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アサシンズ・クアッド~合衆国最凶暗殺者集団、知らない女の子を傷つける『敵』の暗殺を命ぜられて困惑する~  作者: 空戦型
4章 アサシンズ・クアッドの捜索

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57話 価値のある暗殺

 統制委員会は地下に巨大な統制システムを管理するサーバーと世界一の処理能力を誇る大型量子コンピューター【プランク】が存在する。


 それまで秒間計算回数を垓――十の二〇乗の単位に届くかどうかで争っていたコンピューターの技術力を易々と突破して世界一を不動のものにした【プランク】とそれを維持する地下施設こそが統制委員会の本体とも言える。


 その【プランク】の前で、二人の人間が手足を拘束されて高そうなワークチェアに座らされていた。

 二人の前で高出力プラズマ溶断兵装【ハルパー】を弄ぶテウメッサのユニット【ワイルド・ジョーカー】の顔がこちらを向いた。


『お疲れ、オウル。ちょっと損傷してるじゃないの』

『おかげで貴重なデータが採れたし、結果はこの通りだ』


 オウルの操る【ナイト・ガーディアン】が肩に担いでいた【キャバリアー】を床に転がす。ユニットの装甲と同じ材質で出来た拘束具は、仮にパイロットの目が覚めても即座に自由にはなれないだろう。


 無敵の筈の騎士の無惨な姿に拘束された二人のうち男の方は青ざめる。

 世界最強のユニットの刃がまさか自分に向けられるとは予想していなかったのだろう。そして倒された【キャバリアー】を運んできた【ナイト・ガーディアン】と【ワイルド・ジョーカー】が同系列の外見をしていることから、ユニット二機に襲撃されていたという絶望的な事実を噛み締めている顔をしていた。


 オウルはユニットのカメラ越しに二人を見比べ、片方に見覚えがあることに気付いてマイクをオンにする。


『これはこれは、ジルベス内閣府のアルシェラ・ドミナス情報大臣直々の視察中であらせられたか』

「要件をお聞きしたいわね。出来れば今後の予定が狂わない程度に手短に」


 絶望的な状況下にあって気丈な態度を崩さないアルシェラ大臣はジルベス内閣府の女傑とも呼ばれる政治家で、御年四十二歳と政治家の中では比較的若い方だ。

 この強気な態度と明晰な頭脳、そしてジルベスの高度な情報網を維持し、非常時に対応出来る能力の高さから現政権ではずっと重宝されている人材だ。


『この状況にあって命乞いの一つも無いとは、噂通り肝の据わった御仁のようだ』

「褒め言葉だと思っておくわ。で?」


 あくまで平坦な表情を崩さないのは、どこぞのラージストⅤの現社長との覚悟の違いを見せつけているが、長ったらしい会話をしにきた訳でもないオウルとしては有り難い。


『単刀直入に言おう。連続猟奇殺人犯メイヴとは、誰の企みで行なわれるどのような存在なのか言え』

「断るわ」

『そうか』


 オウルは食事の際にフォークを手にするような自然な動きで、アルシェラ大臣の右手の小指をへし折った。

 アルシェラ大臣が息につまり、脂汗を浮かべて震える。

 しかし、彼女はこの程度の暴力で動揺するほど生ぬるい意思の持ち主ではなかった。


「これは、ジルベスにおける秘匿レベルSの、情報です。同じ内閣府の大臣たちにも知らせることを禁じられている情報を、ジルベス側とはいえ誰が身分も不確かな者に教えますか?」

『秘匿レベルSね。その扱いであれば、大統領とあんたはご存じという訳だ』


 オウルはアルシェラ大臣の薬指をゆっくりと、ゆっくりと、筋繊維がミシミシと悲鳴を上げるのが聞こえるほどに時間をかけて逆方向に折り曲げた。パキッ、と小気味のよい音が響き、アルシェラ大臣の化粧が汗で溶けていく。

 腐っても内閣府の大臣と称賛すべきか、並の政治家程度ならとっくに半べそをかいているのに彼女は自分の役割を正確に把握した上で決して口を割ろうとしない。オウルはテウメッサに秘匿通信を送る。


『自白剤は試したんだろうな?』

『効いてない。恐らくナノマシンに分解されてるんだ。市販されてるものじゃないとびきりの高性能品だからすぐに抜くのは不可能だ』

『だと思ったよ。この国も馬鹿じゃない』


 恐らく痛みも少しは抑制されていると思われる。

 代わりに再生能力はないようなので、残念な事に指を折る回数が有限だ。

 オウルの様子がしばしの黙考に見えたアルシェラ大臣はこの状況で薄ら笑いを浮かべて見せる。


「どこの派閥の誰の差し金かは興味がありませんが、用事はそれだけかしら? 誰の指示であれ、統制委員会に侵入して現大臣と護衛のユニットに危害を加えたとあらば国に対する重大な背信行為です。どのような特権があろうが誤魔化すことは出来ません。が、私も忙しい身です。大人しく帰るのであれば加減はしましょう」


