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アサシンズ・クアッド~合衆国最凶暗殺者集団、知らない女の子を傷つける『敵』の暗殺を命ぜられて困惑する~  作者: 空戦型
4章 アサシンズ・クアッドの捜索

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47話 香ばしい暗殺

 夜の暗闇を恐れた人間は、町を灯りの絶えない空間に変えた。

 それ以前は、夜の暗闇は視界が制限されるが故に行動が大幅に制限され、もっと言えば死のリスクが高いものだった。しかし、恒常的な光を手に入れた人類は深夜に人工の灯りを使って夜まで作業を行ない、生産性を高めることに成功した。


 しかし、それは暗闇へ抱く恐怖を見えなくしただけで、克服した訳ではない。

 闇の中、見えない場所から敵が襲うかもしれない恐怖。

 人が人である限り、その恐怖からは逃れられないのかも知れない。


 しかし、自ら望んで暗闇に住まう者も存在する。

 オウルもまた、その一人だ。


『サーペント、動きはあったか?』

『それっぽいのが一人、目的地に接近中』

『第一関門突破ってところか』


 暗闇の中、寝転がって目をつむりながら、オウルは待っていた。

 メイヴの犯行の特徴の一つ、犯人と思しき不審者自体は発見出来る。


『やはり軽装だ。これから冷凍マグロの解体に向かうとは思えない』

『確かにな。一丁前に顔を見えづらいようフードを被っているし監視カメラも避けてはいるが、完全に隠匿はできないか』

『ジルベスの防犯カメラは配置が巧妙だものねぇ』


 サーペントは監視カメラと並行してドローンを利用してリアルタイムで対象を捕捉している。


『生体反応はどうだ?』

『……はっきりとは分からないけど、いわゆるサイボーグの可能性はある、かな』

『お前にしては煮え切らない物言いだな。偵察ドローンの観測機の調子が悪いのか?』

『いや、確かに普通の人ではない反応はあるんだが……該当データがない。だから判別出来ない。何らかの手が加えられているのはあると思う』


 世界中のデータを灰色の脳細胞に蓄積しているサーペントでも断定出来ないというのはオウルも初めてのことだ。いよいよ唯の殺人犯ではない。都市伝説調査は意外と面白いな、と暢気な感想を抱きつつ、身体を起こす。


「じゃ、出迎えるか」


 愛用の自動拳銃、カレウス-11のスライドがジャコ、と、小気味の良い音を立てた。




 ◆ ◇




 その男は静かに、一言も言葉を発さずに目的の邸宅へと辿り着いた。

 一戸建て住宅に住むのはオルランド家。

 この町ではそれなりに裕福な方だが、それだけの家だ。

 問題なのは位置と、姓の綴り。

 この条件が正確に満たされたときのみ、それは実行される。


 玄関を通ると、男は家の防犯システムの解除にかかる。

 普通は難しいが、専門的な知識と工具があれば、一般邸宅の防犯機能の無力化はそこまで難しいことではない。だが、作業に入った時点で男の手が止まる。


 防犯装置が全て切られている。

 恐らくは、元の電源からしてだろう。

 考えているうちに、玄関の扉が勝手に開いた。


 まともな思考回路の――と言えば語弊があるが――犯罪者であれば、この時点で警戒して即座にその場を離れるだろう。しかし、男は躊躇無く玄関をくぐり、屋内に入り込む。部屋の中は一様に暗いが、リビングだけは灯りが灯っている。

 誘蛾灯に誘われるように男はそこに入った。


「こんばんは」

「……」


 そこでは、全く見ず知らずの少年がテーブルに座って蓋付きタンブラーからコーヒーを飲んでいた。事前の調べでは全く浮上しなかった相手だ。彼は愛想良く笑いながら自分の向かいの椅子を手で差す。


「大したもてなしも出来ないが、ゆっくりしていってくれよ」

「オルランド家の人間は?」

「ん? お前が来るのが遅いから先に食っちまったよ」


 冗句か、警告か、どうとでも取れる言葉で少年は男を翻弄する。

 男は、何も映っていないような無機質な瞳で暫くその少年――オウルを見つめたのち、唐突に、人間のものとは思えない速度でオウルに接近した。コンマ一秒以下の速度でオウルに一直線に近づいた男の右腕部が、がぱりと『開く』。

 本来は骨があるであろうその内部から姿を現したのは、息を吐くほど美しく鋭い刀だった。


「抹消」

「焦るなよ、メイヴ。夜はまだまだこれからだろ?」


 オウルは座ったまま木製のテーブルを蹴り飛ばして男に飛ばす。

 男は腕の刀を用いてテーブルを一閃。

 木製とはいえそれなりの厚みがあるテーブルが紙切れのように両断された。

 死体を切断していた道具の正体はどうやらあれのようだ。


 テーブルを切った一瞬の隙にオウルはカレウス-11を腰だめに三度発砲する。


「……!」


 男は左腕で顔を庇い、皮膚が弾丸を弾く。

 皮膚だと思っていたそれは、忠実に再現された外殻のようだ。

 右腕の刀が迫りオウルが回避行動に移るが、その瞬間に合わせて男が方向転換した。


(フェイントか。だがそれ以上に気になるのは踏み込み速度の速さ。足もがっつり弄ってるな)


 腕も足も改造されているのにサーペントがサイボーグだと断定出来なかったのが不思議だが、よほど特殊な技術を使っているのだろう。オウルは慌てることなく姿勢を低くすると、床についた手を軸に身体を回転させて強烈な回し蹴りを叩き込む。

 オウルの体躯からは予想も出来ない衝撃が男の脇腹から突き抜けた。


「グッ!?」


 男は衝撃のまま斜め上に吹き飛ばされて天井に背中をぶつけるが、それに驚いたのはむしろオウルだった。


(感触が変だ、軽すぎる。体重四十キロ切ってるんじゃないか?)


