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アサシンズ・クアッド~合衆国最凶暗殺者集団、知らない女の子を傷つける『敵』の暗殺を命ぜられて困惑する~  作者: 空戦型
4章 アサシンズ・クアッドの捜索

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54話 乗り気な暗殺

 ジルベス合衆国に数多ある政府関連施設の一つ――その、極めて機密性の高い一室。

 そこに、三人の人間がいた。


 一人は如何にも技術者然とした白衣の男で、話し相手は高級なスーツに身を包んだ四十代ほどの女性。そして部屋の隅に如何にもSPといった風体の、やる気のなさそうな男が壁にもたれかかってルービックキューブで遊んでいた。


 科学者とスーツの女はSPには一切視線をやらずに向かい合う。

 先に口を開いたのは女性だった。


「ブタが情報を漏らした疑いがある」

「シュンペが? ふーん、抜け目ないヤツだと思ってたんだけど、やっぱ女遊びがダメだったのかな?」

「さあな。ただ、疑いとは言えヘマをした以上、彼には近々消えて貰う」


 科学者がテーブルに置かれたコーヒーにミルクと角砂糖を溢れんばかりに注ぎ、ざりざりと音を立ててかき混ぜる。マナーというものが感じられないのに女性が何も咎めないのは、彼の優秀さ故か。


「……メイヴプロジェクトに邪魔が入ってすぐに被験者が身を置いていた施設に探りが入り、処分の為に派遣したコマも全て消された。そして今度はブタのヘマ。何者かは知らんが鼻が良すぎる。委員会にネズミが紛れ込んでいる可能性もある」

「あははぁ、そりゃないでしょ~」


 コーヒーを通り越してカフェオレになったものをずずず、と音を立てて啜る科学者が笑う。


「ウチにいるならもっと根幹的な所からバレるよ。でも今回の襲撃者はちゃんと切れる尻尾から辿ってきてるじゃん」

「可能性の話だ。これほどの速度で特定するには相応の権限がなければ難しい。とにかくだ。何としてでも再教育部隊の時点でカタをつける必要がある。最悪の場合、モルタリスを壁にする交渉もしなければならん。懐まで潜り込まれると面倒だ」

「そうなる前に下手人を特定して消しちゃえば良いのに。この高度情報社会でそれが出来ないってことはないでしょ?」

「問題はそこだ。そもそも、これだけの速度で情報を特定するのは政府側のネットワークをある程度自由に使える立場と権限の人間でなければ不可能だ。つまり――」

「はいはい、御上の権力闘争ってやつでしょ?」


 科学者は興味なさげに減らしたカフェオレに更にミルクを継ぎ足していく。

 もうコーヒーの残り香は殆ど残っていない砂糖入りミルクだ。


「ぼくらはただ言われるがままに研究を続けるだけだよ。そういうのをうちに持ち込まれても困るなぁ」

「完全に他人面されてもこちらは困る。そもそもはメイヴプロジェクトから始まったことなのだからな」


 と、ルーブックキューブを弄っていた男が不意に手を止め、出入り口に近づいていく。

 科学者が不思議そうに訪ねる


「どうしたんだ、ボウイ。あまり護衛がうろうろされても困るんだけど」

「ネズミ、ここに来てるみたいだよ」


 緊張感のないだらりとした言葉――しかし、その意味に二人は青ざめる。


「は? ここに? なんで???」

「なんでもいい。速やかに迎撃しろ、ボウイ。お前に出来ない筈がない」

「うん。これは……楽しい宴になるなぁ」


 ボウイと呼ばれたSP風の男の口元がにぃぃ、と、吊り上がる。

 彼はこの戦いが護衛対象たちの想像を絶する大きなものになる予感を抱いていた。




 ◇ ◆




 先日――クアッドの会議にて。


「統制委員会をつつく」


 オウルのおもむろな発言に、他のクアッド達が目を丸くした。


 統制委員会――それは、AIによる情報統制の中枢を担う政府組織の機関だ。

 上位から下位まで、全ての統制AIによる情報統制の判断の要だ。

 大統領以下、内閣の極秘決定に基づいて下された判断を受けた統制委員会が統制AIに情報を入力し、AIを管理し、AIの粗をカバーしつつシステムを改善し、より高度なジルベス合衆国の人民統制に寄与する。


 委員会などと呼ばれているが、その機能は正にジルベスの権力の中枢の一つだ。

 場合によってはラージストⅤよりも優先されるほどに。


 ミケが手を挙げて質問する。


「はいはーい。再教育部隊かモルタリス・カンパニーが怪しいって話じゃなかったの?」

「連中が怪しいのは元からだ。それに恐らく再教育部隊をつついてもメイヴがどのようなサイボーグだったのかが判明するだけで、そもそもメイヴの儀式殺人は何故起きたのかと繋がらない」


 テウメッサが困った様に指を突き合せて手遊びする。


「確かにそうなんだよねぇ。そもそも傷痍軍人をサイボーグ化して前線復帰させるなんて多かれ少なかれずっとやってきたことだ。技術的なあれこれが判明したところで、再教育された部隊の出荷先をまた探らなきゃならない」

「その通りだ。軍がこっそり血税注ぎ込んで改造人間部隊作れって、それで何の問題もない民間人殺してりゃ世話ない。そこで、一度状況を考え直した」


 オウルの言葉に全員が耳を傾ける。

 全員が傾聴しているのを確認し、オウルは基本に立ち返って説明を始めた。


「そもそもの謎は、なんでメイヴの儀式殺人が高レベル情報統制AIで統制され、警察や政府も匙を投げていたのかという部分から端を発した。そして今現在、俺たちは軍とモルタリスという二つの大きな勢力の関与までは確認している」


