55話 甲斐のある暗殺
統制委員会は如何にも高級そうなオフィスを構えていた。
一応は公金を使った組織なだけあって無駄に豪奢なオブジェなどはないが、清潔感があり開放的なフロントホールは一流企業の本社さながらだ。ただし、対テロ設備はどこまでも充実しており、一見して普通のガラスも一つ一つが防弾ガラスだったり、襲撃時に防護壁となるシャッターや壁が幾つも仕組まれていたり、無人兵器も豊富だ。
如何に凄腕ハッカーのサーペントでも国の情報統制の中核には流石に付け入るのは難しく、施設側も侵入者対策は万全。更に建物には一個大隊規模の警備兵が常駐している。
周辺の土地も含めて丸ごと政府の土地であるためこっそり侵入出来るような遮蔽物はなく、ダクトや地下水道といったスパイ映画の侵入経路の定番も全て隙らしい隙が無い。
しかしオウルは当然の如く委員会本部を歩いている。
「ユニットのステルス機能相手じゃ最新鋭の設備も形無しか」
身も蓋もない話だが、ユニットという兵器は余りにも万能過ぎる。
様々なステルス機能を全開にすれば、世界最新鋭のジルベスの軍事力でさえ捉えることは困難を極める。あとはヒューマンエラーがなければどんな諜報機関より有能な仕事をしてくれる。
故に、もしも全力で隠れるユニットの存在にすぐに気付くことが出来たら、それは同じユニット以外にありえない。
「……本当はおかしな話なんだがな」
ユニットを手にした者は誰しもが抱く疑問。
ふつう、ユニットのような超高性能のハイエンド機は数々の技術革新の果てに生まれる万能機だ。そして、人が開発したものなら須く使われている技術も全て既存となったものでしかあり得ない。パワードスーツが小型化し、出力が上昇し、空を飛び、そうした段階を重ねなければいきなり万能機は出来上がらない。
ところが、ユニットだけは違う。
理論はあるが到達していない筈の域に、U.N.I.T.という兵器はある。
存在すること自体がおかしいのに、それは確かにオウルたちの力となっている。
とても、あべこべだ。
しかも、これからもっとあべこべになる。
何せ最強の矛と盾を持った人間が同士が戦おうとしてるのだから。
廊下に響くオウルの足音が、不意に止まる。
視線の先に、SP風の格好をした男がいた。
片手にルービックキューブを持った男はへらへらと笑う。
「まさか子供とはね~。おじさんちょっと予想外だなぁ。迷子なら出口まで送るけど、どう?」
「つれないこと言うなよ。国の未来を背負う前途多望な若者の社会見学だぜ? せめて代表の面くらい拝ませてくれよ、おじさん」
「いいよと言いたいところだけど、いい年こいたおじさんは社会人だからねぇ。仕事をサボる訳にもいかないのさ」
オウルはおもむろに男に向けてカレウス-11を発砲。
対し、男は避けることもせず、放たれた弾丸が虚空で弾かれた。
男はにたぁ、と笑うとルービックキューブをオウルに投げつける。
オウルは空中のルービックキューブに発砲するが、キューブが弾けて小さなキューブ型の破片がオウルを襲う。それらのキューブは一般的なルービックキューブのような安っぽいプラスチックではなく金属製で殺傷力ある速度で無数に飛来したが、それら全てがオウルの眼前で弾ける。
今の世界で生身の人間が張ることの出来る見えない壁を実現する方法は、ユニットのバリア以外にない。
この瞬間、男とオウルは互いに互いがユニットの使い手であることに確信を持つ。
「要件を聞こうか、少年。問答無用で上空から攻撃しなかったのは施設の破壊が目的ではないからだとおじさんは推測してるけど?」
「代表の返事次第だな。大人しく言うことを聞いてくれるならとても平和的に終わる」
「大人しくなかったら?」
「消す」
「誰であっても?」
「誰かはどうでもいい。消す必要がある者を消すだけだ」
端的な言葉に、男は逆に満足そうだった。
暴れる口実が出来た、しめしめ――そんな顔だった。
「ふふっ……正直さぁ。立場的には色々聞くべきなんだよね、こっちもさ。ジルベスの最高権力に分類されるユニットを所持してる相手が同じユニット所持勢力と競り合うなんて、かなり意味不明な状況だ。普通は官邸に連絡したりとか? 軍に現在稼働中のユニットの作戦内容と場所を確認したりとか? 或いは援軍でも呼ぶべきなんだろうけどさぁ……」
男はサングラスを外し、相貌を晒す。
「――貰った玩具って絶対に使いたくなるよ!! 目覚めろ正義の鎧、【キャバリアー】!!」
男の目は、犯罪者の目とも兵士の目とも殺し屋の目とも10年前の戦争に囚われた元軍人の目とも違う。ピンチの際に「こんなこともあろうかと」と秘密兵器を取り出したいがためにずっと用意していたものを本当に披露することになった瞬間のような、圧倒的なカタルシスに呑み込まれた光を放っていた。
男の全身が光る。
今まで散々見てきた、ユニットを全身に纏う光だ。
