組、果ては病院内の混雑率や施設で使用される電気の内の再生可能エネルギーの割合までも表示している。


 ディスプレイポスターはシステムで表示内容を即座に変更できる利点があるが、購入と設置には設備投資もある程度は必要で、コストを考えれば紙の方が手間はかかるが安価だ。

 なのにアゲラタ病院がディスプレイポスターを惜しげも無くあちこちに設置しているのを見るに、やはり大企業は金をかけるところが違うということだろう。


(受付は完全無人だ。えっと、ここにPDCを置いて認証っと)


 事前予約のある人はPDCを通すだけで手続きを終わらせられるというのは今時どこの病院でも同じだが、アゲラタ病院はそれに加えて希望者には案内ロボットが荷物持ちを兼ねてやってきてくれるという。


 ユアは好奇心にかられて案内ロボットに案内を頼んでみたが、それほど待たずに配膳ロボットに似たドラム状のロボットがやってきた。高さはそれほどないが幅は配膳ロボットよりはやや太めだ。デザインは親しみやすさ狙いか犬を連想させ、平面モニタの顔に目鼻や口のマークが出ている様が少しコミカルに映った。


『ワンダホくんですワン! 荷物はおまかせくださいワン!』

「あ、そういう喋り方なんだ」

『もしお気に召さなかったら大人しい喋り方もできますワン!』

「音声認識も結構しっかりしてるんだぁ」


 これは子供なんかは喜びそうだなとユアは思った。

 スマホで見られる病院案内の説明によると、このロボット【ワンダホくん】は広い建物であるアゲラタ病院の管理に欠かせない多機能ロボットらしい。


『お医者さんほど上手じゃないけど、歩きながら問診だって出来ちゃいますワン! 問診の内容はお医者さんにきちんと伝えますワン! ちなみに足腰の悪い患者さんは乗せて運べますワン!』


 昨今のジルベスではAIによる問診はそれほど珍しいものではないが、普通は専用サイトか病院に設置された端末で行なうもので、音声認識は珍しい。

 興味が湧いて乗せて欲しいと頼むと、ゆっくりと変形して中から座席が現れた。脚にあたる部分は四つの車輪がせり出してより安定感を増している。荷物もしっかり乗せたままだ。

 背もたれもあり、座ってみると家の勉強椅子より座り心地が良い。


『なるべく患者さんの負担にならないよう計算された椅子だワン! 揺らさないようそろっと、でも歩くより早く移動できるけど、止まりたい時は声をかけてほしいんだワン!』

「何でも出来るんだ。働き者さんだね」

『褒められると照れちゃうワン……』


 正面とは別に座った位置から見えるモニタもあり、モニタ内のワンダホくんの顔が照れた絵に変わった。システム上必要ない筈だが、これも利用者を和ませる工夫なのだろう。何でも出来るはあながちお世辞でもなさそうだ。


 ワンダホくんの導入でアゲラタ病院はかなり効率化が進み、海外の医療が逼迫した国にも廉価になるようダウングレードしたものが多く輸出されていると説明にある。


(こんな見た目でも世界の医療に貢献していると思うと侮り難し、ワンダホくん……!!)


 案内されるままに移動すると、ホール型のエントランス空間に出た。


『ここが問診室前だワン! ここからはコレを手につけて行動してくださいワン!』


 ワンダホくんのモニタの下あたりが開いて、中からスマートウォッチのようなものが出てくる。腕に嵌めると自動でベルトがフィットし、人工音声がユアに挨拶した。


『病院内専用端末のハーツです。この装置は患者さんの案内の補助、患者さんの心拍数等のメンタルヘルスの計測と異常発生時の緊急連絡を自動で行ないます。モニタが小さくて画面を確認しづらい場合はホロモニタモードがあります。その他ご質問、ご要望があれば音声でお知らせ下さい。なお、ハーツの取り外しには医師ないし看護師への事前申請が必要です』

『ハーツくんは僕たちワンダホくんほどお喋りが得意じゃないから、あんまりいじめないで欲しいワン。ハーツくん、分からないことがあったら病院の人やワンダホくんを呼んでね!』

「はへー、そこまでやってくれるんだ! 大病院ってすごい……」


 もしもユアの体調が悪くなったら、医者を呼ばなくともハーツが勝手に医者に通知して対応してくれるらしい。ベルトも肌に優しい素材で締め付けすぎず絶妙にフィットしており、うっかり無くすこともなさそうだ。


 ただ、それは同時にユアの身体は常に病院に監視されているということでもあると考えると少し居心地が悪い。成程、こういった感覚も臨床試験のバイト代が高いことと関係しているのかも知れない。


(少なくともオウルはこういうの絶対嫌だろうなぁ……)


 誰が病院に健康情報などくれてやるか、生体情報を勝手に抜かれるに違いない――などと言いそうなオウルの事を思い浮かべ、ユアは少し笑ってしまった。


 こうしてユアは本格的な臨床試験の説明を大人しく座って待つことにした。ハーツによると、待ち時間は精々一、二分。こんな情報まで伝えてくれるとは、人の医療の未来は明るい。


(……いや、でも地元の町病院はこんなの導入するそぶり全然ないよね。もしかしてこういう技術が発展していくのは大都市やお金持ち病院だけ?)


