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アサシンズ・クアッド~合衆国最凶暗殺者集団、知らない女の子を傷つける『敵』の暗殺を命ぜられて困惑する~  作者: 空戦型
4章 アサシンズ・クアッドの捜索

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59話 後悔する暗殺

 所属不明のユニットから突きつけられた要求を、アルシェラは暫く言語的に理解出来ても何故そのような発言が出たのか理解しきれなかった。


『メイヴプロジェクトの内容を、善良な民間人に死傷者が出ないものに変更しろ』


 最初に浮かんだ疑問は、このユニットの搭乗者は今までの話を聞いていなかったのだろうか、だった。


 たった今、メイヴプロジェクトの意義と内容、そして成果について十分すぎるほど説明をした筈だ。経済的で、効率的で、、現在進行形で多くの民に恩恵を齎している。

 それを、替えろ?


「何故そんなことをする必要がある」


 純粋な疑問が口を突いて出る。

 ユニットは微動だにせず返答する。


『俺たちは守っている。そのためだ』

「な……何を?」

『お前が知る必要は無い。要求を呑むのか、呑まないのか?』

「……ふざけているのか、貴様達は」


 アルシェラは憤った。

 秘匿レベルSの国家プロジェクトを、理由も言わずに変更しろと言う。こんな馬鹿馬鹿しい話、ユニットを質に取られていなければ一笑に付すものだ。

 もしや、これは駆け引きなのだろうか。

 普通に考えてこんな脈絡もない話を同意させようとすることはおかしい。ジルベスの味方であるユニットを所持する者がそれを弁えていない筈がない。


「理由もなくいきなり国家プロジェクトの内容を変更しろというのか? しかも現状メイヴプロジェクトは極めて上手くいっている。それを阻害してまで一体何の利権を守ると言うのだ?」


 アルシェラの考え得る限り、メイヴプロジェクトで大きな被害や阻害を受ける組織など思いつかない。あるとしたら、時代錯誤なジェンダー差別や若者の活躍が気に入らない腐った老人たちのやっかみだ。


 だとすれば、あまりにもこれほどの襲撃事件を起こした理由として稚拙極まる。彼らの真意はそんな所にはない筈だ。


「理由を言え。守りたいものがあるなら守りようというものがある。プロジェクトへの干渉を可能な限り減らし、助力しよう」

『お前が知る必要は無い。要求を呑むのか、呑まないのか?』


 先ほどと一言一句同じ返答に、アルシェラは弄ばれている気分になってふつふつとした怒りがこみ上げる。


「だから、何を守っているのか知らないことにはこちらも動きようがないと言っている!」

『勘違いしているようだが、取引の余地など我々の間には存在しない。要求を呑むかユニットを失うか、道は二つしかない』

「そんな稚拙な要求に何の意味がある!」


 子供の言葉遊びにでも付き合わされているかのような、噛み合わない会話。見かねたのか隣で様子を見ていたもう一機のユニットが口を挟む。


『意味はあるんじゃない? 謂われなき民間人の死が減るし』

「貴様等は本当に何を言っているんだ?」

『そんなにおかしなこと言ってないと思うけどなぁ。そっちの彼が最初に前置きしたじゃない。誰だって理解出来るし実行出来る、ってさ』

「確かに言語的な意味は理解出来るし実行も出来るが、それに何の意味がある!? 無駄な手間が増えるだけではないか!」

『はぁ……んじゃ、ヒントあげる』


 如何にも呆れたとばかりに肩をすくめる動作をするユニットが人差指をたてた。


『問題です。ユニットはジルベス合衆国の子供達には何だと思われているでしょう?』

「それは――」


 国家の最重要戦略兵器、と言いかけて、これは政治家的な考えだとすんでの所で気付く。世間ではせいぜい見たこともない凄いパワードスーツか、スーパーヒーロー程度にしか思われていないだろう。

 ユニットの異常性と価値に気付かないようジルベス合衆国がそう仕向けたプロパガンダに踊らされ、無邪気にも。

 そう、子供達はジルベスにそう思って欲しくてそう思っている。


「ヒーロー……」

『正解。第二問。ヒーローの仕事は?』

「悪を挫き、弱きを救う……」

『正解。ヒントはもう十分のようだね』


 唖然とした。

 ますます意味が分からなくなった。

 国家が管理するユニットがそのような考え方をするのはあり得ない。

 しかし、示された道の先に答えは一つしかない。


「お前達は民間人を助けるために、国家の重要施設を襲撃して大臣を脅迫しているのか……?」

『結果だけ見ればそうだね』

『お喋りが過ぎるぞ』

「どこまで――どこまで狂っているんだお前達はッ!!」


 自分が馬鹿だったとアルシェラは後悔した。

 このユニットの操縦者か、或いはその命令者には現実が見えていない。知性も理性も先見性も経済性も国家戦略も何一つ見えていない。


「善意!! 善意だと!? そんな犬の糞より無価値なもので国家戦略を阻害するのか、ええ!? 冗談ではない、こんな悪ふざけに付き合っていられるか!!」

『では交渉決裂ということでいいな?』


 ユニットが再び【ヴァーダイン】の切っ先を意識の戻らないボウイの【キャバリアー】の頭頂部に宛がうと、その先端から削り斬ってゆく。アルシェラは恥も外面も投げ捨てて叫ぶ。


