49話 白玉で暗殺
森の中を疾走する車と、それを追う複数のバイク。
どちらも脱炭素を掲げて広く普及したEV車であるため、旧世代のようにけたたましいエンジン音はなく、不気味なほど静かに風を切り裂いている。既に両車両とも法定速度を超過しているが、バイク集団はじりじり車に距離を詰めてきている。
ミラー越しに車両を観察したミケは、それが一般販売されているバイクではないことに気付く。
異常な加速をしながら全てのバイクが等速、一定の車間距離を開けて同じ角度をつけてカーブを曲がる美しくも不気味な光景。これは編隊運転ではなくオートコントロールのバイクの特徴だ。
「オートコントロール搭載は一般には殆ど出回ってない筈だけど……軍用か警察用?」
ガイストを通して情報共有しているオウルが「警察だな」と補足する。
『陸軍の次世代高機動部隊用の車両を決めるコンペで落ちたモデルだ。それでも現役を引退した一世代前の機種の筈だが……両手放しでも問題なく運転出来るオートバランサーの性能は優秀のようだ。そろそろ撃ってくるんじゃないか?』
「あーあ、この車気に入ってたのに」
『お前に車を愛でる趣味があったとは初耳だ』
「猫はお気に入りの場所と物に執着するものなのです。にゃーん」
『猫じゃなくても当てはまるだろーが駄猫』
バイク集団がハンドルから両手を離し、数名が銃――サブマシンガンのDD-5だ――を構え、残った二名がメイヴと同じ腕の仕込み刀を展開して加速する。二手に分かれた際にそれぞれのバイクが傾き、仕込み刀の先端がアスファルトを擦って火花を散らした。
車線が開け、襲撃者のDD-5が一斉に火を吹く。
時速100キロ近い速度で移動しながら放たれる弾丸とマズルフラッシュが空間を彩り、車両に次々に穴が空く。間髪入れず、仕込み刀を展開した二つのバイクが左右から車両を切り裂きにかかる。ただの刀ではなく震動で切れ味を増しているらしく、車両は紙切れのように切断さてていき、運転席の座席を背後から斬り抜いて車をオープンカーにした。
襲撃者は胴体と腕を切り裂かれて胸像のような形に変貌したミケの姿を探したが、そんな彼らが見つけたのは運転的を跨いで助手席に寝転がったミケの悪戯っぽい笑み。
「オ~プン!!」
彼女は足先でハンドル下のボタンを押し、車のドアの緊急開放ボタンを押す。
ボンッ、と、音を立てて車のドアが左右とも弾け飛び、バイクに直撃。
「うわっ!?」
「しまった、バランスが!」
車が水没して扉が開かなくなったことを想定した緊急機能の勢いの強さとドアの重量は、如何に警察車両でもオートでも回避出来ずに直撃し、二台のバイクは大きくバランスを崩すと道脇のガードレールに衝突。運転手二名は宙に放り出されるが、バイクだけは自動運転で道に戻ってきた。
『どうやら人間に乗られては窮屈だったようだな。心なしか活き活きしている』
「じゃ、他のみんなも解放してあげましょー!」
無理矢理オープンカーにされた車の上を弾丸が行き交うが、ミケは気にすることなく寝そべったまま足だけでハンドルとブレーキを操作し、両手で自分の身体を固定するとそのままドリフト停車した。
後方から時速100キロで追跡していたバイクがこの突然の減速に対応出来る筈がなく、オート運転が勝手にブレーキをかけながら回避しようとする。
しかし、先ほど操縦者を失ったまま走るバイク二台が邪魔になって衝突回避の機能が働き、回避可能なルートが消失してエラーを処理出来なくなった全ての車両が車に次々に追突した。
だが、操縦者達はすんでの所でバイクを捨てて跳躍していた。
普通の人間ならバイクの加速のまま投げ出されて死ぬのに、一切の躊躇いなく。
「仕留めろ!!」
空中に投げ出される一瞬の隙に、彼らは車に再度照準を合わせてDD-5を一斉に発砲。
しかし、彼らの視界に飛び込んできたのは予想外の光景だった。
「ねこジャーンプ!!」
「はぁぁぁ!?」
彼らの跳躍に合わせてミケも上空にジャンプしていたのだ。
結果、車目がけた照準をミケに合わせることが咄嗟に出来ず、彼らはミケより先に前方へと投げ出された。しかし、いくら停車のために減速したとはいえその速度はミケにとっても致命傷たりうる速度の筈。そう思って彼女の方を確認した襲撃者たちは己の目を疑った。
