50話 エコな暗殺
人道的見地という言葉は時として人の障害になる。
こと医療分野では、解剖や人体実験で得られた蓄積が今の発展を支えているくせに、今はひどく限定的にしか許されていない。もしもこの制約が取り払われたとき、医療技術は飛躍的な発展を遂げるだろう。
そして、十年前の戦争というおあつらえ向きの状況にジルベスが裏で何もしなかった筈はなく、案の定それは足のつきづらい敵の捕虜で行なわれたそうして数多の実験の果てに生まれた最新式の自白剤は、従来の自白剤より安定感が大きく増していた。
当然のようにその自白剤を所有しているクアッドは捕まえた捕虜から情報を聞き出した。
その結果、彼らは本棟に鉄砲玉でしかなかったことが判明した。
尋問を終えて捕虜を処分したテウメッサがアジトのソファに座るとペットボトルの水を一息に飲み干す。
「んく、んく……ぷはっ。決定的な話は出てこなかったねぇ」
その独り言のような言葉に、パソコンを弄っていたオウルが拾う。
「収穫はあっただろ。ミロク工房のきな臭さは少なくともこれで増した」
「まあね。彼らの身体を改造したのはミロク工房だったわけだし」
今は亡き捕虜は、何故あそこでミケを襲ったのかを答えてくれた。
自白剤の効果で隠そうという発想すら出なかっただろう。
「彼らは施設からミロク工房に新素材義肢のテスターとして雇われ、武装つきの強化義手を施された。それを使いこなせるようになると今度は民間警備会社PARKの極秘部門とやらに出向し、そこで彼らは自分たちが裏仕事をさせられていると気付いた」
「だがその極秘部門が本当にPARKの承知した部門とは思えん。施設で名前を聞いた事のある会社の方が疑われづらいとかで、実態はまったく別の組織だろうな」
徹底的な偽装を施せば、存在すらしない部門を存在するかのように装うのはそう難しいことではない。仮に怪しいと思ったとしても、足を踏み入れて仕事をしてしまえば引き返すことはできなくなる。それに、戦争の技術ばかり覚えてしまった彼らにはある意味丁度良い仕事だったのかもしれない。
オウルはサーペントから送られてきたデータをテウメッサにホロモニタで寄越す。
「見ろ、PARKは今時珍しいクリーンな企業だ。裏金の一つもありゃしない。恐らくミロク工房が別の組織と結託してるか、ミロク工房自体が実際にはもっと大きな存在の一部なのかもしれん」
「だね。そしてメイヴの改造も恐らくはこのミロク工房製……記録映像と彼らの義肢を比較したけど、構造が全く同じだった。製造元も同じとみてよさそうだね」
脚部から響く僅かな駆動音、腕部の仕込み刀の構造と刃の材質、それらの情報はユニットの高度な情報収集能力があれば後で分析も出来る。その分析の結果、少なくとも義肢は同じ素材、同じ構造のもので、一般に出回っていないことが確認出来た。
ひとまずミロク工房が怪しいのは分かったが、謎はまだある。
今回の襲撃者の身体はくまなく調べたが、通信機能や自爆装置――それこそメイヴが燃えたような証拠隠滅機能は何一つなかった。オウルとしては証拠隠滅が容易なメイヴの同型サイボーグでも出てくると読んでいたので燃やさないためにあの白玉弾を用意したのだが、徒労に終わった。
「メイヴは特別製なのかねぇ……」
『オウル、ちょっといいかな』
「サーペントか。どうした?」
『メイヴの燃えカスを調べて分かったことをデータで送るよ』
あれから燃え残ったメイヴを更に詳細に調べていたサーペントからの記録に目を通すオウル。テウメッサも後ろからそれをのぞき込み、そして二人とも首を捻った。
「臓器がごっそりないだと?」
『推測で埋めた部分もあるから断定はしていないけど、脳以外の内臓は殆ど人工物とすり替えられていたみたい。全身サイボーグに近いレベルだ』
「でもさ、サーペント。今の技術力で全身サイボーグは無理だろ? それこそ改造後の生命の保障がないとか倫理委員会の口出しとかでやってない筈だ」
『あ、君らそこ気にするんだ。そっか、普通はそうなのか……』
サーペントは面食らったようにブツブツ呟く。
彼はたまにそういうところがあって、人の普通をなるだけ自分に定着させようとしている。それは逆説的に、彼は全く普通じゃないということでもある。クアッドに普通の人間などいないと言えばそれまでだが、少なくともオウルとテウメッサは普通が何か多少は分かっているし、ミケもあの恋愛病さえなければ割と一般人に近い。尤も彼女のそれは素だが。
