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アサシンズ・クアッド~合衆国最凶暗殺者集団、知らない女の子を傷つける『敵』の暗殺を命ぜられて困惑する~  作者: 空戦型
4章 アサシンズ・クアッドの捜索

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46話 霊的な暗殺

 人には相反する二つの性質がある。


 変化を厭い、日常を尊ぶこと。

 そして日常を厭い、刺激を求めること。


 前者は変化によって己の現在の在り方が揺るがされることを恐れ、後者は画一化された社会の枠の中に収められる在り方だけでは満足できない。概ねの人はこの二つの性質を併せ持ち、状況に応じて己の心境に近いものを発露する。


 オウルの感想では、ユアの場合は均衡が取れている。

 日常を日常としてよいものと考える一方、息抜きもしたがる。

 変化も変化しない日常も過度に恐れず、拒絶しないので、基本的には護衛しやすい。


 なにより意思表示が明瞭なのがいい。

 状況に際していつまでもうじうじして決断を下せなかったり、間に合わなくなってこちらが判断した後になってから不満を口にするということがない。クアッドからすれば難題は押しつけられるのが当たり前なので、難題そのものより決定が曖昧であることの方が大いに困る。 

 

 問題は、ユアは意外と馬鹿でも鈍感でもないということだ。


「最近なにかあった?」


 学校の帰り、ユアは単刀直入に聞いてきた。

 オウルたちは殺人鬼メイヴの話もしなければ、外出に制限をかけたりもしていないのに。


「学校での話し相手は一人減った。大きな損失だ」

「エリッツくんだよね。それは勿論知ってるけど、なんかそれだけじゃない気がして」


 女の勘というやつか、とオウルは内心で感心する。

 オウルは態度に出したつもりはないが、メイヴのことで気の抜けない状態であることがほんの僅かに滲み出てしまったのだろう。ユアはそのことを敏感に察知していた。


「思えば最近他のみんなも忙しくて会えてないし、何かあったのかなって」

「会いづらい方が普通だ。あのホームステイ先で仕事に就いてないのは学生の俺だけだしな」

「分かってるけど……」


 ユアは押しに負けて流されそうにない程度には、何か起きているのを確信しているようだ。

 根拠はないが自分の判断には自信がある、そういう声色だ。

 こういう場合、下手に隠し続けると疑念を深めてしまうし、かといってエリッツが既に死んでいるなどと告げれば不安を煽るだけだ。面倒に思いつつ、オウルはスマホを取り出す。


「ユアが心配するようなことはないよ」


 防音対策をしていない現状、口には出せないのでメッセージで伝える。


『O:殺し屋は物入りだから、補給できるときにしておかないとな』


『Y:こそこそ?』


『O:ここはビルを消し飛ばすビームを発射する兵器のパーツを堂々と買える国じゃない』


『Y:それは確かに!』


 少し前に大きなドンパチがあったことくらいは察しているユアは、多少は誤魔化されてくれたようだ。恐らくは単なる補給だけではないのだろうと思っているだろうが、ひとまずの溜飲は下がっただろう。


(クアッドの内的要因だと思わせた方が良い。外的要因だと、最悪の場合またイーグレッツのヤツと面を合わせることになる。それは面倒だ)


 実の所、オウルが一番面倒に思っているのは折角一度お引き取り願った警察特務課のイーグレッツをユアが呼び戻してしまうことだ。連続殺人だと知れれば彼女が安直に見知った警察を頼ることは充分ありうるし、なによりイーグレッツが部下を引き連れてまたぞろやってくる可能性が高い。


 メイヴの情報は特務課にも伏せられているが、この町にいる可能性が高いとなればイーグレッツは本格的に探りを入れてくるので余計にユアが守りづらくなる。

 特務課がメイヴを捕まえるという希望的観測はオウルの頭にはない。

 それが出来るならとっくに警察が捕まえているはずだし、クアッドに求められるのは確実性のみだ。


(……正直、メイヴを見つけられたら一番話が早いんだがな。殺してしまいだ)


 ともあれ、暫くはユアに粗を探られないよう気をつけようとオウルは決め――。


「ところでオウル。実は友達のエレミィがヘビ男を見たって話が信じて貰えなかったのに怒っちゃって、映像を収めるって夜の町に駆け出してるらしくてさ。エレミィは逞しい子だけど、ちょっと心配だよね……」

「……」

「……ね?」


 ユアは何かを期待するようにチラチラとオウルを見ている。

 彼女の言わんとすることを理解したオウルは、ため息をついた。


「……確かに不用心だな」

「だよねっ!」


 オウルは彼女に一つ頷くと、スマホに文字を入力した。


『O:というわけでS、ミス・エレミィを一応見張るぞ』


『S:突然なに!? 話が見えないんだけど!?』


『O:今決まった』


 ユアは、この忙しいときに友達が心配だから助けて欲しいと言ってきたのだ。

 無論メイヴがエレミィを殺したら余計にややこしくはなるが、この調子で学校の友人を全員守れなどと言い出すと大変なことになる。

 やはりメイヴの暗殺が最善の一手だと結論づけたオウルは、隣で何も知らず上機嫌になるユアを少しだけ恨めしく思った。


 いや、むしろ彼女の平穏を乱すメイヴを国ぐるみで放置しているジルベスが碌でもない国なのかもしれない。よくよく考えればビルを消し飛ばすビームを発射する兵器のパーツをしれっと殺し屋に横流しする国家が碌な国家なわけがない。




