52話 掴まれた暗殺
思いのほか実りのある――という言い方は失礼だが――社会見学にオウルが興味を示す中、ユアはミロク工房の職員に連れられてオウルと別行動をしていた。工房の廊下に二人分の足音が響く。
「あれだけ熱心に観て貰えると、うちも見学を受け入れた甲斐があるよ。もしかしたら将来ここに就職してくれるかもしれないね」
「想像出来ないなぁ、オウルが職人になるとこなんて」
「好きこそ物の上手なれだよ。リナーデルさん。若い頃は不真面目でも仕事に打ち込んだら凄い力を発揮する……そんな人を何人も見てきたからね」
柔和な笑みで語る男性は、ミロク工房の代表だというシュンペ・ターナーだ。
オウルは先ほどの職員とともにもっと本格的な義手の工房を見学に行っており、少し退屈してしまったユアはシュンペに声をかけられて一足先に休憩することにしたのだ。
さすが手足を失った人に新たな人生を提供するという立派な仕事をしているだけあって、どこか徳がありそうな空気を纏っているとユアは思った。
「ところでリナーデルさん、ミネルヴァくんとは仲が良いのかな?」
「あ、はい。結構頼りがいあるんです」
流石に付き合っていますと堂々宣言するのは気恥ずかしく、控えめな発言をするユア。
シュンペはそうですか、と頷き、廊下の一角にあるドアを職員用カードキーで開ける。
ちらりとカードを見たユアは、金色のカードキーに「あんなのゲームでしか見たことない」と妙なところで感心する。きっと代表くらいでなければ持てない高いセキュリティ認証機能があるに違いない。
扉の中を見ると、そこは休憩室と呼ぶには変な部屋だった。
部屋の中心に斜めに傾いたベッドがあり、それはリクライニングシートなのかベッドなのかユアには判別がつかなかった。部屋の隅にケトルや飲み物のカップはあるが、椅子もないしテーブルもない。無意識に部屋の四隅を見渡すと、オウルたちが防犯に使っているのと同じような監視カメラが部屋中を見つめていた。
何かがおかしいとユアは感じた。
一瞬足を止めるが、シュンペはユアの肩に手を回すと部屋の中へと押していくのでユアは部屋の扉を跨ぐ。
直後、扉が自動で閉まり、ユアの言葉にならない何かの存在感が増していく。
「さあ、こちらへどうぞ」
「あの、この部屋、休憩室にしては……殺風景じゃありません?」
「職員が疲労回復に使うマッサージベッドなんですよ。座りっぱなしは立ちっぱなしより健康に悪いと近代の研究で証明されているとはいえ、こうした福祉設備はあった方が良いですから」
「そう、なんですね……」
立派で柔和な人物という第一印象だったシュンペが、いやに積極的にユアを触る。
ユアは、言われるがままにすれば早く終われるかもしれないと思い、ベッドに寝そべる。
とにかくこの部屋を早く出てオウルと合流する口実が欲しかった。
シュンペは素直なユアににっこり微笑み――ベッド手前の操作端末のボタンを押す。
かちゃかちゃ、と機械的な音がしたと思った瞬間、ユアの手足を何かが掴んだ。
「えっ!? なにこれ、動けない……!?」
思わず自分の身体を観ると、手足が複数の腕に拘束されていた。
ベッド下部から次々に腕が生えてくる。
否、関節部分が人のそれではない。
「これ、全部義手……?」
「そうです。人の身体をマッサージするには人の手が一番。使用者のデータをフィードバックして得られた数値を基に相手の筋肉の状態を見て最適なほぐし方と力加減を算出する最新鋭の技術ですよ」
「え、いやっ、ちょっと……!!」
いくつかの義手が無遠慮にユアの二の腕や太もも、腰を触った。
直接触られてはいないとはいえ、手の精巧さからくる不気味さとこそばゆさから思わず身をよじる。しかし、痛いとまではいかなくともしっかり手足が固定されているせいで動けない。二度、三度動かしていよいよ自力では振りほどけないと気付いたユアは、用意した張本人に懇願する。
「あの、もう分かりましたんで止めて貰えますかっ!」
「すまないねぇ、一度シークエンスを開始したら止められないんだよ。大丈夫、ここから気持ちよくなるよ」
「何を言って……やっ、放してっ!」
シュンペは申し訳なさそうな口ぶりの割にユアの拘束された肢体をじっくり観察すると、端末をピアノを奏でるように慣れた手つきで次々に何かを入力していく。先ほどまで柔和と表現したその目は、今のユアには別の何かが宿っているように見えた。
そうしているうちにベッドの下から伸びる義手はユアを覆うような姿勢で囲っていく。もう義手ではなく唯のロボットアームではないかと叫びたくなるが、腕の一つ一つがわきわき動いたり何かを堪えるように手遊びする様は本当に人間のもののようだ。
ユアは今頃になって気付いた。
部屋に入った瞬間の違和感の正体――それは、うっすらと記憶の片隅に残っていたもの。
オウルと出会う前、近道をしようと裏道を通っているときに男に声をかけられて攫われた、あのときに感じた恐怖心。
「ほらほら、こんなことも出来るんですよぉ!」
義手がユアのシャツのボタンを一つ一つ丁寧に外していく様と、シュンペの興奮でぎらぎらした瞳を見て、ユアは遅ればせながら自分が嵌められたことを確信した。
ここは休憩室などではない。