 外見的に男性の体重は軽く六十キロを超えていると目算したオウルだが、蹴った際の余りの軽さに感覚が狂う。無論それで隙を見せることはなく、懐からもう一丁のカレウス-11を取り出して連続発砲。吹き飛ばされて無防備だった男の頭、胸、腹部、脚部に命中する。

 ただし、その弾丸には実は殺傷力が無く、男はそのまま床に落下する。


(もう一丁の弾丸は鎮静と自白剤の効果がある注射弾だが、さてどうなる……)


 通常の麻酔銃は相手を生け捕りにするという観点からどうしても効果が即効性に欠けるが、クアッドは禁止薬物も平然と使うため、非合法の即効性麻酔の類を持っている。初対面のユアに打った薬もその一種だ。

 いくらサイボーグとはいえ、全身を人工物に置き換える完全サイボーグ化はジルベスでさえ夢の又夢だ。本当は物理的に破壊するつもりだったが、メイヴの事件にはまだ不可解な点が残っており、その情報を引き出す為の措置だった。


「どうだメイヴ、口が軽くなってきたんじゃないか?」

「排除」

「……効いてないみたいだな」


 返答は、床から駆け出した男の刀による一閃だった。

 バックステップで躱したオウルは舌打ちする。


 彼の身体を見れば足の注射弾は弾かれているがそれ以外はしっかり刺さって薬が注入されている。これを防ぐにはクアッドも使用している軍用の超高額ナノマシンに分解して貰うしかないが、サイボーグのナノマシンの併用は安全上の問題があり、特に戦闘能力を重視したサイボーグは強い効果のあるナノマシンを使えない筈だ。


 ただ、世間に未発表の何らかの技術であれば可能性はある。

 少々後始末が面倒だが、ここまできたらユニットを起動させて無力化すべきか――そう思った瞬間、男の目がカッと見開く。


「いやだ、まだ戦える! やめろ、やめ――」


 突然独り言を叫んだと思った瞬間、男の全身から高熱が発される。

 何か、危険だ――オウルは咄嗟に銃を捨てると先ほど切断された二つのテーブルを掴み、力一杯連続で投げつける。テーブルは家の外目がけ、彼の軽い身体を巻き添えに吹っ飛んだ。


「いやだぁぁぁぁぁぁ!!」


 男は絶望の断末魔を上げながらリビングの外に繋がるガラス戸を突き破って庭に転がり、全身が発火してもだえ苦しみ始めた。目、口、鼻、耳、穴という穴から煙と熱が噴き出す異常な光景を前に、オウルは眉を潜める。

 人間の焼ける強烈な異臭が鼻をつく中、男は誰かに懇願するように燃えさかる手を上に掲げ、そして果てた。投げつけたテーブルもあっという間に炭化していく異常な熱に包まれて。


 しかし、これもまたオウルが事前に得た情報通りだった。


「こいつが犯人不明の謎の一つか。容疑者が燃えて死ぬ……人体発火現象ねぇ。なんでこう、都市伝説的な話から離れられないかな」


 すんなりと暴かれない謎に焦れ、後ろ頭をかりかりと掻く。

 気になる点もいくつか判明したし、これでメイヴ問題が予想以上に複雑な背景を持つことが分かった。それはそれとして火の勢いが収まらない。庭の草に延焼して家が燃えたら面倒だ。一応この家の住民は薬で眠って貰っているだけなので、後処理が余計に面倒になる。

 と――急にボンッ、と音を立てて男の焼死体の中から真っ白な煙が弾けると、延焼がぴたりと止んで火が消えた。

 黒焦げになってしまうと予想していた焼死体も、半端に残ってしまっている。


「……ふむ? 燃え残るとは聞いていなかったな。成分分析……二酸化炭素?」


 ユニットによる分析の結果、煙の正体は高濃度の二酸化炭素であることが判明する。

 そういえばドライアイス生成の為の液化炭酸の話があったのを思い出す。

 オウルはユニットを展開すると、更に死体袋を展開した。


「この死体、持って帰って分析すれば色々喋ってくれそうだな」


 ――翌日、オルランド一家は家の惨状に気付いて警察に通報し、警察は空き巣、器物破損、放火未遂の疑いで犯人を捜索したが芳しい成果は挙げられず、犠牲者もなかったため暫くして調査は打ち切られてしまった。

 また、盗まれたものはコーヒー豆のみだったことから「この犯人は机を薪に庭でアウトドアコーヒーでも楽しもうとしたのか?」と警察はひたすらに首を傾げ、後に警察史に残る未解決の珍事件としてファイルに収められることとなる。

オウル被告は「連続殺人犯から守ってやった対価としてはむしろ破格に安い」などと供述しており――。

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