 ◇ ◆




 恒例の作戦会議が開かれる。

 ミケとテウメッサが、今用意できる限りのギリギリまで集めた情報の精査だ。

 データを寄越すテウメッサが神妙な顔で告げる。


「あるだけ全部のデータをかき集めたんだけど、メイヴの殺人には規則性がある。もしかしたら次の殺人現場を割り出せるかも」

「……マジか?」

「言いたいことは分かるけど、マジだよ」


 テウメッサも困惑しているのが伝わってくる。

 ミケはテーブルにもたれかかって首を傾げる。


「変だよねー。名探偵でも諜報員でもない殺し屋でもデータを集めれば規則性に気付くのに、なんで警察は早々に解決不能って見切りをつけたんだろ?」

「まったくだよ。いっそ政府の側から隠蔽を図ったんじゃないかと疑りたくなるね。例えば僕らみたいに」

「その可能性の精査は後にしよう。具体的な話をしてくれ」


 オウルに促されたテウメッサは、データを次々に提示する。


「メイヴは悪魔信仰者サタニストの儀式殺人をモデルに犯行を行なっている。本当に悪魔信仰者なのか、それともこれをモデルにした快楽殺人なのかは不明だが、物語のシリアルキラーにありがちなルールを彼は厳格に守っている。まずは殺人現場の場所だね。屋内ってのはもちろんだけど、他にもあったんだ」

「……一つの町につき必ず六件。六角形の角を象っているのか?」


 事件の発生した六箇所を地図上に点として入力した画像は一見して六角形に見える。しかし、テウメッサがちっちっと指を振った。


「事件の順番は六角形の順番に則っていない。多分だけど、これは六芒星を描いてるんだと思う。魔術的な六芒星の描き方と一致してるし、他の町でも必ず同じ順番で行なわれている。儀式的なのはそこだけじゃない。これも見てくれ」


 今度は被害者のリストだ。

 単独で殺害された者もいれば家族で殺害された者もいる。

 ざっと見渡したオウルは違和感を覚える。


「妙に同じ頭文字の姓が多いな。A、D、I、M、N、Oが必ず含まれている」

「殺害現場にそれを当てはめて時計回りに読むとDAIMONとなる」

「ダイモン?」

「意味はいろいろあるんだけど、まぁ霊的なモノだね。悪魔を意味するデーモンの語源になったとされる言葉だ」

「……人の趣味にとやかく言う趣味はないが、安直すぎないか?」

「そーだそーだ、もっと可愛い名前にしろ~!」

「黙ってろ駄猫」


 茶化すミケを一蹴しつつ、オウルはスマホの辞書機能を使う。

 ダイモン、或いはダイモーン。似た綴りと意味の言葉が複数あるが、悪魔の語源以外にも精霊、守護霊、人と神の子、死者の霊魂など多様な意味があるようだ。ミケがオウルの肩に顎を乗せる。仮想会議なので実際には重さも感触もない。


「ねーねーオウルぅ」

「なんだ鬱陶しい」

「殺害現場は屋内って言ったじゃん。実はね、もっと言えば全部ちゃんと住民が住んでる場所で、他所から人を持ってきて殺してはないんだよね」

「……つまり、こいつの連続殺人はまずほぼ正確な六角形の角に建物の位置が当て嵌まり、なおかつそれぞれの建物や部屋に住む人間の姓の頭文字を混ぜてDAIMONになるという二つの条件が揃って初めて行なわれると?」

「今の所例外はないよねー。どう、ちゃんと仕事してるでしょ?」

「お前にしちゃ上出来だ」


 頭を撫でるポーズだけしてあげると、ミケは満足げに顎をどけた。

 このような条件を成立させるには、アナログな方法ではまず無理だろう。

 国の住基ネットに侵入する腕前があれば可能だが、その上で警察にも認識されずに殺人を実行するなど、それこそクアッドのような特別な存在でなければ不可能に思える。

 まるで生者を祟る霊魂だ。


「上位統制AIという目に見えない力に庇護された、正体の見通せない存在、か」


 メイヴの名は、氷付けのバラバラ死体を見た人間が雪の精霊から名付けたものだ。

 メイヴ自身は、自分の事を一度も名乗ったことがない。


「誰も知らないその正体、暴いて写真にでも収めてみるか」


 これだけのデータが揃っていて、サーペントが次の殺人が行なわれる位置を特定していない筈がない。怪物と霊のどちらが勝るか。オカルト界隈の人間しか喜ばないマニアックな演目の公演場所が、地図データ上で静かに赤く点滅していた。

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