ミケが、道路に足から降りたまま加速を殺さず滑って彼らを追跡していたのだ。
「あはっ、これ面白ーい! アニメみたいじゃない!?」
『サーペント謹製ローラーブーツ、本当に使う日が来るとは……ちっ、使わない方に賭けてたのに』
「いえーい、オウルとのデート券一枚げ~っと!!」
ビジネスウーマンが履くには違和感のない程度に踵の厚い靴――その中に仕込まれていた車輪が落下の衝撃を移動エネルギーに変換する。それでも常人なら着地の際にバランスを崩してアスファルトにキスしているところだが、ミケは神懸かり的なバランス感覚と力加減で鮮やかに着地してみせていた。
これでユニットの補助がないのだから、この感覚は天性のものだとオウルは呆れる。
しかし、前回の反省から彼らはメイヴと同様の改造を施されている可能性が高く、通常弾頭で確実に殺害するのは難しい。よって今回の攻撃にはユニットの部分展開によるプラズマレーザーで対処する。
「み゛~~」
『なんだそれ』
「レーザー出す時の効果音」
『口で言うな』
両手から放たれたレーザーは空中を飛ぶ者たちの頭部、胸部、腹部など、人によってばらばらの位置に命中。一つだけ言えるのは、常人ならどれも即死であることくらいだ。
と――背後から疾走する二つの影。
「あいつらやられてるぞ!!」
「クソッタレが、何者だこのアマ!!」
『バイクから投げ出された連中だな。律儀に追ってきたか』
「それでは手はず通りに~」
方向転換して後ろ滑りになりながら、ミケはユニットの機能を利用して両手に装備を展開する。展開された武器のうち片方は軍も使用するワイヤーショット。もう一つは開発が中止されたので世に出回ってない特注品だ。
ミケはそれらの大型特殊銃を同時に発射した。
一つは目にも留まらぬ速度で追跡してきた仕込み刀の襲撃者を複数本のワイヤーで絡め取って捕縛。もう一つは襲撃者が刀で迎撃する前に勝手に空中で爆発し、中から大量の泡のようなものが吹き出て襲撃者を包んだ。
「ぶわっ、何を使いやがったこのア、マ――?」
「あーそれねー。特殊な化学物質が入っててさ、空気に触れると同時に一瞬で膨張し、空気との反応を終えるとガッチガチに固まるんだよね」
ミケは律儀に説明しているが、攻撃を受けた襲撃者は既に全身がすっぽりとその化学物質に覆われて道路をタンブルウィードのようにころころ転がっており、その声が聞こえているのかは怪しい。ミケはゆっくり減速して立ち止まると、その白い大玉を手で止めた。
「なんで開発中止になったかって言うと、ガチガチすぎて命中したら絶対窒息死するから捕縛用としてどーしても安定しなくて、かといって戦闘用にするにはコストと運用の問題が大きすぎてあえなくボツになったんだってさ」
もう彼は、指一本動かすことも、呼吸することも二度と出来ない。
絶対に逃れられない闇の中で、静かに、少しずつ、酸素を使い果たして心臓が止まるまでの永劫とも思える苦悶に苛まれて死ぬしかない。ミケは白い塊からワイヤーで捕縛された方に視線を移し、にっこり笑う。
「可哀想だよねぇ?」
「あ……あ……!!」
彼女の視線の先には、ただ独り、ワイヤーに雁字搦めにされて生き残った襲撃者の姿があった。
彼は何故自分だけが生きているのかを即座に悟った。
「せめて貴方の面倒は丁寧に、丁寧に、家畜みたいに丁寧に……してあげるからね?」
襲撃者は咄嗟に自分の舌を噛み切ろうとしたが、その瞬間にミケは彼の口に手を突っ込んでそれを防ぎ、更に奥歯に仕込んであった自決用のカプセルをその指で即座に抜き取った。それは、拷問という行為にどこまで慣れ親しんでいる者のそれだった。
『……少し意外だな。メイヴみたいに燃えて死ぬかと思ったが』
「でも全く無関係に見えないし、調べてみよーよ」
ミケは空いた手で無針注射を即座に男に打ち込んだ。
ぐらりと視界が揺れ、ぼやけ、抗いようのない眠気が脳を支配し――気がついたとき、彼は暗闇で椅子に縛り付けられていた。
ミケは生身のフィジカルではクアッド最強です。にゃーん。