「待て!!」

『待たない』

「要求を呑む!! 民間人に害を与えない方法でメイヴプロジェクトを再編成する! だから早まるな!!」


 自分の個人的なヒステリーでユニットとボウイを失うことは出来ない。メイヴプロジェクトを止めることも許されないが、ユニットの損失はもっと許されない。自分が責任をとって首を切って済む話ではなくなってしまう。


『二言はないな?』

「ない。だから……」


 ユニットは、素直に刃を引いた。

 【キャバリアー】は表面装甲を削られるだけで済む。

 アルシェラは項垂れ、歯がみする。

 最初から狂人相手に交渉の余地などなかった。


 ユニットはアルシェラとマゴッツの拘束を解き、大型量子コンピューター【プランク】に入力された優先命令を書き換えさせる。


『人を殺すのはいけません。悪い事をしていない人は報われます。どちらも国が当たり前に国民に言ってることだ。自分たちも守れば良い。な、難しいことじゃないだろ?』

「……ッ」


 メイヴプロジェクトが人の死を看過出来ないものになる。

 変更のために必要な認証は、ユニット側の合意を必要なものにした。

 これによってプロジェクトはより実行が困難で、時間がかかり、効率が悪く、成果も少ないものになるだろう。根本的に拘る組織と人員を考え直さなければいけないくなる。


 軍、モルタリス・カンパニー、統制委員会の三組織が被害を被る。

 これは国家が被害を被るのと殆ど同意義のことだ。

 未来に得られる筈だった膨大な利益が、自らの手で失われてゆく。


 この選択によって得られない、ないし間に合わなくなった何かによって大きく国益を損なう日が来るかも知れない。たかだか数十名の些細な犠牲コストの支払いをやめたが為に、来るべきその時に多大で無駄な犠牲を支払うことになるかもしれない。


 全ての入力を終えたあと、アルシェラは膝から崩れ落ちると呻く。


「……これの何が正義だ。なにがヒーローだ」

『終わったな。ああ、言っておくが計画を元の軌道に戻そうとしたり新たに建てた計画で同じことをすれば俺たちはまた来るぞ。茶菓子とコーヒーでお出迎えしろ』

「お前達は、自分たちがどれほど狂っているのか分かってない!!」


 アルシェラはみっともなく喚いた。

 それが今更負け犬の遠吠えにしかならないと知りながら、衝動を抑えきれずに叫ばずにはいられなかった。


「ヒーローなんぞ、死んでも大して困らない連中を助けて自己満足に浸っているだけの存在だ!! 助けるということは、他の誰かを助けないということだ!! 究極の不平等だ!! 目先の利益を追求する野良犬だ!!」


 政治の世界は違う。

 常に未来を、常に二手三手先を、何年も後の未来を見据える。

 その月その日の賃金やPDCの口座残高に一喜一憂する連中とは根本的に何もかもが異なる、巨大な船の舵取りだ。

 それが如何に困難で高度な判断を求められるのか。

 大局を見ず人だけ見て助けるヒーローがどれだけ迷惑か。


「貴様等が助けた国民は、誰のおかげで法の治める民主主義国家でのうのうと暮らして職にありつけているかなど考えない!! 優れた社会システムと政府の賢明な判断によってそれが維持されていることなど思いもしない!! 毎日毎日ネットの世界に糞尿のように垂れ流される莫大な情報の塵をクリーンにするのにどれほどの労力がかかっているかなど知りもしない!! ただ、口を開けて餌を待つ鳥頭のひな鳥共だ!!」


 民主主義など本当は馬鹿馬鹿しい。

 馬鹿な国民だらけになれば民主主義など足を引っ張るだけだ。

 だから国民が馬鹿になりすぎないよう国家は国民を教育する。

 それでも、国民は自分が乗るジルベスという船の行き先など真面目に考えない。町で見かけたポスターの枚数が多い方に選挙で投票するような自立した意識を持たない連中の為に、アルシェラは常に厳しい判断を迫られ、下してした。


「全ては正しく統制されなければならないのだ!! 思想や宗教、フェイクにいとも容易く踊らされて簡単に暴徒と化す馬鹿な国民たちを高度に維持するのに、必要な犠牲があるのだ!! それを貴様等は……貴様等はぁーーーーーーッッ!!!」


 アルシェラは、取捨選択してきた。

 命が取り返しの付かない尊いものだなんて道徳は知っている。

 だが、国家という巨大な組織の運営において道徳が如何に非効率的で足を引っ張るのか、アルシェラは今の地位に辿り着くまでに散々見てきた。


 善意などというものを捨てられないが為に能力を発揮出来ず、結果を出せず、応援していた筈の民衆に罵られて去って行った者の背中を、何人でも見てきた。


 国家を救うのに命を尊いと思ってはいけない。

 命は数だ。一定のレベルでコントロール可能な数でしかない。

 国家のためなら、切り捨てる選択が当然なのだ。

 なのに――。


「貴様等は断じて正義などではない!! 目先の欲と自分の心に言い訳がしたいが為に、どこまでも愚かなことを!! 後悔する日が来るぞ……必ずいつかその偽善が招く結果に後悔する日が来るぞぉぉぉぉぉーーーーーッ!!!」


 失ったことがある者にしか出せないその慟哭は、彼女を無視して帰還していく二機のユニットには聞こえていた。


 しかし、彼らの心に響くことはなかった。


『何言ってんだあいつ? 殺し屋が未来のことなんて考えるかよ』

『やっこさんにはクアッドだって名乗ってないもんね。政府筋だと思ってるんじゃない?』


 これは、たった一人の少女を守るために少女の意思を無視して行なわれた殺し屋による蛮行である。

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