 この状況で逆に詰めてくるとは大した政治家だ。

 彼女はおそらくこう考えている。

 世界でユニットを所持しているのはジルベス合衆国のみなので、オウルたちは合衆国内の彼女を快く思わない派閥の手の者が強引な手段で差し向けた刺客に違いない――と。

 ユニットの出動に関与出来る人間となれば候補もかなり絞られているだろう。

 今頃はこの後どうやって政敵を叩きのめしてやろうか皮算用中といった所か。


 惜しむらくは、さしもの彼女も殺し屋がユニットを四機も自由に動かせることは知らないことだ。


(情報大臣クラスもクアッド(おれら)のことを知らないのか? なんでこっちの立場の謎の方が深まるんだか……まぁ、それは今はいいか)


 必要以上に荒立てたくないのは同意だが、ここまでしておいて大人しく帰る方がよほど効率が悪い。オウルは彼女から離れると、先ほど【キャリバーン】から奪ったチェーンソーカッター【ヴァーダイン】を展開し、それを隣の科学者風の男に突きつけた。


『お前も同感か? 統制委員会技術部長、マゴッツ・プランク』

「……言えない。言ったらどのみち僕は消される」


 助かりたいという心はあるが、それでも言えないというのは本当らしい。

 切っ先に怯えたマゴッツにゆっくり刃を近づけ、喉の皮をぶつりと切る。

 このままチェーンを起動させれば彼の喉は一瞬で抉り飛ばされるのだが、彼はみっともなく失禁して震えながらも必死に自分の唇を噛んで声を漏らすまいとしている。


『ふむ。では代わりに――』

「先に忠告しておくが、コンピューターの方の【プランク】を人質に取るような愚かな真似はするなよ。ただ無駄に損害が発生して君たちも後悔することになる」

『だろうな』


 オウルは最初からこのコンピューターを破壊する気などない。

 何故ならばこれを壊さない為に戦い方を選んだのだし、もう一つここにはとびきりの人質がいるからだ。


『人質ってのは替えの効かない存在じゃないと意味が無い。大臣は代わりを用意出来る。技術部長も死んで直ちに影響はない。コンピューターも非常用に色々な手がある。この施設で最も破壊されてはならないのは――これだ』


 オウルは【ヴァーダイン】の切っ先を、何の警告もなく【キャリバーン】の胸に突き刺した。

 アルシェラ大臣が初めて感情を露に前のめりになる。


「まっ――馬鹿な真似はやめろ!!」


 焦りを隠せないアルシェラ大臣の声に、オウルは大臣の賢明さに訴えて正解だったと皮肉げに笑う。


 陸軍の戦車は一台平均十億ジレア前後。

 空軍の主力戦闘機【JF-18プリベンター】は一台一五〇億ジレア。

 海軍の常温核融合炉搭載空母は軒並み建造だけで一〇〇〇億ジレアを優に超える。


 では、それら全ての兵器を超越したユニットは?


 オウルには分からない。

 が、アルシェラ大臣にも分からない。

 驚くべき事に、恐らくこの国の殆どの人間がユニットの金銭的な価値を知らない。


 ジルベスだけが保有している兵器のユニットだが、開発経緯、配備数、新型の生産の有無、それらの全てを誰も知らない。知っている人間がいるとすれば、せいぜい大統領か三元帥、或いはその上にもしかしたら存在するかもしれない『何か』程度だろう。

 

 ユニットを失うというのは、大いなる再生不能な損害の可能性がある。もしかしたら一度破壊されれば二度と再生は不可能かもしれない。アルシェラ大臣は損得をよく理解しているが、天秤に重量不明の物体を乗せられたら判断など下しようもない。


 故に、アルシェラ大臣は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


『さあ、どうする? 中のボウイに刃が到達するまであと何センチかな、いや何ミリか? どうせ他国も開発に成功してない兵器なら一機くらい減ってもジルベスの損害になりえないという考え方も出来るよな。ならこの刃、どこまで入れていいものか……』

「血迷うな。落ち着け、落ち着くんだ……同じ国を思い憂う人間ならば、一時の感情に流されてはならない」

『タダで止まってやるほど俺は親切じゃないなぁ』

「分かった!! メイヴプロジェクトの詳細を教える!! だから早まるな……たかが政争でそれほどの損失を出すことは大統領もお許しになられない」

『最初から素直になればいいものを。時間を無駄にしたな、大臣?』


 【ヴァーダイン】の切っ先を引き抜く。

 剣の切っ先は中のボウイに少し刺さってしまったのか、紅く染まっていた。

 アルシェラ大臣が血色の悪い唇を震わせる。


「く、狂っている……同じユニットを渡された人間と思えない」

『中はヘビ男かもしれないぞ?』

「もういい……メイヴプロジェクトを教える。必要な計画だと理解して貰えればその方が話が早い」


 この短期間に襲いかかった痛みと心労で、アルシェラ大臣は十歳ほど老け込んだようにげっそりした顔でオウルを睨んだ。


 彼女の言うことにも一理ある。

 ジルベス合衆国側の人間にしかユニットは託されないし、託された人間は味方であるユニットを破壊しようなどとは絶対に思わない。そもそもユニット同士の戦闘が実現する可能性自体を考えないだろう。


 ユニット同士の戦闘を躊躇いもなく行なっても活動指針と矛盾しないのは、きっとこの国で一番狂った殺し屋集団クアッド以外に存在しない。

 ただただ、相手が悪かっただけだ。

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