 自由な社会は格差を認める社会でもある。

 資金力がなければ当然最新の機器も導入は見送られる。

 田舎は何年経っても田舎のままかも知れないと思うと、ユアはどうして人が大都市に行きたがるのか分かった気がした。




 ◆ ◇




 同刻、テウメッサ及びミケとは別ルートで病院に真っ当に――真っ当という表現は些か違和感があるが――侵入したオウルは、周囲の目につかない物置にいた。


 侵入の際に見回りのワンダホくんに見つかった彼は即座に無人機【レイヴン】を取り付かせ、ユニットの処理能力に物を言わせて強引に簒奪ユーサーブした。

 破壊しては勘付かれる可能性があるからだ。

 しかし、システムハックの結果にオウルは意表を突かれていた


「侮り難しワンダホくん。間抜けな名前しといてなんて奴だ……」


 奇しくもユアと似た感想を口にするが、理由はまったく違う。


「対人赤外線センサに、これは火器管制システム(F C S)? テーザーガン二丁は標準装備だが実弾銃器に持ち替え可能。暴徒鎮圧用の閃光弾と催涙弾は弾頭を替えればグレネード弾も発射可能……おまけに胴体の中に防弾仕様の鉄板まで。対人戦想定の立派な無人戦闘ドローンじゃねーか」


 ワンダホくん下部から変形して飛び出す武装に呆れを通り越して感心する。


 オウルも配膳ロボやドローンを暗殺の道具に使ったことは多々あるが、ワンダホくんのような異常な高性能機を見るのは初めてだ。恐らくはモルタリスカンパニー独自の開発なのだろう。


「患者の僅かな体調の変化も感知するシステムを拡大してそのまま索敵機能に流用。患者を乗せたまま移動可能なバランサーも砲撃時の衝撃吸収や被弾時のボディコントロールに使える。会話や問診が可能な高度な情報処理システムと衝突回避プログラムを少し弄るだけで侵入者排除の為のプログラムに早変わり……おまけに常に他のワンダホくんとリンクして情報のやりとりをしてやがる。一体に侵入がバレると病院内の全てのワンダホくんが大挙して押し寄せてくる訳か……」


 オウルの脳内で廊下を埋め尽くす大量のワンダホくんが『侵入者は銃殺だワン!』『無駄な抵抗はやめて速やかに死ねワン!』『心拍数の上昇を検知! 怖いワン? でも侵入者の君が悪いワン!』等と言いながら赤い目で銃をぶっ放してくる光景が浮かぶ。


 もしそんな殺され方をする人間がいるとしたら、なんか色々と不憫である。


「……まぁ、ここでデータを得られたのは結果的に僥倖だったか。リンクしている分、他のワンダホくんのデータも手に入るしな」


 如何に高性能なワンダホくんとはいえユニットと電子戦を行なうような性能はない。これでオウルは格段に動きやすくなった。


 テウメッサとミケは堂々と侵入したのはいいが、表向き医療関係者として手伝いを行なう必要があるので行動には一定の制限がかかる。そんなときこそオウルの出番となるわけだ。


 と、通信が入る。


『こちらテウメッサ。あと一時間で研究棟から入院棟へ新薬の運搬があるらしい。薬の入れ替えはこっちで何とかするから、君はそれまでに病院の端末からシステムに侵入して偽薬投与者のリストの書き換えをやっておいて欲しい』

『こちらミケ! リストの書き換えに丁度いい部屋をいくつかピックアップしてーデータを送ったよ~』

『了解。一時間もあると時間を持て余しそうだな』


 殺し屋をやっていればもっと制限時間の厳しい仕事など幾らでもある。それに比べればリストの書き換えなど大しことはない。

 三人が気にしているのはそれとは全く別の事だ。


『ユアが関わる案件だ。スプリンクラーに毒ガスが混ぜられている程度のことは想定して動けよ』

『そうだね。病院内でゾンビ的なナニカが徘徊を始めるかもしれないくらいは覚悟しておくよ』

『ワンダホくんたちが一斉にニンゲンに反旗を翻したら流石に難しい状況になっちゃうね~……』


 大真面目にトンチキな心配をする殺し屋達。

 勿論彼らとしては無事に終わって「なんだユア案件でもたまには平和に終わるんだな」と安心したいのはやまやまなのだが、今回サーペントが新薬を巡る情報収集に苦戦しているのが三人の危機感をアッパー気味に引き上げていた。


 少なくともオウルはこれからユアが退院して家に帰るまでの二泊三日、一睡もする気がない。

 恐らくユアがそれを知ったら「信用なさ過ぎるよ! ひどいよ!」と怒るが、それくらい彼らは真剣に不幸を招くユアの目に見えぬ力を恐れているのであった。

ちなみにワンダホくんの正式導入が決定した際には多くの看護師の間で「職を奪われるのでは」という懸念から導入撤回を求める反対運動が起きましたが、現実には雑務が減ることでこれまで時間と手間の関係で質を落とさざるを得なかった仕事の質を上げることが出来た……と、モルタリスカンパニー側は発表しています。

実際にはアゲラタ病院のように大量のワンダホくんが導入されている病院はごく一部で、多くの病院が所持していないか少数配備に留まっています。ワンダホくんは本体のお値段もそうですが、結構維持費がかかるのです。

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