恐らくはシュンペが職権を濫用して作った、彼のごくごく個人的な性的趣味の部屋だ。
「男臭い傷痍軍人共相手に延々と商売していると潤いというものがない! かといって商売の女は同じ反応ばかりで飽き飽きだ! 君がいいんだ、君みたいな初心で誰にも染められていない少女がさぁ!!」
「いやっ、やめてください!! こ、こんなことしたら学校にばれて貴方の工房の立場も危うくなりますよ!!」
精一杯に虚勢を張るが、声が震える。
シュンペはユアの叫びさえ楽しむように舌なめずりした。
「残念だけどねぇ、ジルベスに存在する全ての組織には序列があるんだ。そして、その序列は学校よりもミロク工房の方が立場が上だと! 示しているんだよねぇ!」
「嘘だ、そんなの! こ、これ以上は罪に問われますよ! 私には警察の知り合いだっているんですから!」
「ほほう、ではその警察の知り合いとネットの世界に住まう匿名の同志たちに、君がこれから快楽に喘ぎ物欲しげに嬌声を上げる様を映像でお届けしよう。君はそれでもいいのかな? ネットに出回った質の高い映像は簡単には消えてくれないよ!?」
ネットの拡散の危険性を嫌な形で身を以て味わったユアはシュンペに言われたことを想像し、腹の底が凍るような悪寒を覚えた。自分の姿が不特定多数の人間達に、しかも女性の尊厳が守られない形でばら撒かれでもしたら――ユアの人生と将来は一体どうなってしまうのか。
はっとして部屋の監視カメラに目を向けると、シュンペの顔が興奮で紅潮する。
「気付いたようだね! このカメラはうら若きお客様を三次元的に撮影してVR映像に変換することが出来る私の自慢のカメラなんだ! 君の姿をいつ、どこでも、まるで目の前にいるかのように楽しめる素晴らしい設備だよ!」
「いやっ、いやぁ!! 何で……何でこんなことするんですか!? 立派な会社の代表でしょ!? 困っている人を助ける仕事でしょ!?」
「そう、その通り!! 立派な社会貢献をして税金もたっぷり国に納めている優良企業の代表ともなると、いろんなことが出来るんだよ! さあ自分の身体を見てごらん、もうシャツのボタンが全て外れてしまったよ!?」
「やだ、見ないで! 放っ、してぇ!!」
シャツがはだけ、あとはインナーをめくられれば素肌が露出してしまう。
それどころか義手はユアのスカートの留め具にまで手を伸ばしていた。
今まで以上に必死になって藻掻くが、抵抗すればするほどシュンペの興奮度が高まっていることに気付いて全身を悪寒が走る。彼はわざとユアに抵抗させて、その抵抗も虚しく思い通りにさせられてしまう哀れな姿が見たいからこんなことをしているのだ。
こんな人間が権力を握って、ユアのような立場がない人間を辱めて楽しんでいる。
認めたくない、どうしようもなく歪んだジルベスの真実に涙が零れる。
インナーがいやらしくめくられ、スカートの留め具に手がかかる。
涙で視界が滲んでゆく。
誰か、醜悪な男に弄ばれるのをやめさせて――。
強く助けを願うユアの口から漏れたのは、両親でもおじでも警察でも神の名でもなかった。
「オウル、助けてぇぇぇーーー!!!」
「ははははは! そう、そういうのがいいんだよリナーデルくん! だから君たち二人だったんだ! やはり君はミネルヴァくんに気があったようだねぇ! ああ、義手に夢中で一番親しい女性が助けを求めていることにさえ気付かない暢気な男は、私に全てを奪われるんだよ!!」
『――奪う者とは、奪われる原因を自ら生み出す者でもある』
シュンペが指揮棒を掲げるように手を振り上げて操作端末のボタンを押し込もうとしたそのとき、天井の通気口が外れて彼のうなじになにかが組み付いた。
直後、バチチチチチッ!! と、破裂音のような音が響き渡り、シュンペの全身がびくびく震える。
「うががががががが――!?」
いきなり全身の筋肉という筋肉をぴんと反り立たせて痙攣したシュンペは、そのまま前のめりに床に落ちた。全く受け身もなく顔面を強打したように見えたが、ユアの視界からはちょうど見えない。
気付けば義手たちは全て動きを停止してユアの身体を離れており、慌てて服を正しているとベッドの上に三〇センチほどの黒い機械が飛び乗る。
カラスに似た無人ロボット――ユアは初めて見るが、それはオウルのユニット【ナイト・ガーディアン】が使役する無人機【レイヴン】だった。
『助けを呼ぶのが遅い。最後まで呼ばないかと思ったぞ』
【レイヴン】のスピーカーが開口一番に放ったのは、思い描いた窮地を救うヒーローからのご尤もなダメ出しだった。
気が動転して呼ぶのが遅れた自覚はあるユアだが、あのばっちりなタイミングにはもの申したくて涙を拭くと不貞腐れる。
「……気付いてたんならすぐ助けてよ、ばかっ」
『助けを呼べと言ったのにさっさと呼ばない馬鹿が悪い。ったく、いいかユア。声をあげない人間はいないのと同じだ。おれはなんちゃってヒーローなので助けを求めないヤツはいないものとする。そこんとこ覚えとけ』
「うん――うんっ」
ユアはこくこく頷いた。
助けを求めれば、必ず助けてやる――オウルはそう言いたいのだという気がした。
クリスマスなんでムードある話をしようと思ったけど変態が増えただけに終わった気がするの気のせい?