全ての光が晴れたとき、そこには未来技術で作られた騎士のような鈍色の騎兵がいた。
警察のユニットともクアッドのユニットとも違う、しかし根幹はきっと同じもの。
興奮を堪えきれない男は高らかに叫ぶ。
『戦う機会をくれてありがとう、少年! 統制委員会特殊鎮圧警備員、ヒルドルブ・ボウイ――これより鎮圧を開始する!!』
オウルもまた同時にユニットを身に纏う。
人工物然とした【キャバリアー】とは対象的な甲虫的凶悪さとスタイリッシュな造型。
漆黒のユニットは、獲物を求めてその身体を軋ませる。
『同胞殺しの時間だ、【ナイト・ガーディアン】――ユニット、アクション!!』
直後、【キャバリアー】と【ナイト・ガーディアン】の姿が消え、そして互いの位置を入れ替えるように円の軌道を描いて互いにユニット専用銃を発砲した。
オウルは使い慣れた拳銃【ブリッツ】を。
ヒルドルブは式典用の銃剣付き小銃を彷彿とさせる機銃を。
互いの銃が、統制委員会本部内で同時に火を吹いた。
対テロ用のガラスや隔壁を平然と突き破る弾丸が建物内に無数にばら撒かれ、状況を知らず避難どころか異常にさえ気付いていなかった数名の職員が、その煽りでトマトのように弾け飛んだ。二人は、その無為な犠牲を完全に無視して撃ち合う。
やっと異常に気付いた職員が悲鳴を上げ、建物の警備システムが防衛準備態勢3――これは戦争を想定したレベルの態勢だ――を発令する。
けたたましいサイレンと悲鳴、そして怒号が響く。
「なんだ!? 何が起きた!?」
「イヤァァァァァァ!! 主任、主任が!!」
「バラバラになった人間の腕拾って何になる! 緊急避難だ、急げぇ!!」
「でも、データの保存が済んでないのにっ!!」
パニックに陥る職員達。
その部屋を突き破り二機のユニットが部屋に入ると、一瞬で反対側の壁を突き破って去って行く。二人は籠手調べて戦闘しながらフロントホールを目指していた。
ヒルドルブに通信が入ったのをオウルは傍受する。
通信の主である女らしき人物は彼を叱責していた。
『どうなっているボウイ! お前という者がいながらネズミ相手に犠牲を出すとは!』
『そりゃ、相手が同じユニットなら仕方ないでしょ?』
『馬鹿も休み休み言え! わが国のユニットが何故わが国の施設を襲撃することがあるか!?』
『それはそっちで勝手に調べてよ。流石にユニット相手じゃこっちも死を覚悟する必要があるからこれ以上通信してらんないよ』
いい加減な態度に見えるヒルドルブだが、自分の仕事は忘れていない。
職務上地下のAIやビッグデータを管理するコンピュータ郡を破壊させるわけにはいかないため、オウルをホールから外に追い出したいがために追い立てる。オウルもこの施設がまるごと潰れてジルベス合衆国が情報的混乱に陥るのはユアへの影響が懸念されるため、敢えてその流れに乗っていた。
しかし、この短い戦闘の中でもヒルドルブが只者ではないのが感じられる。
最低限の動きで機銃を躱すが、避けきれずバリアで逸らす弾が多い。
見た目は騎士でも中身は獲物を追い詰める猟犬だ。
(正規の訓練だけじゃない。『ユニットならこういう動きも出来る筈』……そういう柔軟な発想を元に、ユニット独自の戦い方を自分で練り上げてる。荒事も経験はありそうだな。流石ユニットを任されるエリートなだけはある)
戦争の結果を容易に左右する圧倒的な武力であるユニットは、限られた数しか存在しない。故に、ユニットを任される人間はクアッドのような例外を除けば国が認めたエリート以外にあり得ない。ヒルドルブは純粋にユニットを扱うに足るほど全ての能力が高いということだ。
反応速度、判断力、反射神経からカンまで、全ての能力が高水準。
そんな人間がユニットを駆れば、強いに決まっている。
『人類史上初のユニット撃墜スコアは俺のもんだぁ!!』
狭い空間を三次元機動で舞い、次々に機銃で追い立てるヒルドルブの【キャバリアー】の射撃は極めて的確かつ無駄がない。弾丸の威力もパワードスーツの銃が豆鉄砲に思える貫通力の差だ。
オウルは【ブリッツ】の弾を排出して威力重視の弾丸に変える。
これまでは過剰火力すぎて使い道がないものだったが、相手がユニットなら話は別だ。
『はしゃぐな、喧しい!!』
ユニットの戦闘空間としては余りにも狭い廊下を高速で飛行しながら照準し、発砲。
ヒルドルブはこれを躱しきれずに命中するが、バリアと装甲で上手く衝撃を逸らした。
面白い、と、オウルは心底思う。
ユニットとユニットの激突など妄想でしか起こりえなかった対戦カードだ。
この戦いに負ける気はないが、勝敗は全く読めない。
失敗するかも知れない状況がスリルを生み、心を擽る。
人はそう、いつまでも足踏みせずに未知に飛び込むべき生き物だ。
その未知への道を示すのがユアだというなら、なんとも守り甲斐があるではないか。