『えっとね。内臓ごっそり持って行かれても動いてたってことは、身体を動かすための代わりの器官が中に詰まってた筈だよね』
「そうだな」
『メイヴの死体は骨を残して全て燃え尽きたってことは、骨くらいの温度のものなら残る筈だよね』
「そうなるねぇ」
『詰まってた中身、どこ行ったか気にならない?』
そこまで言われて、オウルは漸く彼の言わんとすることを理解できた。
「燃えたのか? 全部? つまり、臓器代わりのものに金属が一切使われていない?」
『そうなんだ。そこでどういう訳かと思って偶然燃え残った液化炭酸のタンクを調べてみたんだけど……』
次のデータの確認を促されて見たオウルは、予想外に場違いなワードに少し困惑する。
「燃えるゴミに出しても問題のない100%オーガニック材質……???」
「つまり、彼はエコサイボーグだったと?」
『ちなみに彼の武器と襲撃者の武器も同じくオーガニックだ。仕込み刀までね』
「……ナンセンスだ。耐久力が確保出来ない」
口では否定の言葉が出るが、メイヴが刀まで燃えたことはオウルもずっと気になっていた。
確かに現代の最新技術をかき集めれば、燃やせる刀に振動装置をつけることは不可能ではないかもしれない。しかし、仮に出来たとしてもコストは相当なものになる筈だし、耐久力の問題から実戦で使い続ければすぐ壊れてしまうだろう。
『最初から証拠が全て消える使い捨てとして作られたとしたら?』
オウルの疑問に、サーペントはあっけらかんと答える。
『メイヴは恐らくあのまま仕事を完遂すればタンク内の液化炭酸を使い切っていただろうから、その状態で燃えればきっとこの素材分析もできなかった。そうなるとDNA採取も難しかったんじゃないかな。これは彼をコントロールしていた何者かのヒューマンエラーだったと僕は考える』
「使い捨て……そうか……」
人間の臓器は長期間ずっと生き続けるには欠かせないものばかりだが、ほんの限られた期間だけ生きられれば良いという前提を先に立てれば選択肢は増える。
サイボーグは生身の人間をテクノロジーで強化したり、ないものを補うものだという先入観があったが、使い捨ての為にいらないものを外した結果だとすればこの奇妙なサイボーグがどういうものか理解出来る気がする。
つまり、メイヴは最初から近い未来に燃え尽きることを定められていたのだ。
だとすれば、メイヴによる連続儀式殺人の構造が一気に分かりやすくなる。
「事件毎に儀式殺人用の使い捨てエコサイボーグを用意し、警察に見つかっても燃やせば身元がばれない。その間に新しいエコサイボーグを投入していけば、正体不明という部分は解決する」
「とすると、後はこのエコサイボーグを誰が何の為に送り込んでいるのか、だね」
『私としては発火装置がどんなものだったのかも知りたいな。あんなに綺麗に骨だけ残して燃やし尽くすだなんて、血液が全部燃えでもしない限り無理だと思うんだけど……』
ミロク工房――全ての謎を解く手がかりが、そこにはきっとある。
「急いで終わらせないとユアにまた疑られる。工房の特定を急ごう」
こうしてクアッドの次なる行動指針が決まった。
翌日、学校の教壇に立った教師が緊急の連絡があると生徒を注目させた。
「かねてより予定していた社会見学だが、ベクターコーポ傘下の工場が忙しくて対応が難しいので人数を減らして欲しいと要望があった」
社会見学は候補として複数の企業が候補に挙がっていたが、ベクター傘下の工場はそのなかでも見学者へのサービスが豊富とあって人気が集中していた。ユアとオウルもここに募集していたが、どうやらその中から零れる人間が出てきたようだ。
希望者が「え~!」と抗議の声を送る中、決まったことだと無視して話を進める教師が学校側で急遽組んだ新たな見学先を発表する。
「なるだけ第二、第三希望を加味してAIによる割り振りをしたがそれでも予定人数を超過してしまってな。すまんがリナーデルとミネルヴァは急遽受け入れて貰えることになった義肢制作を行なうミロク工房という場所に行って貰うことになった」
「そんなことある???」
何故か、調査が終わるより先にオウルが護衛対象を抱えて得体の知れない工房に乗り込むことが決定してしまった。今更足掻いてもユアを不審がらせてしまうため、これ以上の変更や仮病で休むよう提案することも難しい。
そんなことは露知らずのユアは「オウルが一緒ならちょっとは安心かな」などと暢気に笑っていたが、オウルはこの学校をクアッドの支配下に置いた方が良いのではないかと真剣に考えるのであった。
ユアの不運にかかればこんなもんよ!