 全員が頷く。

 サーペントは何かに気付いた表情をした。


「まず軍だが、確かに軍は機密性の高い事案を扱う関係上統制AIに幅が利くが、国内で税金払って生きてる国民を儀式殺人するメリットなどない。そもそも軍の力があればもっと単純な隠蔽で十分な筈だ。恐らく軍はメイヴの連続殺人に関与していない。仮に実行に関わったとしても、別口から指示を受けてやった筈だ」


 まだ確たる証拠のない推測ではあるが、ジルベス合衆国に於いて正規軍には不祥事を強引に塗り潰したり警察を黙らせるだけの力が元々ある。なによりメリットがなにもない。クアッドが調べても何も出てこないような善良な市民を殺す理由がない。


「ではモルタリス・カンパニーはどうか? モルタリスじゃあ上位の統制AIまで黙らせる権限はない。よほど大きなプロジェクトの裏打ちでもないかぎり流石に無理だ。製薬会社にお馴染みの人体実験だとこじつけは出来るが、そもそもあそこはそんな手段取らなくてももっと安易で安価な材料確保が出来る会社だ。メイヴのような形式にする必要性がまったくない」


 ラージストⅤほどの規模の企業であれば都合の悪い人間を消したり使い捨ての人間を用意する伝手はいろいろある。むしろその面に関しては軍以上だろう。莫大な金は人の目を簡単に眩ますことができるのだから。


「そして個人あるいはカルトサークルの犯行だが、軍とモルタリスがカルトに手を貸すメリットなど何一つ無いし、これまでの犯行で個人や民間人の集まりが出来る犯行ではないことは既に明らかになっているのでこれもない。すると、残るのは何だ?」

「……よほど大きなプロジェクト」


 サーペントの言葉に、オウルは頷く。


「尤も、蓋を開ければ期待外れな内容かもしれないがな。ただ、軍とモルタリスが共同開発したサイボーグを譲り受けることが出来る影響力は国内でも相当だ。少なくとも今までクアッドや特務課でさえ噂でしか知らない、というレベルで情報を抑えこむには上位統制AIによる干渉は必要不可欠だ。そして、上位AIに干渉出来る組織は――」


 テウメッサが手遊びをやめ、指を組んだ。


「統制委員会。ここだけは確実にメイヴの正体を知っていないとおかしい」


 完璧に近い隠蔽をするには、そもそも何を消さなければいけないのか正確に把握し、AIに反映させる必要がある。むしろ、逆に統制委員会が直接関与しているなら今までの情報統制が全て容易に出来てしまう。

 オウルは容疑のかかる組織が絞られてきた今、一番話の早い手段に出るべきと判断した。


「この一件は放置してもユアの害にはならないかもしれない。だがもし宝くじ以下、飛行機事故以下の確率だとしても、それがあるなら俺たちに放置は許されない。仮にアテが外れたとしても、統制委員会の中に入り込めれば命令や要望がどこから来たかはハッキリする」


 ――他人が聞いたら、そんなてっとり早い方法があるならもっと早くから統制委員会に手を出せば良かったのではないか、と思うかもしれない。


 しかし、統制委員会とはそれすなわちジルベス合衆国という世界一の力を握る国家の根幹を為すものの一つ。まかり間違っても他国にその情報が漏れることは許されないし、仮に大統領であっても鶴の一声で変えることの出来ないビッグデータの処理中枢だ。


 ミケが珍しく真剣な目でオウルを見つめた。


「いいんだね、オウル。統制委員会に手を出せば――ユニットが出てくる。人類史上初、ユニットとユニットの激突になるよ」


 この地上で最強の兵器にして、クアッドが不敗である理由そのもの。

 ジルベス国内ですら未だに多くが機密に覆われた、文明と不釣り合いなまでの戦略兵器。

 今までの図体が多きだけの兵器やパワードスーツとは訳が違う、明瞭に交戦による敗北の可能性がある脅威が、この戦いには立ちはだかる。


「上等だ。連中の統治とユアの身の安全、どっちが上か決めてやろうじゃないか」


 そう言って、オウルは皮肉たっぷりに笑った。

 相手がどれほど巨大だったとて、それがユアの護衛に妥協する理由にはなりえない。

 オウルはむしろ、この状況を率先して楽しんでいた。


「こんなに面白いことが他にあるか? ユアの護衛を受けてなければ100%絶対にありえなかった究極の体験だぞ。掛け値無しに、面白い仕事じゃないか……!!」


 自らを納得させる方便ではなく、オウルは純粋にこの体験に胸を高鳴らせていた。

 オウルの年相応に刺激を求める顔に、ミケとテウメッサの頬も緩む。


「んふふふ~、オウルがこんなに楽しそうな顔してるの初めてじゃない?」

「いつにも増して悪い顔。今まではどっちかというと僕らが乗り気だったから、確かにオウルがノリノリなのは珍しいね」


 三人が盛り上がってきた中、サーペントはそのノリにいまいち乗れなかった。

 彼には読めないタイプの心の機微だったからだ。


「はぁ……未知の敵が相手になる上に成功の保証がないのに、なんでみんな乗り気なんだろう。一応反対票入れておくよ。民主主義サイコー」


 珍しくやけっぱちなサーペントに、他の三人はまた笑った。


 ――そして、時は戻り、現在。


 オウルは、長期間かけて問題がないことが証明されてプライベートを国に捧げた人間しか入ることが出来ない、そもそも公的に場所さえ公表されていない統制委員会の本部の廊下を、鷹揚と歩いていた。


 全ては、変わらぬ日常を享受するユア・リナーデルの世界がこれからも日常であり続ける為に。

新年明けましておめでとうぎざいます(一日遅れ)。

さあ、今年も一人のために国にしこたま迷惑かけ散らかすぞぉ。

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